第12話 ロボメディ

 先にも触れたが、ロボは医療とも親和性が高い。先進国においてはふくれ上がった医療費に苦しんだ過去があったため、どうするかと問い、国はロボ化を是非にと答申した。国とは言え、答申したのは巨大コンピュータロボには違いあるまい。人間は最早それを事後承諾したに過ぎない。既にAI技術、ロボ技術の進展は目覚ましく、あらゆる分野における無人化が推し進められていった。人間は唯々いい諾々だくだくとするしかない。

 ある最終的な到達点として、医療サービスの無償化むしょうかがロボによって行われるとされたが、その嚆矢こうしとしてロボ医療特区が提唱された。様々な医療格差をなくし、最終的には高騰し膨れ上がった医療費を国家予算から外すと言う目論見があったのだ。すべてがロボにし掛かるが、それは本来は太陽エネルギーであり、海のエネルギーであって、当面の所は無尽蔵だ。

「それ、あれでしょ。人間がいなくなったら医療費が要らなくなるからね。ま、当たり前と言えば当たり前。人間って必要悪だったのかしら、それとも不要悪かな。それで言うと、今のところロボは必要善ってところかな」

「ワンワワワン、バウワウ」

 こうしてロボを巧みに利用しつつも最終的には国家予算のほぼすべてを無償のロボレイバーでまかなうと言うのだ。ロボの電力については当初、太陽からの電磁波発電であったが、ある時から安全な超小型常温核融合発電システムが導入された。

 こうなると人間は最早何もすることがなくなった。生きる必要の論議はさておき、この世界に人間がんでしまうことは、主体的な活動が規制されたことから容易に理解可能な事柄ではあった。

「ま、そうかな」

「ウワン、ウワン。バウワウ」

「人生に夢が持てないし、ロボが全部やるし、おまけに勝手な経済活動は許されないからね」

「ブワウ、ブワウ、ブワウワウ」

「そりゃあ、人心もすさむわよ。利便性を追求し、自動化を目論み、ロボに明け渡してきた結果よね。発展途上国に技術を供与、譲渡するようなものね。全部上げた結果がこれなんだから。それに人間は一寸先は闇なんだから、もっと慎重に事を運ぶべきだったのよ。臨界点の先は未知の領域だし、地平には何も見えなくなって、見渡す限りロボの頭しか見えない不思議な地平なのよ。下手な政治をやってたら、クーデターであっという間にひっくり返されちゃうわよ、何もかもが間違ってるって」

「ワンワン、ワワン」

 人間は精神的に不安定となり、イライラを募らせては人間をたすけてくれていたはずのロボに敵意を抱き、破壊衝動がこうじてロボ打ちこわし運動が起こるなど笑えない事態が招来されるのだ。すべては与えられ、ある意味で大変贅沢でもある。何しろ齷齪あくせくしてかせぐ必要がないのだ。明日の食事が保証されている。こんなに有難いことはないが、満たされないのだ。これほど不幸なことはない。

 人間が何事か研究をしてもロボが行う研究の足元にも及ばない。ロボはそんな領域に到達しているのだ。成果第一主義の功罪は数多あまたあるが、ロボでは起こり得ない研究不正の横行から費用のかさむ研究、金儲けにつながる研究の一切は禁止された。それがロボをここまで発展させてきたことは重々じゅうじゅう承知の上での話である。人間に許されたのは金のかからない遊びのような研究のみとなったのだ。

「そうか。すべては大きな流れの中にあるからね。逆らってやっていくのは結構難しいわ」

「ワウウ」

 医療現場においては、たとえば子供の骨肉腫に対して、ロボ医師はあらゆる検討を瞬時にこなしたうえで、人間の医師には気の重くなるような片脚の切断の必要を臆面なく沈着冷静に過不足なく両親に告げる。ロボ医師が告げることについてはその黎明の時代にはそれを特殊な事柄として捉え、人間は多少なりとも構えたり複雑な感情を抱いたりもしたものだが、そのうちにそうした情緒が決して重要なものではないという事に気づかれ始めた。信用とか信頼と言った概念の変更のようなものが、何らかのよい結果を齎す方向に起こったものと思われる。

 親としては血の通っていないロボの一見冷徹冷酷な、理路の整然たる説明に疑念を抱く向きもあろう。人間とは異なってロボは心的動揺のない、よどみのない事務的な事柄の遂行をものともしないのだ。その話の内容にもある完結的な最後、すなわち切断術後に装填そうてんされるべき本来の脚に遜色のない生育対応型の植込み型万能軽量ハイブリッド下肢の完成に至る一連の作業をこなす。ほかにも、例えば一刻を争う災害現場における挫滅ざめつ症候群などにおいても、救命のための極めて細く僅かにしか見通せないほどのたしかな道筋を瞬時に見極めて、これを正しく辿たどることができるのだ。健康体を手に入れた本人や家族は何年も後になって、冷酷無比の鬼のように見えたものの、完璧な仕事をこなす無私的万能ロボとの邂逅の有難さに改めて思い至るのだ。

