第34話 ロボボ

 多くの機能に於いてロボは微生物をはるかに凌駕りょうがする。しかし込み入った仕組みを持つ生命的な機能装置の持つ複製能ふくせいのうと言うその一点に於いて、ロボは地上というこのシステムにあっては極微塵ごくみじん微生物びせいぶつにさえかなわない。生物たちの側から見えるロボの仲間外なかまはずれ的は悲哀ひあいである。

 一方では生命体でないと言うまさにこの一点に於いて、ロボは何らかの高みの見物を決め込むことも可能である。存在のための環境が整えられている前提に依拠いきょしていないと言う部分に於いて、生命体を凌駕し或いは超絶ちょうぜつしているとも言える。一旦環境のゆがみからその破綻はたんが発生すると、ロボとは異なって感受性の高い生命体たちは立ち待ち存亡そんぼうの危機に立たされる可能性がある。長い時間の流れの中では実際に多くの生命体たちが大中小の様々な絶滅ぜつめつを繰り返してきたのは周知の事実である。

「まあね」

「ワッフ」

「あら、余裕ね。自分たちが絶滅する筈はないと、そう思っているんでしょう」

「ンワ」

「でもさ、個々についてはあっという間に死んじゃうんだよね」

「ワンンヌ」

「何それ。つまりは形を変えながらも、粘り強く生き抜くって言うのね。余韻を残すって言うの」

 人間や動物の心の問題、こころそのもの、心たちについて記述したり多少の議論をしたりはするものの、結局人間は殆ど何も解決しなかった。それが結果的には人間を守り、救ってくれたのだろう。もし心が完全に解明されて、仮にロボに心が移植されるような事があれば大変な事態に立ち至ると言う意見もあった。

 そのような存在はもしかすると人間を遥かに超越すると言うのではなく、人間にとって不都合な程度の、単に排撃はいげき的な凌駕りょうがに止まってしまう危険性を持つかもしれなかったのだ。人間はたまさかにこの地上を占拠せんきょし支配していた。あるいは勝手にそのように思っていた。そのような気がしていただけであったのだが。神様からその権利を頂いていると、自身、勝手にその様に思っていたその場所で、自身を凌駕して圧倒する者へと、その地位を明け渡すことになるかも知れないなどとは思いも寄らなかったのだ。

「いやよ、そんなの。そんなの嫌よ。ねえ、シロ。ちょっと真似てみました」

「ンワン、ンワン。ンワフ、ンワフ」

 いわゆる鬼と言うものには心があるらしく、人間とは異なる種類の心を持ったその鬼を滅ぼすのには困難を極めたのかも知れず、彼らの心に働きかけて巧みにそれを懐柔かいじゅうする事でその力を押しとどめようとしたのかも知れない。果たしてそれが成功したのかどうかは定かではない。

 或いはロボはこの鬼に比肩ひけんする力を持つと考えられたのであろうか。鬼のように分別ふんべつがなく、極悪非道ごくあくひどうにして卑劣ひれつ老獪ろうかいにして冷酷至極れいこくしごく、人間を確実に少しだけ超えるような存在がこの世に出現したとしたらどうだろう。そんな存在が果たして人間に制御することができるのか、もし制御せいぎょに失敗するような事態に立ち至れば、それはこの人間中心と考えていた世界の破滅につながりかねないと、その様に考えた人間がいたとしても何ら不思議ではなかった。ウイルス同様、人間にとっては制御不能の物ほど怖いものはないのだ。

 定義にもるが、鬼と言う、人間味を残しながらも何処どこ不気味ぶきみで計り知れないと言った観のある想像上の存在を措定そていする、ロボに対するに関しては、そうした人間側の事情があったのかも知れない。心の在りようの方向性やその振れ幅の不明、あるいは尋常じんじょうならざるものの場合には、もはや到底とうてい鬼と呼べるものではなく、新たなる別の鬼として再定義さいていぎしなければならなかっただろう。しかし、一般的な人間であっても時と場合によって、のっぴきならぬ状況では人事不肖じんじふしょうともなって食人鬼しょくじんきの如く、或いは悪魔の如くに振る舞う可能性がないとは限らない。魔は鬼の特性のひとつでもある。

