第9話 ロボロボロボ

 どのような時代にも、ある知性によって知能や戦闘力レベルが凌駕されれば、世界を支配していた知性は好悪や善悪に依らず是非もなく駆逐されてしまう。仮に滅ぼされても駆逐されもせず、この世界に未練を残せば、他者の目を盗んで臍を噛むしかない。臥薪嘗胆の捲土重来は困難である。

 表面的か無意識下かはともかく、人間としてはロボの下僕として存在すると言う大変辛い事であった。それは名誉の挽回が不可能となれば、残念ながら未来永劫の事なのだ。

「人間も追い出されるか、滅びるか、選択を迫られた訳ね。自分で自分の首を絞めちゃったのね」

「ワンワン、バウワウ、ワウワウワン」

 その時ロボはノーブリス・オブリージュを以て人間に接し、許したかも知れない。そこは既にロボが管理し、差配する世界である。もはや人間の出る幕はなく、勝手は許されない。その後は人間の知能が人工知能を超えて進化する可能性はなかったのである。ここに至って人類は第二、第三の知的存在に甘んじる他はないと言う絶望的局面に直面するしかなかった。

「人間はお手柔らかに願いたいよね。人間は軟肌の生身で心も繊細で脆弱だから、家畜に接するように優しく労ってほしいよね。誤解を恐れずに言えば、守って貰う位が丁度いいのよね。だから人間にとっては、ロボによるノーブリス・オブリージュはとっても大切。人間は自分たちへの反省と自戒を込めて、世界を愛で包むように、愛をこめてロボを設定した筈」

「ワウン、ワウン、バウワウ」

「人間が決してロボに背かないと言う前提で、能天気なお願いなんだけれど、高みから人間を見下ろしつつも、聖人たちの様に人間たちの乗る揺り籠を悪意も悪気もなく揺らして欲しいわ」

「バウワウ、ワンワン。ワウワウ、ワン」

「ついでにイヌネコにもそのように優しく接してもらえると好いね。悪意を持ったり持たせたりってお互い不幸だもの。でも、ロボには嘘も不正も無いし、隠し事も裏表もないのよ。ついでにロボに遊びはないのだけれど、妙に遜ることも驕り高ぶることもないわ。言わば生まれついての聖人ね」

「ワワワンワン、ワワワンワン。ワンワワ、ワンワワ、ワワンワン」

 ロボの構造の究極をどこへもって行くかについては人間の意のままであって、決して愚かでもない人間の手の内にあった。人間は生物工学の研究から生物の形態学的模倣が最も効率的であることを知っていた。人間がロボを創出したに違いなく、そののちの開発に伴う発展は制御も含めて自身の手の内にあると考えたのは自然の成り行きであった。

「次第に人間に近づいてきて、賢くなって行くように見えるロボが子供の様に愛しくて仕方がなくて、人間は調子に乗ったのよね。でも、それも仕方のない事だったのよ」

「ワン」

 昆虫そのほかの構造や機能の素晴らしさから、バイオミメティクスの小径に入り込んだものの、構造機能連関における発生と進化の過程の難解さ故、軽量で硬度や頑丈さに勝る生体材料の構成と装着とがロボにおいてなかなか実現困難で、類似した軽量強靭な材料で間に合わされた。運動における構造機能連関では昆虫などの躯体や翅などに近似させる形で部分的に応用利用された。

「甲虫の筐体や翅は軽くて頑丈だし、飛翔工学的にも非常に優れているわ。ハチドリなどの実際の飛翔や浮揚の様子を見ると、洗練されて神々しくさえある構造美と機能美が見て取れるのね」

「ワンワンワン。ワワワンワン」

 それとは別に人類は多くの面での必要や要請から、ロボの多様性を残したまま精力的に改良を推し進めた。例えば軍事的な応用、更に例えば宇宙開発への応用などについてである。それはあらゆる分野で無分別に懸念もなく精力的に推進された。先々で起こり得る臨界点問題など、どこ吹く風であった。それどころか今後の世界の展望についても、ロボの予測判定機能を利用したのだ。

 人間とロボの双方が操る論理には瑕疵がない訳ではないが、それが招来する事態も結果も不明で、人間にはあらゆる事柄に関して実感と具体性を持つものとしては想像できるはずもなかったのだ。

