第19話 コピーロボ

 コピーロボは定義上それ自身には主体的に生きると言う意味はなく、当初高額であったとは言え、主人に仕え影武者のように身代わりとなって働き、単純に個人の人生をサポートするのみであった。

 ロボットは有難くも所謂いわゆる責務としてタダ働きをするものであって、CP比の低い、猫の手に代わる程度の非常に高価なものであると言えた。定義や彼ら自身が見出すべき自己の存在意義についても、不本意にも変遷へんせんの波にさらされた。主たる人間が死亡すれば、一般に当初の存在価値や意義は消失し、単純にそれを継ぐべきロボ個人、個体として存続するのは可能ではあったが、法律が追い付いていかなかった。

「いわゆる存続権ってやつね。生きてるんだから、そんな法律ぐらいは当然あった筈でしょう。何でもそうでしょうけれど、人間とかロボとか、ロボ人間とか言って、過渡かと期って言うんでしょうけれど、最初は大変だったでしょうね」

「ワンワワワン」

 人間は何もせずともロボが所期しょきの予定の幾許かを、或いは総ての事を達成するのであるが、ロボは定義上利他的に、本人に成り代わって善を働くのだ。将来的に人間の存在意義が様変さまがわりし、少しずつ目減めべりして、ある時これが一挙に奪われ得るという懸念けねんもあった。人間の生きる意義と行うべき事柄のほぼすべてをロボが奪い、役割を肩代わりしてこれをになって解決してくれる。人間にとっては気持ちのいいものでも、諸手もろてを上げて賛成できるものでもなかった。

「そりゃそうよ。当然でしょ」

「ワワンがワン」

 そうなるとロボに比べ如何いかにも低機能に見える人間などお呼びではない。人間のものと見做みなされていた世界が変容し、ここはもう既にロボ存在で十分なのだと言い切るものが現れたかも知れない。大抵のことはロボが果たし、人間以上にってくれる。ロボ抜きでは考えられない一方で、人間を必要としない世界なのだ。そこはもうロボの、ロボによる、ロボのための世界なのだ。物事を億劫おっくうがり、怠惰たいだ胡散うさんくさく奇妙で厄介やっかいな個人や社会としての人間の世界ではなく、億劫がらず怠けずに何事にも染まらず正義の旗の下に進めるようにシステム化されたロボたちの世界であった。

「まあね。人間って過渡期を任されたもの達って言う位置づけだったのね。悲しいけれど、それは重要で貴重な任務であった筈よ、ね。暫く地上に存在した恐竜たちの様に、独自で意義のある存在だったのよ。殆どの生物たちは発生と進化や絶滅を繰り返してきたらしいから、当然、人類が地球での生存に適応不能になった時には、ネオ人類でも出てこない限り、絶滅ぜつめつへの道を進むのよね」

「ワンワンワン。ウーワン、ウーワン、ワン、ウーワン」

「宇宙開発なんて言っていたこともあるらしいのだけれど、結局私たち地上の生物の多くはこの地球で生きるために進化したから、重力のない宇宙空間ではなかなか適応できなかったらしいのよね」

「ワン」 

 当初一般的ではなく、非常に高価であった劣悪れつあくな生体型コピーロボは世間に知られることもなく、限られた特権的な人間たちの所有物であったが、次第に価値が変遷して価格が落着してみると、コピーロボを人間の成り代り 跡継あとつぎとして存続させると言う使い方が極く狭い一部のもの達の間で提唱され、富裕で貪欲な人間の不老不死の願いをある意味において叶えると言う事態が生じたのだ。

 こうしてロボが人間存在に成り代わって存続してくれた。そのうちにそれは一般人でも無理をすれば手の届く価額かがくに落ち着いた。それらはある程度の人間本人の意識を持ち合わせ、大本の人間自体の劣等部分を含み持った、本来的な意味合いでの粗悪コピーとでも言えばよかったろうか。

「じゃあ、龍之介たちのひい曾お爺ちゃんは、そんな粗悪なコピーロボだった訳ね。そんな生まれついての不完全さを抱えて、かつ若くもないそんなお爺ちゃん人間のコピーロボって嫌だったかもね。想像を絶する哀れさと言うか、生まれついてのお爺ちゃんなのだもの。ふつう生まれてくるのは赤ちゃんなのであって、それは言わば新品だもの。お爺ちゃんのお顔は少しは修正したのかしら」

