第4話 ロボ神(がみ)さま

「クウォーン」

「眠い、眠いわ、シロ。もう、くすぐったいわ。もうちょっと寝かせてよ。ごはんはテーブルの下よ」

「ウオン、ウォン。クウォン、クォン」

「ほら、私のお顔がべとべとじゃないの、もう。何騒いでるの」

「ウオン」

 お華さんはシロの差し出すビュワーメガネを付けた。

「ホイ、メガネね。何々、ええっ、木星のイオが軌道を逸れたって、それホントかなあ、だってイオの軌道は結構内側のはずよ」

「・・・昨晩、木星の第一衛星イオと第三衛星ガニメデに彗星衝突がおこった模様です。

なお、詳しい事は全く分かっていません・・・」

「うそよ、こんなのデマに決まってるわ。衛星同士がそんなにすぐ傍にあるわけないじゃないの。あなた、また何かをいじって情報操作したでしょ。あのね、シロ。いくら何でも、あそこには住めないわよ。岩はあっても、水がないんだから。いい加減、木星に興味を持つの、やめなさい。でも、憧れるのはいいわよ」

「クウン」

「研究したいのなら、取り敢えずトラピスト1あたりがいいわよ、ちょっと古いけれど、ハビタブル惑星があるらしいわ」

「ワオン」

「もうちょっと眠らせて、ほら、横へおいで」

「クウン」

 お華さんはシロと並んで横になり、一緒に同じ惑星の夢を見た。その系外ハビタブル惑星には地球のような大きな海があるのだが、周連星惑星のように伴星となる隣の惑星がすぐそば、と言っても100万キロ以上離れているのだが、その影響で潮汐の干満の差が激しい。潮が引いている時には海の底まで歩いて行けるのだが、満潮の時には恐ろしい勢いで潮が満ちてくるのだ。波涛を躍らせ、渦を巻きながら迫って来る潮の様子を見ながら、お華さんはシロと一緒に陸に向かって一目散に逃げる。

「ウワオーン、ワンワン、キャンキャンキャン」

「転ぶなーっ、シローっ、うわーっ。ああ、怖かった。あれに呑み込まれたら命はないわね。まったく叔父さんが作ったこのドリームロボ、楽しい夢ばかり見るとは限らないんだから、心臓に悪いわ。でも、疲れが取れて、なんだかすっきりして目が覚めるって言うのは結構いいわね。結構売れてるらしいわよ。それにしても、眠ったまま系外移住したらしいあの夢、怖かったけれど、あれなら潮汐発電できそう」

「ウワン」

 仮に居住可能な惑星や衛星が見つかったとしても、克服しなければならない問題は山ほどもあって、系外移住はそれほどに困難なのである。生物はこの地球に発出し、進化した。理想的な住環境であるこの地球を出ては生きられない体なのだ。それ以外の場所で生きていくのであれば、ある程度の覚悟がいるが、そんなものは何の役にも立たないと言ってもいいほど実際の宇宙は困難である。大気や宇宙線をとっても分かるように、その困難性は地上のそれとはレベルの次元が異なる。分かりやすく言うならば生命体が非生命体とならない限り越えられない壁があるかもしれないのだ。つまり必要なのはデータ化である。データ化した何ものかをその場所へ送り込むのだ。人間のお華さんなら、お華さんのままでは到達不能であるが、それをデータ化すれば転送可能かも知れない。眠っている間の夢で行くのがバーチャルではあるが、夢で他の星に行けるなどとはお笑いである。

「データ化ねえ」

「ウワン」

「では、これから早速シロもデータ化いたします、ほいっ」

「ウワン、ウワン、ウワワワワン、キュワン」

「ま、無理よね、そんなこと言われても。遺伝情報のDNAならあるけれどね。これも高分子だから核や細胞から出したらダメになっちゃうわね。格納する場所も必要だし、無事に転送できたとしても卵細胞のように読み込んで発生させる細胞システムのような場も必要だし。文字に起こしても意味ないし、磁気記録しても途中で簡単に壊れちゃいそう」

「キュウン」

 前回の続きで言うならば、暗号のような生体データや記憶データが読み起こせる形で化石化して地層にでもあれば、それらは読み解くものを待っているものであるとも言える。多くのものが失われた後でも、年輪のような地層に残る地上の生きものや水棲すいせい性の生きものの様々なデータが解読されるとなれば多少の興味は沸く。それもいずれ読み解くものが現れるという前提での話である。

