我々ロボは何処へ行くのか

TaqAkiyama0011

第1話 僕もロボった

 そうでなくても手狭なこのうちに所狭しとロボがひしめいている。母親もロボなら父親もロボ、最近亡くなったはずのお祖母ちゃんも表面的な老化と認知症とをたくみに取り払ってそのまま写し取ってある。柔らかくしなやかな体を得たおばあちゃんロボも「元気」でやっている。

 家族の中に本来の主たるべき、完膚かんぷたる人間がいない。犬と猫もぬくもりのある生体ではなく、世話の要らないロボ犬、ロボ猫だ。思い描くと同時に出現するオンディマンドタイプもあるらしいのだが、最近では触感やぬくもり、息遣いきづかいなど、実物に遜色そんしょくのない質感を持つものが人気で、それらは派遣型とも言うべきサブスクリプショナル・ロボアニマルたちなのだった。影のみの臨場でよければ所謂いわゆるホログラムオンディマンドタイプとなる。

「そうね、それは家族全員がロボと言う選択なのね。オンディマンドとか、派遣型と言うのは機能の事ね」

「ウオン」

「犬も歩けば、いいえ、歩く前からロボ犬です。おばあちゃんはコピーロボだしね。でもまあ、おばあロボは一度人間を経験してるから、その分強みがあるわ」

「ウオン、バウワウ、ウバウワウ、ウバ」

「ロボで混雑とは言っても、人間じゃないから、ロボなら狭っ苦しく感じなさそうね」

「ウバウワウ、ワウワウ」

 母は十年ほど前、外出中に交通事故にい、瀕死ひんしの状況で救急搬送されたが救命できずに亡くなった。その母も今では息を引き取る間際に病院側がクラウド照会してくれた生命保険のコピーロボ特約が利用されてぴんぴんしている。

 存命中の母の生体データを体細胞DNAを含めて生き写しし、いわば量子コピーされた、コピー型の疑似ぎじ本人型生体ロボと相成った。これは生殖機能を持たない一回限りの生体である。

 因みに量子コピーの場合には、一般の細胞分裂の際の遺伝子複製のように殆どコピーミスのない精巧なコピー個体ができるものとされている。生体コピーの場合、脳の代わりとなる超小型量子コンピュータの導入が不要で、しかも死亡保険が使えるので大変便利で有難い。

「ロボ化特約の場合、死亡保険が子供じゃなくって自分に使えると言う有難みがあるわね。死んで復活して、そして存在するのね。複雑ね」

「ワウ」

 母ロボが感じているこの家の居心地の良し悪しや、自分で選択したわけでもない状況、即ち事故死と言う不意不測の突然の終焉しゅうえん直後からのロボ化と言う、自身の存在の根幹に関わる問題はともかくとして、自棄じき的になる事もなく家に居てくれている。

「コピーロボなんて、成りたての頃はとっても嫌だったかも。いかに生命保険特約とは言え」

「バウワウ」

「そんな契約なんて覚えていないかもしれないし、目覚めたらロボですからね。でも、私たちは生まれ時から今の自分だったから、それに対しては違和感を抱いてはいないし、文句を言う動物はいないわね。ロボの場合は生まれ変わっているから、自己の連続性を意識すると、はじめは違和感だらけよね、きっと」

「ウワウ、ワウワウ」

「実際には死に際だから、じっくり考えたうえで自己の保存延長を決定したわけでもないしね。覚悟もなくある日突然のロボ化よ。開いた口がふさがらないでしょう」

「ワウ」

「こうなったからには『私、死んでも生きるの』なんて宣言したりして、言った後に論理の矛盾や違和を感じたり。すると自分の中で何となく、死そのものの定義の変更が起こるのよね」

「ワウフ」

「死そのものの定義や観念が変わるの。死後は霊魂ではなく、ロボなのよ。こうなってくるともう通過点としての死なのよね」

「ンワン、ンワウ」

「その違和感ってどうなのかしら。それって皮膚感覚があるのかしらね。いろんな変身譚があるけれど、ゴキブリみたいなものかな」

「ワウ」

「隣の奥さんとも顔を合わせにくいわよ。『あの人ロボよ、死後なのよ』なんて言われちゃってさ。それって、まるで差別しているかのような物言いよね。ロボに対して勝手に感じる自分の排外的な余所者よそもの感を押し付けられたりしてさ。最初は仕方ないのかな」

「ワウン」

「久しぶりに会った何も知らない人は『あら、変わったわね、なんだかとても若々しくなったわね。さっぱり、すっきりして、まるで整形でもしたみたい』とかさ。分かっている人には羨ましがられたりね」

「ワン」

「お顔のシミやシワが消えて、えくぼが再び出現した割には笑顔がぎこちなくってね。全身の挙動にしてももそうだけれど、遠慮からか声も何となく弱弱しいの。システム改変後の再起動時のAIみたいな感じね」