「バウワウ、バウ。バウワウ」

「人間たちのように色々と不満があったり、もしかすると人間同様、自分の事を受け入れ難くて嫌だったかも知れないね。不完全さの程度はともあれ、人間だって不完全だって言う意味ではより一層劣悪なのだから、ロボはまだましとはだとは言っても、なぐさめにもならないかな。でも、仕方ないわね。でもさ、何と言ってもロボは程度が高いから、もしかすると自分がこの星に出現したこと自体に不満を抱いたかも知れないわね」

「クウン、クウン、クウォーン。クウォン、クウォン」

 奇妙な事態は何処どこの国でも起こり得る。随分と昔に、ある大国の首相が遺書に自身の死去後にそのコピーロボの廃棄処分を行わない旨を記載し、本人は職と此の世とを辞したものの、結果的に代替わりのない自身の跡継ぎとしてのコピーロボをこの世に残すこととなり、時事問題として取りざたされた

「やっぱり龍之介君のひい曾お爺ちゃんの場合と同じよね。他にもどこかの著名人たちのコピーロボ同士が老いらくの恋に落ちて婚姻関係を結んだって言う話を聞いたこともあるわ。第二のロボ人生と言う訳。その彼らの子孫たちがまた別にそれぞれに残っていくと言う事態に発展する訳でしょう。ロボの恋が破局した場合、数百年の時を経た邂逅かいこうだって十分にあり得るでしょうよ」

「クウン、クウン。ク、ウン、ウン」

 それと知った当時の国王陛下が自身の母である王太后おうたいごうの死去に際して母親の銅像ならぬコピーロボを作成するむねを公表したのだ。当時コピーロボは非情に高額なもので、一般人には無理なものであったが、この辺りが死去後のコピーロボの取り扱いにかる事態の紛糾ふんきゅう化の嚆矢こうしとなったと言う。

「だとすると、その国王たちの家族が次々とコピーロボとして生き残ったら、死後の自分もロボにしようと考えたお金持ちも当然出て来たはずよ。もし国王が自分の作った自身のコピーロボで置き換えられたとしたら、王位継承権の方も気になるし、国民はどうすればよかったのかしら」

「ウワン、ワン。ラストワン」

「ロボが国を治めるのか、それともやっぱり王位は禅譲ぜんじょう的に扱うとかさ。だって、そりゃあロボ国王は人間の国王よりは賢いでしょうけれど、国家元首として不適格だと見做されそうだし、何となく国民からはリスペクトされなさそうよね。ロボの号令一下で云々とかロボ国王一家を崇拝すうはいするとか、結構笑えるわよね。と言うより何だか漫画みたい」

「ウワワン、ウワン。ウワワンワン」

「おまけに国王に子供がいたら、若い王位継承者たちは前国王のコピーロボの国王が事故か何かで壊れたりダメになったりしない限り、王位に就けないだなんて不幸よね。継承者が事もあろうにその前に死んじゃったりしたら大変よね。それは困ると言うような王朝内の人間がいて、昔の王朝でよく見られたらしい毒殺のようなロボ国王の暗殺事件が起こったり、人間の時のような王位継承の派閥問題による内紛が起こったりね」

「ワウウ」

「そんな事態の紛糾ふんきゅうを避けるために法律で廃棄規定などの意味のある決定を行ったり、コピーロボに人権や王位継承権を認めなかったり。それともこんなことは神さまはお見通しだったのかな。国王はそのコピーロボに窮屈きゅうくつな思いをさせないために、自由の身にしてあげて王室を出て行っても構わないような年金と同時にくびきはずす形の遺言を残しておいてあげたのかもね」

「クウン」

 人類の後に来るのが当面はロボであったのだが、その過渡期にはハイブリッドとも形容のできる初期型コピーロボも全盛を迎える。それは両者の幸せの結合的複合とも言えるのかも知れない、所謂いわゆる良い所取りであったろうか。ロボの知能を含めた精度が向上すれば、安心して地球を任せられると人間たちはそう考えたのかも知れない。いずれにせよ、にもつかない利己心や虚栄きょえい心の塊である人間よりはましな存在であったのだろう。

 単純 きわまりないロボ。当然ことながら人間 くさくなく、面倒のない、口や足裏その他全身の各所に黴菌ばいきんを宿さず、汗ほかの排出も体臭もなく、無味無臭、無味乾燥の裏表うらおもてのないロボ。何の面白みもなく、およつまらない、余計なものがぎ落とされた明々白々。それがロボの原理、原則で本懐ほんかいであり、神髄しんずい真骨頂しんこっちょうである。それによって来るべきは理想的なロボの世界であったであったのか。

