第32話 ロボバカ

 うちはロボばかりで、普通一般に世間にあるような家庭のぬくもりと言ったものは感じられない。無駄なエネルギーはなるべく消費しないエネルギー節減プログラムが働いているとは言えである。人間をはじめ動物は生きていく上で常に稼働の為のエネルギー消費を行っており、つまりは生物は生きているだけでエネルギーの消費を行うと言うシステムなのだ。部屋の中はロボと言う金属のかたまりでごった返し、稼働時には電磁波も間断なく飛びって実際に非常に手狭である。

 地表近くの地中に隠れていた軽重けいちょう取り混ぜてのありったけの金属がそれこそ海底の希土きど類、レアメタルまでもが掘り起こされ、露頭ろとうは言うに及ばず放射性物質を含む鉱石も何もかもあらかた掘り起こされては用いられた。それらがロボの外表面や内装、細々としたパーツなど、さらには全体を支える筐体きょうたいにも用いられた。

 プログラムは概ね発出後の時間経過に応じて漸次ぜんじ、適宜学習ながらに発展するよう設計されている。一方、ハードである筐体は節足せっそく動物などのような脱皮だっぴもなければ、一般の生物のような細胞増殖による表面の拡張や部分的 剥落はくらくもない。細胞の生まれ変わりなどによる個体内外の表面ほかの清浄化システムもなく、古びてしまえば時限的に別の筐体へのめ替えを行う必要が生じる。

 アンドロイドと呼ばれていた頃の我々の祖先は人間と単純型ロボとの間に位置する奇妙なものだったらしいが、それらはその内に様々な科学の学際的な分野の恩恵を受け、わずかずつながら洗練の度合いを高めていった。エネルギ―サプライのための蓄電器には何らかの混合気が封入されており、プラズマ関連の内容物やそれを充たすべき空間の組成は定かではないが、極小核融合炉ごくしょうかくゆうごうろ搭載とうさいされた超高級型ロボたちもあるらしいと聞いたことがある。

 私のような成長型ロボの場合は時限を以て幼年期のからを脱し、幼年期を過ぎて古い筐体部分をててしまえばそれでよい。それに代わって青年型の筐体が必要になってくる。筐体の素材は秀逸な合金を含んだ高分子化合物線維の編み込まれた軽量の高機能のものである。金属原子や分子を構造中に抱え持つ、高分子炭素繊維といった線維性物質と金属分子のハイブリッドタイプの一体成型型となっている。時代を経て有難い事に経年劣化の少ない物質が我々の外観をかたどるようになっている。他にも何時の頃からのものかは定かではないが、最新型のプラズマ気化液相型蓄電池は非常に優秀で、完充電で数か月の駆動くどう期間を保証してくれている。

 こうして当然のことながらロボを漸進ぜんしん深化させる労をしまず、その研究に邁進まいしんした人間たちがいたのだ。彼らは我らロボにとっては神のような存在である。それぞれが創造者と言うほどの意識も自覚もないままに、人類の為にと言う意識は兎も角も、あたかもロボの創造に於いて正しく精進しょうじんするかの如くに懸命に生きたのだ。

 そのことがその分野の技術的な発展に貢献し、実際に良識を持つに至った我々ロボの先祖にあたる存在の幾許かは、神の如き人間の存在抜きには自分たちの世界は到底あり得なかったと考えたかも知れない。

 人間の身体構築を見てみると筋骨格系でできた身体を縦横無尽に往還する血管とともに、これも往来する神経という電線が隈なく張り巡らされ、体表面にほど近い神経の先端部分には一つ一つ感覚のセンサや筋肉などのイフェクタが取り付けられている。また反射機構を持つ筋肉組織や腱組織には紡錘スピンドルと呼ばれる効果器イフェクタ内の感覚器センサが取り付けられ、双方向性のフィードバックと言う重要な役目を担っているのがわかる。