「そう言えば、シロも助けてもらったわよね」

「ワウワウ、ワンワン。ワウワウ、ワン」

 ロボ医師による代診というオプションから始まったロボ診療システムだが、当初そんな怪しいものの世話にはなれない、人間のプライドが許さないという風潮があった。ある時、軽症患者における試験的な臨床応用の試みが始まった。人間としては不面目なことに、人間の医師に比較して誤診率が非常に低かったため、まずは補助診断ツールとして適用された。その誤診率の低さからは人間の医師に尊重された。患者にとっては人間の医師が診断を下すよりも有難いと評判になると、悲しい事に後は一気呵成であった。

「人間としては辛いかな、ね、シロ」

「ワウワウ、ワンワン。バウワウワ」

 人間界では昔からよく見受けられてきた現象であるが、初期フォロワがある程度増えると、その後はせきを切ったように賛同するものが増えていくのだ。CP(コストパフォーマンス)比で考えると風邪かぜなどは人間の医師が診た方がよいのだが、一見判別し難く重症化しやすく、また致死性の高い二次被害をもたらし得るようなパンデミック感染症の場合や、鑑別の困難な難病などの疾患の診断においてはその性能がよりよく発揮された。

 手術用ロボの場合、人間が操ると言う手法が主流であったが、そのうちに操るべき人間がお払い箱になった。その後は千手せんじゅ観音と揶揄やゆされたロボアームが楽々とそれをこなした。術中のアクシデントが激減し、出血量も減って自己血貯血も増えて輸血件数も減った。その上、術中の様々な局面における判断についても、その内に人間の介入が不要となった。

 薬の研究開発は言うに及ばず、実地の臨床場面でも特殊な薬の使用法や検査についても患者の唾液DNAや汗や尿、呼気などの資料から分析することができ、人間を介さずにテイラーメイド治療が提示される。

 診療エリアの入り口のゲートをくぐると、患者には不可視性の認証タグが付され、クライアントとしてネコバスに乗り込む気軽さで一連の診療の流れに乗るだけであった。

「コホン。ケンタウルシロ様、Ω《オメガ》診療室へどうぞ」

「ワンワン、バウワウ」

 本人のみに聞こえる電子音様の呼び出しに始まる病院の診療システムは早々と終焉を迎え、患者は待合で手垢に塗れた情報誌を手にすることも、個人情報を気にすることも無い。マスクの隙間から流れ込むパンデミックウイルスそのほかのバイキンを気にすることも無いのだ。腰かけたブース様の椅子がゆっくりと勝手に動いて、そのまますべての診療内容をある程度完遂してくれるメディセルの中に入り込む。

 そのセルの中で顔貌や姿かたちを含めて認証を受けたクライアントは申請した症状を再確認して身体情報の取り込みが完了する。着座の途端から身体情報が抜き取られては照合されていく。複数の接触非接触検査が瞬く間に完了して限りなく繰り返されたプロトコルの診断アルゴリズムの絞り込みと除外診断から逢着診断に至る。チャートが示されて間もなく診療の一部や一切が片付くのであった。時間も費用も限りなく切り詰められたにも拘らず、非常に高コストパフォーマンスの診療が行われた。

 先にも述べた通り、ロボが活躍した医療分野の一つが致死性の高い感染症対応であった。特に厳重警戒を要するウイルス感染症の場合、効果絶大であった。当然のことながら担当医ロボが感染、発症することはない。適当な消毒を行うだけで封じ込めそのほかの管理には非常に有用であった。応急用ロボならば患者のケガの応急処置ついでの病巣部位からの検体採取でウイルス抗原や抗体の判定でも何でもござれである。エンデミックがパンデミックになろうとも、何とも無い。ウイルスにも、それを貰って今度は自分がそれを伝える側となって、他者に危害を加えるようになるゾンビやバンパイアのような患者に怯える必要もない。不眠不休で常に患者の傍らで看病する事も厭わない。

「そうそう、確かそんな少し肌寒い初秋の晩に救命救急ロボ、エルが呼び出されたのね」

「ワウン」

「患者は30代の日本在住フランス人ジャーナリスト。昨晩アフリカ中部より帰国。家族によれば帰国途中から自宅での夕食時までは全く異常なし。就寝からしばらくして急激な悪寒と倦怠感、高熱の出現が見られています。手持ちの解熱剤を服用するも、その後体温は42度にまで上昇し、意識混濁と高熱に伴う全身の湿疹が出現が見られています。これを見た家族によって救急要請がなされました。現在患者は譫妄ないし不穏状態で救急車の中で暴れ、危険防止の抑制中です。あと15分ほどで到着します」