「そう。理想的な、清廉せいれん潔白けっぱくなロボね。ああ、しびれるわ。何て素敵なんでしょう」

「クワン、クワン。ワンワン、ウワウワ」

 何とすばらしい事であろうか。人間滅亡後の世界を担うべきロボ。人類はある意味では素晴らしい存在を創造したのである。ものごとには状況を掻き回してくれるトリックスターがいなければ面白味がない。りとある身の毛も弥立よだ蛇蝎だかつのような、悪魔のようなものが彩り豊かなドラマを生み出す。人間の世界も性善説の善人だけでは成り立たない。必要悪なのかどうか、楽園にはある意味での地獄を見せる多様性の象徴とも言うべき悪魔に毒を振り撒いてもらわなければならない。どの楽園も永遠の安楽幻想に支配されている訳ではなく、そこには興亡こうぼう廃墟はいきょ化とが繰り返し起こる再生と言うものが前提されているには違いないのだ。

「何と言っても善玉ロボだけじゃつまらないから、ネジの抜けた悪玉の悪魔ロボにもご登場願わないと、と言うことだったのかしら。私やシロなら、さしずめ精霊ロボとかお化けロボとかなのかな」

「ワウン、ウン。ウウン、ウン」

 やがて人類の生存に適さないような地上の生存環境の現出げんしゅつ時には、ロボは人間の代わりとなってそこに存在してくれている。人間は自己に内在するこのましからぬ要素をロボに持たせまいと、理想的な存在とすべく善処した。ロボが主体的、実態的で実存的な実体として、何ものか或いは自己に対して実行の命令を下すことができるかどうかなど、ある時点までは問題がたくさんあった。

 問題を提出し、これを解決のルートに乗せ、解決手段とその実行能力を持つものの手に委ねる。その後の状況の査定も大切である。人間が人間社会における諸問題を解決するために常々行ってきたことでもあり、その後ロボに求められてきたものだ。ロボがこれを行うには一抹ならざる不安があったらしい。これらを入り口から出口までの一切をロボが行い得るのかどうか。思い出しても見て欲しい。本来ロボは人間のためのものなのだ。その定義に従えば、人間がいなくなってしまった世界にはロボはもはや不要なのであり、そこでは所謂いわゆる無人世界に対するロボの適応の問題も生じる。

「まあねー」

「ワウウーン」

 自動制御機構を備えた自在な振る舞いを見せる自動機械は作成するのがなかなか困難で、ある時までのロボティクスはそのレベルにまでは到達してはいなかった。そこまでのロボともなれば、サービス対象の人間は不要となる。人間や動植物、虫たちにおける場合の世界内せかいない自動制御や自動監視その他の自動的自在メカニズムは解明が困難で、実際にはなかなかそのシステムをロボに移植搭載する事が出来なかったのだ。

 人間存在が消えた後の世界に存在するロボのために、上記のような自動制御機構等の解明が望まれたのだが、困難を極めた。それが達成されないと人間存在を抜きにしたロボの自在性が確保できないのだ。何よりもまず、何の命令も無しにロボが勝手に振る舞えるようにならなければならなかった。

「そうよね。汚れたらきれいにするとか、保守点検するとかね。片付かたづけたり、お掃除そうじしたり、色んな事を自分できちんとする事よね。それからやることを自分で見つける事。人間なら食べ物を見つけるとか。ロボにはご飯は要らないからね。活動のための電気は必要よね。発電所の管理は必要よね」

「ワン」

 しかしこうも言えるかもしれない。進化を遂げ、既にして人間レベルを凌駕りょうがしたロボたちは、言わばペットとして人間や動物たちの遺伝子を保管し、時に応じてそれらを発生させることができたであろう。それらはロボにとっては人間或いは生物と言う名の愛玩動物である。人間その他の生物たちは成長や教育そのほかの必要と面倒はあるが、そのいずれにもロボにとって愉楽ゆらくである可能性がある。つまりはそのペットを主人にいただき、それをサービスの対象として仕えてもよいのだ。

 話の少し先までを見通せるなら、人間を遥かに超越した知性の持ち主であるロボにとって、彼らのちょっとした議論の相手のようななぐさみになるであろうし、彼らが筋骨隆々なら闘牛などのゲーム戦士となったかも知れない。生物ならば発生における交配の妙味みょうみ新種 作出さくしゅつの可能性もあるかも知れない。或いは生真面目きまじめなロボにはそれらを楽しめないかも知れない。

「でも、それぐらいはできないと、この地表ではなかなか自律的には存在していけないわよ。ね、シロ」

「クウン、クウン」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る