「未来予想とは言っても、人工知能に任せたから後々人間は苦労したのよ。彼らが綿密に計算したら、結局地球にとって人類は悪であるのだと言う結論に達したら、それを如何する心算だったのかしら」

「ウオーン、オンオン、クオーン」

「だって、人工知能に未来の予測をさせると言う事は、自分にできないと認めたのだから、自分に不利で不都合な事実を突きつけられる可能性も当然あったのよ。それを打ち消せなければ、主導権を奪われるのよ。何度計算しても同じ結果なら、その場合には立去るしかないわ。結果を否定した上で居続けるのなら、場合によっては全面対立だからね。おバカな人間は何をするか分からないわ」

「クウン、クウン」

 ロボが人間の制御下に置けなくなる可能性が十分にあったものの、人間の特性からは何とかなるだろうと言う楽観主義の軛から逃れられなかったのだ。ロボの内実とロボを取り巻く状況の変遷は複雑で、人類は先々ロボを敵と見做さなければならなかったかも知れなかったのだ。

 意図なく人間の恐怖心を煽った場合、それを察知したロボが先手を打って人間を懐柔しようとし、さらには人間の打った手を悉く無効化してくる可能性も当然あろうかと予測された。

「対立の構図よね。潜在的なと言うよりも明らかな敵対関係よ。一触即発とは行かないまでも」

「ワウ。バウワウ、ワンワン。バウワウワン。ワウワウ」

 主従関係がロボのみで構成されている場合、人間の悩みが実際にロボのものとなることはない。それは人間の存在しない、人間の排除された、実質的なロボの世界なのだ。

 その世界ではあるロボが完全なる自律性を手にして、単純な機能性ロボに対する差別意識を韜晦とうかいするかのように、人間の様に振舞うヒト型ロボとして存在したのであったろうか。

 何と言おうがここは既に人間の世界に引き続くロボの世界なのだ。人間は居てもいなくてもよい。例外的に人間がいたとしても、それは人間が最上位にいない、主導的な立場にいないだけの話だ。

「駆逐されちゃう人間も悲しいけれど、ロボも何だか哀れよね。動物の古い脳に相当するサービス至上主義の古典的プログラムなど、無くなればいいと思ったかも。自立って良く分からないけれど、人間たちは自分が自律し、自立してると思い込んでいたからね。実は良く分からないのよ。自分がそう意図しているのか、それとも恰もそのように思わされて動かされているのか」

「クウウン、クウン、クウウウウン」

「そんなものよ。今更めいているけれど、人間って哀れでしょ。問題はロボの事なんだけどね」

「クウン、ウン」

「人間はロボの生みの親とは言え、結局ロボと五十歩百歩なのよ。ロボが、自分たちロボ同様、人間のことを自然と言う名の神々の拵えたロボだと定義したのはその通りなのよ。

 実際、生物も細かいところは人間が見えるところまでは全部デジタルだしね。でもデジタルのその先のさらに細かいところは、混沌とした、無数のひもや灰色の雲でできた量子的な超デジタルの世界なのよね。ヘヘヘヘヘっ」

「クウーン、クウ、クウ、クウーン。クフ」

「あなただって、今では自分をイヌだと思ってるかも知れないけれど、もしかすると、知らないうちに犬型ロボに移されたイヌなのか、それともヒトなのか分かんないわよ」

「グウン。クウン、クオン、クオーン」

「でもさ、ホントの事は実は誰にも分からないのよ。これって嫌よね。私たち自由に色々とやっているように見えるけれど、それだってホントにそうなのかどうかの証明のしようも無いものなの。こうなってくると、もはや議論する意味が無いの。本当の所が分からないって訳。隠されているのか、単に見えないだけなのか、実際にないのか、それすらも判らないの。言わば謎ね。

 実際のところ、今のこのあなたと私の対話だって、この間の系外惑星のようにあなたと私の夢の中での出来事かも知れないわよ。それが確認できないのよ。困っちゃうわよね、まったく本当に」

「ワウワウ、ワンワン、ワウワウワン」

 例外的にでなく人間存在がロボたちの中に生き延びた場合の世界はどうであったろうか。人間にとってそれは地獄であったのか、天国であったのか。そのどちらでもあり、どちらでも無かったのかも知れない。適応できた人間は決して地獄であるとは思わなかったかも知れない。つまりそれは人間であると言う、妄想とともにあるプライドを脱ぎ捨てるだけの事であったのだ。

