第31話 ロンロボ

 ロボにとってあらゆる物事は事務的に処理されるべき、単に時間軸における流れのようなものが止まった空間座標の中に浮いている何らかの付帯的情報に過ぎない。それに対して何がどうであるかなどの評価をすることもなく、その結果に対する自己の感情の吐露や他者の思いへの忖度そんたくなどもない。

 感情がこうじておのが心臓を焼灼くほどに激昂げっこうして最期までほこを収められずに最終的に自他を害してしまう人間のように、事態を丸く収めるのに大変苦労をすると言う事は冷徹、怜悧れいりで完璧なロボには万に一つもない。

「ねっ、シロ。そうは言っても電磁パルスでクラウドも含めてシャットダウンされちゃうようなロボは或る意味とても可哀想であり、一方で必ずしもそうではないのかもしれないわね。

 クマムシはいざ知らず、イヌや人間だってマイナス100℃の大気中に放り出されたら、あっという間にシャットダウンだからね。唐突とうとつだけれども、一般のロボにはミクロンオーダーで抽出ちゅうしゅつ捕捉ほそく可能な皮膚局面の触圧温冷湿感覚を支える非常に鋭敏で繊細せんさいなセンサも、体表面温度制御のための汗腺や毛細血管などのセンサやイフェクタの複合体もスキンに実装されてない訳。

 だから当然それらによる世界経験も認知もできないのよね。それに自分の内外のあらゆる物事を無意識的に察知してくれている鋭敏な各種のセンサと、それらを統合する神経や免疫系、ホルモン系などのシステムとか、躯体からだの大まかな中枢と末梢の双方向性の通信的なシステムが動物ほどには充実した形で実装されている訳ではないんだよね。

 動物の場合は成長するにつれてこれらが育っていくのだけれど、おまえにだってこれがあるから、走ったり転んだり、えたり感じたりできるのよ。ほかにも好き嫌いをもとに食べたり、私たちそれぞれの間の愛のようなものを育んだりできるのよ。温泉にも入れるし、やっぱり生きものは好いものよね。でも、もしも優秀なイケメンロボに求婚されたら、私、どうしようかしら」

「ウウ、ウワン、ウワン、ワウワウ。プッ、プハッ、プハッ」

 いつしかロボが人間のような多能性を獲得するに連れ、シリアルナンバーではない何らかの名前の獲得やらなにやら、様々なものを要求するようになっていった。人間との関係性に於いても主従関係の桎梏しっこくからの解放を求めたり、法の下での平等や人間との結婚その他もろもろの権利を叫び始めた。他にも人間の法律の適応範囲をロボにも広げるなど、或いはロボと人間との間の係争権を求めるなど、ありとあらゆる事柄についての見直しの要求が行われるようになったのであった。

「そうそう。平等、対等って言ってね。人間の子も発達の途上で親からの抑圧を嫌って反抗的になる事があるのよね。いわばそう言ったもののレベルの高いものなのかしらね。ロボが人間に近づく段階で起こってくると考えられる避けて通れない道ね。価値認識の正当化の発展段階における道筋とでも言うのかしら。何時までも人間の道具じゃないんだぞって。自律的な存在として、それに対する適正な評価を得られるようにするんですって」

「ウワン、ウワン、クウン、クワン」

「あんた、何言ってるの。せっかく嫌がらずに接合してくれている、あなたの後ろ脚のロボ肢を外したらあなたが困るでしょ。なになに、それでもやっぱり自然で純粋なままの犬が好いって言うの。あんた、これまであれ程ロボを礼讃してたのに」

「ウー、ウワン、ウワワワワン」

「そんなにロボを嫌わなくたっていいでしょう。そのロボだってあなたを元気にしようと言う一心でそこに居てくれてるんじゃないの。感謝しなきゃあね。大丈夫だよ、シロ、あんたがそのロボに乗っ取られちゃうことはないからさ」

「ウワン、ワウン、ワワン」

「存立基盤としての足元をすくわれかねないって、あんた、洒落しゃたこと言うじゃない。まああり得るかなあ。でも、いざとなったら外せるからね。そして、その子は少なくともあなたに接合することでしか自己の存在意義をあかし立てできないと言う事ぐらいは理解しているはずよ」

「ワンワン、ワワン。フワン、フワン、フアン」

「まあね、つらいよね。何と言っても、足をイヌじちに取られてるみたいだもんね」

「クウン」

 シロはよく頑張っている。交通事故に遭って後ろ足を失ったものの、義足を装着してなんとか元気に生きているのだ。はじめは違和感が強く、義足に馴染なじむまでは大変だったが、今ではちゃんとそれを受け入れている。恐らくは言語化でないイメージ化によって無意識にそれと理解しているのだろう。

「ちゃんと理解してるよね」

「ワン」

 人間の場合、四肢がない事や四肢を失ったことを理解して、装具で補うと言う事も理解して道具を使っているのだが、イヌの場合は果たしてどうであろうか。サルの場合は棒を利用するし、カラスもちゃっかり道具立てを利用する。イヌやネコの場合にはおもちゃを用いて遊びに興じることを考えれば、道具の概念はともあれ、使用に関しては程度の差こそあれ当然「分かっている」可能性はある。

「でも、シロがそのロボあしにたいして抱いている疑いは、すでにそのロボ肢が道具としての機能を果たしていることを前提としているものよね。そうしてそれに乗っ取られると言うのは味方が敵になると言う、一見いっけん矛盾めいた複雑な論理構造であった、あんたはそれを問題にしてるんでしょ」

「ウワンウワン、クウンクウン」

「でもさ、シロ。そのロボ君ったら凄いのよ、何てったってミリセカント、ミリニュートンメートルのオーダーで駆動力の出力制御してくれてるんだからさ。おまけに、うんちを踏んずけそうになったら有難い事に、それこそれにそれをかわして着地してくれてるのよ。ね、だから、勘弁してあげて」

「ウワン、ウーワン。ワン、ウーワン」









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