第34話 如月穂乃花の初恋

 ここは、清流学園の野球部専用グランド。放課後の部活動時間が始まり、野球部の練習にも熱が入り出している時間帯に成り、部員達の力のこもった練習風景が繰り広げられていた。


「おい、土岐田! 試合形式の守備練習をしていて、特に外野の連中が気合いが足りてないから、飛んで来たボールに食らいついて行く気迫が感じられん。オマケにエラーが多すぎる。試合形式の練習は中止をするから、外野の連中を相手に主将のお前がノックをして目を覚ましてやれ!」


「はい、監督! 私も先ほどから、外野を守るメンバー達の気迫が足りない事を感じていました。外野手をメインにノックをして、気合いを入れ直してやります!」


 気迫が感じられずエラーを連発する部員達に、しびれを切らした監督は、試合形式の練習を中止して気合いを入れてやる様に、主将の土岐田にノックを命じるのだった。


「おーし、試合形式の練習は中止する。今から外野をメインに俺がノックを行う。いいか〜明らかに取れそうなボールを捕球出来なかった者は、バツとしてグランドを1周してくる様に!」


 監督から指示を受けた土岐田主将は、バットを持つとホームベースに近ずいてノックの準備を始めて行く。その様子を見た部員達の顔には一斉に緊張感が漂うのだった。


『おいおい、土岐田さんが出て来てしまったよ。これは大変な事になるな!』

『あの人がバットを持ってノックをすると、人が変わった様に打ち込んで来るから、厄介な事に成るぞ、、』


『久しぶりに、土岐田さんの鬼ノックが始まるな。監督のノックよりも、はるかに鋭い打球が飛んで来るから心して守備に臨もう!』


 部員達は、バットを持って出現した土岐田主将の姿を見て恐れおののき、ブツブツと呟いて居るのだった。無理も無い、土岐田が繰り出すノックの打球は高速で飛んで来る上に、スピンが掛かって打球がスライドして来るので、捕球する部員達にとっては厄介な事に成るのだ。

 その為、部員達からは[土岐田の鬼ノック]と名付けられて恐れられているのである。


「よ~し、今からノックを始める! 俺が外野をメインにノックを打ち込むが、それ以外の内野手のポジションにも予告なしに打ち込むから、各守備に就いて居る者は打球が来たら即座に反応して捕球する様に!」


 土岐田主将は守備に就いて居る部員達に、予告なしに様々な守備位置に打球を打ち込む事を告げると、用意して有るボールの入った籠を持って来てボールを手にする。そしてバットをギュッと握り締めるとノックを始めて行くのだった。


⦅カキーーン!⦆


 最初に土岐田が打ち込んだ鋭いライナー性の打球は、センターに向けて打ち込まれて行き[土岐田の鬼ノック]が始まりを告げたのであった。その土岐田のノックが始まっている時、ライト側のフェンス越しに立ちながら、野球部の練習風景を見つめている人物が。


「あっ、土岐田さんがホームの所に現れたと思ったら、バットを振ってボールを選手たちに打ち込み始めましたの。キャー! 凄い速さの打球が外野の方に飛んでいくわ」


 そう、フェンス越しに野球部の練習風景を見つめて居たのは、何を隠そう如月穂乃花であったのだ。山楽部では土日の笠取山の宿泊登山が終わり、その疲れを癒す様にとの山岸先生からの計らいで、火曜日の部活は全面的に休みと成って居たのだ。

 その部活休みを利用して一人、野球部の練習開始時刻に合わせてグランドに到着すると、長い時間見学を続けて居たのであった。


「土岐田さんの打ち込む打球って、何であんなに早く飛んで行くのかしら。腕力が有るから? それともバットを振る速度が速いから? わたくし野球の事は詳しく知らないから、その秘密が知れると良いのだけど。

 それにしても、土岐田さんって背も高くカッコ良くて凄く優しそうな方だわ。わたくしから渡したい物も有るし、何とかお近づきに成れる事が出来ないかしら~」


 穂乃花は、如何やら土岐田主将の事が気に成る存在の様で、きっかけが有れば、お近づきに成る事が出来ないか模索して居る様である。穂乃花が土岐田に想いを寄せる事と成ったのは、何がきっかけだったのだろうか。その土岐田を知るきっかけの出来事の場面へと時を溯ってみましょう――





 ――時は溯り4月8日木曜日。穂乃花は清流学園に入学した翌日、沼津駅から電車で原駅に到着すると、学園行きの路線バスに乗り込み通学をして居たのであった。

 穂乃花は路線バスに乗り込んだのは良いが、あまりにも込み合っている車内で学生達に取り囲まれながら立乗車で必死に耐え忍んで居たのだ。途中のバス停で学生達を多数乗せた路線バスは、更にギュウギュウ詰めの過密状態で一路、清流学園を目指して走って行く。

 そしてバスは、平坦な道路から学園を目指す急坂山道、通称[学園いろは坂]へと突入して行く。次々と襲い掛かる連続急カーブにより、満員の学生を乗せたバスの車内はカーブの遠心力により、右へ左へ身体を激しく揺らされて行く。


(キャー! 急カーブの度に取り囲んで居る男子達が、わたくしの身体に近寄って来て板挟み状態に成ってしまい凄く苦しいですわ!)