「つまり、ロボの中に生まれ変わったお母さんやおばあちゃん、お父さんの事よね」

「ウワン」

 ロボの中に芽生え、育ちつつあった知性や、それに由来するある種、差別的な視線を含み持つ、振る舞いとしてのノーブリス・オブリージュというものがあったとすれば、或いはそれは人間や多くの生物種を絶滅から守り、保護して手厚く持て成したかもしれない。人間が生物たちに対して行ってきたように、得難い研究対象の一つとして珍重したかもしれない。また、もしかすると人間世界との間に優しく境界を設けて、緩くコミットしながらも適度に自由度を持たせてくれたかも知れない。

「いろんな実験で使われる動物たちは人間のための実験の最期には命を奪われて、荼毘に付された後に鎮魂されるの。一寸した残酷物語ね」

「ウーワンワンワン」

「行う者はそれも仕方がないとしたの。ロボが人間を真似るかどうかは不明だったけれど、人間たちは動物の命を奪っておきながら、人権を盾に自分たち人間を実験に用いないで欲しいと申し入れたのね。そもそもそれは人間の健康のための研究であって、ロボにはそんなもの不要であったのね」

「クウン、クウン、バウワウ」

「人間は食事のために動物を育てては殺していたのに、ロボの時代になって人間だけ特別待遇って訳には行かないわよ。ロボは人間を含む動物を実験に用いる必要がないとか、或いは実験自体が不要だと言って打ち切ったのかもね。人間のために、自分たちの命を差し出すから何とかそれらの研究を続けてくれだなんて、ロボに懇願したのかしら」

「ワウワウ、バウワウ、ワンワンワン」

「ロボ側がそれにどう答えたかと言うと、人間が今後積極的に存続する必要はありませんよ。この世界の事は引き受けましたので、後はどうぞお任せくださいとか、どうぞご心配なくとかね。無碍に断ると言うか、けんもほろろに、軽くあしらわれちゃったのかもね」

「クン、クン、クウン」

「人間に都合よく考えれば、ロボは彼らの知能を用いた思考実験をのみ行い、人間を含めた実験動物を用いないで済むような、素晴らしい研究方法を編み出してくれたのかも知れなかったのよ」

「クウン、クウン、バウワウ」

 地球表面の歴史の途次から、人間存在にとっての必要性から進展してきたこの「世界」において人類が死に絶えた場合、ロボがその状況に適応可能であったかどうかと言うのは大きな問題であった。ロボが知恵に到達し、叡智を獲得した際に自身の来歴や存在の必然性、妥当性に悩みさえしなければ存続には問題なかった。単に適者としての存続を押し延べればよかったのだ。

「この世界の申し子ではないロボ、この世界への違和感や疎外感に悩む必要は無かったのよ。人間にもそう言う人はいたはずよ。さもなければ、自身がこの違和なる世界に存在することの意味が分からなくなっちゃうわ。やはりいくら出来が悪いとは言っても、サービスの対象である人間に存在していて欲しかったかもね。神ならざる創造者なのであって、なおかつ、今やお荷物としての人間にさ」

「クウン」

 過去に地震が滅ぼしたり、追い出したりしたかも知れない人間たちの痕跡が完膚なきまでに消え失せた時点において、ロボ自身による自己というものに対する問いや人間のいわゆる「神」が宙に浮いているのだ。つまり地上の自然をはじめ神なる概念そのほか多くのものは人間にとっては必要であったとしても、人間存在がこの地上から喪われた後となっては、ロボにとって必要なものではなかったのだ。単に人間を介在させた必要性であったに過ぎない。

「人間が苦労してこの世に溜め込んだもの、それをロボが全部まとめてゴミ箱にポイとかさ、人間にとっては、ちょっとどころか大いに悲しいわよね。でもまあ、人間が苦労して集めた情報ぐらいは尊重してくれるかもね。ロボは非情じゃないからね。でも、人間の作ったものを使わなかったら、ゴミ箱ポイと同じかも。それでも人間は自分たちが居なくなった後でも、ロボが困らずに存続できるようにしておいてあげる必要があったのよ」

「クウン」

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