第17話 ロボボボボボー

「ワンワワン、ンワワンワ」

「あら、シロ、その逆再生はいったい何を言いたいの。逆戻りについて云々しているのかしらね。私はもともと田中さんが好きなのであって、でも、いえ、だから、死後のではなく、再生後の今の田中さんも大好きなの。複雑だけれど、どちらも好きなのよ。つまり、きっとその二つはもう既にある程度は同化しちゃっているのよ」

 お華さんはそう言って紅茶のカップを置いた。

「ありがとうございます。こんな私ですのに」

 田中さんは申し訳なさそうに答えた。

「ワウ、ワフ」

「まあ、お葬式はやっぱり簡略化と言う流れなのかしらね。ね、田中さん」

「ええ、そうなるのでしょうね」

 田中さんは言葉少なで言い訳めいたものは一切口にしないが、コピーロボ当事者、傍観者ぼうかんしゃともに当初は強い違和感の中で状況を共有するのには違いない。だが、それも初めのうちだけで、違和感は次第に薄らいでいく。

「それと言うのも田中さんのお葬式は略式で行われ、お焼香しょうこう 香典こうでんも省略だったわけでしょう。とは言っても、ご遺体は厳然としてあったのね。だから亡くなった事は誰の目にも明白で、それを否定する訳ではないのよね。ただ、ここでは死と言うものはいわば通過すべき儀礼事項であると言う認識なのよ。そのあと田中さんは復活するわけでしょう。だからその一連の流れを見ている人は、亡くなった筈なのに生きていると言う、何となく釈然しゃくぜんとしない思いを抱いてしまう訳。すると、これをあくまでも『形式的な死』であるとすることで、『亡くなった』、あるいは『亡くなった筈』と言う観念を弱めることで、そんなに悲しまずにこの流れを受け入れてほしいと言ってるのでしょうね、と、そんな風に感じたの」

「そうですか、本当に申し訳ありません」

「ワハン」

「これからはこうした違和感を和らげるために、ご遺体を敢えて隠すと言うお葬式の在り方も少しずつ増えていくのかしら。それなら、さらに進んで書状だけで済ますと言う手もありそう。この間までは生きていたのだと言いつつ、故人の死については触れずに、恰もそれを伏せるかのようにして、復活後の今もそしてこれからも継続的に生きていくと言う訳なのね。土俵際で死を押し止めようと言う往生際おうじょうぎわの悪さを感じさせずに、往生そのものをすっ飛ばして、これまで通りに生きると言うのはどんな気分なのかしら」

「はい。山田様がおっしゃるように、途中、元の私の死と言う厳然たる断絶の時があったと言う時間感覚と、その認識があるのは確かです。表現は難しいのですが、あくまでもそれを伴った連続性という、一般には不思議で奇妙な体験のような感覚も保持されているのです。ですので、それを消し去ったり、紛れさせることはできません。その上での今の私と言う存在ですので、まるで生まれ変わったような感じと言えば分かり易いのかも知れません。深い眠りから目覚めた時のように何だか清々しくて、とっても得をした気分です」

「へえ、そうなんですね。つまり、一瞬の眠りの森からの美女って感じね。そこまで外連味けれんみがないと言うのは、羨ましくもありますね。開き直ったと言うよりも、何だか清々しいと言う訳ですね。でも、あなたの意識が、亡くなった本物のあなたのものであった意識と直に繋がっているのか、真に同じものなのかどうか、傍観者としてはどうにもそこがしっくり来ず、怪しくいぶかしく思えるのです」

「はい。それは先ほども申しました通り、生まれ変わった感じです。意識に関しては通底つうていしていると言うか、そんな感じがするとしか言えませんが、全体的には懸隔けんかくもなくつながっていると言う感じです。幼いころの記憶もありますし、家族と共有している記憶、様々な思いや思い出もあります。生まれ変わったとは言え、赤ん坊のところまでリセットされていると言う感じではなく、変わってはいないとしか言いようがありません。でも、厳密な意味での証明は難しいです」

「私の持つイメージとしては光が気相から水相に突入したみたいな感じで、本当は水相中にいらっしゃるのに、ご自身も周りのみんなも界面で気相に跳ね返って来ていらっしゃるように見える、あるいはそう捉えていると言った感じなのです」

「山田様は、本当は私が水の中にいる『筈』なのに、周りの方がたは私が界面で反射して大気中にいるように感じ、私もその様に思い込もうとしているのではないかと、そうおっしゃりたいのですね」

「ええ、何となくのイメージなのですが」

「つまり、今の私の姿は跳ね返った虚像なのであって、真の私自身は水中にいる死後の連続体という訳なのですね。実像と虚像のような」

「はい。少しだけ弱く、遅いような感じと言うか」

「まあ、そうした捉え方の方がしっくりくるかもしれませんね」

「では、ご家族はいかがですか。本来のあなたのご遺体は火葬処理されて、お骨は骨壺の中ですよね。仏壇のご位牌いはいなど、お亡くなりになった証拠がそろっています。そうなると、そこまでを確とご覧になった、ご本人のご遺族でもあるご家族は何かと気を使った対応をしたりと大変だったのではありませんか。