 急カーブの度に、周りを取り囲む大柄の男子達の身体で板挟みにされてしまう為、もがき苦しみながら必死に耐える穂乃花。そして、バスは[学園いろは坂]の中間地点へと差し掛かって行くのだ。その中間地点に待ち構えているのは最大の難所である[魔のヘアピン急カーブ]が待ち受けているのである。

 その、魔のカーブへとバスは突入して行き、運転手の巧みなハンドルさばきで左にバスの車体は大きく回転して行く。それに合わせて車内では大きな遠心力が掛り、一斉に右側に倒れ込んでしまう学生達!


「キャー! 痛い痛いわ~」

「おおーー! すまん、耐えきれづに倒れ込んでしまった!」

「押さないで、押さないで~! 身体が圧迫されて苦しいじゃない!!」


 魔のカーブの洗礼を受けて、車内ではあちらこちらで倒れ込む人が続出し、悲鳴にも満ちた声が多数聞こえるのだった。

 その、もみくちゃにされて居る学生達の中で、穂乃花は如何なってしまったのかと言うと、取り囲んで居た大柄な男子3人と一緒に倒れ込んでしまい板挟み状態に成り、息苦しさで声を上げる事も出来ない状態だったのだ。


(う、うう~大柄の男子に挟まれて息が苦しくて声を出す事もできないわ、、)


 穂乃花は大柄の男子3人からの板挟みに合い、息苦しさからか無言のままその場で身動きせずに居るのだった。車内では倒れ込み悲鳴を上げる学生が続出する中で、何とか[魔のヘアピン急カーブ]を曲がり切ったバスは体制を立て直すと、次なるカーブに向けて疾走して行く。

 何とか最大の難所を突破したバスの車内では、倒れ込んだ学生達が立ち上がって行くのであった。その中で穂乃花は中々、立ち上がる事が出来なかったのだが、その穂乃花に手を差し伸べる人物が居た。


「君~大丈夫か、しっかりするんだ! 俺の大きな体が圧し掛かってしまったから苦しかっただろう。すまなかったな、手を貸すから起き上がりたまえ!」

「……は、はい、何とか大丈夫そうです。手を貸してくださり有難うございます」


 穂乃花の身体に、もろに伸し掛かってしまって居た大柄の男子は、すかさづ起き上がると手を差し伸べて穂乃花を起き上がらせて行く。


「良かった~如何やら、怪我は無さそうだな。直ぐに次の急カーブが来るから、ここの手摺りに捕まっているんだ」


 大柄の男子は、起き上がらせた穂乃花の手を持ったまま手摺りへと誘導してあげると、自身も一緒に手摺りを掴み、次のカーブの揺れに備えて行くのだった。

 その後も連続するカーブをバスは疾走して行くのだが、穂乃花は手摺りに捕まりながら体制を整えた為、倒れる事無く無事に終点の学園前ロータリーへと辿り着いたのであった。麓から学園まで続く急坂急カーブ[学園いろは坂]の洗礼を受け、乗り越えた学生達が次々と降りて来るのだが、全員が同じ表情を見せて居る訳ではないのだ。


 いつもながらの急坂急カーブを乗り切ったと言う表情を見せる学生と、急坂急カーブの山道を学園への通学で毎日体験しなければ成らない、と言う2つの異なる表情を見せる学生とに分かれている様である。

 察しが付くだろうが入学したばかりの1年生が見せる表情は、後者の方の表情であるのは言うまでもない。バスを降りて来た学生の中で[学園いろは坂]の初心者である多くの1年生は暫くの間、学園のロータリーでげっそりとした表情を見せながら佇んで居るのであった。

 その佇んで居る1年生の中で、穂乃花は一番を争うのではないかと言う、疲れ果てた表情をみせて居たのだ。すると、その穂乃花の元へ近づく人物が。そう、先ほどの車内で穂乃花の手助けをして居た大柄の男子だったのだ。


「君、先ほどのバスの車内では急カーブが有ったとはいえ、俺が君の方へ圧し掛かってしまって苦しい思いをさせてしまい、申し訳なかった。如何だい、その後に痛んだりする所はないかい?」


「あっ、先ほどの方ですね。ご心配お掛けしてしまい、すいませんでした。手を差し伸べてくれて、わたくしを助けてくれて有難うございました。おかげさまで、身体の痛い箇所も有りませんから大丈夫そうです。

 身体よりも、この急坂急カーブの洗礼を受けた事で、精神的に参ってしまって居るのかも知れません」


「良かった、身体の方は大丈夫そうで何よりだ。君は1年生なのかな? そうだな、この急坂急カーブでは精神面の方が参ってしまうだろう。学園の生徒達からは[学園いろは坂]と呼ばれていて恐れられている急な坂道なんだよ。

 まあ、この急坂山道を毎日乗り切って行かねばならんから、そのうちに成れて来ると思う。だから、毎日の日課の様な感じに成って来るさ」


「この急坂山道は[学園いろは坂]と言われているんですね。あの、日光いろは坂を彷彿とさせる急坂だから名付けられたのかしら。わたくしは、入学したばかりの1年生なんです。貴方の言われる通り、この急坂道に慣れ親しんで行ける様に頑張りますわ」


