第25話 ロンボボボッ

「わかる、分かる。ホントに難しかったの。実は何でもそうなのよ。何かの折にロボの動きに伴って、喜びや悲哀を表出させてみよう試みると分かるのよね」

「ワンワンワン。クウウン、クウン、クワワワン」

 生命の営みにおける複合的な時間空間的経験が織り成し、時に発動される、それらの個別的な差異的複雑性の機能的集約であるペルソナリテと言うべきものがある。動物たちにはこれが自他の差異化をもたらす自我の元ともなり、つまりは敵を憎む敵愾てきがい心や悪意、或いは様々なレベルの共感性など情緒一般が顕現するが、それらの発生メカニズムに於ける謎とも言うほどの解明の困難性が根底に横たわっているのだ。

 生命体が本来的に備える曖昧あいまいさやらぎ、さらにそれ以外の揺れ動きなどの持つ両価性や多価性、あるいは両義性や多義性、さらには撞着どうちゃく的な相反性などの複雑さのロボにおける表現や、それらをれる心と言うものの作出が不可能とも言えるほどに達成困難であったのだ。

「そうそう。こころ、ころころ。こころ、ころ」

「ワウワウ、ワウウ。ワワウ、ワウワウ」

 あらゆる共同作業における複数の構成員の価値観の漸近ぜんきん一致や一体感の共有、阿吽あうんの呼吸や個体における心身 一如いちにょや心技体の一体発露、あるいは芸術における神性の顕現けんげんなど、人間には霊性のきざしと表現せざるを得ない説明困難な事々の多くをロボに発現させるにはあまりに困難で謎が多かった。

 さらに生きもの一般に見られる自己感や意識と言ったものの不思議もあり、これが発現しない場合やそれを抜きにしてのオートパイロット的なオートマタ的ロボ作出不可能性が危惧きぐされた。

「まあね。だから、もし、その元となりそうなものさえ発出させられれば、色んなものがそこから派生して出て来るって言う、そんな発想は当然あったのだけれど」

「ワン。ワンワワ」

 時間軸とでも言うものの上にっている、通り過ぎるようで一見遡さかのぼったり、瞬時に消えつつ断続的に明滅するかのごとくに立ち現れるかに見える一つ一つの想起事象の認識はロボには難しいかもしれないが、それを含んだ情報の機械的な探索、探査行動と捕捉ほそくは可能であろうか。どこかに蓄えられつつも脱落し、また忘却ぼうきゃくされては存在感を希薄化させていく情報たちというものは、樹々の年輪や地層といった空間情報に包摂ほうせつされない限り、他者の認識上に止まる事がない。

 ロボには生命体におけるが如き不断の変化としての老朽ろうきゅう化、一見 遡行そこう不可能の時間の一方向性の経過に伴う回復不可能な生命力における消耗しょうもうのような経時劣化が認知され難いと言う事情もあった。さらには地平に含まれる通過地点の位置情報の変化、流れのようなものとして表象ひょうしょうされ得る時間と言うものの検知ないし認知が、先述の如くタイムカウンタ以外には捕捉困難であった。

 こうして、発生に始まり成長や死に至る連綿たる経過としての老化が蓋然がいぜんとして実装されていないロボには、人間の認識する伸縮自在の時と言う概念や観念自体が欠如する恐れがあると言う状況があった。ただし、経過時間の中で立ち現れる位置情報や移動速度の変化から流れを認識させ得る可能性はあった。

「ふふっ、ふふふっ。ロボはね、年を取らないの。赤ちゃんでも子供でもなければ、青壮年でも、老人でもないのよ。もちろん古びはあるわ。でも、時間自体が謎なのよね」

「ギュワン、ギュワン、ギュワワワワン」

 動物におけるが如き心身両面での双方向性の入出力特性のある機構を持つ小さなかたまりがあれば、それが空間の中を転がり進むことで個々における時間が生まれ、その中で経験を積んでは学習、成長しつつ何事かが獲得されていくと言う事が理解可能である。すなわち、それは入出力の反復が作り上げられる何ものかである。入出力の度毎たびごとぎ澄まされ磨き込まれる構造とそこから発する機能との連関が際限のないフィードバック、フィードフォワードの繰り返しを経て外界との対話を為しつつ生育し、練磨れんまされていく。動物にとっては当然とも言える世界とのやり取りの中で機能するこの対話型入出力機構がなければ、高度に洗練されて世界に対応できるようになる仕組みは創出しえない事がうかがえる。分かり易いところで簡明なものでは学習型AIを載せたロボと言う事であろうか。

「ま、そう言う事よ。動物には出力系の効果器である筋肉や腱の中にもその伸び縮みを感知する紡錘と言う感覚器が内蔵されているの。自身の出力特性を感知しつつ、それを制御しているの。出して入れつつ、また出すの。結構 緻密ちみつでしょ」

「フオン、フウン、フワオン」

 そのためには何よりもまず人間の五感に相当するインプットのためのセンサが必要とされた。さらにはセンスしたものを解析しながら分析総合する機能も必要であった。その分析内容を記憶した上で出力しながら制御能を次第に高めていくフィードバック、フィードフォワードループのための、やや複雑なスループット的サーキットを上流に配したアウトプットのためのイフェクタ機能も必要となる。動物においては反射と呼ばれる感覚と運動とを取り持つ短絡たんらく的自動制御機構が備わる事は以前より知られている。

「そうそう。ニャンコの場合、最高のセンサである髭をむしるとからっきし元気がなくなるし、元気なら寝覚めのボーッとした状態でさえも素早く驚愕きょうがく反応して、そこからの逃避のためのジャンプができるほどだもの。

 動物の赤ちゃんの場合はめたり触ったり、見たり聞いたりして遊びながら学習するのよね。母親と見つめ合っては感応し合ったり何事かを感じたり、伝えたり、さらに泣いたりして相手の反応を確認するし、この親子関係の回路形成にも双方向性の相互反応が関わっているのよ。それに言葉を取り込みながら周りとの対話を測っているわ」

「ワンワンワン、ワンウーワン」

「対象を名付けて言語に変換して記憶したり、捨象しゃしょうしながら外界の対象を脳や神経系そのほかに整理していくの。手足や耳目、舌触りや手触り耳障り、肌触りなどのセンシングで認識しては覚え、反射機構を成立させたり、さらにワンコなら尻尾しっぽを振ったりね。脳の優れた出先機関である目や耳や口、皮膚やおひげ、匂いの感受器そして手足が肝心なのよ。大本おおもと出先でさきとが双方向性そうほうこうせい切磋琢磨せっさたくましつつ、お互いに高め合っていくの。いくつものセンサがこわれていたヘレンケラーさんとサリバン先生のり取りのすごさが分かると言うものね。そう言えば、戦争で情報の伝達手段を失ったジョニーさんもいたわ。

 そう考えると、動物って生きてる間は出会ったものとの対話だから、記憶の中の古いものとの照合をしたり、新しい事は覚えなきゃなんなくって、つまりはずっと学習なんだよね。あんただってたくさんのことが出来るし、もう既にとても多くのものを知っているよね。ねっ、ケンタウルシロ」

「ワンワン、ワワン。ワンワン、ワワン」

「だからさ、ロボ作るの結構大変なのよ」







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