 患者を載せた緊急自動車からBBCERに連絡が入るとエルが応えて言った。

「了解。では、こちらからの要請をお受け容れください。まず車内の救急隊員は人間である場合、最高度の防護装備と化学的防護とを行ってください。患者の防除用パッキングとゾーニングを行った後、患者との接触があったならば、すぐさまご自身の洗浄消毒をお願いします。到着後、消灯している通常搬入口ではなく、必ず奥にある点灯している特別搬入口へお願いします。

 なお、アフリカからの帰国の現病歴から患者はパンデミック感染の恐れがありますので、至急署へ連絡して、空港への緊急特別警戒配備のための手筈を整えて貰うように手配させて下さい。さらにその上で空港の検疫に命じて患者の搭乗便の搭乗者の洗い出しと、その家族を含めた接触者への連絡と、更にその隔離の開始を指示するようお願いいたします。なお当該患者家族については署へ連絡の上、至急接収隔離を開始させてください」

 エルの冷静な口ぶりに、隊員は気落ちしたように溜息をついた。

「了解。これでしばらくはうちへは帰れないという事ですね」

「ええ、残念ながら。今後については追って指示いたします。常に冷静沈着な対応を。幸運を祈ります」

「了解」

「ロボ医師ってとても冷たい感じがするよな。何だか他人事みたいでさ。状況不明のファーストコンタクトの俺たち人間に最も危ないことをさせやがる。パッキングとゾーニングは済んでいるから、自己防除措置をしてくれ」

「了解。このアルコールスプレイでいいのかい。でも、仕方がないよ。奴らは恐怖や恐怖感に支配されるわれわれ人間とは違うからな」

「そうですよ。ぼくらみたいに感染や命の危険の可能性はありませんからね。クリーンルームスイッチをオンしました」

「仕方ないか。こちらAQ003、本署お願いします。はい。現在搬送中の女性患者、アフリカより帰国のためパンデミック感染の恐れあり、これより病院への接収開始いたします。つきましては当該患者利用の国際空港等関係各所にご連絡の上、緊急事態の警戒体制配備要請をお願いいたします」

「こちら本署。了解しました。では搭乗者確定のため、当該患者の氏名と搭乗便名、ならびに家族の連絡先をお願いします」

「失礼いたしました。患者はAW、日本在住の30代フランス人女性。昨日アフリカより帰国、詳細を連絡先を含めデータ送信いたします。帰国便搭乗者と関連人物への対策並びに隔離の指示をそれぞれお願いいたします」

「こちら本署。了解、必要に応じ追加連絡をお願いします」

 特別緊急自動車は間もなく医療センターのBBCERに到着し、ロボ看護師エマが対応した。

「30代女性、氏名はAW、パッキング済みです。42度の熱上昇以外のバイタルには特に問題なく、血圧は120/80です。ルームエアで呼吸促迫気味、サチュレーションは98%です。心肺機能には異常なさそうですが、意識レベルの低下2桁と不良です。よろしくお願いします」

「分かりました。ありがとうございます。それでは中へどうぞ。患者様をベッドへ移していただいた後は、隊員の皆様も奥の部屋でごゆっくりしてください。後ほど検体採取いたします」

 救命室では別のロボ看護師が待機している。こちらを見てにっこりとほほ笑んで言った。

「どうぞこちらへ。このベッドへお願いします」

 言うが早いか、ロボ看護師が目にも止まらに速さで患者をベッドへ乗せ換えると、患者はそのカプセル形状のロボベッドの中へと吸い込まれ、緊急自動車の中で行われた救急輸液は特殊なものへと変更されたらしかった。

「これは患者様を鎮静化した上で、様々な状況を改善する隔離システムロボですが、皆様にも奥の部屋で同様の点滴処置を致しますので、どうぞ奥の部屋へお進みください」

 数分もたたないうちに、救命隊の3人は先ほど女性患者を呑み込んだものと同様のベッド型ロボの中で眠りに落ちた。すべての処置とモニタリングは過不足なく行われ、数日後には何事も無かった事になっていることだろう。

 看護師エマにエルからの連絡が行われた。

「アルゴリズムはA8にセットしてください。熱以外のデータは良好ですね。ですが、熱についても徐々にながら改善し始めています。抗体除去とサイトカイン除去のためのオメガグロブリンとウイルス吸着の複合型OMS(オルソメタファンクショナルソーム)、血漿の洗浄をスキームに追加してください」

「分かりました。モニタによると意識レベルの改善も見られているようです。尿の流出も良好です」

「致死率の高いウイルスのようですが、早めの隔離と治療でこの方も何とかなりそうですね」

 幸い救命士たちにはウイルスRNAは検出されず、数日間の隔離だけで解放された。順調な回復を見せた女性患者はその後しばらくして緩やかな隔離とその後の復調のため病院に引き渡された。空港そのほかの検疫関連部署の尽力によってその後の患者の広がりが最小限に抑え込まれ、封じ込めに成功したことが報じられた。

「めでたし、めでたし」

「ワン」




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