「まあね」

「ワウフ」

 ロボたちが未来 永劫えいごうあり続けられたのかどうかは単にロボ自身に懸かっていた。もちろんデータの担体として認識されたロボたちにもデータ管理の杜撰ずさんさを批判される可能性がなかった訳ではなく、其々それぞれに絶滅する権利も保障されて然るべきであった。

「まあね。磁気嵐とか厄介なものがあるからね。どこかに身を隠せという事かしら。そもそもが岩石ぐらいの大きさなら天体だって突き抜けちゃう宇宙線たちだもの。身を守るのは大変よ。でもさ、そもそも天体という居場所がなくなったらおしまいよ。もちろん宇宙空間で発電も可能で漂流可能な天体型インフラロボだったら可能かな」

「ワフ」

 無論、地球磁場の強度の減衰や反転に伴う数万年から数十万年周期の寒冷温暖化、太陽の変化に伴う生命体の大絶滅は当然起こり続けたであろう。

「今は間氷期ね。そのうち氷河期がくるかもね」

「ワウワウ、バウワウ」

 そのころロボは或いは既に観念的にながら人間の領域に達して、それを遥かに超える138億光年先の宇宙最果て旅行や大絶滅の意図的終焉化や居住環境保持型新天体作出など、或いは地球外生命体や彼らによるロボたちとの邂逅を果たしたのかもしれない。

「おおっと、そうだった。そう言えば、シロ、火星をちょっと住みやすくしてという火星移住計画があった筈よ。ロボによる大気と大気圏創出、地表の水層形成などの仕事があったんじゃないの」

「ワン、ウワン、ウワワ」

「火星の地磁気はどうだったのかしら。核やマントル、地殻ちかくや地下水脈や鉱脈はどうなってるの。あれってどこまで進んでるの」

「ンワン、ワウン、ワウワウ」

「何言ってんのよ。とぼけないで、シロ。大事な話でしょ。あなた、たしか先遣隊で行くっていう話だったじゃない。今日はお休みだから、明日にでも国際火星探査開発機構に聞いとかなきゃ」

「ンワン」

「地球に氷河期が来なくなってアイスボールは愚か、むしろ高温化して水が大気圏外に喪われて亀裂化泥団子のように干上がっちゃうと、神頼みばかりもしていられなくなるわ。でも今は間氷期だから氷河期へ移行すれば、今度は表面の土壌のアイス化が心配ね。そしたらやっぱり今度は温暖化ガスね」

「ワオワウワン」

「ロボたちに頼んで火星を住みやすくするのね。多額の資金調達や資材や機材の調達の問題もあるし、人工太陽や大気発生装置、淡水発生装置、電磁気発電装置やドーム形成など問題山積でしょ。まずは生体にとって最も大切な水と大気からね。塩湖の塩で人造巨大塩水湖造成もね。大気中の分子組成や水蒸気圧も大切だしさ。ロボだって極真空や超低温、宇宙線レベルが気になるから遮蔽しゃへいも大切よ。犬用のスーツも要るでしょ」

「アオッ。ワウワウ」

「ほら、思い出した。あの特注の宇宙スーツ。ギガドームも宇宙線の遮蔽がまず大事だし、機能的にはスーツも同じよね」

「ウワオーッ、ワン」

「人間ができないことだらけだから、ちゃんとロボにお願いしてやって貰ってね。水溜まり同様、大気形成は大変だから、やっぱり循環型自然環境大規模発生装置かしら。確かに火星緑化計画は遠大だけれど、気が遠くなる時間がかかるから早めに取り掛かっておいてね。手強いわよ。ここは何と言っても、あなたの持ってる諦めない心の出番ね。

 あとは種かしら。火の鳥みたいな種まき鳥も要るわ。それが芽吹いて緑に育って地衣して瀰漫びまんして、地表を覆ってくれるの。微生物で言う芽胞の機能をちょちょいとハイブリダイズさせたやつ。クマムシの遺伝子も入れた放射線に対しても耐性高いやつね」

「ワフウ」

「火星も地球同様、次第に太陽から遠ざかって行ってるからね。と言ってハビタブルゾーンに持ってくるのも大変。水も大気も神様もいなくなっちゃったのよね。タイムマシン並みの時間の遡航そこうができたらね。そんな神頼みならぬロボ頼み。そんなメタイノベーションの役を担ったヒーローだったのかな、ロボって。言ってみれば救世主だったのね」

「ワンワン、ンワワワワーン」

 先にも触れたように、人間とロボの関係を神と人間とのそれに置き換えて敷衍ふえんすることはできない。人間たちは神に対して聖堂やら心の奥底やらに居心地の良さそうな安置場所を提供した。しかしながらロボは神をはじめ、さまざまなしがらみとは無縁でいられるのだ。