「そうか、やはり1年生だったか。まあ、これからこの急坂道に慣れ親しんで、晴れて学園の一員に成ってくれたまえ。また通学のバスで会う事が有るだろうから、お互いに気を付けて乗車して行こう。では俺は、これで部室の方に行くとするよ。朝練があるんでね!」


 大柄の男子は優しい労いの言葉で穂乃花に語り掛けると、ニッコリと笑顔を見せながら会釈をして朝練に向かうべく部室へと歩いて行くのだった。すると穂乃花は、立ち去って行く後ろ姿を追う様にして男子に近寄ると、声を掛けるのだった。


「あ〜待ってください! 貴方のお名前を教えてくれませんか?」

 呼び止められた大柄の男子は、歩くのを止めて後ろを振り向くのだった。そして、穂乃花の顔を見るとニコッと微笑みながら口を開くのだった。


「おう、俺の名前を聞きたいのかい? 俺の名は土岐田って言うんだ。3年生で野球部の主将をやってるんだよ。ところで、君の名前は何て言うんだい?」


「あっ、はい! わたくしの名前は如月穂乃花と言いますの。1年1組で、未だ入る部活は決まっていませんわ」


「如月穂乃花って言うんだな。良い名前じゃないか。未だ入学したての1年生だから、入る部活は決まってないんだね。まあ、部活を選ぶ時は慎重に考えて、どの部活が自分に合っているか良く見極めて決めると良いだろう。では、この辺で俺は先を急ぐよ。それじゃあ、またな!」


 大柄の男子は自分の名前を穂乃花に告げ終えると再度、ニコッと笑顔を見せた後、爽やかにその場から立ち去って行くのであった。


「3年生で野球部の主将を務めて居るなんて、それなりの人望の有る方なんですわ。凄く爽やかで優しそうでカッコ良くて、非の打ち所の無い方だったわ。何だか、惚れてしまいそうですの!」


 穂乃花に自分の名前を告げた大柄の男子は、野球部の主将を務める土岐田流星であったのだ。そう、[清流学園山楽部、山楽部始動編]の第15話「わたくしの名前は、如月穂乃花」の話の中で出て来た台詞の中で、


(私は先週、この魔のカーブで大柄の男子達に挟まれてサンドイッチ状態になり、酸欠に陥る危険が感じられる程の苦しさを味わったの! 今でも、その時の苦しい感覚が残っているわー!)


 と言う穂乃花が発した台詞が有りますが、この「大柄の男子」と言うのが何を隠そう、野球部の主将を務める土岐田流星であったのだ。

そう、入学して間もない頃に[魔のヘアピン急カーブ]で起きた出来事の相手と言うのが土岐田であり、穂乃花が土岐田を知り想いを寄せる、きっかけと成った時だったのである――





 ――「おーい! そんな緩い打球のセンターフライに追いつけない様ではダメじゃないか。グランドを1周して来い、宮下!」

「はい、分かりました! グランドを1周して来ます」


 土岐田から放たれた打球をセンターの選手が捕球する事が出来ず、鬼ノックが始まるや否や、ペナルティのグランド1周を告げられて走って行く宮下。この様子を見て居たライトのポジションに居る岸本和也は、目を丸くして見て居たのだ。


(おいおい、さっき宮下に飛んで来た打球はただのフライでは無いよ。あんなに鋭いライナー性の打球では中々、捕球が出来ないよ。とんでもない打球を打つ人だな。次は一体、何処のポジションに打つ気でいるんだ。もういっちょ、同じセンターに飛んで行くのか?)


⦅カキーーン!⦆


(おおー! まさかのキャッチャーへのフライを高々と打ち上げたぞ。どんだけ高いフライなんだ! これはこれで捕球が難しいぞ。……ヤッター! 見事に捕球したぞ、ナイスキャッチ。次は何処に来る!)


⦅カキーーン!!⦆


(うお~俺達が居るライトに打って来たよ。山口先輩、食らいつけーー!)


 岸本の守るライトには2年の先輩と2人で居るのだが、まづは先輩である山口が一番手でボールに食らいついて行く。だが! 頭上を抜けて行くライナー性の打球に、あと一歩及ばずに後ろにそらしてしまう山口。


「ダメじゃないか山口! 一歩出だしが遅いんだ。だから今の打球が取れないんだよ。グランド一周して来い!」

「はい! グランド一周行って来ます」


 土岐田の高速打球の洗礼を受け捕球し損ねた山口は、ペナルティのグランド一周へと駆けて行く。


(次は、何処だ! 今度は内野か? 土岐田さんの身振りを見て予測するんだ。そして、この俺が居るライトに打って来たら、直ぐ近くのフェンス越しで見ている如月穂乃花にカッコ良いとこ見せてやるんだ!)


 先輩の山口がグランドを走っている間、ライトの守備に付く事と成った岸本は、いつ打球が飛んで来ても良い様に備える。そして、自分が好きな人が間近で見守って居る事でカッコ良い所を見せてやろうと俄然、張り切るのであった。


(次は何処に打って来るんだ。土岐田さんの足先は、レフト方向に向いているぞ。……いやっ! これはフェイクだ。足先だけレフトに向けて左方向に打つと見せかけて、ライトに流し打ちが来る!)