「つまり、ロボが人間にとっての鬼のようになって、恰もその様に振る舞うと言う事だったのかしら。泣く子も黙るロボと言う鬼に」

「オン、オン、オオン。オロロンロン」

 ロボを鬼になぞらえるのには問題があろうが、時代が変遷へんせんしていった先には、その様な異論いろんが敢えて提出されないとも限らなかった。つまりはロボを取り巻く状況は人間とロボの融合ゆうごうをはじめとして、人間の想像を絶したものとなる可能性はあったかも知れない。

 やがてロボの立場が人間のそれと同等以上ともなり、ロボと人間が議論して社会を運営し、またロボと人間とが結婚するなどして人間の領分が少しずつおびやかされていったかもしれなかった。終いにはロボが覇道はどうを歩むようになり、王道を歩んでいた筈の人間が駆逐くちくされ、たとえロボだけの世界になったとしても何らかの時代は存在し、際立った画期は無くともそれ以外の生物たちは何とか存続して行ったのかも知れない。


 その涼やかな日の午後、お華さんはいつもの川沿いのキャフェテリアの屋外席にシロを連れてお茶をたしなんでいた。お華さんがすすっているように見える美味しいお茶の香りはシロの鼻にも届き、シロもうっとりしていた。ふと目を上げたお華さんの顔がぱっと華やいだ。

「あらあ、あかね、久しぶり~」

「お華も元気そう」

「あなたも元気そうで何より。何と言ってもこの十数年、互いに沙汰がなかったからね。あなたの事、とっても心配していたのよ」

 突如現れた親友にお華さんは少々戸惑いながらも、当たりさわりのないセリフを棒読みのように言い放った。

「長らく連絡しないでごめんなさい。それがね、実は少々事情があって、この十数年ほどは出張もあって地球外 居留きょりゅう地(ETR)にいたのよ。ところが、そこで出会って結婚した夫と死別したものだから、ついこの間、地球へ帰還きかんしたところだったの」

「そうだったのね。私、茜が結婚したってまったく知らなかったわ。連絡もくれなかったし。でも、ご主人まで亡くして苦労したのね。本当に大変だったわね」

「うん、そうね。でもね、やっぱり地球ってホント、心が休まるわ」

「そうか。生憎あいにく私はまだETRへは行ったことがないから、その辺りよく分からないけれど」

「まあ、いいとこではあるのだけど、まだまだ陣取じんとり合戦の最中だから、スパイも多いしね。天国のような新天地って言う触れ込みだったから、皆、憧れを抱いて移り住んだまでは良かったんだけれどね。何となく緊張って感じ、言わば緊張の連続ね」

「ふーん、それじゃあETRって、やっぱり旅行ぐらいにしておくのがいいのかしら。ところで茜、ご両親はお元気なの、お父様ご病気がちだって言ってたじゃないの」

「うん。父は重い病気だったから、私がETRに行く前に亡くなっちゃったわ。母は元気で妹たちと一緒にいるの。それで、お華はどうなの」

「私はほら、見ての通りシロといつも一緒よ。まあね、私も例にもれず再婚したんだけれど、彼は実はロボ界ではちょっとしたエリートだったらしいの。縁があったのか、ぶらりと入ったロボ販売店で最も高価なものをすすめられるがままに選んだの。あたかも高級家電を買うようにね。

 するとそれが掘り出し物だったって訳。もしかすると曲がったことの嫌いな、忖度そんたくうまくできない愚直ぐちょくな人間のようなロボで、人間界にありがちな、何らかのゆがんだ権力に立ち向かった挙句に閑職かんしょくに追いやられて、そのうちに電源を落とされたみたいな感じだったのかな。そう言えば製品の補足ほそく情報にはそんなことが記載されていたな」