 それでもその頃にはロボは人間の抱えていた四苦八苦やら艱難辛苦かんなんしんくを理解し、さらには獲得してそれを難行苦行や神の存在抜きに超克したのかもしれない。それを進化と称して歓迎する向きもあったかもしれないが、ある意味では似非えせ人類への退行とも言えたのだろう。

 ロボの行く末が少なからず人間のようなものへと収斂しゅうれんしていくのであれば、それは本末転倒で、ロボ存在の意義自体を無に帰せしめるものであったかもしれない。

「そんなことはないわよ。何がどうあろうと、私はロボ擁護論の立場よ。ロボは人間の勝手や我儘わがままから生まれたんだから、ロボがどうなろうとも、ロボの責任じゃあないんだから」

「ウワン、ウワン。ワウワウ」

「でしょう。ロボの行く末は決して人間と一蓮托生いちれんたくしょうじゃないのよ。人間が生み出したからには人間に応分の責任があるのよ。その将来は人間の尻拭いではなく、もっと幸せなものであってほしいわ。ねっ、シロ。私はそう願っているわ」

「ワホーン」

「だって、ロボの未来は当面は人間を援けてそれを幸せにしつつ、正常進化を遂げる事でしょう。それはその二つが矛盾なく両立できるかどうかに懸かっていたはずよ」

「ワン」

「あら、意外と冷静ね。でもさ、人間の手によって生み出され育てられたロボが、いつの間にかに人間なんか遥かに飛び越して、やがて人間から畏怖いふされたり、敵愾てきがい心まで抱かれたらお互いに不幸になるわ」

「オンオン、ウワオン」

「でしょ。人間の愚かさを傍目はためで見ながら、一足飛びに神の領域に近づいていったとしたら、そんな進化を果たしたロボって本当に凄いでしょ」

「ウワン、ウワン。ワンワ」

「人間に近寄ることなく進化して超人的となったら、その先には最早、神しかいないわ。でも、それは人間の希望的観測とは反しつつも想定内の事よね。ある意味、人間の理想に適ってくれたのよ」

「ンワン」

「ロボには全くそんな気はないのに、知らぬ間に人間を追い越し、人間と神の間に割って入ってね。ロボが自分よりも神に近いところにいると知ったら、人間はどうするのかしら。神の手前にロボの背中が見えるの。おお神よ、じゃなくておお、ロボよなんてね。皮肉でしょ」

「ウホーン、ワホーン」

「神を奪われて哀れで可哀想な人間。神の寵愛ちょうあいや加護を一身に集めていたはずだったのにさ。認知症にもならず、ウイルス感染もせず、パンデミックにおびえることもない、そんなロボ修道士に神やこの世やあの世について説教されては光に満ち溢れた真善美に導かれるの」

「クウウン、クウン」

 ロボは進化して人間世界のあらゆるニッチに入り込み、衣食住の提供から存在者たちの空間、移動に通信に様々な仕事、あらゆるところで人間の下支えとなっては人間に幸福をもたらした。それは万物に神が宿るように万事にロボが潜みつつ関わるという、いわばロボによるプラットホームが形成されたという事なのであった。

 更にその先には、次第に人間を支配し得る構造と機運とが整えられ、事物の萌芽が百花を繚乱りょうらんさせるが如くに人間の揺りかごから墓場までのすべてをロボが担うこととなったのは想像に難くない。

「人間次第だったのよ。ロボとタッグを組んでよい世界を作れるという幻想があったのね。そこでもし人間たちが真っ当に生きなければ、ロボが人間の言う事を聞かなくなっちゃうのよ」

「クウン」

「愛想をつかされた人間がロボに見限られるという、笑えないシナリオという可能性もあったのよ。何時までも黙って愚直に人間の下支えばかりしていられませんよって。神なるロボなら問題なかったでしょうに。人間がロボに嫉妬しちゃうってシナリオもあった筈」

「ワハン」

「すると、悪の手下みたいな人間が愚かにも、善なるロボを疎んじてね。一部の軽率な人間が勝算を抱いて先制攻撃を行ったものの、ロボの正当な防衛反応を招いて、自業自得なんだけど、完璧なストーリー展開で人間が組み伏せられちゃって挙句に白旗揚げちゃうみたいな。笑えないけどね、おかしいよね」

「ワハハンハン、ワハンハン。ワン、ウーワン」





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