 本来、お母様は天に召されてお星さまになられたのに、まるで往生際が悪いイヌであるかのように、今でもロボとして、その中にいらっしゃる訳ですからね。それに当事者の側にお立ちのお母様としても、何事かをお感じになっているんではありませんか」

「はい。彼らがどう思っているのか、また、そこまで思ってくれているのかどうかは分かりません。私も初めは『何かの中』にいるような感じはありました。彼らにもそうした違和感はあるかも知れませんが、そのうちに努力的な意味での対処としても慣れてくれるようになるのではないでしょうか」

「ふうん、そんなものなのですね」

「ワンワン、ワワン、ワワワンワ。ワンワ、ウワンワ、ウワワンワ」

「これ、シロ、ゾンビなんて失礼な事を言わないの。ごめんなさい、ご不快にお思いにならないでくださいね、『田中さん』」

 周りの者達にとって表現の難しい違和感ながらに、死んだ筈なのに生きていると言う不可思議ふかしぎ事象としてコピーロボは存在する。物故者本人としては字義通りに死んで物故し、かつ復活したかのように、生き返ったかのように生きていると言った塩梅だ。お華さんがしくもそう表現した、あの世と此の世における二重存在とも言えるのかもしれない。

 それは定義上の問題となるため、生きているかどうかはさて措き、何らかの意義を持つ生体型精密コピーと言う、玩具がんぐやカラクリとは訳のちがう、高度な機能を持つ複製体が存在するという事である。

「機能的複製体って言うまずまずの響きは、働く、機能すると言う意味ね。言い得て妙ね。それは命を持ったロボなのね。いい、シロ、ここが肝心よ。復活祭を過ぎ越した恐らくは命、という事なのよ。ただの言葉だけの復活ではないって事」

「ウワン、ウワン、ウワワワワーン」

「山田様。それでは私こと、田中1号はこれで失礼いたします」

「あら、田中1号さん、見事にお開き直りになられたのね」

「ワン」

「はい。でも、ゾンビではありませんので、悪しからず。では」

「さようなら」

「ワワワンワン」

 コピーロボが自身の存在やその意義をどう捉え、考えて存在しているのかは不明ながら、すでに主人あるいは本人である前任者的当人はいないこの世界に、そのコピーロボが放り置かれるのだ。もちろん、本人になり代わって本人としてそのまま生きていくと考えれば何の事も無いとも言える。複製元たる人間、本人を併せ持った写し身の生身の後継者的ロボ人間として、あとは呪縛じゅばくのない自由の身と言う認識で構わず、存在者としての法の遵守じゅんしゅと責任とがおおかぶさり、法の上での主体性の手続きとその取扱い上の面倒とが残った。

「ごきげんよう、田中さん。またお会いしましょうね。法なんて、ほんとうに面倒ですけれど、それはさておきでやって行ってくださいね」

「さようなら」

「ワン、ワン、ワオン。ワオワオワン」

 さて、本人がこの世を去った後、取り残された形ともなる残余ざんよ生体型コピーロボの場合、生体型であるので故障と言うよりは不健康或いは疾病、外傷と言った類の不具合、不都合が発生する。そのようなロボの場合、人間同様の様々な需要を発生させるが、これには本来の人間社会のシステムで対応可能である。戸籍こせきをはじめ、すべては本人の続きとしてこれらを使えばよいが、戸籍には継承けいしょう型生体のむねを明示する記入欄の追加が必要となる。さらにこの場合、通常型の機械型ロボのような損壊そんかいや破壊といった破損などではなく、前述の通りに外傷や疾病やその転帰としての死が招来しょうらいされ、その際の処分については周囲の人間との社会心理的関係や、実態に即した通念上からも廃棄はいき処分ではなく寧ろ葬送そうそう妥当だとうと考えられるようになった。こうして、尊い命を受け渡していくと言う考え方は少しずつ変容していったのである。

「ふうん、不穏ふおんな感じ」

「フオン、フオン」

 また、人間さながらの自他殺と言う、ロボがらみの懸念ともなるべき法的な意味での殺傷さっしょう概念が発生し、実際上の事案件が生じた。そう言った場合、人間に準じた生命保険の適応も検討され、一方、高価な高度機械ロボの場合には損害保険の適応が検討された。ロボ案件が発生すればロボのレベルに応じた法律や保険など、運用上の複雑な問題が生じた。

 時代が過ぎゆく中、コピーロボはそのまま人間として生き、次第に人間に同化していく。すると、それらは最早もはや人間なのであるとも言える。しかしそれはもともと人間なのであり、人間自体も元来先代の混淆こんこう的コピーであると言えるため、人間なのかそうでないのかと言った定義に関わる議論自体がある種奇妙なものとも言える。そうした上で、それが人間との婚姻関係を結べば、人間とコピーロボとの混交が起こり得るのは当然だ。コピーロボはその本質上、外見は何ら人間とは変わらない。内実も殆ど何も変わらないが、違いがなさそうなのは外見同様である。

