第20話 ロボと人間と地球

 では、それらファンタジーとしてのロボの世界は一体どうであったろうか。人間による世界は当初は何らかの創造者によるファンタジーであって、あろうとなかろうと構わないものであった。偶然を含む何ものかの積み重ねによって数十億年の時をかけて出来上がった世界は、真に作出されるべきものであったかどうかは定かではないが、材料がばら撒かれて結果的に出来上がった事は確かにその通りだ。

「難しいのね、ファンタジーって何なのかしらね。誰の構想なんだか、考えさせられちゃうわ。勿論私たちだって、そんな材料でできてるのは確かよね」

「ンワン」

 さらに出来上がった人間社会にもよるが、それが何者かによって想定された理想的な世界に合致したかどうかは不明である。その世界や社会が必ずしも必要である訳でも、達成されるべきものである訳でもない。仮に人間の側に勘違いや身の程知らずの驕りがあったとすれば、理想世界そのものとその現出とが実現すべきものとして、想定されつつ疑われただけの事だ。

「驕りによる理想世界って言われてもねえ。人間たちはできるだけ頑張っただけなのだもの。138億年の片隅で人類が誕生して、ほかのたくさんの種がそうである様に滅亡していく、一見壮大そうに見えて実は小さなストーリーなのにね。ちょっと寂しく悲しくもあるけれどさ。それでいて、その後はロボが引き受け、引き継ぐと言う、言わばロボ中心主義よね。その後は何だろうかなあ。可能性は小さいけれど恐竜再びとか、でもやっぱり最終的にはどんな環境でも強く生きて行ける爬虫類か、それとも虫なのかなあ」

「クウン、クウウウウン」

「それで、どのような絶滅が起こるのかなって言うことかな。彗星が衝突するような、突如ドーンって言うのが好いのか、それともハビタビリティのバランスが徐々に奪われて、真綿で締めつけられるのがいいのか、どのような形がいいのかが分からないのよ。ちょっと変な議論なのだけれどね」

「グワン、グワン、キュワン」

「何とか我慢すれば一万年ぐらいは行けたのかしら。でも、新手の星くずの衝突が何百年先なのか、月が喪われて自転が狂って灼熱と極寒に二分化されたり、アイスボール化したりするのが千年以内なのか、いつ大絶滅を齎す破局的噴火などが起こるのかなど分からなかったのよ。そんな先行き不安の中、人間たち、生物たちは地上で生きて行かなければならなかったのよ」

「クウン、クウン」

 その話の中のごく一部を構成する人間たちのこの世は、当然、理想的な世界とはかけ離れたものとならざるを得ないのは、確かに誰かによって想定されていたのだろうか。そこには一先ず様々に限られた生物たちの命と、それよりは長いものの限られた寿命をもつ地球と太陽とが与えられている。世界と言うものの一形態が所謂人間社会なのであり、今と呼ばれる数億年ほどの短く限定された偶然の時間の中に浮いている間氷期の地球と言う小さなシステムが、人間社会の存続に適ったハビタビリティを与えられていた。その上で偶々人間存在が食物連鎖の上位にあって楽しく、また苦しみながら暮らしていた。

「そうね」

「ウワン」

 創造者がいたとして、彼らがどこまでを想定していたかは知れない。人間世界が出来する事、更にはそれが永劫に続くことがどこまで担保されているのかも人間には分からなかった。途中恐竜や人間たちがやって来たが、その後に別の何物かがやって来るかは誰にも分からなかった。ネオ人類でも鬼でもなく、ロボ、或いはロボの様なものであったろうか。

「まあね、そんなの、どうとも言えるわよ」

「ワン」

「あら、誇らしげね、実はやっぱりあなた方ワンワンだったのかしら」

「ワン」

 果たして彼らロボにこの世界、地球表面の世界が任せられるのか。それははじめ人類が発出した当初、実は人間に対して発せられるべき問いでもあった。ある時までは誰がそれを考えることも、また問うこともなく、人間も何とかやり繰りして過ごしていた。そのうちに様々な部分で破綻が起こり始め、マントルやプレートの憤懣が噴出しては、次第に破滅に向かう足取りを示す何かが進み始めたのだ。

 途中色々な横槍が入り、神などの創造主や世界を変える救世主の再臨のようなものまでが人間によって勝手に想定され、かつ現れては潰えてきた。そこで行われる改革もやがては色褪せ、それらに対する評価はそれぞれの時間の流れの中で毀誉褒貶を果たし合っても来た。遠い未来には虫たちがこの星を救う事になるかもしれないのだが、抑々のところで虫たちは人間の覇権など認めていないであろうし、彼らには人間など眼中にはないだろう。

