第16話 ロボボボボン

 人間であれば自身の利権に関連した悪事を働き得る政治家であったとしても、それが賢明で篤実とくじつたるロボならばそうとはならず、悪巧わるだくみやうそが露見して引責辞任いんせきじにんすることも無い。多くの国々が経済発展し終わった時点で更なる経済発展を目論もくろめなければ、昔ながらの経済戦争やIT戦争、政治経済内戦などの誘発による軍需が見込めなくなる。いわば先進国の常套じょうとう手段としての悪巧みだ。一時期はパンデミック誘発によるワクチン戦争なるものもあった。

「ロボを用いた悪巧みを行う人間もきっといたことでしょうね。もし、人間たちがずる賢さや悪巧み、いじめみたいなものをロボに指南しなんして、それに精通せいつうさせようとしたら、素直なロボたちはそれを容易にマスターして、存在戦略と言う、よい意味での認識のもとで、それを上手に行ったことでしょうね。

 すると、ずる賢く悪い企みの意義までも学習しちゃって、倫理観のたがが外された無意識に邪悪を働くことのできるギルティロボが出現しちゃうのよ」

「ウー、ワン。ウーワン。ワン、ウーワン」

「高性能であるだけに、人間にとっては恐るべき脅威、強敵となるに違いないわ。そんな箍の外れたロボが議会に派遣されたら大変よ。ロボ議員たちは巧妙に政治的事実をじ曲げて人間を丸め込んでは、ロボや特定の人間だけに都合のいい法案を無理やり通過させかねないわ。邪悪さに掛けては人間以上よ。これって、小中学生の発想かしら。元々ロボは遊びのない、ガチガチの論理主義の倫理主義だから、色んな意味で人間には勝ち目はないのよ。品行方正で美人の倫理教師のように融通の利かない、堅苦しい、嫌みな感じかしら」

「ウワン、ワン。ワワワンワン」

 政治は人間のためには必要だが、一般に人間ほど社会性や他社との関係性に拘泥こうでいせず、それに縛られないロボにとっては然程さほど重要ではない。ロボは徹底的に経済的にであって、中立的で、本来自己犠牲的である。人間に比べれば高等、上質にかたよって作られており、劣性不良には作られていない。即ち多様性に乏しいが、あらゆる方面にわたって格段に優秀で、お華さんの言うように下劣でも狡猾こうかつでもなく、性善せいぜん的なのであって所謂いわゆる犯罪とは無縁であり、使う人間に問題がない事を条件に、当初は法律の埒外らちがいに置かれるよう配慮されていたのだ。

「ま、そりゃそうようね。当たり前っちゃア、当たり前。それがロボのロボたる所以ゆえんだからね」

「ワンワワン、ワワワワン。ンワワワワーン」

 ロボは人間や生物のように生存競争も縄張り争いなどもしない。我欲がよくに惑わされずに大人しく活動するように設計されている。社会が問題なく機能していれば、安在あんざい安住あんじゅうする。悪意が蔓延まんえんしていじめや損得そんとく云云うんぬんしなければならない人間社会とは異なり、平和を訴求そきゅうしつつ漸進ぜんしんしていけるのだ。頭には自身の現在地点の経緯の度数が動的に浮遊しつつ存在するのみで、国境を設定することも自他国の別を云云うんぬんしたりもせず、戦争や内乱をき起こすことも無い。見えない敵と戦わずとも済むような社会の実現が可能なのだ。

「そこがロボの魅力ね。正しく平和の使者、そして実践者よね。ロボをこのようにおだて上げても仕方ないわ。彼らにとってそれは自慢でも何でもなく、単なる事実ですものね」

「ワンワン、ワハン」

 しかしながら、そのうちに万が一の突然変異で人間に漸近ぜんきんしていくような発達の仕方を示すロボ個体の出現があれば、人間のように身勝手でずる賢くって好戦的ともなる可能性があった。そのうちに紛争を巻き起こすような個体が出現すれば、やがて人間同様の政治が必要となるのかも知れない。

「そこ、そこ。ロボの理想郷が崩壊していくところかな。でも、それもこの女子高校生の想像的創造に過ぎないんだけどね」

「ンワ、ワン」

 人間本人たるコピー原本が死んだ後のコピーロボの廃棄はいきがなされなければ、厳密には異なるものの、うちの父母たちのような劣悪コピーのまがい物のような形で本人たちがあたかも生きているのと同様な状況となる。公的保険の適応外とすべきと言う話は、高性能、高精度のコピーロボについてロボ権絡けんがらみで取り沙汰ざたされもしたが、人間以上の高機能に配慮されたため、人間に準じた形での存在様式とするという判断であった。高精度コピーロボの場合、感情生成機構も量子コピーされていれば、その存在様式は当然人間に酷似こくじしている。こうした事情から基本的には本人の死去後に本人の遺志により廃棄されると言う原則であったが、コピーロボの意思を尊重する機運が芽生えたのは先に述べた通りだ。

