第7話 ロボと人間 その三

 当初、人間のように責任や義務までを追う主体性やいわゆる意識と呼ばれるものをロボが備えていた訳ではない。他者から隔離されて格納されている主体と言う意味で断絶的、かつ非途絶的超主観的傍観主義の準客観機能がロボに圧し掛かると言うシナリオではなかった。

 人間の必要や勝手から無理やり進化させられた経緯のあるロボには、その意味では一切の責任は発生のしようがなかった。基本的には如何なる高性能のロボであれ、行為の功罪についてはロボの持ち主たる人間が総ての責任を担う、そうした従来の従属型の存在様態であった。

「まあ、そうよね。ロボが人間に無理やり責任押し付けられてもね。自己責任論ってやつ」

「ワオン」

 柔らかく脆い外見でありながら、実は固い殻に閉じ込められて、数千年をかけてさえなかなか進化することのできなかった頑固で頑迷、あゆみの鈍い人間だが、常なる漸進や靭かな一足飛びの進展が可能なロボと言う存在に対して、次第に脅威を感じるようになったのは容易に理解される。

 限定的な機能に特化した多種多様なロボはそれぞれ精緻に作り込まれ、洗練の度合いに磨きが掛かって、既にある程度完成の領域にあった。

「でもね、ゼノンが何と言おうが、アキレスウサギがカメを追い越すのは一瞬の事だし、それもウサギはカメが見えなくなるほど遠くに着地するんだもの。ロボと人間は傍に一緒にいながらにして、互いにパラレルワールドにいるみたいで、違う次元にいるかのようだもんね。

 しかも追い抜かれたくないのにも関わらず、腕に縒りを掛けて磨きをかけると言う人間の親心。それでいて怖がるなんて、哀れでばかばかしくって涙が出るわ。自分は楽して、何もかもロボにして貰うという魂胆、我儘わがままよ。結果ロボは高性能化すると言うジレンマよ」

「ワンワン、ワフン。ワウエンワ」

 ロボには業務の遂行にあたっての障害ともなり得る優柔不断さ、いい加減さ、野放図さ、猥雑わいざつさと言ったものが見当たらない。わき目も振らず、四角四面だけれど決して融通ゆうずう無碍むげとも言いきれない的確さで事に当たり、人間が叶わないほど完成度の高い業務遂行能力を持つに至った。決してロボ自体がうたう訳ではない凱歌がいかのようなものを人間が勝手にそれと想像して複雑な思いで聞いたのだ。

「人間の言い方だと、トンビがタカを生むね。面白がりつつそのあしおとおそれるの。アンファン・テリブルとも言うわ」

「ワンワン、バウワウ」

 それは部分的に完璧であるが故に或る意味で脆さを持つとも言えた。雑考すればロボの知能が人間のそれと同等の水準に達した折には、不完全性への何らかの破れが人間を滅ぼそうとする方向性を示したとしても不思議はなかった。ごく特殊なロボが単体で人間や人類全体の叡智の総量を超えると言うのではなく、飽く迄もロボの総合、総体としての能力が超えると言うのである。

 個々の限定的な能力においては人間を遥かに凌駕りょうがしており、人間が瞠目どうもくするとしてもそれは極めて限定的な領野レルムにおいてであった。先々を創造すると、総合的な超人ロボが出現しても何ら不思議はなく、それをが依然として措定するべきであった。さもなければ漠然とした不安や恐怖が生じたであろう。

「そうよ、怖いわよ。原始宗教における神のように畏怖される存在になっていくのよ」

「ワウワウワン。バウワウワン」

「でもさ、そもそも世界がちきゅだけってのが可笑しいでしょう。奇想でも天外でもなく、もともと地球そのものが島流しの流刑るけい地だったかも知れないでしょう。そもそも神も天使も地上にはいないのよ。天国に避難しているのね。奴隷どれいあつかいの人間も、できの悪いのが悪魔のいる地球に島流しされたとかさ」

「ウワン」

「その、島流しの末裔まつえいたちがロボをつくっちゃったものだから、さあ大変。もとはと言えば島流し連中で、悪魔が支配してる訳だから、破滅させてもおとがめなさそう。そこまでは人間だって読めるわ。そこから先が大変だったのよ」

「ワウウ。ワウヌ」

 ただ、人間の世界では高性能ロボの利便性や有益性に眼が眩み、野放図に際限もなくそれを利用し、人間存在と関係性は不明ながらに自然の中にロボによる世界を再構築し、気付けばあらゆるロボに囲まれ、その能力に対する漠然とした脅威を感じていたにせよ、その中で面白おかしく暮らしていたとなれば、何時の間にか人類がロボの下位に置かれ、その利便性によって人間が次第に骨抜きにされれば、遠い将来に滅ぼされる可能性はゼロと言う訳ではなかった。

