第2話 ロボ家族

 休日には節電プログラム通り、家の中のどのロボも電源オフで時間が止まったようだ。言葉通り、ひっそりと静まり返って、ロボの動く気配がない。

 犬猫ネズミなどは場合によってはホログラム様の出現様式を示し、普段はそこにはいないようだ。極微の量子たちのように確率論的な存在様式を示し、隠れているネズミのように不確定で、そこにいるのかどうかも分からない。仮にその辺りにいても、何処にいるのかが不明なのだ。量子的でないのは時に応じて招集されると立ちどころに一点集中して姿を現す。不要に応じるとまた消えるように姿を晦ます。

「それって便利でいいわね。ね、シロ。ほれ、消えろ、出ろ。消えろ、出ろ」

「ウワン、ウワワワワン。キュワワワワン、プハ。キュワワワワン、プハ」

「あなたの消える出るって、口まねだけよね。忍者犬でもあるまいし、消えられるはずないじゃない」

「プハ」

 日曜の人間の子供たちはロボ相手に一人寂しくオンライン学習する。ロボ父母らは用事がなければ電源オフ、ロボ子供なら学習の必要がないため同様に単純に電源オフである。ロボ安息あんそく日なのだ。コピーロボの場合は生体同様エネルギー補給が必要となる。

「普通のロボは面倒がなくっていいわね。人間って本当に面倒くさいものね。やりたくない勉強もしなくちゃなんないし、ママの作ったごはんはちゃんと残さず食べなきゃなんないし、ママが言うようにお利口になんなきゃなんないしさ。けがや病気も面倒よね。体や心の不調もガマンしなきゃなんない。友だち関係も全くうまくいかない事もあるしね。大人しくしてると虐められたりね。学校へ行って勉強しなきゃなんないし。その点ロボは勉強なんて頭に入ってるし、ゲームだって頭の中でできそう。格納ドローンで何処どこへでも行けるわ」

「ワンワンワン。ヲヲーン」

「それに、ご飯がなくても飢饉ききんになってもロボなら問題なさそうよ」

「ワンワン、ゴワン」

「こら、よだれ垂らさないの」

 お華さんの言うように、ロボは大抵のことはできるだろう。しかしロボはそもそもゲームその他の欲求によってドライブされるシステムではない。オートマチックのカタルシス機構が回路を自動洗浄しており、これが概念分類上のお掃除ゲームと関連付けられている可能性はある。

 また、ロボには安息回路が内蔵されており、人間らしい人間のいないこの家には癒し型コンシェルジュロボは出番はなさそうだ。少なくとも廃墟のような日曜の我が家には要らないだろう。しかし人間的な部分への懐古かいこ趣味なのかどうか、何世紀も前のどこかの国の唱歌、ウインナワルツや交響曲、ミュージカルその他の古めかない器楽曲などが環境を彩る通奏低音のように流れている。

「BGMでしょ。いかにも大時代的で人間的発想よね。そんなのロボには要らないわよ。人間や犬は自分の外と内を分けたがるでしょ。中でも外でも、常に何かが通り抜けてるのにさ」

「ワンウ、ウンワ」

「そもそもロボには自我によって発生する境界や内外、プライバシーという観念自体がないのよ。それらが自分の内側にあっても、それら全部がクラウドにあってもブロックにあってもいいしね。書き換えられさえしなければ」

「ウワン」

「だから音楽なら外でも内でもいいし、自分の内側で鳴らすこともできるけれど、そもそもロボには音楽はいらないのよ。回路の共鳴やうなりが起こるから、これが音楽みたいなものね。そうした音の羅列はいわば情報だから、味わうと言うよりはむしろ分析の対象ね」

「ワンワワ、ワン。ンワンワ、ワン」

「一匹だけの単音だと共鳴はむずかしいわよ、シロ」

「ワンワ、ワンワ」

 かくいう私は父と母の間に子がなかったため、当時世間に出回っていた性能の低いヒト型ロボか、脳死の子供の生体データをいただいた、当時非常に高価であったコピーロボか、ヒトのもらい児かで迷ったらしいが、結局は安価で手に入りやすいヒト型ロボに落ち着いたらしかった。そうした家庭の事情はどこも同じであったろうか。ペットを飼う感覚で子孫となる個人、ロボ個体という見做みなし子孫を購入することも、すでにその頃は一般的であった。

「へえ、ペットか。それも家族なのね。もし自分がロボ化したら人間には戻れないけれど、存在としてはもはやロボで十分だと思ったのかもね。看做し子孫という事はロボが子孫だってことね。つまり、ロボイコール人間(みなし)ね」