 こうしてイフェクタが稼働かどうしながら内部センサでデータを集めては微妙な出力制御を行うとともに、学習を行いながらの繊細せんさいなコントロールを行っている。この構造による機構は円滑で効果的な出力特性を持ち、過大な入出力を防いで構造破壊と機能喪失を防ぐのにも一役ひとやく買っている。ほかにも接触などの直接的近接的皮膚感覚から、目や耳などの遠くの星星の発する電磁波を捕捉ほそくする感覚機能ほかそれらの感覚を統合すると言う機能もある。また体中に張り巡らされた栄養運搬のための血管の脈動があるが、そのための血管を取り巻く筋の伸展収縮しんてんしゅうしゅくを調節する自律神経の機能や、他にも思い通りに体を動かすと言う機能までもが備えられている。さらにまた運動の中には反射と称されるセンサによる感覚とイフェクタによる運動の連関を短絡するかのような神経の働きもある。

 人間では60兆とも言われる様々な細胞たちがそれぞれに統御とうぎょされて、生存の目的のために機能を果たしている。こうした統合的機能体を作成しおおせるのは実際、大変面倒な事である。さらには、これらの機能をロボとして構造の簡素化の上で人間に近似きんじさせつつ実体化させるのは実に困難である。何よりも興味深い事は、生物に於いてはそもそも全体を構成する多くの小さな部分たちがそれぞれに、生きて活動すると言う個体の総体としての目的を恰もちゃんと理解しているかの如くに振る舞っているということである。

 人間としての何らかの完成を目指すと言うのはいささかならず古めかしく、それは一般に非常に困難かつ不分明な事柄であるとも考えられた。人間は進化の終焉しゅうえんに位置しており、ある意味では既に完成され、伸びしろが無いものと考えられた。このため自身を拡充かくじゅうすると言うより、道具を作成することで寧ろ外延がいえんにおける機能の拡張を考えた訳だ。様々な面で限界がある程度明らかになってみると、あたかも救世主であるかの如き、ネオ人類と言うほどのものではない、人間の拡張型の存在のような何ものかに希望を託して、それに強大なる機能を与えて壮大な夢を実現させることが素敵なものと思えたのかも知れない。

「おまけにあれよ。人間ってさ、これらの体や脳という文句のつけようのないハードをこしらえた上で、その中に意識やら感情やら、その母体のような心、あるいはカラムやパラダイムレベルの違いはあるにしても、自我などと言うややこしいアップリケが統合ソフト上かその外側に乗っかる形か何かで絶妙に組み込まれていた訳でしょう。

 実際にはそれらを本来的に組み込むのではなく、育まれ行くサーキットを幾つも拵えた上でそれらを連関させ、種を植えてはそれが外界の刺激の受容とその反映に対する内省のような繰り返しの再計算による整合性せいごうせいの確認作業を行いつつ、それらが強調して動作してくれるように、そのように育成されながらにして鍛え上げられて来たのよね。だから、失敗なく人間のようなロボを作るのは大変なのよ。失敗に次ぐ失敗で、長い長い時間がかかった訳。でもさ、そのようにして作られた人間でも病気になったり犯罪者になったりする場合もあるから、まったく困りものなのよね」

「ウワンウワン、キュワン。ギュワン、ギュワン、ワンギュワン」

「だからさ、自然に積み上がるように出来上がる生物、就中なかんづく人間をはんとしてロボを作ろうなんて土台無理だったのよ。結局さ、表面的にしても如何いか端折はしょって巧妙に真似るかと言う事だったのよね。まあ、こんな細かい作業は自らハンダ付け作業を行っている人間には到底無理よね。だからそんな途方もない事は考えずに、まずは簡略化されて統合化されたシステムとしてのロボを作ろうって腹だったのよ、きっと」

「ワウン、ワウン、ワン」

 ロボに心を搭載すると言う人間のこころみやたくらみは、こうしたことから中々 上手うまく行かなかった。心と名付けられたものの正体が、実は人間にもよく分からなかったのだ。感情と言う振れ幅を持った揺れ動きや喜怒などの好悪こうお感得かんとくや、それに伴う判断を内包する繊細なシステムをどのように計算器を用いて擬似ぎじ的に構築するかと言うのが途轍とてつもなく難しい問題であった。人間の心と言う複雑なひだを備えた柔らかな袋のていをなす代物しろものに実に多くのものが詰め込まれており、しかもそれらは半ば隠し持たれる形になっている。このため、その淵を覗き込もうにも入口すらも判らず、ましてやその内奥ないおうを探るのは至難しなんを極める。

