第14話 ロボとロボ婚姻

「その内にさ、ロボたちが人間の論理の不整合を弾き出して、それに異を唱え始めるの。そうこうするうちに彼らがロボ権を提唱すると、何らかの代償を支払えと言うロボも出てきたのね。

 それ以前のロボはいわば人間の奴隷のような部下のような存在だったのね。それは人間がロボを支配していた頃の話で、ロボには了解済みの事だったのよ。ロボが大人しいのは決して無意味な事なのではなく、誰かの企みであったかも知れず、それによって人間社会の無力化と転覆てんぷく、最終的にはロボ勢力の拡大と、それを支配する一部の人間による、さらにはロボ自身による覇権はけんの到来が予見されていたのかしらね」

「ワンワンワンワン、ワンワンワン。フウ、ワン」

 我が飼い主、お華さんもいろいろと考えるものだと、シロはそう考えているのかもしれない。

「いつの頃だったかしら、詳しくは知らないけれど、ロボ基本法のほかにロボ総動員法とか、ロボ治安維持法と言うのが施行されたって聞いたような気もするわ。ロボ総動員法って、そんなに忙しい事柄や時期があったのかしらね。歴史の本に載っていたのかどうか、私の記憶が怪しいのだけれど。総動員の時にはロボたちがやりたくもないのに寄り合って、人間には内緒で共同 謀議ぼうぎ企図きとしないとも限らなかったのかしらね。

 彼らが監視装置のクラウドデータを少し改ざんしさえすれば、或いは監視ロボと共謀きょうぼうすれば監視対象としての寄り合いを指摘されずに済んだのかも。まあ、ロボは人間のように寄り合う必要は無いのだけれどね。そのうちにロボたちが人間社会で抑圧されているロボたちのロボ基本権を気にして、ロボ基本法改正を迫ったのでしょうね。ワンコ権ってあるんだっけ、シロ」

「ワウワウワンワン、ワウワウワン」

「ほかにも彼らロボによる覇権はけん嚆矢こうしとしてはロボ共和国と言って、ロボ政治家やロボ高級官僚に率いられて、ロボだけが集まって独立宣言を高らかに歌い上げたの。当初は大変だったかも知れないけれど、そのうちにロボの製造を手掛けるロボ集団の一派が出てきてね。それを一手に引き受けて、人間たちの国々の需要に応じて様々なレベルのロボを製造、派遣したのかな。

 その後ロボ権宣言やロボ奴隷解放宣言、非従属化計画などが打ち出されたんだっけ。人間が邪魔ならいっその事、人類移住化計画などと称して、住みにくい地球から衛星や惑星への島流し的移住を促進させたのかも。人間の欲望は限りないけれど、知恵を得たロボの巧妙さは当然、人間以上だったのでしょうね」

「ワウワウワンワン、バウワウワン」

「でもさ、人間存在の要諦ようていとも言える食料、食糧がロボによって管理されるようになったら、もう人間には不正はできないから、ロボに降参するしかなかったのよ。こうして、いつの日か人間たちは家畜のように配給の食べ物で管理されちゃったのよ。当初ロボたちをこき使っていた人間が職務から解放されて、さらに仕事を追われた人間たちが今度は配給の食べ物をもらうためにロボに頭を下げたとはね。でも、ロボは人間に愛想を尽かしても、自分が働いて人間を奴隷のようにこき使ったりはしなかったのよ」

「ワン。ワーン、ワン」

 しかしそれは、人間がまだ多数派を占めるいわゆる人間社会の、あるいはロボの社会に人間が少なからず混じっている時の、人間とロボの共存をめぐって、人間が少なからず押し込められている序章の話であった。マイクロプラスティックなどをはじめとした化学物質の人体内への蓄積ちくせきによって人間の繁殖はんしょく能力が低下して人間が減少すれば、人間の発言権は多少なりとも低下する。さらに時代が進んでサービス対象である人間がいなくなれば、人間を対象としたロボの仕事はなくなり、抑圧される存在としての意識も、人間打倒の必要もなくなる。

