第15話 ロボとロボコピー

「何と言ってもロボお嫁さんは贅沢ぜいたくをしないわ。おいしいご飯を作ってもくれる。不気味ぶきみの谷を苦も無く飛び越えては、すべらかな肌に可愛いえくぼ、揺らぎの掛かった優しい笑顔や眼差し、うっとりするような周波数の声。どんな事でも難なくこなしちゃう、理想的でつつましく、美しく年を取らない奥さんね。子供の教育にも打って付け、お手の物だから学習塾も家庭教師も要らないわ。平穏平和な家庭で、家庭内暴力も家庭内別居もなければ、不和も離婚もないわ」

「ウワワワワン」

「ついでにジェンダレス対応機種もあったらしいから、ホントに心強かったわけよね。人間心理の奥深い部分の理解もできるから、いろいろな場合での肌理きめの細やかな配慮と対応が可能だったのよね。本当なのかどうか、ちょっと意味不明だけれど、なんとその内に心が通じてしまったそうよ。

 多言語対応、かつ質素で倹約けんやく家で、つまりは経済的でみんなのお手本のような、論理的で勘違いのない嫉妬しっと的ではない奥さんよね。それなのに高性能で道徳的、理想的でくしけずったり、お化粧する必要もないほどに完璧な奥さんってつまんないかなあ。こうなると普通の不完全な人間の旦那さんの方が気後きおくれしちゃいそうね。でも、愛情は別で、見つめ合うことで愛情ホルモンもちゃんと分泌されるらしいわ。生物じゃないのにさ、本当に不思議よね」

「ウワワワワワン」

「でもさ、美人でも美人でなくても三日で飽きちゃうかなあ。いろいろと考えたけれど、おバカな女子高校生の私の結論では、やっぱり究極のロボ嫁様は要らないかな。でもさ、人間って結構バカだから、機械と心を通わせ合い、そっちの方が好いって言うやつが出てきてもおかしくなかったのよね。でも、寧ろ不完全なロボ嫁様なら人間にとっては好ましいのかも知れないわね。私はおバカなニャンコでもいいから、血の通った生き物がいいかな。これも偏見へんけんかしら。おっと、あんたはワンコだったわね、ごめん」

「ンワ、ンワ、ワンワン。ワンウーワン、ウニャワン、ニャワン、ニャンウーワン」

 もはやロボは取り扱われるべき客体的対象、あるいは対象物としての存在から抜け出し、生み出すべき需要としての経済効果は不定ながら、人間からうらやまれるべき万能性、完璧性を備えつつおもむろにながら真に主体的に社会に関わるべき、あるいは不可欠なとも言うべき実体的存在となって世界へと踏み出していったのだ。

 しかしそこで大切なことは、主権や公民権など大時代的なことを含めたロボの基本的な存在権であろうと考えられた。需要の高まりその他によって、それらの法整備が行われ進められた時代があったのだ。ロボはこれらの法の庇護ひごのもと、その持つ力を十全に発揮するであろうと考えられた。こうしてロボの実態や実際、多様性の織り成す混交こんこう的な社会のあり方が絶妙なあやを織り成しつつ様々に議論され、本格的なロボ社会の到来が条件づけられ、その現実化に向けての素地そじが整えられて行った。

「ふむふむ、まあ、そうでしょうとも」

「ワンワン」

 そうは言ってもロボ家庭の個々の在り方は一様ではなく、そうした包括ほうかつ的な社会のあり方とは幾分なりとも乖離かいりがあったと言わざるを得ない。人間的な意味での社会性の獲得学習の必要から学校に通う私のような人間型ロボのいる家では、私が家を出て行くまでの間は毎日の家庭システムを稼働させる必要がある。私の成人後の家庭と言うシステムは父や母が祖母の意思を尊重して、必要に応じてシステムのオンオフが行われることとなる。

「それって何だか味気ないわよね。ロボ家族やロボ社会って。家族それぞれの会話も要らないし。普段ロボは何も考えている訳ではなさそうだしさ。ロボはごはんも要らないし、子供の哺育も読み聞かせも子育ても、子供の領分のお勉強も遊びも要らないわね。人間にとって大切な心の世界内体験も要らないわよね。正しくひい爺ちゃんの言うとおりになっちゃったって感じ。

 まあ、ロボ関連法案も運用面では時代ごとに変化もし、その都度つど追補ついほされたから、人間側の恩恵が多大で、そのお陰でこの世界で何とか人間はじめ多くの生命体たちが命脈めいみゃくを保って来れたって感じ。議会だってロボ議員たちは優秀だから長時間の議論も長広舌ちょうこうぜつの演説も、官僚作成の原稿も音読の練習も何もいらないわ。悪意も忖度そんたく欺瞞ぎまん韜晦とうかいもないしね。実際に即した裏表のない議論ができて、瞬く間にすべてが片付いちゃうわ」

