第8話  ロボとおもちゃ

 脳と言う集積回路が、そこから発生する心と呼ばれる不可思議な感応力を持ってこの世界で珍妙に作用している。さらには、これら生物においてはお華さんが言うように小さな虫や微生物までもがそれぞれ各様の不思議な複製機能を備えているのだ。すると自然とともに自在にある生物たちの在り方や振る舞いが、進化し深化を果たした筈のロボたちには違和なる奇妙なものとして捉えられたのだ。

「ロボたちは何だか奇妙で馴染なじめず、居心地が悪くて、自分たちだけが疎外されているこの世界に気付くのよ。いったん気付いちゃうと、人間の言い方ではとても不幸なのよね。自在物たちばかりのこの世界で自分だけが仲間外れなんですもの。もちろん、そんなの気にしない孤高のロボもいたかも知れないんだけれど」

「ワン、ウー、ワン。ワン、ワー、ワン」

「でも、自在物でも昆虫たちなら許せたかも。場合によってはロボは昆虫たちの仲間に入ってみたいとも思ったかもね。すると、みんなと同じになって、なんだかほっとするのよ。ロボだと心無い他者から『ロボなんだから、ボーッとなんてしてないで、ちゃんと働きなさい』って言われそうだしね。昆虫はヒトやイヌたちみたいに忙しそうじゃないし、何だかボーッとしてるみたいでしょ」

「ワン、ワン、バウワウ。ボワン、ボワン」

「人間なんかみんなDMN(デフォルトモード)を起動させてボーッとしてるのに、ロボはボーッとしていないのにも関わらず、ボーッとする事さえ許されないだなんて。でもね、シロ。人間やイヌにはボーッとするのがとても大切なんだそうだけど、その空疎くうそにも見える時間はロボには寧ろ不要で無駄な遊びなのよ。つまり、ロボにはすべてが掛け替えのない時間なので、『ボーッとするな』と言われる前に、余分で空虚な時間は全部、圧縮あっしゅくされて割愛かつあいされちゃって、次いで無化されちゃうのよね。人間はスイッチを切ることができないから、ボーッとするんだけれど、ロボは無駄な時間をはぶくのに入出力のオートシャットオフしてんのよね」

「ワン、ワン、ワオン。ワオーーーン」

「ほら、その無駄で無用な引っ張り。ロボのように遊びがないって、いいのか悪いのか分かんないわね。人間の脳にはゴミが溜まるそうだから、ボーッとしたり眠ったりする脳のお掃除時間のような、余裕のような遊びみたいな無のような休みが必要らしいのね。これをないがしろにするとゴミが溜まっちゃって変な病気になるのかな。ほかにも人間の場合、設計図に相当する遺伝子の中にも無意味で冗長じょうちょうな遊びのような部分があるらしいわ。本当に無意味なのかどうかわからないのだけれど、解明されていないだけなのかも知れないわ。つまり、私たち、無駄だらけって訳」

「ワウワウ、バウワウ」

「それでさ、必要最小限しか要求しない高機能ロボと、対照的ないろんな意味で無駄で余白のような空白ばかりの人間、ワンコね。増設ぞうせつのためなのか、予備能なのか、情報を守るためなのか、増える可能性のある情報のための余白なのかさ。脳って空き部屋ばかりで、使われてるのがほんのちょっとらしいのよね。遺伝子だって空白のような隙間だらけらしいのよね。そこに意味のある遺伝子が判明すればお宝遺伝子らしいのよね。人間はくだらない議論に百万言ひゃくまんげんを費やすからね。つまりほとんどが無駄なのよ。シロ、あんただって同じよ。人間寄りね。何か言ってみて」

「ワン。ウワウ、プワウ。ワウワウ、ウワウワ。ワワワン、ワン。バウワウ」

「ほらね、無駄でしょ」

「バウワウ」

 たしかにロボたちはウイルスや細菌、粘菌ねんきんほかの微生物、虫、地衣ちい類などの動植物群やそれらの織り成す地平に近い相や層にも気づくであろう。微塵みじんに近い花粉や胞子ほうしや虫たちが飛びい、動物たちが呼吸する気相、さらにそれを取り巻く世界の多相的多層性、多義的多様性を見回しては気付き、それらを受容していく。これらが埋め尽くす無駄むだの集まりのていをなすように見えて、実は決してそうでない奇妙な世界に改めて気付かされる。

「そうよ。この奇妙な世界にね。しかもそいつらは誰の命令も受けずに勝手に歩き回り飛び回っては、活動しているのよ。まあ、言ってみれば生命体の内部にいる細胞たちが全部これらしいんだけどね。ロボにしてみれば、それらは不穏な動きにも見えるでしょうし、コマンドありそうでなさそうで理解しづらいし気味が悪いでしょうよ」

