第13話 ロボの、ロボによる、ロボのための
「もう、何もかもロボ、ロボのロボ頼みよね。そう言わなくたってロボだらけなんだから。ロボが有難いことくらいは誰でも分かってるわ。ロボなら何でも解決できるし。困難はロボ任せにすればいいもんね。人間は安全地帯に逃げ込んでさ」
お華さんの言い分もわかる。多くの人間たちの思いも同様だろう。しかし、時間や状況は止まる事なく進み、もう何を言おうとも手遅れなのだ。上下左右、天と地にも、どこを向いてもロボ。人間なのか、ロボなのか、ロボネコなのか、ネコなのか、それともネコ人間なのか。それすらも判らず、最早その別を見分ける意味すらなくなっている。つまり、とても奇妙なことにネコの形なら何でもいいのだ。
つまり、その議論は一般に旧世紀に属する人間たちのものであった。その頃のロボは物事に対して好悪等の感情を前面に出さず、人間のような執着心もなく、文句も言わず、あくまでも物事に事務的に対応するのみで、人間にとってはひとえに好都合で且つ大変ありがたい存在であったのだ。
作業の多くは人間とロボのどちらがやってもよく、業種や業態によって、また困難の伴う作業内容によってはロボに分があった。ロボはあらゆる領域で人間を凌ぐ高性能、さらに進んで万能性を身につけつつあったのだ。
そのうちにロボが席巻した労働市場では次第に人間が締め出され、やがて人間は労働そのものを断念せざるを得ないようになり、大方の仕事をロボに奪われたのだった。ゴミ拾いから簡易芸術まで、大衆芸能やエンタテインメントなどの娯楽に至るまであらゆることをロボは巧みにこなし、最早人間の出る幕はなくなってしまった。人間たちは幕間の時間潰しに、様々な産業のニッチへと追い遣られたのだ。さらには観衆や評論家に至るまで、ロボによる席捲が着実に進んでいった。
職種によってはロボが適している領分も多く、雇い入れに関しては正規も非正規もなく、派遣を担うロボ管理機構が受け取る賃金も人間に比べて格段に低く抑えられた。雇用主にとっては人間とロボとを区別する必要もなくなり、黎明期には非正規雇用ロボが好都合とされた。
人間や人間社会の存続と言う前提を離れると、人間存在が無くても問題ない場合にはロボによって人間同等以上に事が
「ほうら、言わんこっちゃないわ。都合のいいことばかり言っていると、ロボに全部取られちゃうわよ。もっとも、どうなっても知らないと言っても、もう十分に遅くて、今更めいているけれど。
ゲノム超人も一時は持て
ロボットを率いた人造人間たちの活躍もなかなか思うようには
行かなかったし、確かそのほかの諸々の分野における目論見も、結局その多くが水泡に帰したのよね」
「ワンワン、キャウキャウ。キャイン、キャイン」
「多くのプロジェクトが目新しかったから耳目を集めたのよ。目には魅力的なものと映ったのよ。それをロボでなく、ゲノム改変超人でやろうとしたことに意義があると考えたのでしょうね」
「ワン」
「あの人造人間たちのチーム、その後どうなったのかしら。脳も神経系も筋肉も骨も、加えて心肺機能もミトコンドリア機能も何もかもが一般の人間と比較できないほどに高められ、屈強なロボたちを率いて様々なプロジェクトに参加して、はたしてよい成果を手にしたのかしら。
「ウー、ワンワン。バウワウ」
「ゲノム改変型超人は当初、倫理観をも超えた人体改造プロジェクトの産物だったから、眼に見えないゲノム改変というドーピングが行われて、事実上のオリンピックの無意味化にもつながったのよね。それに短命って弊害もあったから、悪事に使われさえしなければって言う建前めいたものがあったはず。そのずっと前には整形って言う、いい意味での前近代的子供だまし的な身体改造もあったらしいけれどね。リンパ流の流れが悪くなってお顔が腫れたり、顔色が悪くなったりしたらしいわ。映画で使われたらしいけれど」