⦅カキーーーン!!⦆


 土岐田のレフトに打つと言う見せかけの動作を見破った岸本は、自分のライトに流し打ちが来る事を察知して、打球が打たれると同時にファールライン方向に向けて一目散にダッシュして行く。


(よし、予想通りの右への流し打ちが来たぞ! 最高のダッシュが切れた。これなら横っ飛びすれば取れる。あの子にカッコ良いとこ見せらる!)


 岸本は素晴らしい踏み込みの第1歩を切れた事で、ファールライン際を襲う打球が捕球出来るとにらみ、好きな[あの子]が間近で見て居る方向に向かって掛けて行く、その時!


⦅カツーーン!⦆

 と言う音と共に、グランドに出っ張っていた石に足を引っ掛けて、


⦅ドタッ! ドタドタ、ズザザザザーー!!⦆

 と、思いっきり体を1回転させた後、滑り込む様にして転んでしまうのだった。


「うわぁぁあ! イテテテテーー!! 足が引っ掛かって、転んじまったよ!!」

 あと、ひと息でボールをキャッチ出来たハズなのに、派手に転んでしまい無念にも打球を取り損ねてしまい悔しがる岸本。


(くっそーう、カッコ良い所を如月穂乃花に見せつける事が出来るとこだったのに! 何でこんな所に石が出っ張ているんだよ~)


「おーい、岸本! 何故、大事な所で転ぶんだ。今のは取れる球だったぞ。グランド一周して来い!」

「分かりました、土岐田先輩! グランド走って来ます!!」


(大事な所で転んだのは、石につまづいたからなんだい! ああ~グランド走って来るかな。目の前に居る如月穂乃花は、俺の頑張る姿を見て居てくれただろうか?)


 無念にも転んでしまった岸本は身体を起こして立ち上がると、転んで真っ黒に成っているユニホームを払いながら、自分の頑張る姿を見てくれて居るであろう? 好きな[あの子]、如月穂乃花が居るフェンスの方に目を注ぐ岸本。


(へえっ? もう俺の方を見て居ないじゃないか。如月穂乃花が目を向けてるのは、、土岐田さんじゃないかー!! 何で俺の方を見てくれて無いんだよ!!)


 野球を頑張る姿を見てくれて居るものだと思い、穂乃花の方に目を向けるも、、残念ながら自分の事を見ずに土岐田の方に目を注いでいる、穂乃花の姿を目の当たりにする岸本。


(あ~あ、俺の事をちっとも見てくれてないじゃないか! 空しい空し過ぎる。一体、如何したら僕の存在を分かってくれて、僕の方に注目してくれる様に成ってくれるのだろう~)


 自分の姿の方には目もくれず、土岐田の方に熱い視線を送り続けて居る穂乃花の姿に愕然と肩を落としながら、ペナルティーのグランド一周へと駆けて行く岸本和也の姿がそこには有ったのである。


「はあ~土岐田さん、打球を打ち込む姿が素敵だわ。うん、凄い運動神経が良く、野球のセンスが抜群の方なのよ。わたくし、あの方の事が気に成って仕方がないわ。何とか、お近づきに成る事が出来ないかしら~」


 自分に想いを寄せて居る岸本和也の存在を知る由もない穂乃花は、目をハートマークにしながら土岐田流星に熱い視線を送って居るのだった。

 まだ、自分の存在を知って貰えていない岸本は、穂乃花に自分の想いを伝える事が出来るのだろうか? そして、穂乃花の気持ちを自分に振り向かせる事が出来るだろうか? 頑張れ、岸本和也!!





 そして翌日の昼休み。学園の屋上では、友香里、華菜、穂乃花の3人が昼食を共にして居た。今日の集まりでは昼食を食べる事よりも、もっぱら華菜と隼人の、付き合ってるの? 疑惑の追求で持ちきりに成っていたのだ。


「華菜! 貴女、やっぱり怪しいわ。隼人くんと今、どうゆう関係に成ってるの。ただの部活仲間? ちょっと親しい友達関係? もう出来ていてラブラブ関係? さあ、3つのうちのどれに当たるのかな。勿論、ただの部活仲間って事は無いよね!」


「わたくしも、ただの部活仲間の間柄では無いと思いますの。先日の笠取山では、お二人を見て居まして明らかに親密そうな雰囲気が伝わって来ましたわ。本当の所、どんな関係に成っているか教えてください、華菜!」


 隼人との関係が如何なっているのか、2人から厳しい追求の目が向けらる華菜。暫くの間、困った顔を見せながらも、もう隠しきれない事を察知して口を開くのだった。


「んん〜と、何と言いますか、、そのお〜隼人くんとは〜」

「何々? 隼人くんとは〜何て語尾を長くする言い方は止めて、ちゃんと話してよ華菜! もう、洗いざらい白状して話しちゃいなさいよ〜」


 友香里から、追い討ちをかけるように様に厳しい目付きで、問い質された華菜は、困惑した表情を見せながら話し出した。


「は、はい、実を言いますと、つい最近の事なんですけど隼人くんとはお付き合いを始めたんです、、」

「うわ~やっぱり、そういう事なんだ! どうりで最近のあなた達は、仲が良いと思ったのよ~」


「そ、そうなんですのね。わたくしも、最近の杉咲さんと隼人さんの動向を見て居て気に成ってたんです。やっぱり、付き合って居たのですね」

「ところで華菜、何で私達に内緒にしてたのよ。付き合って居るならいると言ってくれれば良かったじゃない」


「そうですわよ、同じ部活の仲間同士なんだから隠し事をしたとしても、怪しい動向を見ればすぐに分かってしまいますわ。まずは、わたくし達に知らせて欲しかったですの!」


 友香里と穂乃花から、隼人と付き合い始めた事を隠して居た華菜に対して何故、同じ部活仲間の自分達に隠していたのか疑問の声が上がった。その事を聞いた華菜は、気まずそうな顔を見せながら口を開いた。