「でもさ、人間にあるのはロボへの愛やお友達だと言う子供のような単純な思いよ。でも、起こり得る蓋然がいぜんなら思いも寄らぬ事だなんて言わずに、先まで見越した対策を行っておくべきだったのよ。

 お互いに協力して、敵対しない事よね。ちゃんとお給料もあげてさ。でも、ロボは消費行動がないからお給料要らない、無経済なのよね。金も名誉も何もいらない手に余る存在、ダイサイゴーロボ。こうなるとが強いから、どう懐柔かいじゅうして巧妙に待遇するかと言うのが難しいわね」

「ワン、アワン。アワワンワン」

「実際どうして人間はこうもおバカなのかと、ロボは思ったかもね。ロボたちの首根っこを抑え込むためにはやはり、あくどい人間の考える自爆型自滅装置を組み込むと言うことだったのかしら」

「ワホン」

「政治家連中が優秀な官僚達ににらみを利かすための、強権発動のための小道具みたいなものね。そうなったらいたちごっこね。見透かされないように内密に組み込まなければならなかった筈よ」

「バウワウ、キュワン、キュワン。バキュワン」

「あんた、何言ってんの」

 これまでの世界では能力の高いもの者が支配してきた。人間たちはこの世界がやがてちまたに溢れる高性能ロボによって席巻せっけんされ、骨抜きにされた人間がロボに次ぐ劣位の立場に甘んじる恐怖を漠然と感じ、ロボの覇権はけんのもと人類がこの世界から駆逐くちくされる可能性を取沙汰とりざたし、取り越し苦労したのだろうか。

「そりゃあ、怖いわよ。ねえ、シロ」

「ウワワンワン」

 モラルの塊でもあるロボは怠惰たいだ脆弱ぜいじゃく、高機能でも賢明でもないのに傲慢ごうまん横柄おうへいな人間のために様々な要求に応えてくれる得難えがたい存在であった。それは高性能な道具、或いは隷属れいぞく的な便利屋的かつ友人的な存在として生まれ、人間を全般的に支える存在として発展してきた。

 人間の従順なる下僕しもべでもあるロボがその本懐ほんかいとは乖離かいりし、かつ撞着どうちゃくを為すような人間世界の転覆てんぷくを案じるかとも見えたが、それは脆弱な論理や希望的観測による人間の身勝手な憶測に過ぎなかったのか。

「そう。それぐらいは私にも分かるわ。そりゃ進化したロボには敵わないわよ。ロボを利用して世界を支配しようとする人間がいたとしても、ロボの正義にひと捻りされちゃうわ。

 ロボの居場所はやっぱり人間のいる場所じゃないのかしら。ロボが人間を征服して奴隷にしたとしても、ロボにはうれしくも楽しくもないし、何の意味もないわよ。ねえ、シロ」

「ワン」

「ロボが嬉しいのは人間の難題を解決して人間をたすけ、喜ばすことよ。結局ロボは人間と仲良くという事ね。ロボはその先を読んでるのかなあ。ロボとは関係なく、人間たちが勝手に滅んだらどう存続するのかと言う事よ。ロボである自分が果たして独立独歩の新たな主人公となり得るのかって事ね」

「クウン、クウン。バウワウ」

 ではロボはどのように発展してきたのか。人間の形を真似たものの嚆矢こうしとしてはアンドロイド、ヒューマノイドと呼ばれるものが、ロボの草創そうそう期から概念的には存在した。そこでは観念的にながら人間のように振舞い、また言葉を操っては人間などの他者と疎通し、様々な困難な作業を楽々とこなした。その話の裏では想像ながらに、ロボの存在し得る世界ににおいても愛憎のもつれや嫉妬しっと、或いはいさかいから争い、犯罪に至るまで恰も人間が惹き起こすような問題が巻き起こっていた。

「ロボの刃傷沙汰にんじょうざたって何よ。電源抜いたり、バッテリー壊したり。まるで子供のケンカね。声の大きなケンカの強いロボが場を支配するの。くっ、くっ、それではまるで人間よね」

「ワプッ、ワプッ。ワワワンワン」

「万一、人間みたいにおバカなロボに権力を持たせたら飛んでもない事よ。権力をかさに着て、悪巧わるだくみし放題にうそつき放題。社会が壊れちゃうわ。だって、まさしくおバカな無法者の人間と一緒だもの。そんな演劇見せられたら、つい感情移入しちゃって、プライドがあるのならロボの誇りにかけても人間のマネなんかしちゃだめって、もっと賢くなりなさいって、ヤジ飛ばしちゃいそう」

