第3話 圏外移住とロボ

 ロボ存在にふさわしい場所はどこか。地上か海底か、地底か広大な宇宙空間か。大気は必要か不要か。生命体の内部かあるいはそれ以外なのか。

 ロボの外観は一般に特殊金属や軽合金素材である。昆虫のような外骨格の筐体の頑丈さを纏い、その上で酸やアルカリによる腐食や電磁波そのほかによる衝撃から身を守るシールド機能を備えた金属が筐体の素材としてふさわしい。

 ポリアミド系のアラミド繊維などに金属原子を容れた超高分子型の炭素繊維を編み込んだものや、重金属原子の蒸着を利用したある種のハイブリッド型炭素系高分子金属化合物が発明されてからと言うもの、軽合金以上に軽く丈夫で腐食や電磁波にも耐えるものが現れた。頭脳を担う集積回路も飛躍的な発展を遂げた。こうしてロボは内も外も磨かれ、機能的にも高度なものへと常なる変貌を遂げた。

 太古の昔から地磁気を利用している生物もおり、体の細胞の中に金属を利用したものも見られる。これにはナトリウムやカルシウム、リンや鉄、マグネシウム、亜鉛その他の微量元素とそれらのイオンなどがあって、合理性や磁性など十分に実利的、実用的な意味合いがある。ロボにおいても筐体やシールドそのほかで合理性を持つ金属の組み合わせを用いた強靭化が図られた。

「人間や動植物たちの多くは柔らかく、すべすべ、ふかふかした柔軟で脆弱な外観にくるまれているわ。甲虫たちのような軽くて硬いものや光沢のあるものもあるわ。その点、ロボは外套がいとうまとわなくても彼ら同様おしゃれな外観よね。シロたちの毛は自動で生え変わるし、何といっても軽くておしゃれで、防汚、防塵、防寒などの耐衝撃、耐熱性はどれも一級品の優れものよね。ごはんさえあれば、あとはたいてい自動なのよね、本来がオートマティックでロボ的よね」

「ワン、ワワワンワン。ラバ」

「ふふ、シロったらとっても誇らしげね。ロバね」

「ンワン」

 このような次第でロボの居場所はほこりっぽくなく、ある程度乾いた空間となろうか。清潔な現場で働く近代的作業用ロボでない限り、砂漠や海中といった開発プラントのような過酷な現場も必要ならば仕方がなかった。

 ロボは決して精密な工業製品と言うのでもなく、汎用化し、機能が高められてすでにほこりや水が大敵であると言うのでもない。地中水中を問わずいとわず、どこでも機能的に存在することが求められた。

 宇宙船ロボや深海艇ロボそのほか、ロボの種類によっては海底の耐水圧や熱水鉱床や火災現場に対応できる耐熱性や耐腐食、耐破損、宇宙そのほかの極低温低圧無大気で高線量の宇宙線に晒される環境など、過酷な作業環境が想定されてきた。

「いかに人間のためとは言え、昔のロボも大変だったでしょうね。どんな過酷な作業環境だって命令は絶対だしね。行きたくないところもあった筈よ。小心なロボなら、自己破壊衝動を抑えて出撃したりしてね。ヒトって冷酷だからね。適当に招集して派遣しては平気で被爆、破壊させちゃう訳だからね」

「ワワワンワン。ワウワウ」

 ヒューマノイド、いわゆる人造人間というものの概念の発祥は19世紀の東欧とされているが、無人の作業現場そのほかで用いられる、擬人化されるべき道具の延長線上にある自動運転機械と言う概念の嚆矢こうしは当然あったろう。ロボが人間の模造品のような人形やおもちゃのようなものであった頃、その後のロボの繁栄やロボ万能の時代のことなど想像だにされなかったであろう。

「人間や生物自体が自動機械そのものだからね。ちょっとハイレベルだけれど」

「ワン」

 その後ロボは計算機の発展とともに進展し、人工知能の高度化に相俟あいまってあらゆる領域に隙間なく充填じゅうてんされ、重要な位置を占めるに至っている。ロボの居場所はあらゆるものの内外を含めたあらゆる場所なのだという極めて単純な真理である。それは人間の座っているイスもまた同様である。

 時代を経れば動物の体の中のあらゆる臓器や血管の中、遺伝子の中に止まらず、誰かの夢の中においてさえ存在しえたことであろう。それどころかロボと言う小宇宙の中に佇立、逍遥しさえする誰かの意識や無意識であるとも言えただろうか。

「そうよね、ある時期ロボは人間個々の意識や世間的な意識までも席巻せっけんし、その概念的な枠を超えて存在したのよ。ロボは人間の行けない危険なところにも行ってくれたの。138億光年の宇宙の果てへも出かけていってくれてさ、もう、ワープでもリープでも思いのままね。