 通念上の人間に本来的に酷似こくじし、その上でさらに死亡した本人に酷似し、さらに場合によってはそれらを超越し、その内に超絶していくのかも知れない、そうした可能性を有する生体型コピーロボを嚆矢こうしとする人間世界の変容を誰が想定したかは知れないが、それはさてき、彼らを取り巻く様々な状況が時に顕現しつつ、次第に潜行しながらに進んで行った。

「ふーん、そうか。ねえ、シロ。あんたのコピー、どうしようか」

「フオン、フオン、フオン。フォフォフォフォフォン」

「私だって、私自身のコピーロボのオプションを敢えて除外はしないわよ」

「フアン、フワン」

 生体型のコピーロボは、たとえるに連綿れんめんたる命の拝受はいじゅと言うものを内包する生命相の円環えんかん様の様態を突き崩す悪しき老賢者のような存在か。そこでは彼らはテロメアを廃絶はいぜつした上での細胞変異の抑制程度の不明な無制限の存続可能性を示す、他者が消えゆく中での延々連綿たる存在なのであり、子孫に人間がいればそれを追い越して、更なる次代を生きる無理体とも言うべき存在なのである。新たなる婚姻が成立すれば奇妙珍妙なる尊属そんぞく関係が発生する。

「『無理体』ねえ。適応できないのではなく、不穏な過剰適応で順序や秩序が崩れる恐れがあるって言うことなのかなあ。自分の婚姻外孫娘と結婚して子供をもうけたらしい、どこかの王様はそれに近いわね。何というか、滅茶苦茶感が強くて溜息ね。たがの外れた命と言う意味ではやはり無理体なのかしら。そう言ったものが次第に増えていったのね」

「ワフ、ワフ、ワフ。フオン、フオン」

 ここに先ほどのロボ対象の殺人と言う奇異なる観念が提出される。この生体型コピーロボはもはや単なるモノではないレベルの、存在としての生命体なのだが、先述の如くそれは両親のいない『擬似ぎじ類人種』なのである。種と言うのは、一個体のみではあっても幹細胞などの細胞レベル、更には生体内分子レベルの純度や均一性までもが保証され、その先の分子レベルでのコピーが保証され、また種を受け渡すべき自身と子孫とに生殖細胞などの生殖能が具備ぐびされている事を意味していた。

「つまり、ややこしいけれど、そのロボは卵の細胞を持ったロボの始祖しそと言うか、複製はされたものの、生まれた訳でもない始まりの赤ちゃんだったのね。そんなのってありなのかなあ。それでもやっぱりそれは人間なのかなあ。これは、分かんなくなっちゃったかも。うーん、似非えせ人間ロボというロボ人間ね。でも、複製って響きは決して嫌じゃないかも」

「ワフ」

「ピンと来にくいかも知れないけれど、生物の命も生きてるってことは言わば自身における絶えざる複製だものね。こうした個々の細胞における絶えざる複製と言うものは、そのレベルの母細胞からの発生に関してのことも含めて、生物の体と言うマスの複製とはイメージや実際が随分とかけ離れるけれどね」

「フオン、フオン」

「その上、生まれてないってことは、複製されたときにたましいみたいなものがそのボディにストンと入り込んでくる訳だからね。その後そのロボの子はどう生きて存在したのかしらね。そんな似非えせ人間が野に放たれて婚姻で子孫ができて、交配が重ねられて行けば、その成り行きは見当もつかないわ」

「フオン、フオン。ワウン、ワウン。クウン、クウン」

 彼らは生活の中で自己の来歴を意識するかもしれず、また折に触れてはそれについて考え込むのかも知れない。生殖細胞などの始原細胞も一分の隙も無く完璧に量子コピーされているため、人間のような婚姻関係を結んで他者との間で生物的な継代を行うように混淆こんこう型のコピーを創出する事は可能である。奇異な事には、先ほどのお華さんの話にもあったように、最初のコピーロボが所謂その種の始祖、元祖となるのである。

「何と、人工的ではあれ、始祖ロボなのよね。普通、始まりなんて中々ないわよ。すごいわ、田中さん」

「フオン、フオン。フウン、フアン」

 生物においては当然の事ながら、元祖の知れた種が幾世代も継代することを目の当りにするとは、人類が経験した事のなかった事柄として、得も言われぬ感慨を齎すとも言えただろう。

「たしかに、新種って言っても、新たな生物の始まりは私たちには中々分からないし、通常、始まりには立ち会えないわ。だから自分が始まりって言うのは違和感があるでしょうね。これは普通じゃないから、それを知る者にとってはある意味ではとても嫌かもね。上手く受精、着床しなかったり、発生継続そのものが上手くいかないと言うのは、安定的な発生の難しさからも結構多かったのかもしれないわ」

「ワンワンワン、ワオワオワン。ワオーン」

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