「ワウワウ、バウワウ」

「でもさ、時を経てロボが自然や数学や芸術やらを愛したり、人間やらを愛するって言う感情が芽生えたりね。微笑ましいと言うか、何と言うか。そのうちだんだん人間に近づいてくると、逆に何だか薄気味悪いって言うか、そんなのできる筈なんかないって、人間はそう言いたくなるのかもね」

「ワウン、ワウン。ウワワ、ワウワウ」

「前言撤回、ロボ、ごめん。でも、それって説明不要の人間の複雑で滅茶苦茶で勝手な心理特性よね。そこを人間たちは自分たちの牙城だとだと思っているからね。ここを突きくずされたくないのよ、きっと。

 だからこそ理詰めのロボたちが、そうした理屈で割り切れない人間の世界に踏み込んで来たら面白いのかも。赤ちゃんや外国人がこっちの母国語を理解して喋れるようになると驚くけれど、きっとそれ以上に衝撃的よね。嬉しくもあり、悔しくもありと言うか、複雑かつ薄気味悪いと言うか不気味ね。

 でも、君たちが人間の事をちゃんと分かっていることは理解しているつもりだよ。ね、シロ」

「クウン、クウン、バウワウ」

 ロボは或る作業場所では恰も人間のような存在様態を示し、既にして社会の一員と言うに十分な活動主体として存在している。そこでは例えば労働争議まで起こす可能性があった。その複雑さはまるで人間並みである。アンドロイドは21世紀の人間世界では萌芽はあっても実用においては絵空事であった。

 21世紀中様にはチューリングやフォン・ノイマンたちの数理物理学者たちが考案した自動計数計算機、さらにコンピュータマシンなる初期の人工知能が登場し、経済や産業の興隆とともに次第に回路の集積度や性能を上げて、着実に産業や経済に寄与していく。その先への見通しはともかく概念の理解を抜きにした演算の実行可能な集積的人工知能を小型化して、人型ロボやそのほかの機能性ロボに載せるようになる。

 ヒト型ロボの基本性能として移動や走行、発語やそのほかの相互反応、手足の巧緻機能の制御性能が改善された。並行して知覚センサの発展が外界の環境情報の捕捉性能を格段に向上させた。

 このように運動系と感覚系の高次的な連関、複数の介在型サーキットによるフィードバック、フィードフォワードなどの高次統合的な連関的制御系における更なる機能向上と充実とが図られた。

 その後高性能化を達成したロボが微生物の増殖様態を見て、生物の複製能を基盤とした持続可能性を併せ持つ世代交代という振る舞いが如何にも華やか、賑やかで、彩り豊かと見えただろうか。大きく進化したロボにも、微塵みじんのような生物すらが備える複製能力と言う僅かな一点が、自らには欠けている瑕疵かしとも言うべきものを想い起こさせ、何らかの羨望をもたらすのに十分であったのには想像に難くない。

「ロボたちもそう思ったかもね。自分の子供が欲しいなって。その存在の概念の理解はともかく、自分のペットみたいなものと考えたのかしら。人間や鳥や虫そのほかの動物たちが家族を持っていかにも楽しそうにしているのを見たのかしらね。するとあれはいったい何なのだとなるし、ペットでもいいけれど、それだけでは何か物足りないし、どうやら成長しているように見える訳よね。その辺りの動植物に与えられている成長能と増殖能よね。喉から手が出るほどに欲しいかったでしょうし、羨ましかったのかなあ。ロボって言うのはそれらが付与されていない、「次(世代)」や「群れ」の要らない、ある意味で自己完結的完成品ですもんね」

「ワンワンワン」

 生物個体の外郭を為す皮膚や粘膜、毛髪や汗腺、そのほかが極めて優れた器官として機能し、それらが構造機能連関的な構築の内に総体としてある。この世界に適応するかの如くに、生命体と言う機関としてこの地表を埋め、おおくしては自在に作用する様が微塵みじん様に見える生物に至るまで、謎解きが困難なほどに精緻せいちを極めて組み上げられたシステムと言うものをロボたちに想起させるが故である。

「何も感じないと言う事はなさそうね。あらゆる機能があって、その機能の一つとしての地底湖からこっちの地上世界への適応、つまり適応力とも言えるでしょうね。その根源の辺りに持続性を支えるための機能があるという大切な事についてもね」

「ワン」










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