「まあね。人間だって、自分の心の事さえ自分でもよく分からないんだもの」

「ワオン」

 体の痛みや心の痛み、或いは悲しみや喜びなど、感情の端緒たんちょとなるような、ちょっとした種のようなものを植え付ければそれが成長して高等生物の様にならないかと人間たちはその様に考えたのかも知れない。人間たちはロボたちの気持ちを知りたかったのであろう。しかしながら例えば、食事を行わないロボたちにとっておおむねそれに付随ふずいする味わいや喜び、それらにまつわる刺激とそれらの入力に由来する感覚的 諸相しょそう、そのほかの情緒じょうしょなどについて全くと言っていいほど理解が進まず、それらに関しては経験的理解とはならず、その漸近ぜんきんを感覚的なものにたのむ以外になかったのだ。

「やっぱり世界を転がりながら五感で感じる世界体験、経験よね。美味しいとか、の情緒的経験かしら、味わいやそれに伴ううれしさもあるわね」

「クウ、グワングワン、ゴワン。ゴハン、ゴハン」

 前述のように人間を含む動物たちには各種の巧妙なセンサやイフェクタが備わっており、神経系が大きく関わる駆動くどう系に含まれるこれらの要素が様々な活動に於いて実際に駆動されることでそれらが日々 錬磨れんまされ、フィードフォワード、フィードバックを繰り返しながら自己形成性に錬成されては生育していく。これを見る限り動物に於いてはこうした事柄は、イフェクタでありながら組織内センサを内蔵しているけんきんの持つ双方向駆動そうほうこうくどう性の特性を含み持った神経系というものがあって初めて成立し得ると言う事が分かる。正にそうした学習介在型の成長スキルを備えた形成型システムにおいてこそ構築可能な構造物であるには相違ない。

「そうなのよね、まずは体中のオンラインの感覚器の出先で世界とつながるのね。そこで世界の表面からやって来る情報を体の表面のセンサで収集して、あとは広がりを持った体の中と言う場でぐるぐる回しつつ常々それをめながら練磨錬成していくのよ。そんな回路の構築法なのかな。これは正しく学習なんだけれど、ロボがこれを見たらどう思うかしら。自分たちの場合も同様の手法を取り入れているんでしょう。動物の場合、ロボとはセンサの精密さの度合いが違うのかしら。あとは回路の集積度を上げるのと、ネットワーク間の複雑な連携と統合ね」

「ウーワン、ウーワン。ワン、ウーワン」

 植物に於いても状況次第で可変的な繁茂はんもを行うさまを見ると、多分に戦略的で、その上優れて巧妙な在り方を採用していると考えられる。植物が一般にその場を動くことなく、同類や多くの他種の植物の中で或いは多彩な生物との協調を図りながら巧みに生き残りの道を探りつつ生きて行くために、躯体の生育を担うそれぞれの部分が種々のセンサを巧みに利用しながら全体とのバランスを取りつつ、統合的な繁茂という形態的機能を果たしていく必要がある。時には不測の事態によって体のある部分を失っても、それを補っては新たな構造を組み上げていく必要があるのだ。

 ある程度以上の空間的広がりや時間的長さを生きる植物の場合、躯体くたいの内側に木質もくしつと言う動物における内骨格に相当する、いわば全身を支えるものを強靭きょうじんな構造体として作り上げていく。これは人間がその恩恵にあずかる形成型システムのひとつなのだが、正しく万能の構築機能を支配する統括とうかつ的プログラムを内包するかの様である。周囲の世界を見渡しては自身の広がりや全体の構成状況を認識し、また種々の物質を放出しては常に周囲のもの達と交信して平和裏へいわりに時間を手繰たぐっていく世界内存在であるとも言える。