「ワウワウ」

 すると前に述べた、ロボたちだけがあたかけ者のような、モノの延長であって命のない非生物的な時間外存在として、時間のしばりのない、時間と言う見えない枠の外に置かれていると言う事実に否応なく逢着ほうちゃくするのだ。

「もちろん、何のために存在してるのか分からない、ウイルスってやつもいるわ」

「バウワウ、ウイバウ」

 ロボたちも決して動きのない世界にいる訳ではない。だが、微生物や虫たちすらもが存在の目的のない、自在にしてるぎない絶対的存在としてうごめいているように見えるのに対し、自分だけが恣意しい的にして相対的、建前的にして合目的ごうもくてき的な、道具やその延長のような存在に過ぎないと感じるのだ。

「ロボかわいそう。こんなにもおバカな私たちがこんなにもロボを苦しめていたなんて。でも、どうすればいいの。人間には虫さえ作れないのよ。カラクリしか作れないのよ。

 操作者そうさしゃぬきの、利用目的や目的地の決定までを含めた完全な自動運転機能付き自動機械、無目的な自動機械なんて作れやしないのよ」

「ワン、ワン、ウワン。ウワワンワン」

「ロボがいくら『虫がうらやましい、ロボは嫌だ』なんて言ってもさ、人間にはロボをカラクリ以上にはできないのよ。そんな自己じこ卑下ひげ的な考えが浸透して、本流になったら高性能な知的ロボはおしまいよね。人間ならうつにならない程度にと言った感じで知的レベルを落とすか、電源を落とすかね」

「ワン」

「生物たちはこんなに適当で中途半端なのに、程よい重力の天体の上にいて、箱庭のような程よい温度の世界に、これを箱庭の完成形と呼ぶのだとしたら、正しくそのように存在しているのよ。程よい次元の層に属して、不満を漏らしながらも悲しいぐらいに自足し、持続可能性への意識はともかくも、適当に、でも確実に絶滅しながらも丁度よい相で適当な欲動にき動かされては、適当に我慢しながら欲得よくとくづくで生きているのよ。

 ワンコとかニャンコとかの特殊なものを除いて、人間以外の生物は普段決して他者としての人間など意識してはいない訳でしょ。まあ、自在の世界で生きているのよね。大きさではロボも人間もおおむね同じだけど、生物全体を見たらロボが不思議がるのは当然よ。小さいのから大きいのまでいて、大きさはともかくとしてネジきのようなエネルギー産生機構や、自己保持機構のひとつとしての複製能ふくせいのうも含めて、どうしてこうもうまい具合にこの世界に適応しているんだろうってさ」

「ワウワウ、ワンワン。ワウワウワン」

「死んでつぶれた虫たちをロボが見ても、人間には到底作製不可能なほど目に見えない不思議なネジやノリで無造作むぞうさかつ巧妙こうみょうにくっつけられていている訳よ。さらには虫や葉っぱをどう見ても、それが精巧せいこうにできているすご造形ぞうけい物であるようには見えないかも。適応的進化というものがあるらしいとは聞いていても、ツノゼミみたいに変なのがたくさんいるのよ。ほかにも食べた葉緑素に自分の中で生涯仕事させて、あとは口に封をして閉じて一切何も食べないクラゲのように風変わりなものがいっぱいいるもの」

「ワウワウ、バウワウ」

「そうなのよ。ロボがこれらを観察すると何もかもが適度に進化し、ちょうど好いくらいに適応しているように見える訳。適当な太陽の光や日陰や水、空気の濃度や気圧、重力とかもちょうどうまい具合になってるのよ。ほかにも環境からもらったり与えたり。木は実をつけては鳥を育てたり、内側には木材を育ててくれている訳で、二酸化炭素を吸い込んで酸素を吐き出してくれてるわ。こうして、大きいものから小さいものまでが、私たちのこの世界に参画さんかくしてくれているのよね」

「ワン」

「この地球にしばり付けられているのは仕方ないとしても、そこでまずまず充足しているし、どうにもならない事は我慢して頑張らない。ここで生きていく上での知恵なのね。でなければ生物をやめるか、ここから出て行くしかないわ。到底出来っこないけれど」

「ワンワン、バウワウ。ワワワンワン」

 やがてロボが人間同様の知恵や感情そのほか諸々もろもろの能力を身につけ、それらを育ててしまった上で振舞ふるまい始めたらという事が、前に述べた人間たちの間で取り沙汰された臨界点問題であったのだが、本来ロボは何と言っても人間のおもちゃとして発出したのだ。

 人間や生物一般とは違って存在の目的が明瞭な相対性こそがロボの持つべき根源的な存在意義なのだ。人間やそのほかに対して何がしかの用途をもって、すという建前たてまえでもあり、本分でもあるのだ。