「そう。でもそんな超エリートのスーパーロボが電源落とされちゃうって、悲哀ひあいっていうか、何と言うか、り切れないわよね、人間よりも格段に優秀なだけに」

「まあね。もしかすると、何らかの形で有罪判決を受けたロボの場合、自殺もできないから、禁固刑きんこけい的にそうやって沈静ちんせい化させられた可能性もあったのかもしれないわ。忖度もできず、冤罪えんざいか何かを権力の側が押し付けて、蜥蜴とかげ尻尾しっぽ切りみたいに処分されちゃったのかも。いわゆる難はないというのがお店側の説明だったわ。性能や機能としては十分に高いから、当然お金を稼ぐ能力も高い訳。

 完璧かんぺきなレストア済みで百年の安心保障が付いてたわ。上手く使えば非常に有能な社会的存在として活動してくれて、ついでにお金も稼いでくれそうで、実際その通りだったしね。今では私の選択は間違ってはいなかったのじゃあないかしら。まあ、人間らしさについてはこんなもんかレベルだけれども」

「でもさ、ロボなら必ずしもお婿さんでなくてもよかったんじゃないの」

「うん、まあ、そうなのよね」

「ロボなら、結婚と言うよりもむしろ執事しつじ侍従じじゅうのように購買こうばい者、所有者である貴方あなたそばにいて、あなたに仕え、周りの人間を守ってくれるという役回りもあるわ」

「そうね、このシロだってそんなものよ。同居人って言うことでしょうけれど、本来家族ってそう言うものだからね。厳密には心理的な問題も含めて定義上の問題なのだけれど、砕けたところではそれでもいいし、言わば機能を限定する必要はないと言うことよね。まあでも、多機能と言う意味ではある面で人間の夫以上なのかもしれないのよね。

 ちょっと議員にでも立候補させてみようかしら。そのうちに再婚パーティやろうと思ってるの。今度改めて紹介するわ」

 お華さんは年を経て幾度いくたび婚姻こんいんり行ったが、何度目かには相手が仮にロボであったとしても、それが所謂いわゆるニャンコでもない限り、何の不思議があったであろう。いや、何と驚くことなかれ、ロボなのかニャンコなのかは不明ながら、うそか本当かスーパーニャンコ型ロボは時を経て、実際にお華さんの所謂いわゆる「お婿むこさん」の地位を獲得したのだ。まさに驚くべきことに種差しゅさによる婚姻 障壁しょうへきをなくしてしまった。

「お華、ニャンコだなんて噓でしょ。そんな筈はないわ。と言うか、そんなの心理的に無理よ。あっちだって、きっとそんな制度みたいなものにしばられるのはいやな筈。絶対にあり得ないわよ。でも、そばにいるだけでそれが成立すると言うのなら、それもある意味婚姻ね。でも、えさをあげる対象であるニャンコをえて旦那さんにする勇気はないし、当然その必要もないわよ」

 いやしかし、時代の流れはどこのどの時代においてもそうであったように、人々やロボを次第に優しい激流げきりゅうのように確実に押し流した。つまりは社会と言うものはそのように安閑あんかんとはしていられないほどの変貌へんぼうげ、意味は不明ながら、ニャンコがらみの状況に落とし込まれていったのだ。

「へえ、じゃあ、あんたがロボと結婚したように、ここでは婚姻そのものが時代とともにその相貌そうぼう変遷へんせんさせ、形骸けいがい化していったという訳なのね。ニャンコはともかくとしてね」

「ワンワン、ニャワン。ニャワン、ニャワン、ニャンニャン。ニャン?」

 茜さんはあきれつつも、多少驚きの態でそう言ったが、ロボ婚に興味を持ったかのようにも見てとれた。

「ええ、そう。人間が行うところの種の保存のための婚姻と言う制度自体が骨抜きにされては形骸化して次第に瓦解がかいし、生殖能せいしょくのうの低下とともに終いには消滅の危機にさらされたのよ。でももちろん、一般の婚姻も可能よ」