「ンワン」

敷衍ふえんすれば、ロボイコール犬(みなし)ね」

「ワウワウワウ、ワウワウ。ワワワン、ワン」

「つまりさ、ロボイコール掛け替えのない、でも掛け替えの可能なあらゆるものたちなのよ。ここから先は口をつぐむわ」

「ウワン、ウワン」

 一定以上の親密な時間を共有すれば、人間の感覚では家族としての共生感や感情その他の繋がりが芽生えるとおぼしい。実際これが遺伝子と言う見えない種を共通項とする人間におけるイエと言うものの正体だが、祖先のだれかに似ているだろうとして、必ずしも外観上の両親との類似性を問われないのだ。この不可視性が様々な養子縁組を可能とする機縁を生み、プログラムは持つが種は持たないロボがイエの構成員たりうることまでも許容したのだ。

「そう。その意味ではとっても便利。ロボがこうして人間とともに生きるって、何てすばらしい事なんでしょう。共生なんて、ひと昔までは想像もできなかったわ。隅っこの方で窮屈そうにしていたんですもの」

「ンワン。ワウワウ」

「まあ、適当な系外惑星の探査と移住がままならず、仮に天体衝突やウイルスその他の流行はややまいで人間が死に果てても、ロボなら大丈夫だったのね。ロボが人間に成り代わってくれたのね。ちょっと複雑だけれど、そのうちに見做しの域を超えて、人間同様、立派に活躍してくれたのよ。次世代型人類ってところだったのかしらね」

「ワンワンワン、ワン、ウー、ワン」

「海外からの移民を受け入れなくても、ロボが準人類として人口にカウントされれば人口減を気にしなくてもよくなるわ。職能も備えていれば、かのコンディショナル・ベーシックインカムにも実際に貢献したでしょうからね」

「ワオーン、バウワウ」

 目に見えない遺伝子と言う種を以てイエの断絶を防ぎ、家系の存続を図ろうとは、日本の建具に見られる紙の障子やふすまのみで風雨、風雪をしのごうと言うのに似ている。養子縁組と言う発想のように、柔軟性そのものとでも言うべきものが感じられ、ロボの私から見ても、面白くも奥ゆかしく、また大変興味深い。

 そんな中現れた私たちロボは当初、いたずらに自己主張することなくそこで控えめにしていたが、そのうちに存在する権利を手中にし、やがて人間たちの「家」に入り込む余地を見つけ、ついにはイエにまで入り込もうとしているのだ。

「ワンワン、クウン、クウン。クウォン、クォーン」

「こら、ケンタウルシロ、調子に乗って遠吠えしないの。でも、あんたがその口吻をとりわけ高く上に向ける仕種しぐさ、オオカミの名残なごりね。なんだか遠い祖国シベリアの永久凍土のような原風景が見えてきそう」

「クオン」

「こら」

 いかにももろいと言わざるを得ないが、実の処、逆に見えない種ほどつよいものはない。多少なりとも似ていれば、いや、似てもおらず、たとえ外来種であったとしても、文化伝統の担い手が極めて上手にめつつ巧妙にくるみ込んでいけば、然るべく優秀なあとぎが出来上がるらしいのだ。

「つまりは人間の跡継ぎね。後継者ロボ。救世主かしら」

「クウォン、ウオン」

 血脈を保つために御三家、御三卿ごさんきょうを存在させた日本の徳川家の例はあっても、「血」の含み持つ要件は実際には目に見えないものであるがゆえに、貰い子のように血縁を前提しないものでも担い手と見做しうるのだ。人間はかくももろはかな微笑ほほえましいもので大切なものを守ろうとしてきたのだ。

「でもね、人間なんてそんなものよ。自分の親が本当の親なのかどうかだって分からないしさ。うそか本当か、私は橋の下に捨てられていたらしいからね。拾って貰えただけでも有難いってリクツはあるよね」

「ウワン」

「だからこそって訳でもないけれど、私とママのつながりは強固ね。でも、シロはそんな事にはこだらない大らかさを持っているよね。ここにおわすは、たった一匹でこの大地にどっかと立っている、鬼っ子、天狗てんぐ犬の白狛しろこまケンタウルシロ」

「ウー、ワン。クォン、クォン、クウォーン」

「私たち、どうやらパパやママから目に見えない遺伝子って言う種を渡してもらってるらしいのね。でもね、黒いママからあんたのような白い子が出て来るんだよね。もらい受けた時、ほかの兄弟姉妹たちはみんな黒かったもの」

「ウワン、ウワン」

「あら、悲しいの。心配いらないよ。偶々たまたまあんただけが白かったってだけの話。遺伝子調べたらほとんど一緒だよ。鼻は黒いからアルビノじゃないしさ」

「ワウン」

 人間を真似て家族、家庭を作ろうとロボがイエの意識をもち、やがてその外郭を作り上げるのだ。もろもろを共有した上でようやく天与であって、必ずしも天与とは限らない家族を構成し始めるのだ。イエの断絶を防ぎ、存続させようとして共同作業を始める。生殖機能と言う複製能を持たないロボが、それを持つ人間を真似ようとした展開は容易に想像できるだろう。