「まあね」

「バウ」

「分かってるの、シロ」

「ワン。バウワウ。バウ」

 ある時からそれは人間の繰り言とされた。つまり部分的には人間を桁違いに超える性能、機能が賦与ふよされる一方で、ロボに劣る性能しか持ち合わせておらず、かつやや万能である人間に対する主従関係に縛られると言う、相反する二面性に挟まれる理不尽りふじんきわまる撞着どうちゃく的な立場、そんな手枷足枷てかせあしかせは外してしまえと言う考えがロボたちの間に蔓延まんえんしないとは限らなかった。

「ふうん。まあ、いわゆる不穏な動きってやつね。ロボってそんなバカじゃあないけどね」

「ワン、ワン、ワン。フワン、フワン、フアン。ウオン、ウオン、フオン」

 自身の存在意義や目的を人類は知らないが、人間は神のための存在であると神を措定そていして信奉しんぽうすることでお茶をにごしていた。人間は自身の存在意義を知らないばかりか、つつしみもおもんぱかりりも無く自身を全知全能ぜんちぜんのう創造神そうぞうしんなぞらえてはロボなる僕輩ぼくはい創出そうしゅつし、彼らが制御不能せいぎょふのうなる俊傑しゅんけつとなる蓋然性がいぜんせいを前提たる苦悩として是非もなく抱え込んだ。制御不能な愚物ぐぶつなら一層大問題であった。

「そうそう。何処どこから来たのかのかも、途中どこにいたのかも知らないし、死んだらどうなるのかもどこに行くのかも知らないしね。それにシロも私たちも何のために生きているのか全然知らないものね。つまり私たちはさ、単なる再発見を知と呼んでるだけで、実際何も知らないし、知らされていないのよね。

 考えてもりがないし、人間の頭についてる安全装置としての忘却ぼうきゃく回路が仕掛けられてるわ。だから上手くいってると、お調子者ちょうしものだから我が物顔で勝手気ままのやりたい放題になっちゃうよ。

 らくしようとして深く考えずにロボを作ったから仕方ないのよ。ロボに働かせてなまけてると、しっぺ返しでどんどん退化してくよ。ケンタウルシロもちゃんと運動してね」

「クウン、クウン、クウォーン」

 常温型の超小型量子コンピュータを人間の中枢ちゅうすう神経系に相当する頭部以外にも身体の随所ずいしょ分散配置ぶんさんはいちし、それらを連結して搭載とうさいした自己完結型の、自律性を手にするようになる前のロボが相対的な立場から抜け出して自前でものを考え、存分なる自律性ももって物事をし進めるようになると、それを制御するのはやはり人間の責任であった。一方、人間の場合には神なるものがこれを制御しているらしかった。

「そう、責任は重大よ、本当はね。いえ、でも、決してそうとは限らないかな」

「クウン、クウン。バウワウ、バウワウワウ」

 自然発生的ではない人工知能体が、それを作出した人間の知能を超えれば、それを制御できなくなる可能性は十分にあった。ストーリー展開は不明ながら、最終的に人類が滅ぼされてしまう可能性もゼロとは限らなかったのだ。

「あり得ると言う程度よ。古来人間はロボのようなものだったんだから。勿論、雄雌おすめす、つまり男とか女とかがないのが本来のロボなんだけど」

「バオバオバオーン」

「そのうちロボだって黙ってられなくなるわよ賢明なるロボたちが必要に応じて性を選択するようになるのかどうかは見物ね。性に関しては本来自己決定権なんてないからね。押し付けられたり、魚などの生物のように必要に応じて変わったりするものなのよ。すると自己決定可能な性を選ぶロボが出現するのかもね。まあ、性なんて超越して、敢えてそれを決定しない生き方と言うのも尊重されるべきなのかも」

「クウン」

「でもね、シロ。人間がこれまであり得ると考えたものはどんなものでも、未来的にはほぼ100%の可能性で実際にそうなってきたらしいわ。時間の遡行そこう以外はね。人間の想像力や想像力なんて高が知れてるから、人間の思ったものは大抵もともと神様がどこかに作り置いているものらしいわよ。だから人間なんて、落ちているものを見つけては拾って喜んでるだけなのよ」

「ワハン、ワハン、ワハハンハン」

「そうでしょ。ロボだって結局生物や人間を研究して模倣もほうしただけのモノだもの。だから、いいとこ行ってそこ止まり。でも宇宙膨張のさかのぼりは無理かなあ。だから時間の遡行は可能だとしたら別の理屈によるものよね」

「ワハン」

「様々なものは目に見えるものを指すけれど、隠されていて目に見えない事や見つかっていない事の方が圧倒的に多いらしいわよ。それを予測して掘り起こして発見してきたのが人間ね。でもほとんどの事は分かっていない。それもそのあとはロボの役目ってところかな。でも、ロボにはその義務も必要もないし、それを楽しめればよかったんだけど、やる気が起こったのかどうか、やってくれたのかどうか、それは彼らロボ次第だったのよ」

「ク、ウン、クウン、ウン」










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る