 人間が絶滅し、或いは移住してこの辺りにいなくなってしまった社会であれば、当然家事一般を行う必要は無い。お茶を飲むのは人間なのであり、茶葉の購入、湯沸かしから抽出、遡って茶葉の生産、流通、販売などの経済活動のことごとくは喫茶を行わないロボには不要なのである。

「まあね」

「ワンワン」

 無論ロボが人間の模倣もほうをしても構わない。ロボ一般は通常喫茶や食事を行う機能を備えた身体様の筐体きょうたい構造ではなく、喫茶の意義の理解についても表面的なものに止まった。ところでサービングにおいては喫茶者の気持ちや心地を汲む必要がある。茶葉のフレーバーに対する嗅覚センサとその分析総合能について達成困難なプログラムが必要であった。コーヒーその他の飲食でも同様であった。

「世の中の様々な面倒事はそれを解決するという仕事とその需要を生むのだけれど、その面倒の一切は人間が発生させたものだから、ロボが行う仕事のほとんどすべては言わば人間の尻拭いだったって訳よ」

「ワウワウ、ワウハウ、バーウワウ。ハウ?」

「では、その面倒とは何だったかと言うと、総じて人間の心に発生する好からぬものだったのね。掃除したくないとか、階段を上りたくないとか、歩きたくない、楽したい。面倒事はできる事なら誰かにしてもらいたいと言うね。それを人間がロボに投射するの。あくまでも個人的な見解よ。人間が実際によごし、或いは心でけがしたものをすべてロボが清掃するの。ゴミ処理よね。人間の作ったマイナス要素を埋め戻す面倒で大変な作業よ。ロボは従者として人間の醜さや人間の作り出した地上の汚れを浄化してくれていたのね」

「クー、ワン。クー、ワン。クワン、クワン」

「でもさ、ロボが進化して人間のように振舞うものが出現したら、それは人間同様、様々な問題を発生させたのかも知れないわ。人間の場合、基本的には両親や何らかの受精卵から生まれて、その後食事によって体を発育させ、維持し、学習して知識を習得し、職業スキルを獲得しなければならない訳でしょ。だから食事その他学習や仕事に伴う年代ごとに変化する状況にまつわる様々な需要を生むのよね。人間って面倒で厄介やっかいきわまりない存在だったから、それらに対する個々のサービスが必要だったのよ」

「ワン、ウー、ワン。ワンウーワン」

「ロボは最初から完成しているから育てる必要も無いしね。衣食住が要らないし電源以外何も必要としないのね。それって物事の必要や一切の需要を発生させない、社会経済性ゼロの存在という事なのよね。でも最高水準の工業製品だから、開発コストや生産コストは非常に高額、つまりは生れ落ちるまでの経済コストが物凄ものすごいと言う訳なの」

「ワンワン、ウワン」

「故障の時の修理は必要でも、自動修理、修復機能付きの自己完結型が主流になったし、もちろんオートパイロットのオートアップデートだから、他者や外部情報に頼る必要のある人間と違って、ロボって本当に世話が要らないのよ。手間のかかる人間の我儘わがままには、もうこれ以上付き合いきれませんって、ロボがそう言ったら人間はどうする心算つもりだったのかしらね」

「ワンワン、バウワウ」

「でもさ、人間たちが結婚さえも面倒がるようになったら、人間たちを取り巻く状況はどうなったのかしら。ロボはその時、そんな人間たちの棲む人間社会の救世主となったのかしら。スキルを以て様々な課題に取り組めば、それは結局専門性や職業性を帯びると言うことよね」

「ワンワン、ワウワウ」

「労働力においては人間にとっての対抗勢力だから、職を奪われる人間には危機的状況とも言えるわね。おとうさん型ロボはシングルマザー支援が可能ね。母子家庭に派遣されたら、きっとママたちの心強い味方になるわ。職能と父親代わりという家族機能を充たすイケメンなナイスガイの男性型ロボを彼女らが気に入れば、場合によっては結婚の道も開けるのかもね。婚姻こんいんと言う場面においてもロボは人間と競合し得るって奇妙な話」

「ワワン、フフン。ワフンワフン、ワフワフ」

「あらゆる面での充足とはいかないまでも、多岐にわたる用途の中で、そんなものも発生したのかもね。陳腐ちんぷな言い方だけれど、ロボの可能性は人間になり代わると言う意味でも無限大だったのよ」