 人間だったら、じれてひずんだ宇宙空間を通り抜けられずに、時空に縛り付けられたままそこに置き去りにされて、宇宙の迷子になっちゃうわ。それを無理やり通り抜けようとしたら、再編不能の量子崩壊を起こして消滅するわ。或いは謎の現象世界に紛れ込んだりするのかもね。ねえ、シロ」

「ワワーン、ワンワン。ワワーン、ワン」

「でもさ、人間や動物そのほかの移住と生存、存続に適した浮遊惑星や系外惑星を見つけて帰って来てくれる、人類を救うロボたちがヤマト・ネオに乗って出かけて行くの。かっこいいでしょ」

「ワン、ワン。ワウワウ、ワウーン」

「でも、その前にまずは木星や土星の衛星や月においての人間その他の生命たちのための居留基地づくりね。適当な重力そのほかの整えるべき条件があるわね。系外への移住はそのあとね」

「ワワワン、ワオワオ、ワオワオン」

「あら、シロ。あなた、行きたいみたいね。私も大学行ったらその辺りを勉強して、連れてってもらおうかしら」

「ワオン」

 宇宙空間は大気のない極低温の空間が殆どで、作業用ロボにとって好都合かもしれないが、必ずしもそうとは限らない。石礫せきれきそのほかの宇宙ゴミもあり、また不断に通過する宇宙線もあり、遮蔽しゃへいや防護の必要が出てくる。

 人間における時間が進んで膨潤ぼうじゅん化し巨大化した太陽に地球がのみこまれる頃、絶滅を逃れて生存を望む人類が残っていれば、ロボの尽力によって外側軌道惑星やその衛星に移住する必要が出てくる。

「まあ、いずれにせよロボの力を借りなければ人間は生き延びられないのね。人間はデリケートでナイーブ、ヴァルネラでフラジャイな存在なのよね」

「ワホーン、ヴァウワウ。ワウワウ」

 太陽の寿命が尽きてネオ人類が絶滅していなければ移住が必要となる。今や人間はその昔神であった太陽が沈んだままになったからと言って嘆き悲しむ必要も、その呪縛に縛られる必要もない。太陽にすがって生きる道から離れ、太陽系住人としての誇りを捨てて持続可能な人類存続のシステムを構築しなければならなかった。その辺りの先遣隊としてはロボや様々なタイプのハイブリッド型ロボ人類が活躍することとなった。

「ンワワワワーン」

「そうか、運命を感じるのね。シロも人類や犬たちの行く末を案じてロボたちとともに模索してくれてる心算つもりなのね」

「ワ~ン」

「こら、あくびするな」

 人間側の理屈では当初ロボは人間たちのもの、彼らのためのものであった。人間のあるものは望んで神を超えようとしたが、太陽は大きさでも長さでも、強さでも人間など到底及びもつかない。いわゆる神でない限り、神を超える事などはなからできないのだ。人間が御し得ない自然或いは世界、宇宙、あるいは無限と言い換えても構わないが、それは人間が措定そていした神の不可侵性にもよって神が守られていることにもよる。人間にはほとんど何をも制御しえない。戦い方が分からなければ、吹けば飛ぶような微生物ですらもぎょしえないのである。

 一方ロボはその限りでない。仮にロボの世界に神があっても、それはおかざりですらないのだ。それは0と1の無限の組み合わせでもなく、言葉としての絵に描いたもちのような実態のない抽象概念でもない。それを云云うんぬんするものはそれを操る何かの企み人か、支配されるべき理想と純朴の極みの何れかであると、具象の極みであるロボはそう考えたに違いない。事程左様に神と人間との関係は特殊のもので、ヒトとロボとの間に存在する狭義の契約関係に始まる不思議なそれとはまるで様相の異なるものだ。

「ワワン、ワンワン、ワウワウ」

「フン、フフン。シロには難しいでしょ。ほんとはね、ロボはもともと可愛らしいおもちゃだったのよ。だから、ややこしい人間とは違って、神様なんていらないのよ」

「ワン、ワフン」

 人間にとっての危険は、ロボにとって大方そうではないが、火山におけるマグマの内部や高線量レベルの環境など克服すべき例外も多々あっただろう。このためその辺りが克服されればロボの有用性は望外のものとなった。何より人間の場合、人体は低速の宇宙空間では早老的となり、無重力空間では骨、筋そのほかの組織や器官が急激に衰微するので、悲しいことに如何にも宇宙空間に不適応であると言わざるを得なかったのだ。

「そうね、少しずつ宇宙空間に適応する必要があるわね。順応じゅんのう馴致じゅんちとは言っても、重力空間と無重力空間の間ではそれこそミリ秒のオーダーでしっかりと切り替わるようにしないとね。それができるようになるためには長期に過ごすことで、生体の方で進化する必要があるのよ。でないと、それぞれの空間を移行するたびに不都合が露呈するわよ。でもさ、長期に過ごすと、きっと進化する前に退化して滅びちゃうわ。やっぱりタコかしら」