「生体型ロボは生きているのだから、廃棄って幾らなんでも可哀想よね。ねえ、シロ」

「ワン、ワン、ワン。ワワンがワン」

「何言ってんだか。でも確かに、コピーって、増えてんのか増えてないんだか分かんないわよね」

 ロボの存在権にかんがみみれば、ロボ個体の意見をれないような有無を言わさぬ廃棄処分と言うものにはいささかならざる問題がある。それについては、ある時期からロボ関連法案の中にも特別措置に関するものが散見された。意思のあるコピーロボ個体の取り扱いについて、人間本人の死亡後の単なる廃棄処分対象としての取り扱いの是非を問う議論は以前からあり、その辺りの困難性も予想された通りだ。

 独自存在権の付与における慎重論もあり、長い議論の末にコピーロボ個体の希望によって再登録の上でそれが賦与されることとされた。そのロボが希求する存在様式の問題や、非自律型ロボの所有権を持つ雇用主による決定権の問題、自律型コピーロボにおける本人存命時の独自存在権などについて存在様式の面でも議論がなされ、様式によって無国籍や国籍の別の問題など、非常に煩雑はんざつになったのは言うまでもない。

 コピーロボの通常の運用面での個体的諸問題について、困ったものとしては同一時間帯に異なる現場で有名個体の複数のコピーロボが存在する特殊な場合など、多くの街を統合的に監視している千里眼ネットワークメディアのヴュワーロボを通じて、それらが二次的に検出されては混乱を引き起こす可能性があったことだ。二つ、三つのロボ個体がいれば通信し合ってそれぞれが邂逅かいこうしないように、ニアミスを避けるように差配する事は可能であるが、有名個人の複数個体の異なるタイミングでの発言の間に齟齬そご撞着どうちゃくが生じて取り沙汰ざたされ、論理の解きほぐし問題と言った面倒が生じた。

「そんなことぐらい容易に想像できたはず。同一個人の複数のコピーロボが自律性を以て勝手に活動し始めたらどうなるか。そんな事分からないとも言えるし、何でもあり得るとも言えたはずよ」

「ワンン、ンン・・・、ンワ」

 宇宙空間をはじめとした危険な地帯への半自律型ロボ派遣に於いては、命令に従順なロボという選択が派遣側にとって好都合であった。高性能コピーロボは高価であることもあって、ある程度の実用化後も一般化しなかった。ホログラフィック現前するロボの場合、妥当性の面からは会議そのほか様々な状況で用いられた。

 戦役などにおいては、虜囚りょしゅうとなって半自律型ロボが無傷で回収されない場合、時限的に崩壊、消滅するようにと配慮された。しかしそれは何と言っても、自律型、半自律型ロボにおいては齟齬的ともなるが、極小に抑えられたロボの自己保存の観点からは大変不利な話であった。ロボ能力や魅力の一つではあるが、必ずしも善意の人間の誘導する通りにとは成らなかったのである。

「そりゃそうよ。聞けば、思うようにいかないのが人間の世界だったらしいからね。ちょっと怖いけれど、一寸先は闇ってやつ。その闇を照らすべく現れたのがロボだったのですもの」

「ワン、ワハン。ワハハワハハン。ワンワハン」

 以前にも述べた通り、生体の超精密コピー型ロボにあっては、認識における主体性やその持つ世界観、或いはそれを含み持つ世界観の観点からは、それが存するのは寧ろ人間の領分においてであった。その感覚や意識はもはや彼ら自身しか知り得ず、彼ら自身の表明によって初めて他者が知り得るところのものとなる。彼らには生物学的な祖先が存在せず、出生証明がなく、登録証明があるだけだ。さらに彼らを取り巻く問題は多岐にわたるものだ。人間、準人類、類人種といった構成員の一つとして、この並びに列すると話は早く、敢えてがえんぜざるを得ない。

「まあ、そうなのかなあ。とすると、ワンコはその下になるのかなあ」

「ワンワン、キャンキャン、キャインキャイン」

「でもさ、シロ。そのワンコのコピーロボもあるよ」

「ワ、ン」

 原本である本人の死後、コピーロボが本人になり代わるのはいわば手続き上の話、あるいは法の問題である。その際ロボ個体の心理面の問題は置き去りにされる。コピーロボ自体は自身として人間の本人といささかの違いもなく、本人をしてはいるものの本人を離れても独自存在としての個、個の存在は揺るぎなく、自身を新しい独自の存在と思い為してもいる。

「でもさ、写し取られたものと、原本とがお互いに向き合っていたらどうなのかしらね。それでも独自存在であると、揺るぎないと言いきれるのかしら。おそらくは奇妙な違和感のような感興がわきおこるのよ。そして、そこには、よくある、どちらでも構わない本物偽物論争もき起こるのよ。でもね、どっちが本物でも偽物でもいいのはその通りで、どちらも確からしさも、揺るぎなさも変わらないのよ」

「ワンワワン。ワワワワン」

「双子とか三つ子の真理に近いのかしらね。単に似て非なるって感じ」

「ワンワ、ワンンワ。ワンンワ、ワンワ」

「それは回文。母音だけじゃないから、単純に重ならないわよ。そうね、写し取った、単なる多回転対照体的存在みたいなね。でもね、どの二つも異なるのよ。厳密にはね、ありとあらゆるものがね、位置や時間、そのほかの座標をはじめとしてのさまざまな情報がさ」