「ウワン、ウワン。クワン、クワン。ワフワフ」

「へへっ、自慢じゃないけど、私のお婿さんはシリアルナンバー付きのバイオジェニック『マサオさん』です、ってね。大手を振ってそう言うご婦人が出てくるご時世ね。ジェンダーフリー、ジェンダレス、アセックスというのが以前からあるようだけれど、ボーダレスはあらゆるものの境界で成立していたの。あらゆるニッチに入り込んだロボは存在感や存在意義をはじめとして色んなものを手中に収めていったのよ」

「ンワッ、ンワッ、ンワハッ、ンワハッ。ワフワフ」

「シングルマザーやシングルファザーシステムは遠い昔からあったの。あとはロボ権や存在権、その他の権利の獲得が必要だったのね。世の中の人間たちが結婚してもらえなくなっても、不自然かも知れないけれど、ある時まではロボによって人間存在と人間社会の存続は何とかなったのよ」

「ワン」

「でもね、やっぱり必要なのは卵子、精子バンクね。でなければ、虫たちが利用している単為生殖可能の再生産システムかしら。端折はしょって作った擬似ぎじゼロ細胞は色々な障壁しょうへきから中々うまくいかなかったからね。ピュアリティやマチュリティを保った本物の母細胞の系列とそのバンクの構築が大切だったのね」

「ワワンワン。ワワワンワン」

「私のお嫁さんは人間である必要はありませんと言う方はロボ婚姻こんいんに向いてたのかもね。婚姻制度の辿った紆余うよ曲折きょくせつ変遷へんせんは様々な可能性をもたらしたわ。結婚業者たちが見映えや感触、性能の格段に良いロボを取り揃える機縁となったのよ。ロボ婚には大きな可能性があったのかな」

「ワウワウ、ワンワン、ウワワワワン」

「シロ、そんなに嬉しがらないの。それでも不妊治療の要らない孵卵ふらん器や人工受精後の揺籃ようらん機能付きの別嬪べっぴんさんロボなら、確か数百万ドル越えだったのかな。意識が高くて賢明で誇り高き人間の女子とは違って、ちょうど好い具合に整形されている、言わば超絶ハイスペックなのよね。男性型だって高機能で外観も理想的に作り込むことができた訳でしょう」超高性能タイプののロボでも百年落ちの中古なら、しっかりメインテナンスが行き届いていても庶民でも簡単に手が届くのよ。するとそれって、その先、一体どうなっちゃったのかしらね」

「クウン、クウン」

「大抵のことは言う事を聞いてくれるし、逆らうことも無く、文句も言わず、喧嘩けんかもしない。食べ過ぎに対するダイエットの強要の必要もないわ。介護の不安もなければ、離婚などの厄介もないし、親権の要求や押し付け合いもないわ」

「ワンワン、ワウワウ」

「どうしても完璧な赤ちゃんが欲しいのなら、身体の負担が少ない採卵方法が確立されたから、健康で見映みばえの好い方の提供してくれる卵を無償むしょうでいただいて、まあ、喧々諤々けんけんがくがくの議論はあったけれど、脳死された方の臓器提供された物や、健康な方がご自分のために貯卵した卵子バンクの廃棄はいき処分しょぶん対象の貴重なものね、それを無償でいただいて超精密孵卵器ロボで育てるの。これはある程度の需要があったらしいのだけれど、人間が存在しにくい地上の環境や時代になったら、子供や子孫もロボでいいという事になったんだよね」

「ワン、ワン、ワウフ、ワウフ、ワウウ、ワウウ」

「あら、異論があるのかしら。対人の苦手な方には単純に高機能ロボだからお勧めなのよね。お喋りし過ぎることも無いし、筋の通った理屈で締めくくってくれて納得させられ、一切を好い方向へ導いてくれるわ。先行きの計算はばっちりで家計その他も任せて心配ないし、と言っても計算高くない。好い事尽くめの奥さんよ。さて、時代遅れの人間たちは果たして高機能なイケメンロボや美女ロボに太刀打ちできたのかしらね」

「ワウン、ワウン。クウン、クウン」











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