「まあ、虫はね。棲んでいる世界が違うからね。でも、あんたや私の内側や表面にもたくさん住んでいるらしいよ」

「ワウワウ、バウワウ。バウワグ、バグワウ。バウ、バグ」

 それやこれやで人間の言う時間が進んでは弛み、立ち処に現れては消え、次第に引き返せない状況へと追い込まれ、落とし込まれていく。この地での居住環境の変化への対応力が無ければ、脆弱なる人間はやがて何処かへ逃げ出す他はなかったのだ。人間にその場を変えて状況を凌いで行けるだけの力がなければ、その場の状況に翻弄されるほかはない。虫たちの様な適応できるものだけが残るのだ。やがてこの地を覆すような驚天動地が起これば、絶滅を含め、何がどうなるのかは分からなかった。

「そうとも言えるし、まあ、確かにその通りね」

「ワン」

 さて人間は或る時までは上手くやっていたが、そのうち何もかもが上手く行かなくなった。上手く行かなくなっては落伍者の烙印を押されたら、その後はロボに頼り、譲ればよいのだ。はじめは玩具の様なものとして発出したロボが、それらが見せた発展の状況からは、自ずと家禽やペットとは異なる異なる立場にあったのは人間にも理解できたであろう。人間をコピーすると言う短絡なる発想は、時間の経過とともに人間を凌駕する機縁をロボに与えてしまう可能性とともにあった。

 必ずしも有能ではないものの個体のコピーはともかくも、さまざまなもののコピーがなされればコピーのメカニズムや制度、確度はともかくとして、どの性能のどのような劣化が起こるかどうかは容易には分からず、生物の遺伝子の複製の際に稀に起こり得る誤謬の様に、どのような邪悪な部分が芽生えて更に強調増幅され、劣悪で凶悪なロボ個体が発生するのかは人間には分からなかった。

 ロボ機能の向上は人間の遥かに思い及ばない武器を彼らが手に入れて仕舞いかねないとも言えたのであって、原爆開発者の陥ったジレンマとも比肩するものと考えられた。人間にとって有益性を供する存在となった後には、どのような変化がそれに引き続いていくかは分からず、場合によっては疑心暗鬼さながらに、人間に対する十分な脅威になるには違いあるまいと考えられた。

「恐るべし、ロボ」

「ンワン」

 閑話休題、ロボコピー類似の話では漫画家の発想になるものがあった。人形の頚部を擦るとその人形が擦った本人に変化すると言うものである。この場合の変化変態の仕組みは不明だが、その前提で物語は進行する。いずれ問題も発生するものの、そこでは人間を援け、人間界を衰亡の淵に導かないと言うものであった。そのような流れ続いた長い長い時間の先にどう言った結末が待ち受けているのかは人間には分からない。共存共栄や安寧なる秩序について考える契機となった事だろう。

 地球の表面と言う自然は食物連鎖を基にした進化した虫たち生物の生存競争の楽園であって、生命体ならぬ機械の進化というものは、虫たちの後継者には思いも及ばなかった。地上には常に人間の思惑とは異なる方向へ、変化する方向へと命運の舵が切られている。多くの生物種の絶滅はこれまで必発であったのであり、地表では常に創られては壊され棄てられて行くと言う地球そのものの変化という蓋然の孕みがあった。

「うーん、やっぱ虫かな。虫しか勝たん、とかね」

「ンワン」

 地表環境における生物種の存続不可と気付いた段階で、彼らはその場を後にせざるを得ず、その先々で彼らが絶滅していなければ、残った人類やロボたちは、それを見越してこの場から逃げ出さなくてはならない。生物種の存続は、限のないほどの有限種の保存が叶わなければ、ドミノ倒しに終了する。一方、勿論、銀河同士の衝突や消滅などの、広域な領域の存亡は人智には敵わないものである。

 人間たちが完全に制御できるものだけを扱っている間は問題がなかった。放射能の様に人間たちに露見せず、人間に無関係に自在するものがあれば、それらは人智を遥かに超越して事態を悪化させないとは限らない。天に唾すれば、それは直に自身に降り掛かる。しかし、何がそれに当たるのか分からない。生物一般は排泄する場所で食し、住まいし、まさにそこでなければ生きて行けなかったのだ。

「ふふっ、んわん、んわん。もう、んわん」

「ンワン」

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