「まあ、その~何と言いますか、同じクラスで同じ部活動の仲間である隼人くんと、付き合い始めた事を知られたくはなかったんです。余りにも身近に居すぎる人だし、何だか言うのも気が引けてしまうから、2人で話し合って当面は内緒にしようと思ったのよ」


「うわ~同じクラスの同じ部活の人だから知られたくはなかった何て、そんな贅沢な悩みを抱えるなんて、どうゆう事よ! 私なんて、身近な人でもお付き合いしてくれる人が現われないし、見つからないのよ。

 もうー! 貴女とは長い付き合いだけど、私に隠し事をしてはダメじゃない。あ~華菜に先を越されたわ。そして、わたしは負けたわ~」


「ちょっと、友香里! そんなに真剣に考え込まないでよ。まあ確かに、あたしの方が先に彼氏を作ってしまった事は事実だけど、彼氏を作る競争をしていた訳じゃないんだから、先を越されたとか負けたとか言うのは止めて欲しいわ!」


「何を言ってるのよ! 彼氏が出来た事を私に黙っているなんて、貴女と何年の付き合いだと思ってるのよ。それとも何? 私よりも先に彼氏が出来たから、ざまあ見ろとでも考えて、余裕しゃくしゃく何でしょ! ああ〜貴女が羨ましいわ。それにひきかえ私は不憫だわわ〜」


 友香里と華菜は話しが白熱して来てしまい、立ち上がって睨み合いが始まってしまう。そして、彼氏を作る事に関して先を越された感が強い友香里は、興奮する余り華菜の胸ぐらを掴みながら大きな声で叫び出したのだ。


「何なのよ、友香里! そんな言い方しなくても良いじゃない。ああ〜そうよ、貴女より先に隼人くんって言う、正義感の有る素敵な人に出逢えて、彼氏が出来たのよ。どうよ〜羨ましいでしょう〜」


 興奮しながら胸ぐらを掴み掛かられた華菜は、子供じみた行動をする友香里に対して憤激して逆ギレしてしまい胸ぐらを掴み返すのだった。


(嫌だわ〜友香里の態度に憤激した華菜が逆ギレして胸ぐらを掴み返して、一触即発状態に成って来てるわ。女同士が胸ぐらを掴み合って居る姿は、わたくし初めて見ましたの。この学園の女生徒達は女でも興奮して、殴り合いに成ってしまう事が有るのかしら?)


※穂乃花は、清流学園の女生徒達は女同士でも殴り合いの喧嘩をするのが日常的に行われて居ると思ってしまって居る様ですが、実際には学園の女生徒達は日常的に喧嘩をしてる訳ではありません。

 友香里と華菜が幼馴染みで付き合いが長いゆえに、仲が良過ぎて起こしてしまう特別な行動だと思ってください。


(不味いわ、胸ぐらを掴み合いながら睨み合いが始まってしまったわ。放っておいたら、本当に殴り合いが始まりそうですの。わたくしが、止めに入って2人の気持ちを落ち着かせてあげましょう!)


「あの〜胸ぐらを掴み合って興奮するのは止めて2人共、落ち着いてください。仲の良い2人が、この様に喧嘩して居る姿を見るのが、わたくし残念ですわ。ひと息入れて気を静めてくださいませ」


 一触即発する友香里と華菜の姿を目の当たりにした穂乃花は、気持ちを静めようと2人の仲に割って入るのだった。その冷静になだめようとする穂乃花の姿を見た友香里と華菜は、次第に落ち着きを取り戻して胸ぐらを掴んで居るお互いの手を離すのであった。


「あ〜如月さんに見っともない姿を見せてしまってわ。私達、ちょっと興奮し過ぎてしまったわね。私が、ひねくれた言い方をしてしまい、申し訳なかったです。ごめんなさい、華菜」


「ごめんなさい、如月さんに喧嘩の仲裁をして貰うほど、熱く成ってしまったわ。あたしも、直ぐに頭がカーッと成ってしまうのは良くないわね。落ち着いて話す様にしましょう、友香里」


「2人共、落ち着いて来た様で良かったですの。とにかく、座って静かに話しをしましょうよ〜」

 穂乃花が仲裁に入った事で、どうやら女同士の戦いを回避出来た様である。その冷静に成った友香里と華菜は、ようやく屋上に置かれているベンチに腰を降ろすのだった。


「冷静に成れたところで華菜に聞くわ。やはり、隼人くんと付き合って居たのね。一体、いつ頃からなのかしら。それって、最近の事よね?」


「うん、そうね。友香里の言う通り最近の話しよ。先月に登山用品を買いに行かないかと友香里を誘った事が有ったでしょ。その時はバイトが有るからと言われて断られたじゃない。だから、隼人くんに声を掛けてみたら一緒に行ける事に成った訳よ」