「ンワワワワーン」

「ねえ、ケンタウルシロ。あれこれ考えてばかりいても仕方がないから、散歩行こうか。犬も歩けばロボに中るって、犬の散歩も規制されちゃ敵わないよね。今日はイヌが仮に眠ってもOKの足踏みロータ機能付き反磁場 浮揚ふよう型スクータは使わないから、思う存分駆けまわっても構わないわよ。重力を使って体にも骨にもちゃんと振動を与えないとね。血のめぐりや筋肉、骨から全身がやられちゃって、何もかもがスカスカになっちゃうよ」

「ウワン、ウワワン、ウワワワワン」

 ロボ家族にあっては、お華さんが言うように朝が来ても家族各員には洗面も整容もない。充電満了であれば電源投入後数分でそのまま出かけられる。クラウド作業なら出社の必要もない。ロボの場合、自ずと外部とつながっているので、父のようにベッド上で目を閉じたままで総ては始まり終わる。

 時代が進み地表面の自然が次第に厳しくなり、自然災害にウイルスそのほかも相俟あいまって人口が減少に転じて来ると、やがて限界集落から限界都市、限界国家などがを上げるようになって破綻消滅していく。さらには常々に発生する限界生物が次第に自身を保てないようになるように、こうしてあらゆる絶滅が次第に進行していく。

 すると人間たちの多くが宇宙線をしのぐための分厚いシールドと磁気発生装置や重力場装置、大気発生装置などを備えた宇宙の居住可能区域へと出て行った。大変な思いをしながらも工夫して、楽園とも地獄とも称された地上に残っている人間たちの子孫は随分と以前から自身の超精密な生体コピーをロボ化して、それを働かせていたらしかった。

「そうそう、そう言う特権階級がいたのね」

「ワンワンワン」

 本人の死去後そのコピーロボの登録を抹消まっしょうするかどうかは任意であったため、子孫でない世継よつぎ的な跡継あとつぎ、前述したような、いわゆる持続型本人 後継こうけいロボと言ったものもいた。遺伝子のテロメアつぶしが行われているとは言え、また生体要素を含み持つ命であるとは言え定義上はロボであるため、登録抹消を行うためには廃棄はいき処分が妥当となる。しかし、なお生体であるには違いなく廃棄はすなわち殺処分となる。これを気にしたロボコンソーシアムは生体コピーであるとは言っても、単純なロボと人間との間に位置する実態的実体として取り扱うべきであると言う事まで勘案した、実際に即した答申を行ったらしい。

「まあ、悩ましい所ね。廃棄なんて言ってもね。だって、曲がりなりにもって言うととっても変だけれど、生きているんだもんね。ロボだって生きてんだよ」

「ワン」

 その後登録を抹消すると同時に本人の戸籍こせきに本人として再登録することが、ロボ基本法の第百十一条の附則ふそく第十一項に付け加えられた。これにより、コピーロボの不具合や破壊に基づく所謂いわゆる死に際しては、再延長を行わない場合の第二の死と言う概念として取り扱われることとなった。

 その後、コピーレベルはともかく、完全な生体コピー型でなくとも、うちの家族のような中枢ちゅうすう神経のみの不完全コピー型AIを筐体きょうたいに収めたタイプのものなどが席巻せっけんするようになったのだ。

 超精密生体コピーロボは当分は随分と高額であったが、ある意味で究極のアルティメット・マルチファンクショナル・オートマタ型の自律型ロボと言い得たかもしれない。人間との区別の不能な高性能のコピーの場合は高額で、一部の石油王や貴族、大企業の多忙なCEOが顧客であったようだ。もちろん人間の精神神経特性の大部分をクラウド利用してしまえば、残る本人部分の性格類型や考え方、感じ方の部分のわば不完全コピーで十分であって、そこまでの高容量は必要ない。

「まあ、便利だけれどね。クラウド利用無しの完璧かんぺきな超精密生体コピーだと、黎明れいめい期の者では一体いくらしたのか、見当もつかないわ。細胞レベルでのコピーという事は、その中で機能するあらゆるオルガネラやそのほかのDNAや多種多様で雑多なRNA、ヌクレオソームやエクソソーム、ミクロゾームなどのエフェクトソームなどすべての機能的、構造的生体分子の際限ないコピーが要るわけで、しかもそれらは絵に描いた餅ではダメなのよね」

「ウワン、ウワン、クウン」

尚且なおかつ細胞の分裂に関わるテロメアやテロメラーゼ遺伝子も改変されたらしいから当然とても高価だし、癌化の可能性もあった筈よ。高価だから顧客こきゃくが少なく、上梓じょうししても企業側はペイしないと考えたのかもね。勿論もちろんその後のロボ世界を見越した先見的プロトタイプ開発を意味のある投資と考えたのかもね」