「ウワンウワン、プワンプワン」
「人間の欲望は
「ワウワウ、バウワウ」
「でもね、ロボにも不得意なことはあるのよね。顔色をよむとか空気を読むとか共同で仕事をこなすとかね。様子を見るとか、人間の歌の
「ワンワン、ウワン」
「超人化はある種の人間のロボ化なのよ。言い方はよくないかもしれないけれど、所詮は人間なのよね。人間の病気をなくし、赤ちゃんの病気の種をなくし、老化をなくして命を長引かせ、有難い事とも言えるんだけれど、人間たちの勝手な思いをどこまでも遂げさせようとしたのね。そんなの適応的進化じゃないわよね」
「ワウワウ、バウワウ」
「一種の理想化なのだけれど、結局はロボ化なのよ。同じ顔、同じレベルの強くて立派で高機能な体や頭脳。欲を言えば限りがないわ。それって、言わば神による意匠じゃないのよ。人間によるデザインに過ぎないの。それは人間の考える理想ね。神なる偉大な自然がくれた掛け替えのない価値を捨てるんだからね」
「バウ。バ、ウ」
「でしょう。でもまあ、それでもいいって言う評価を下す人間は多かったのでしょうけれど」
「バウワウ」
「人間の感性レベルで大切なものを適当に変えればバランスも崩れちゃうし、おまけに最も大切な多様性に彩られた存在そのものの持つ意義や素晴らしさが失われるのよ。それってどうなのかしら。お料理に譬えるのも何だけれど、お料理は本来、素材の味を生かして作るわけでしょう。それなのに一番大切なものを消しちゃって、味の濃いソースで味わうのよね。素材の味わいや、それへの感謝はどこへやら」
「ワウンワウン、バウワウ。ウバウワウ、ンワン、ンワン」
「そうなると負の代償がありそうよね。怖いどころか、震えあがるわよ。まずは簡単なところで生殖機能が損なわれて奪われる可能性があるわ。超人には子孫は要らないけれどね。命も短くなりそうでしょ。いくらテロメアを
「ギュワン、ギュワン、バウワウ。ワワン、ワン、ワフン。フガフガ、フンガ、フンガ」
「極限状況の現場や宇宙に出て行くわけだから、適当な濃度の酸素もいるし、ご飯も食べない訳にもいかないから、宇宙空間でも自由度の高いロボには敵わなかったのよね。仕方ないかな」
「ウワン、ウワン。キュワン、キュワン」
「でもさ、むかしから単純に卓抜した強い力に憧れると言う超人思想的なものはあったのよね。より神に近い超越者とか、人間の思い描く限りでの素晴らしい理想的な何ものかね。人間はあまりにもおバカでみすぼらしくて哀れなものに見えて、そうなると少しでも優れたものに目が行くでしょう。卑劣で狭量で、性根が悪くて弱い者いじめして救いようが無いと感じるからさ」
「ワオン」
「人間って結構自己嫌悪するのね。そこで思い至ったのが人間を超える理想的なヒューペリオンなる存在なのよ。端的に神よね。自分をそのように思い為すとまでは行かなくても、純粋にそれに憧れ、それを目指して努力したのね」
「ウオーン、オン。ワン、オン、ワン」
「いわゆる救世主が人類を救ってくれるという待望論かな。短絡的でもね、これが受けたのかな。好悪も是非もなくその
「ウワワワワン。ウ、ワ、ワ、ワ、ワン」
「そうそう、少しずつね。その頃は既にロボと言えば人間型のヒューマノイドね。様々なものがそれぞれに開発されて、更にそれぞれに改良が加えられていったのね」