「そうなんだ、先月に私が登山用品の購入に一緒に行くのを断った時の事なのね。でも、貴女から隼人くんにお誘いをしたって事でしょ。それって、やっぱり 華菜の方が隼人くんに対して気が有ったと言う事よね〜」


「そうでしたか。それって、わたくしと沢井さんが一緒にアルバイトをして居た時ではないですか?」

「そうよ、先月末の日曜日の時の話しだから、2人が一緒にバイトをして居た時の事よ」


 この[2人が一緒にバイトをして居た時の事よ]と言う言葉を聞いた友香里は、色目気だった横目使いで華菜を見ながら話し出した。


「へえ〜そうなのか〜私達2人が一生懸命に働いて居た時に、貴女達は密かに会って居てラブラブのデートを楽しんで居たなんてね。やるな〜華菜! 貴女がそんなに積極的だったなんて、長い付き合いの私も驚かされたわよ!」


「やだわ〜ラブラブだ何て言い方止めてよ。誘ったのは、自分1人で登山用品の買い物をするのは心細いし何て言いますか、2人で居ればアドバイスを貰いながら効率的に用品選びが進むでしょう。実際のところ、そのお陰でスムーズに用品購入が出来たのよ」


「そうか〜要するに、隼人くんとラブラブのデートが出来たから、購入するのが捗ったと言う事でしょ。でも貴女達2人が、こうなる様な感じがしてたのよ。ほら、良く華菜がチョップやパンチを出して隼人くんを可愛いがって居たじゃない〜」


「そうですわね、喧嘩するほど仲が良いと言いますからね。わたくしも、お二人さんのその様な場面を何回か目にしてましたから、やっぱり何か馬が合う者同士だと言う事ですわね!」


「やだ〜2人してラブラブデートしてた何て言うなんて。その辺で茶化すのは止めにして欲しいわ! 登山用品を購入する時に誰か一緒に居て欲しかったから隼人くんを誘っただけであって、最初からラブラブで居た訳では無いのよ。

 その時に行動を共にして居る中で、たまたま意気投合して来て付き合う事に成ったと言う訳なのよ」


「あ〜顔を真っ赤にしてるわね。もう、これ以上は追求するのは止めにしといてあげるわ」

「そうしてあげましょう、沢井さん。華菜は先日の登山用品購入の際に意気投合した出来事が有って、隼人くんと仲が良く成ったと言う事が分かりましたの」


 2人から隼人との事で茶化された華菜は、顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるのであった。暫くして、やっと落ち着きを取り戻した華菜は、友香里と穂乃花の顔を見ながら話し出した。


「ところで、あたしの恋愛話しの事はこの辺で終わりにして、友香里と如月さんは好きな人、気に成ってる人は居ないのかしら。それとも、既に付き合ってる人が居たりするのかな?」


 ここまで茶化されて居た華菜だったが突然、友香里と穂乃花に対して、貴方達はどうなの? と話題を振り替えて来るのだった。


「何よ華菜ったら、私達に話しを振って来たわね。彼氏が自分には出来た事で余裕しゃくしゃくよね。良いわよ、その質問に答えてあげるわ。私には今、付き合ってる人も居なければ、好きな人も居ないわ。残念ながら、寂しい過ぎる女なのよ!」


「そうか〜やっぱり、友香里は付き合ってる人が居ないし、好きな人も居ないんだ。それは寂しい状況だわね」


「そう、寂しい状況だけど、いずれは良い人を見つけてやるわよ。ところで、穂乃花はどんな感じなのかしら? 貴女の恋愛の事を今まで聞いた事がなかったけど、教えて欲しいわ」


「あっ、わたくしの恋愛の事を聞きたいのですか。……んっと〜何と言いますか、個人的な事は余り言いたくは無いのですが、大事な仲間同士だから教えますわ。

 わたくしは今、お付き合いしてる人はいませんの。と、言いより今まで1度もお付き合いした人は1人も居ませんわ。ただ……今は気に成っている男の方が居ますの」


「えっ! 如月さん、気に成ってる人が居るんだね。その人って一体誰なのかな? 同じクラス、同じ学年、それとも上級生なのかな? ねえ、教えてくれないかな如月さん!」


「ちょっと待ちなさいよ、友香里! そんなに色めき立った顔で問い質したら、如月さんが戸惑っちゃうじゃない。教えるか教えないかは如月さん次第だから、もっと落ち着いて話しなさいよ」


 穂乃花から好きな人の存在が有る事を聞かされた友香里は、華菜が指摘した通り、色めき立った表情を見せて居たのだ。その友香里の顔を見て居た穂乃花は戸惑った表情を見せていたが、口を開くのだった。


「う~ん、わたくしは好きな方が居まして勿論、まだ告白するとかはしてません。入学当初に起きた有る出来事がきっかけで、好きに成ってしまいましたの。良いですわ、名前は教えられませんが学年と所属して居る部活名なら教えても良いですわ」


「あっ、学年と所属して居る部活を教えてくれるのね。それだけの情報を教えてくれれるなんて嬉しいわ。それで、何年生で何部なのかしら?」

「は、はい、教えますわ。その方は3年生で野球部に所属して居る方なんです」


「そうか~3年生で野球部に所属して居るのね。それで、何て言う人なのかしら?」

「ちょっと待ちなさいよ、友香里! 如月さんは名前を教えたくないと言ってるじゃない。それ以上の事は追及してはダメよ!」


 名前まで聞き出そうとする友香里を見た華菜は、制止を掛けるように友香里と穂乃花の間に割って入るのだった。その華菜の計らいで事無きを得た穂乃花はホッと息を付くのだった。