「ワオウ」

「初期動作の不安定感のようなものが露呈するのよ。何でもそうだけれど、心理的にもエイジングが必要よね」

「ワン」

「戸籍はどうなるのかしら。死去後の再登録かな。死亡後継続かな、それともロボ戸籍への移管かしら」

「ワウワウ、ワンワン。ワウワウ、ワン」

「まずは周りに溶け込むことからね。それには時間が必要。事故死したのにこの世に繋がれて。悪い事をしたわけでもないのに、強制終了された命のロボへの移し替えの釈明だけは自己責任なのね」

「ウワウ」

「事情を知らない人への説明は困難でしょうし、その後しばらく自分がロボであることに悩み悲しんだかもね。でも、ここは開き直るしかないわ。死因が病気の場合には事情が複雑ね。枚挙は避けるけれど、難病やがんの場合には部分的なロボ化というオプションがあってもいいのかもね。既にあるのか、それとも、そんな細かい事はまだできないのかしら」

「ウワン」

「実際、喪失した手足、目や耳そのほかの機能は補填ほてん補綴ほてつして補完するのが昔の治療でしょう。細胞がリニューアルされて若返れば、自ずと病気も治っちゃうのかもね」

「ウワ」

「ロボ化に伴うリセットよ。細胞レベルなのか、どのレベルなのかは分からないけれど、未病の時期にまで戻れる訳だからさ。むかし流行はやった赤ちゃん段階での遺伝子改変や幹細胞を用いた治療とかも原理的には通底するのかもね」

「ワゥ」

「でもきっと、自分がロボは嫌だっていう人、出てくるでしょうね。だって不便さはロボ化後になって初めてて分かるんだもの。いったんロボ化したら、お金かけてロボ人生を手に入れた訳だし、元にはもどれないと言うか、元に戻るとすればそれは言わば『死』だもんね。私やっぱり『死』がいいわって言われてもねえ。ロボの死は第二の死と言えるのかな」

「ウワウ」

「これはもう死の取り扱いと、ロボを取り巻く法律の問題ね。まあ、ロボはしゅ、即ち生殖機能を持たないから、人間でないと定義すれば、死後の取り扱いであって、それは自殺ほう助には当たらないし。でも、結構ややこしいかも」

「ワホーン」

「ロボ化は途中からの新生だもんね。そうなったら自分のお葬式、気になるでしょうね。他人事みたいな式事の進行や火葬の進捗しんちょく具合を見守るのよ。客観的には火葬されたはずの人間がロボと言う意識を持つ活動主体として、この世にいるのだもの」

「ワン」

「火葬が終わると自分のお骨が骨壺の中にあってさ。TENETじゃないけれど、時間や縁起がひっくり返っていると言うかね。ほら、あんたの好きなボーンだよ」

「ウー」

「葬式に参集した人も悲しんでいいのか、それとも『復活した』って言って喜んでいいのか、悩む人もいるかも。困惑顔で式をやり過ごすのよ。何なら後継ロボ本人も列席者のふりして、顔を黒いベールで覆って出席したりしてね」

「ウワオ」

「死んだ後の日々があると言うのは不思議よね。遺族にとってだけでなく、本人にとってと言うのがね。さっきも言ったけれど、死そのものの認識が変容するのよ。死が決して無化ではないと言うかさ。死後の自身の延長が、自然の本物の生体ではないにせよ、そのロボに霊魂が載ってる、搭載されているみたいな感じだもの」

「ワンワン」

「しばらく経って気づくのかなあ。古びて死ぬ存在がある時をさかいに、あり続ける存在になったことにね」

「ウワ」

疑似ぎじ生体なのだけれど、木石みたいなね。その辺の石ころのような来歴数億年みたいなね。そこまでは行かなくても、普通の人生の何回分も在り続けることが可能なんでしょう。事故やけがで壊されたり、様々な災害や震災に巻き込まれたり、悪意のある人間に狙われたり、ほかにも餓死を含めて存在消滅の危機の原因には色々とあるけれどね」

「・・・」

「でもさ、子孫の老いが自分のそれを追い越すってさ。ロボ化しない子孫、命を全うして死にゆく子孫を追い越して生きるってのは何とも言えないかもね。寂しいかもしれないし、でも、何といってもがん化しない永遠無限の細胞分裂って魅力的よね」

「ウワオーン」

「いい、シロ。不老不死よ。もし仮にコピー直後に細胞がリニューアルされるのだとしたら、まるで赤ちゃんのお肌だからね。しかも老化なし、これは大きいわよ。老化細胞の処理というより、そもそも細胞が老化しないっていいよね。死の不安からも解放されるわ」