「ワオン」

 何世紀も前に人間は再細胞の核を脱殻した卵細胞の中にいれて、発生させた生物種を作出して様々な種を作り出した。中には、子供のような無邪気さで、しゅを超えてのそうした手技が可能かどうかなどと様々なことを試行して、大変な状況や問題を招いたこともあったらしい。生物の発生過程の総てが解明されていない状況で、原子爆弾を創出したような箍の外れた倫理観のない科学者たちが、そうしたことを無節操むせっそうに行えば一寸先は闇である人間社会がどうなるかは火を見るより明らかであった。特に個体の発生 途次とじにおいてはどんな変異が起こるかは分からない。通常発生の場合においても偶然の遺伝子の変異や傷害、環境への適応、不適応によりその生涯に様々なことが起こるのは誰もが知る事だろう。

 ある ゆがめられた発生によって生じたニッチに潜む始原的(幹)細胞のコピーまでをも含み挟んだ発生の場合、発生途上で臓器組織の中に些末さまつながらも様々な成長阻害や傷害、さらにその変遷によって起こる目に見えない何らかの異常の痕跡が生じ、蓄積し得る。こうして総体としての生体経験と言うものは常なる破壊と再生とを巻き込んでは、コピーとは言い条、何らかの副生成物を含み持つ、副生物としての別個体のものとなっていく。

「何だか良く分からないけれど、コピーにもいろいろとあったのね。昔の、人工的な始原細胞からの発生による複製と言うのは、量子コピーとは異なるようでいて、案外同じようなものかも知れないわね。

 いずれにしてもつぶさに観察できる訳ではないから、実際にはどんなタイミングや契機で、つまりどんな仕組みで、いつ、どの遺伝子が発現するだとか、そして眼にも止まらぬ速さで行われるその後のカラクリだとかなんて、途中が抜け落ちてて結果しか分からないブラックボックスのようなものだから、さっぱり分からなかったんでしょうね」

「ワンワン、ワウン。ワウワウワン。ウワウワウワン」

「こら、ウとワがコピーミスみたいでまぎらわしくって、わずらわしいと言うか、うるさいわよ」

 量子コピー個体が、物故ぶっこして既にそこにいないコピー原本の本人との外見上の区別がつかなければ、外見上はほぼ同じで内実はかなり本人に近い。葬式の後の人間の頃の親類 縁者えんじゃなどの縁故えんこ者は当初は当然のことながら、当の本人が死んだことが分かっているため違和感を感じずにはおれない。しかし、次第にその奇妙な感覚は薄れて、物故者同様の或いは同一の『本人』と見做みなすようになり、さらに終いには本人と同化してしまうに至る。

「あら、田中様のお母様。亡くなった筈のご本人のようなご本人に向かって言うのも何ですけれど、この間は本当にご愁傷さまでした。ですが、こうしてお見受けする限り、そのことを忘れさせてしまうくらいに、以前にもましてお元気そうで何よりですわ。それにしても、まるで生き写しですのね。とても信じられません」

「ええ、山田様、とても元気です。ありがとうございます。その節は大変ご心配をお掛けしました」

「あなたのお葬式は確か三週間ほど前の事でしたから、まだあなたの四十九日のも明けないうちに、今度は和田さんでしょう。でも、あなたの場合とは違って、それほど親しくなかった和田さんは復活されませんでしたので、本日は本格的なお葬式であって、本当のお別れだったわけでしょう。ですから、涙が出るほど悲しい訳ではないので、こうして涙を拭う素振りがいりますわ。あなたを前にして、何だかとっても妙な感じです」

「そうですか、山田様。私も病み上がりと言う以上の、物故したばかりのはずなのに、こうして知人のお葬式に出ているなんて、何だか変な感じです。そして残念なことに、私は生まれ変わった後からどうした訳だか涙が出ないんです」

「へえ。そうなんですね。感情があまりたかぶらなくなったのでしょうか。あなたのお葬式の時にはとても悲しかったのに、復活なさると言うお話でしたので、実際はとても複雑でしたのよ」

「まあ、そうだったんですね」

「ええ。あの時、あなたが亡くなって復活なさると言う流れは理解できたものの、亡くなって甦ったという事がしっかりと腑に落ちていなかったせいか、混乱していたせいか、心情的には悲しむべきなのか喜んでいいのか、それとも感情を動かさないようにすべきなのかが分からなかったんです。悲しさを引きらずに、寧ろ復活を喜ぶべきなのだと、今ではそう思えるようになりました。だから、一旦は思い切り泣いておいて、その後ゆっくり復活と再会を喜び合うと言うことなのかと思います。私たちから奪われた貴方という存在が再び与えられ、単純に『第二のいのち』との『再会』を喜ぶという事の方が、決して自然なのではないのだけれど、きっと後々の蟠りがないのでしょうね」

「ええ。申し訳ありません」



 

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