「ごめんなさいね、沢井さん。これ以上、詳しい事は言いたくないので理解してください。……それはそうと、そろそろ昼食を食べるのを再開しませんか? 昼休みも時間が押し迫っていますので」


「あっ! そうね。話が弾むいつものパターンで昼休みがあと15分しかないわ。昼食を食べてしまわなきゃね」

「まづいまづい、もうこんな時間に成ってしまってるわ。如月さんが教えてくれなきゃ、気が付かない所だったわ。さあ、昼食を食べてしまいましょう」


「そうしましょう。座って落ち着いて食べてしまいましょう。わたくし、お腹がペコペコですの~」

「穂乃花のお弁当には今日も、ふわとろだし巻き玉子が入っているじゃない。いつも朝から、よく自分で作ってくるわね」


「手作り弁当で思い出したけど、以前に如月さんの家で料理の作り方を教えて貰う話しが有ったじゃない。それって、いつに計画しましょうか?」


「あっ、そう言う話しが有りましたね。そうですわね台所を使う都合が有りますから、お母様にも聞いてみますの。2、3日時間をくだされば、お返事が出来ますわ」


 いつもの如く、話しが盛り上がり過ぎて時間を経つのを忘れてしまい、残り僅かと成ってしまった昼休み時間で残りのお弁当を食して行く山楽部の女子3人組。何やら、穂乃花の家で料理作りをする話しが持ち上がっていますが、実現するのか楽しみなところです。





 月日が進み、週末の金曜日。放課後の部活動が終わる時間。野球グランドに隣接された野球部の部室。その部室裏では岸本和也と如月穂乃花の2人が居たのだった。何故、2人が部室裏で待ち合わせするかの様に居たのかと言うと理由はこうである。

 野球部主将の土岐田流星に想いを寄せて来た穂乃花は、自分の好きな気持ちを土岐田に伝える決心をしたのだった。その告白する場を何とか設ける事が出来ないか考えた穂乃花は、学園の男子の中では1番話し易く気心の知れた隼人に相談を持ち掛けたのだった。

 そして相談を受けた隼人は有る事を提案する。それは、自分と同じクラスに野球部に所属する岸本和也が居る事を穂乃花に伝え、その和也に土岐田とコンタクトを取る場を設けて貰ったらどうかと言う事を提案するのだった。

 その話しを聞いた穂乃花は「その様にお願いしますの!」と言って、即答で岸本に仲介役を頼んだのであった。そんな経緯があり、岸本と穂乃花は野球部の部室裏に居た訳で、今日がその告白決行日と成っていたのだ。


「わたくしのお願いを聞いてくださり有難うございます、岸本さん。土岐田さんへの仲介役を受けてくださって、本当に助かりましたわ」


「いや~同じクラスの親友である隼人から、その話を聞いてね。僕でお役に立てれる事が有れば協力してあげようと思ったんですよ」


(本当は土岐田さんには、如月穂乃花を紹介してやるなんて事したくないんだ。けど、この事をきっかけにして僕の存在を知って貰う事が出来るし、あわよくばお近づきに成れるかも知れないからな。

 ……それにしても、可愛らしい方だな。近くで見ると増々、惚れこんでしまうよ~)


「快く仲介役を引き受けてくれて感謝してます。今度、何らかのお礼をさせて頂きますわ」


「いや~そんなお礼だ何て。僕は如月さんのお役に立てればそれで良いんですよ。では、そろそろ部室に行って土岐田先輩を呼んで来ますから、ここで待って居てくださいね」


「は、はい! 宜しくお願いしますね、岸本さん」

 岸本は笑顔をみせながら土岐田を呼んで来る事を穂乃花に告げると、反対側に有る部室の入り口の方へと向かって歩いて行くのだった。


(土岐田さん、わたくしの所へ来てくださるのかしら。いや、きっと来てくださるわ。ここは仲介役をしてくださって居る岸本さんに任せるしかないわ)


 岸本が部室の中へ入って行く姿を固唾を飲んで見送った穂乃花。そして、岸本の姿が見えなく成って数分の時間が過ぎた頃、部室のドアの開く音がしたのだった。すると歩いて来る足音が聞こえ、土岐田を先頭に2人が姿を現したのだ。

 土岐田は穂乃花が居るのを確認すると、足早に歩いて近寄り1mの距離をおいた所で立ち止まるのだった。すると、仲介役の岸本が土岐田の隣に近づいて行き、穂乃花の方に右手を差し出し指さすと話し出した。