「うそよ。それって結婚が消滅って事なの。それとも制度の方なの。詳しく説明してよ、お華」

「人間側としては婚姻と言う制度を維持したい、存続させたいという保守的な欲求があったと言うのは当然理解可能でしょう。でもね、社会の様々な微小びしょう障害が潜在せんざい的に積み重なってはやがてさまざまな問題が露見ろけんするの」

「ふうん、何だかよく分からないな。でもさ、ニャンコのかぶり物をしたような似非えせニャンコにいつも傍にいて欲しいと思ったとしても、それってどうかしらね。ニャンコとの間に子供が生まれたりしてね。いえ、まあ、あくまでもニャンコとは関係なく」

「それやこれやで時代の経過とともに人間の婚姻制度の維持が困難になってくると、ロボ側としてはそれに乗じて法を法を改正させた上で、人間との婚姻に応じてもいいと言う、ちょっと不逞ふていな態度があったと言う訳。まあ、それも了解可能だし、賛否こそあれ、ある意味人間にとっても好都合よね」

「ええ、まあね。でも、一体どうして婚姻制度が崩壊したのかしら。ちょっと理解に苦しむわ」

「それは先進国に限らず、自己充足型の人間が増えたと言うことかしら。生活力やそれを支える経済力が低下すれば婚姻を行うのが実際に困難になっていったらしいと言うのも聞いたことがあるけれど、必要性の観点と言うのもありそうね。もちろん、自由が欲しくて経済力もあっても婚姻不要と言う人もいたでしょうね」

「でも、そうなると、余計にあなたのロボ婚姻は意義が不明になってくるのじゃないかしら。まるでお遊びであるかのようにも思えてくるわ」

「そんなことはないわよ。さっきは少し冗談めかして言ったけれど、これでも私は真剣だったんだから」

「それにさ、もう随分ずいぶんと昔に基礎的インカムが導入されてからお金は関係なくなったわ。結婚に対する経済的な障壁しょうへきは消えたはずよ」

「うん。それで、その昔ロボがインフラとして考えられるようになって、都市そのものがあらゆる細部に至るまでロボで構成されるようになったでしょう。生産そのほか様々な労働自体がシステムとして人間抜きで行われるようになってみると、ご存じのように発生する収益が人間に分配される仕組みも整えられていったでしょう。そんな中、人間としてはロボ勢力の拡大を何としても押し留めておきたかった訳ね。その頃にはロボは人間たちを支えるという意義をてのひらで転がしはじめ、人間の思惑おもわくんだ上での自身の存在意義や存在権と言うものを真面目に考え始めたのかも」

「ロボにおける自意識ね」

「そう。人間が大人になる段階でも見られるようなもので、人間にとっては多少 厄介やっかい代物しろものなのだけれど、ある意味では仕方のないものだし、でも十分に予見された回避の困難な展開だったとも言えるわ」

「ふうん、よく分からないけれど、それはそれとして、どう考えてもロボ側には人間との婚姻や、ロボ同士の婚姻は要らないのじゃないかしら。そんなの、ロボにとっては単なる書類上の登録とうろく制度でしょう」

「そう。何と言ってもロボは本来完全性 指向しこう型で自己充足型の存在だからね。ご飯も要らないし。でも、当然のことながら人間側がロボに対して行う要求は次第に高じていった訳。人間に対するより以上に要求度を高めていったのね」

「自分たちが如何いかに楽をするかと言うことに関してのくなき追及ね」

「もともと彼らは道具として始まり、高度な機能をもつ自動 稼働かどう型の機械からその内にロボとなって、さらには輸送機関そのほかの社会インフラ全般を担うようになったでしょう。終いには人間の首根っこを押さえる一次産業とその差配までをも含めて全般的にカバーする生産型ロボ、さらにはヒト型ロボなら様々な対応業務から本人に成り代わってくれる代理人的 影武者かげむしゃロボやら有能なビジネスパートナーまでと言う具合にね」 

 お華さんはそこまで言うと、ほーっと一息ついた。

「ワフ」

 

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