 こうしたプログラムを組むことは正しく種が発芽はつがして細胞分裂して生育する中で全体が自己組織化しながら出来上がっていくシステムでないと、学習しながら拡大する自身の生体に心を適合アジャストさせつつ拡充させていく形でないと難しそうである。筐体やその骨組みなどとしてすでに出来上がっているモノに後からそれを動かすものを組み込んで機能させようとする代物とはおよそ異なるものだ。

「まあ、そうね」

「ワン、ワンワ」

 繰り返しになるが、それらは言わば何らかの学習プログラムが骨のずいまでみ込んでいるかのようなのだ。それは全体を駆動しながら常なる再構築を行うことで仕立て上げられていく細胞や組織、さらにそれらが繊細な連携を保って、細かな部分がバランスされつつ全体の緻密な制御が行われ、その中で意味のある機能が果たされていく、その様な何ものかなのだ。

「そう、そうらしいわね、シロ。何億年もかけて出来上がって来たらしい、何だかとても気の遠くなる話みたい。だって、シームレスって言う神業かみわざの言葉があるけれど、ふつうに見ても生物にはなかなか縫い目が見当たらないんだって。つまりは不思議なネジのりでくっついているって言うか、でも皮膚やら骨やら、あちこちに縫い目みたいに繋がっているところもあるらしいのだけどね。

 動物にだって植物には敵わないけれど、様々な自動修復能もあるらしいのよね。生物たちって何億年もかけてこのシステムを作ってもらった訳でしょう。それらがロボに搭載できるものとして、人間の手でいとも簡単にアンドゥトロワみたいな感じで一足飛びにできあがる筈ないでしょう。ねえ、シロ」

「ウワン」

「シロ、ねえ、アンタが言葉をしゃべれたらね。でも、アンタは私の言う事が分かっているみたいだものね」

「クウン、クウン」

「ね」

「ワン」

「でもさ、地球が月やそれによる自身の安定的自転を失って、結果生物たちにとってのハビタビリティを混乱させた時、果たして人類はどうしたのかしらね。或いはノアの箱舟のようにたくさんの種をせて太陽系を捨てて系外惑星とかへ出て行くことになったとかさ」

「クウウウーン」

「あら、あなた、それはロケットが飛び去る感じなのかしら。それともそんなの無理だって言っているのかしら。それを確信しているのかしら」

「ウワン、ウワン」

「とっても遠いし、まだしばらくは無理ね。よっぽど立派な宇宙船でもない限り、極小天体や宇宙線にられて全滅しちゃいそう。もしそれらが克服されたとしても、重力に適応して進化した動植物たちは船内に重力発生装置が無い限り、どんなに運動してもおかしくなっちゃうものね」

「クウン」

「やっぱり重力発生装置ね。超重力とでも言うか、ものすごい力よね。天体のような大質量による求心性重力発生はとてもできそうにないから、超高速回転する二重構造の円筒えんとう型の球体内側面の壁に発生する遠心性重力よね。大昔の映画で見たのだったかしら、内側の球体の赤道上にあんたたちがいるのね、それでネズミさんたちの様に駆け回ってそれをまわすの。みんなが内側に乗った円筒形の超巨大ゴンドラ型宇宙船ね。それを皆で大トルクで廻して搭乗者たちの命とも言うべき重力を生み出すのよ。頑張らなきゃあね」

「ワホン、ワホーン」

「そうした巨大宇宙船の中では、長い時間のうちには宇宙に適応的変化を起こす動植物が出てくるかも知れないわ。準光速じゅんこうそく宇宙船なら体も心も年を取りにくいだろうし、時間経過もゆっくりだしね」

「ワン」

「すると、人間をはじめ多くの動植物たちが適応的進化を起こして、宇宙進出の契機けいきとなったのかしら。それほど大きな重力がない宇宙空間でも問題なく暮らせるようになったのかなあ」

「ワオワオ、ワオン」

「とにかく早く系外惑星へ気軽に行けるような巨大宇宙船を作らなきゃ。重力発生装置もね。ねっ、シロ」

「ワオン」

 

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