「ウワーン、ワン」

 適応力の高さにおいてもロボはいとも容易く人間を凌駕りょうがする。ロボの機能はそればかりではない。今後にわたって極大極小のあらゆる領域でロボは活躍すると考えられた。人間の不得意な極小よりもさらにゼロに近い極微の量子的な世界において、ロボは大いに機能を発揮するであろうとされたのだ。

「つまりあれでしょ。動物の目に見えないロボが生物の体の中で機能を果たすのよ」

「ウワオン」

「ほら、注射器で一滴、小さなロボたちやロボ遺伝子を入れるの。すると、それらが全身に行き渡って何かの役目を果たすのよ。その昔使われたワクチンや薬が言ってみればそれに相当するわ。がん細胞を殺したり、細菌やウイルスを排除してくれるのよ。つまりロボ遺伝子治療ね、ンフフフフッ」

「ンワウッ、ウワウワッ」

 やがて地上が生命たちの楽園でなくなる時、地上に適応できなくなった生物や、あおりを受けた食物連鎖上位のヒトがたおれ行く。生命体たちが次第に衰微すいびして何がしかの絶滅が進んでいくと、そこでは人間に成り代わって台頭する昆虫やクマムシ、微生物や鬼たちが蔓延はびこっては、彼らと疎通不能のロボたちが脇役さながらに存在することになるのだろう。

「まあね。人類の一員にとっては目をおおいたくなるような事柄ばかりだけれど、仕方がないわ。昔、サスティナブルなんて言ってたけれど」

 ひとまず人間たちが脆弱な生体コピーなどの形でロボとして生き、人間やそのほかの生物の中にゲノムとして生きている逆転写ぎゃくてんしゃ酵素を持ったウイルスなどのように、ロボの中に退避したり、そこに何らかのデータの形に姿を変えて痕跡的に生き残る道を選択した可能性もある。

「他者の中に生きる、か。そんな、隠れるような生き方って、ちょっぴり惹かれるなあ。死の中にこそ凝縮された生があるって言う難しい葉隠れでもないけれど、昔の戦国武将のように雌伏する代わりに自らの姫を敵にっておいて子孫の中に自分の血を残したり、時機を見て敵をつぶすとかさ。古風だけれど臥薪嘗胆とか捲土重来みたいな格好良さ。てか、そんな風に、突如とつじょ世間に現れ出るような、一見ずる賢くも見えるような戦略的で不気味なウイルスたちがいたのよ」

「ンワッ、ンワ、ワン。ワウフ」

「そのうちロボの中にもゲノム構成のような設計図を持つものが出現してさ、そうしたロボの中にも生物たちの中にゲノムとして生きるウイルスのような変わり種が出現しても決しておかしくはなったのよ。さっきも言ったけど、微小なロボが人間その他の生物の中で活躍することも十分に考えられたのよ」

「ワフフフフン」

「昔で言うSFね。それぞれがDNAやRNAのデータとしてまるで卵のように泡のように色々なものの中に潜り込むという事ね。自己保存のための他者依存、保身ね。でも、そいつが死んだら自分もお終いだから、生かさず殺さずね。いわば一蓮托生なのよ。そう見えても、それが奴らの戦略なのかどうか、実際には分からなかったの。

 でもそうなると、二重スパイのようにこちらが寄生した相手が今度は更にこちらに入り込んでは入れ子構造をなしたり、何が何だか分からなくなってくるわね」

「ワンワン、アワワワワン」

「で、その後適応できそうな環境になったら宿主の遺伝子から抜け出して世界に再出現するのよ。ねっ、それっていいかも。雨後の筍と言うより、まるで冷凍人間の上手くいった解凍事例みたいね。どこから湧いて出てくるのかが分からないゾンビのように、うようよとね。

 ずっと昔に流行ったらしいエイリアンと言う正体不明の外来種の生きものとか遺伝子に身を隠すウイルスのように、遺伝子かどこかに形を変えて入り込んでいた別の生命体が突如として現れ出るのよ」

「ワワン、ワフフフフン。ウワワワワン」

 人間が病気になった時、疾患の治療のオプションとしてのロボ治療が行われたらしい。時を経た宇宙空間では体内外装着型のの特殊なエピテーゼロボが宇宙適応の困難な人間の心臓や肺を優しくんで動かしたのだ。甲虫のようなフンコロガシロボを人体に放つと、がんの病変部位を食べつなげて補修してくれるのだ。ほかにも骨や筋肉を動員させて人間の手足を動かしたり、骨や筋への衝撃的刺激を与えて必要な物質を分泌させて、がんや認知症を予防してくれたりもした。

「重力環境で進化した生命体には無重力環境は適応困難だし、そんな装着型ロボって便利ね。それを用いることで宇宙空間が克服できるのならね。あとは宇宙線などの遮蔽しゃへいさえちゃんとすればいいのだもの」

「ワウフ」




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