「クワンクワン、クエンクエン」

 実際の生体コピーはと言うと、巨視きょし的構造体コピーにおいては総情報量のほんのわずかの幾許いくばくかが複製されるに過ぎず、旧人類においてはなかなか実現困難であった。上記のようにありとあらゆる分子レベルでの微視びし的構築と量子的振る舞いの完膚かんぷなき解明あってこその超精密生体コピーであった。それがようやく可能になったころには、大方の人間たちは地球を離れて系外惑星に避難しようとしていたとは何とも皮肉である。

「それにしても、コピーロボ以外の高性能ロボによって閑暇ひまになった人間たちは何をやるのって言う問題があるわ。人間の場合ロボとは異なって、仕事をする事こそが言わば生きているあかしだからね。ネコの手も借りたい向きにはロボパワーを貰うと言う意味ではよかったのかもね。でもさ、会社や仕事がそのロボに乗っ取られちゃう心配はなかったのかしら。生体コピーの事を完璧なコピー、つまりうり二つの自己の延長としてのとの連続体と考えれば、人口に膾炙かいしゃされたらしい永遠の命ってものに近いと考えたのかしらね」

「ウーワン、ウーワン、エタナルワン」

 どこかの国の国家元首などは多忙な毎日、数体の不完全型コピーロボを稼働させて自身は休養そのほか私用をこなしたらしい。運用当初は極めて限定的な使い方をしていたらしいのだが、一度使用して味を占めると、想像以上の高機能、高性能に舌を巻いて様々な用途に使い始めた。

「でもさ、優秀で精巧せいこうな生体型ロボなら、最早本人との区別もつかないわよね。場合によっては何らかの手違いで、たまたま幾つかの安全装置のたがが外れちゃう可能性もあった訳でしょう。地位の高い人間のコピーロボが周りの誰かに指示命令するのを要求されて、その先に起こり得るオプションとしては、最終的にはコピーでない大本おおもとのご本人が表向きとか勘違いで抹殺まっさつされちゃうって言う、お粗末なのか陰謀いんぼうなのか分からない感じの筋書きだってある訳でしょう」

「ワン、ワワン。ワンワワ、ワンワワワ」

 ロボ政治家であれば、どんなになじられても、ロボは感情生起性情報が遮断しゃだん可能であって、なおかつ情緒じょうちょ回路の閉鎖的遮断が可能なので余計な反応をすることもない。ロボは場数が少なくても、胆力たんりょくがなくともびくともしない。人間の場合には感受性が高いため、かえって外敵に対して脆弱ぜいじゃくであるとも言える。元来が高性能で、そもそも失言や失政はない。食事や途中休憩も不要で、論理の流れがスムーズで議論が白熱することも無く、長時間の審議しんぎも不要で、ストレスも舌禍ぜっかもなければ、買収やスキャンダル、韜晦とうかい忖度そんたくもない。

 しかもうそまことか本当か、まさに人間の遠く及ばない高性能のロボにとっては物事の100手先の枝葉までの100万手を読むのは朝飯前で、虚々実々きょきょじつじつの駆け引きも不要ながら、政治自体がより良いものとなり、これほど良い事はなかった。人間の差配する社会はしがらみや欲動その他の問題から政治も含めてあやまちだらけで、その方が人間らしくて好ましいという意見は無責任のそしりを免れなかったのかも知れない。

「まあ、そうよね。人間は何事につけ不完全だから、仕方がないと言えばその通りなのよね」

「ワンワン、キャウキャウ」

 人類劇場というものは、事態に波風なみかぜが立たないようにという一部の人間たちの意図に反するが如くに、むしろ波乱が多いほど面白いとも言えるだろう。いわゆるロボの専権事項とも言える実利的平和主義において、その度が過ぎるのがよくないと考えられたのは人間が主体となる社会での話であった。ロボが人間のために物事を決めるという事は面白くない選択肢のうちの一つを拾ってくるだけの事だ。大きな間違いがないと言う意味では是非もなく推奨すいしょうされた。

 人間にとって不気味であったのは、論理処理過程がブラックボックスに入っている事であった。複雑な問題の場合、結論が直観を裏切る事も少なくなく、それに至る過程は人間には全く見えない。結論を無条件に受け入れ、それらに盲従もうじゅうする事はそのままカオスの先を読むのを放棄することにも繋がり、それがあたかも人類における先見せんけん的決定論のごとくのものになってしまう危険性をはらんでいたのだ。

「そうそう。ロボならに入り細を穿うがって追従ついじゅうできるんでしょうけれどね。一手か二手先ぐらいしか分からない人間にはちょっとどころか、一寸いっすん先が闇だから、とても無理よね。カワウソかわいそう」

「ウワワワン。ワワウヲ、ワワウヲ」

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