ロボの黎明を支えた世紀期にはそれらは家電品と称されていたが、洗濯ロボ、掃除ロボは言うに及ばず、調理ロボそのほかの機能性ロボは怠惰かつ多忙な人間にとってたいへん好都合で、必要な家事はほぼすべてロボによって自動化された。それは人間の必要性に対する責務からの解放と鬱憤の解消と言うほどの意味であって、家事そのほか一切の仕事が消滅したのではない。すべてはロボによって自動化され、人間の手からロボに引き渡されたと言うだけの事であった。
「そう言えば、自動洗濯乾燥折り畳み機とか自走式自動掃除型塵埃処理機なんて言うのがあったなあ。自動開閉扉や自動昇降機やら、ほとんどすべてが自動何とか機って言ってたらしいなあ。そのうち『自動』が取れちゃったわね。人間たちが楽になろうとした結果ね。自動生物や自動人間も生物や人間になったしね」
「ブワワン、ブワワン、ブワワワワン」
「省力化って聞こえはいいけれど、ついには人間は何もしなくなったのね。自動昇降機や自動車や自動列車、自動飛行機、自動学習機、自動睡眠機に自動入浴機。ごはんやトイレは仕方がないので自分でやるけどさ、生きているのに何もやることが無いのはつらい話ね。苦笑はロボやイヌ、ネコに任せて、無為や怠惰や無能だとかを演じなきゃいけない人間たちは、自室に引きこもって鬱的な雰囲気に呑み込まれていったのね」
「ウワン、ウワン、プワン。プワン、クワン、フワン」
人間社会においては随分と前から交通網や電力供給システム、マーケットほか多くの生活インフラがあり、それらのほぼすべてがAIによって自動化された。地震や津波、風水害と言った自然災害の際には付随する停電や列車の運行停止、原発の緊急停止など、超高性能AIによる介入の必要が生じる事態も多々あった。都市と言う大きなシステム自体が巨大なインフラロボであったともいえる。意識するしないによらず、ロボによる
「それほどまでにロボに依存していたのね。ロボは文句も言わずに全部無償でやってくれていたの。お給料などの報酬を何も要求せずにね。人間にとっては有難い便利な存在だったのよ。
気を利かせて様々なニーズを無償で満たしてくれるロボに感謝ね。おお、神様、じゃなく、ロボ様ね。この数世紀分の集大成である分厚いロボ紀要を見ると途中から人間に関する記述は消えて、ロボの、ロボによるロボのための記載ばかりになって、様々な叙事詩の主人公の名もすべてロボの固有名詞だったわ。島流しか何か知らないけれど、人間はどこかへ行ってしまって、もう、ここにはいなかったのね」
「ワンワン、クウン。ワウワウ、バウワウ」
人間たちは次第に自分で何かを決し、行うという事を止めてしまった。生きがいや目的、志や眼差しまでをも失って、家畜のように大人しく退化していったのだ。もちろん、そこへ至る道程もあった。人間は次第に怠惰になって利便性ばかりを追求し、高性能ロボに仕事を肩代わりさせるようになっていった。
「それって、人間のやる気を殺いでしまうでしょう。人間たちはそのことを、自分を徐々に無力化し、家畜化して飼い馴らしていく、何ものかによる企みだとは感じなかったのかしら」
「ワウ」
「人間になり代わって何でもやってくれる、そんな高性能ロボは当初きっと高価だったはずよ。人間にとっては朝飯前の事でもやってくれるのは申し訳ないわ。人間はゴミすらも拾わなくなっちゃったの。いろんなゴミを拾った経験からは、人間の方が分別も巧いし、だからゴミぐらいは人間が拾った方がエネルギー効率がよさそう。
この流れはロボによる人間社会の部分的な乗っ取りとも言えるし、ロボによる成りすましと言うとおかしいけれど、ただほど高いものはないって言うわ。代償はきっと高くついたはずよ。ねえ、シロ」
「クウン、クウン、クウンウン、ウン」
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