「フアン、フワン、ワン」

 末期の膵臓すいぞうがんで余命よめい幾許いくばくもないタイミングでそれを発見された父は、コピーロボ妻やロボ息子の私を置いてこの世を去ること、そしてまた死そのものへの恐怖をじかに感じたと言う。このため彼はこの世に存在し続けることを選択した。まずは脳を含めた複数個所のがんの転移部分をなるべく治療した上で、最終的な死亡時にコピー化可能な手はずを整えたようだ。その後はロボとして結構元気にやっている。

「お父さんもお母さんと同じコピーロボね」

「ウェイ」

 壮健というより故障もなく介護も不要で、コピーロボは良好だ。終焉に向かって衰え行き、死と言うものが前提である人間にとって大切な葬式やお墓については多様な意見があり、一般に個人の意思を尊重する形がとられている。散骨そのほかによってお骨もお墓もなくなれば、故人を偲ぶよすがが形骸化する可能性があった。ここでこう言っている私は彼ら夫婦の息子の生まれついてのロボである。

 母の場合、死と言う断絶の時間を挟んでの存続と言うことになるのだが、お墓には自分の名が刻銘されているにも関わらず、こうした、自身の死と言うものに対して印象以上の意識を持たない個体にとって、墓と言うものには自身の死についての想起の機縁と言うほどの意義しかないのだ。

 今回は誰の発案かは分からないが、性能の良いお掃除ロボと癒し型コンシェルジュロボを狭い我が家に招じ入れるらしい。

「このお家では、おばあちゃんもパパもママも今やロボ人間だから、外から見ると不思議なわくわく感があるわね。ロボ家族って響き、なんだかとっても羨ましいわ。良し悪しは別としてね。でも、どうして癒し型のコンシェルジュロボなんて要るのかしら」

「ワウ」

「そう言えばその昔、冷凍人間ってのが、いえ、人間の冷凍保存と言うのがあったらしいわね。その前に罹患していた病気が解凍時にキャンセルされたらしいってのを聞いたことがあるわ。あれって本当だったのかしら。何だか謳い文句のようで、とっても怪しいわよね」

「キャン、キャン。ワンキャン。ワン、キャン、キャン」

「そうよね。まあ、可能性はあるわよね。もしかすると治療に使われたのかしら。冷凍期間中、当事者は生きてたのかしら、それとも死んでたのかしら。時間が止まっていた訳でしょ。もし絶対零度だったのなら量子たちも止まっていた訳だからね」

「ンワン」

「量子たちのスピードが落ちただけなのかな。そしたら生きてたのかな。そんな中でも病気がキャンセルされたのかしらね。分かんないけど」

「ワン」

「そう言えば移植医療にも脳移植っていう不思議なものがあったわね。あれも言わばロボ化みたいなものよね。部品を取り換えるっていう感覚なのかしら。脳移植とは言え、それは脳の方のヒトが主たるヒトとして身体をもらい受けるという事よね」

「ウワン、ワン、ウンワン、ウン」

「でもね、心は頭を含めた体の細部に分散して宿っているからね。体を上げた方のヒトの心がそのうちにきっと、いろんな形で出て来るよ。ちょっと不気味かも」

「ウワオン、ウワオン」

「仮に冷凍がうまくいって、更に順序通りに問題なく解凍できたとしてもさ。それでも、そしてかりにAI制御だとしても解ける時間差に乱れが生じて、解け残って細胞が破れたりさ。ほかにも解ける順序が狂ったり、余計に時間がかかって様々な問題が生じたりさ。分かる、シロ」

「ウワン」

「だって、細胞の機能が元に戻ることが肝心でしょう。AIが意地悪して、妙に不完全な個体に仕立て上げたり、あるいはそれが結果的に殺人に繋がったりね。

 病気その他のリセットはその辺りに関連していたのかな。いうならば解凍の時間差そのほかを巧みに利用した治療法だったのかしら。あるいは異常細胞は解凍後に生き返らないのかもね。それにしても環境順応してきちんと動くかどうかはよく分からないわね。ツンドラの中のマンモスと言うのもあったわ」

「ワンワン、ワンドラ、ワンモス」

「氷の中の静寂ね。時間も止まったり休んだり。すると、ちょっとした似非えせ永遠なのかな。でも、時間を永遠に引き延ばすのは無理よ。無理な力が懸かると、細胞や体がちぎれて何もかもがおしまいになるわ」

「ワウーン。ウワン、ウワーン」

「だから、コピーロボって言うのは生命体らしいのだけれど、ある意味では生物みたいに表現できないほどに精巧精妙にできてるはずよ。何と言っても生命体の特徴は不断の取り壊しと作り替えだからね。皮膚を見れば分かるわ。それができないとあっという間に崩壊してしまうわ」

「ワウン、ワウン、ワン、ウン」

























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