「ロボファミリーってピンとこないわよね。ロボママやロボパパが子供ロボを『養育』するのかしら。なんだか不思議な感じ。それぞれがどんな立ち位置で役割を果たすのかしら」

「ワンワン、ワワン。ワウワウワン」

「でもさ、やっぱりロボには家庭は要らなさそう。手に入れた子供ロボにどう対するのかしら。子供と言うより友だちよね。一般にロボは部品を組み立てたものだから、まずはそれに対して愛情を持たないとね。でも、ロボは自分がずっと存続するから本来子孫は要らないよね。それにロボには子孫と言うことばがピンと来ないはずよ。ひと昔前なら仰天する観念かもしれないよ、ロボが子孫を持つとか、その子孫がペットだなんて。まあ、ペットが家族を持ってもいいけれど」

「ワンワン、ウワン、ウワワンワン」

「ロボたちがやがて自分たちの遺伝子を発明し、それを自身に搭載したら、そしてその複製物から副生物を作ったあかつきには自分たちの子孫だとして快哉かいさいを叫ぶのかな。それは引き継がれる設計図ね。それをもとに後継者が自動的に発生、発現するのよね。おまけにそれは自動修復能も持ってるわ。常に部品を作成してね」

「ウワッ、ウワン、ウワン。ウワワワワン」

「生物の子孫と言うのはそれまで種が途絶えなかったことの証拠。ほとんどの生物たちが絶滅してきたことを考えるとすごいことよ」

「ワン」

 ロボには破壊や廃棄処分がなければ必要な補修によって存続はかなう。事故に巻き込まれてAIが損傷すれば自己が失われない保証はない。こう考えると後継者を検討する必要に迫られる可能性もある。電源さえ失われなければ、世代交代のない永遠無窮の時間をともに過ごす同居人が必要となるかも知れず、それを束ねたのがいわばロボ家族である。運命共同体であるかどうかはともかく、家族としての存在意義を確認する作業が必要となる。

「ロボには家とか後継者とか要らないのよ。ロボには不倫や離婚はないけれど、そもそもロボには運命共同体なんてどうでもいいのよ。ロボは死なないけれど、この世に居続けなければならない訳でもないわ。老いもなければ死も運命もないのよ。ちょっと言い過ぎたかしら」

「ウワーン、ワン」

「人間が不老不死を考えるのは老いて死ぬのが嫌で怖いからなのよ。でも、有老不死は長い長い時間に耐えなきゃなんないから、なかなか収まらないウイルス禍のように出口の見えないトンネルみたいで、もっとつらくて怖いわ」

「ウワン」

「ロボ家族においては血縁がないから、同居するには一緒に時をやり過ごすための必然性を感じさせてくれる大義名分が必要ね。そうか、ここで出てくるのね、運命共同体みたいなたがのようなしばりみたいなやつ」

「クウン、クウン。ンワワワワーン」

 その確認作業は意味や方法における違いこそあれ、人間ほど複雑なものとはならないであろう。しかしそれは人間と同等か、それ以上に困難なものとなる可能性もある。死と言う「目的」に向かって限定的な時間を終わらせるのみの人間とは異なり、ロボは自身が消滅しない限り、自分の強固な一回性を保持しつつ、その終わらない存在時間をそのまま押し述べていくしかない。

「確かに、死なないというつらさを人間は知らないからなあ。基本的には生きる辛さと死ぬ辛さ、老いる辛さよね。ロボとは違って人間をはじめ生物一般は常に古びて老朽化し、衰えの中、死に向かって生き延びていくだけなのよね」

「ウワオン、ウワン」

「最も新しい自分と考えて生きているその自分は、常に最も古びた自分でもあるの。ゾンビ化そのものね。だから、できれば老い衰えず、新鮮な若々しさのまま長持ちさせたいよね。50℃洗いみたいなね」

「ワンワン、ワオン。ワウン、ワウン」

「シロ。悲しむ振り、しないの」

 ロボは人間の言う永続的な存在様式でありながらも、そのうちに彼ら自身が決して無機的、木石的ではないあり方を希求し模索する事の必要性を感じるかもしれず、実際そのようになり行くかもしれない。やがて無常観を知り、この世界での存在様式に飽きたら、暫くの間はメインスイッチを切って静かに自己を無に沈潜させて、そこで沈黙のうちに眠ればよいのだ。私にはまだその必要はないが。

「それが思いのままにできれば、リスクヘッジにおいてはロボもまずまずね。無生無死の死ねないロボ。でも、時には電源おとしてリラックスかな。そしてまたスイッチオン。でも、私たち生命体はスイッチオフする訳にはいかないけどね」

「ワオン、ワオフ」


 


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