「土岐田さん、この方が先ほど話しました1年3組の如月穂乃花さんです」

 岸本から紹介を受けた土岐田は一度、コクリと頷いた後に穂乃花の顔をジッと見つめながら口を開いた。


「岸本から聞いたよ。俺に何か話が有るそうじゃないか。何かな、大事な話で人に聞かれたくない様なら、岸本には席を外して帰って貰う様にするが」

「わたくし、1年の如月穂乃花と申します。はい、出来れば2人だけでお話ししたいので、その様にお願いしたいのですが」


「そうか、分かった。では、その様にしましょう。岸本、聞いての通りだ。俺と如月さんと2人だけにさせて欲しい!」

「あっ、はい、土岐田さん! お二人で話せる様に、俺は席を外して帰る様にします。では、失礼致します」


 土岐田から席を外して帰る様にと促された岸本は頷いて返事をすると、足早にその場から離れて行き校舎の方へ向かって歩いて行くのであった。


「よし、これで2人だけに成ったな。では、話をしようじゃなか。それで、俺に話が有るようだが如何いった要件なのかな、如月さん」


 2人だけに成った事を確認した土岐田は、如何いった要件で自分を呼んだのか穂乃花に問い質すのだった。その土岐田からの質問を聞いた穂乃花だったが、見つめられた緊張からか下を向き暫くの間、だんまりを決め込んでしまう。

 その穂乃花の様子を静観して見て居た土岐田だったが、事態を打開しようと優しく口を開くのだった。


「如何したんだい? 君は俺に何か話が有るから、ここへ呼び出したんじゃないのかな。黙って居ては話が伝わらないから、頑張って話してみてごらん」

 優しい言葉で諭された穂乃花はコクリと頷いた後、ゆっくりと顔を上げて土岐田の顔をジッと見つめると話し出したのだった。


「あの~今日は、わたくしから土岐田さんに伝えたい事が有りまして、お呼びしたんです。……わ、わたくし……あのう……あ、貴方の事が好きなんです。4月に入学して間もない頃に、学園に向かうバスの中で初めてお会いしてから、ずっと貴方の事を想い続けて居ましたの。

 わたくし、貴方の誠実で男らしくて爽やかな所に惚れてしまいました。良ければ、わたくしとお付き合いして欲しいです。これは、貴方へのプレゼントです。わたくしの気持ちを受け取ってください!」


 穂乃花は勇気を振り絞って、土岐田へ自分の想いを告白するのであった。そして用意して有った、プレゼントの入った袋を土岐田の目の前に差し出して行く。

 すると土岐田は暫くの間、穂乃花が差し出したプレゼントの袋を見つめて居た。ところが土岐田は、受け取る仕草を一向に見せずに口を開くのだった。


「君の事は学園に向かうバスの中で見かけて来たから、良く知って居るよ。それに時々、野球部の練習を見学に来て居た事も知ってる。今日に、君が俺に会いたがってる事を岸本から聞いた時、もしやと思ったんだ。

 俺に気が有る事は、正直に言うと嬉しいと思って居るよ。俺を好きに成ってくれる人が居るなんて本当に有難い事だと思ってる。……だけど俺は、君の気持ちを受け取る事は出来ないんだよ。

 君が嫌いと言う訳ではないんだ。俺個人の問題が有るんだよ。俺は今、自分の全てを野球に打ち込みたいんだ。だから君からの気持ちも、君からのプレゼントも受け取る事は出来ないんだよ」


 土岐田から出た言葉は無情にも[気持ちもプレゼントも受け取れない]と言うものだった。その返答を聞いた穂乃花は、プレゼントを持ったまま微動だせずに立ち尽くして居たのだった。そして沈黙の数分間が過ぎた後、やっとの思いで小さな声で口を開くのだった。


「……と、土岐田さんは、わたくしの気持ちは受け取れないのですね。わたくしよりも、野球に全てを打ち込みたいと言う事なのですのね」


「そうだなんだよ、すまない如月さん。今は大事な夏の大会前なんだ。それに向けて野球に全てを注ぎたいんだ。その夏の大会が終わった後も進学して野球を続けて行くから、大学に行っても野球一筋に頑張って行く様に成る。

 少なくとも大学を卒業する頃までは、彼女は作らないと俺は決めてるんだよ。勿論、君以外の人に告白されても俺は交際を断るよ。だから君の気持ちは有難いが、この話は無かった事にして欲しいんだ」


「分かりました。交際は出来ないんですね。でも……せめて、このプレゼントだけでも受け取ってくれませんか?」


 土岐田から、交際は出来ない事を聞いた穂乃花は素直に受け止めて頷くのだった。だが、せめて用意したプレゼントだけでも受け取って欲しいと再度、土岐田の前へと差し出したのだ。その穂乃花からの願いを聞いた土岐田の返答はいかに!


「すまない、君がせっかく用意してくれた物だが俺としては、やはり受け取る事は出来ない。先ほど説明した通り俺は当面の間、誰とも付き合う事はしないからね。悪いが、そのプレゼントを持っている手を下げてくれないか」


 無情にも土岐田の返答は[やはりプレゼントを受け取れない]と言うものだった。その返答を聞いた穂乃花は、今にも泣きそうな顔を見せながらプレゼントを持つ手を下げるのだった。


「君は可愛らしくてチャーミングな女性だよ。だから、自分に自信を持って良いと思うよ。……話しはこの辺で終わりにしましょう。では、俺は部室へと戻るからね。それじゃあ、失礼するよ」


 土岐田は別れの言葉を告げると、ゆっくりと部室の入口の方に向かって歩いて行くのであった。その土岐田の姿を見送った穂乃花は、その場でプレゼントを持ったまま呆然と立ち尽くして居たのだった。その目には止めどなく大粒の涙が流れていたのだ。

 そして穂乃花の告白から、土岐田との話しのやり取り、無情にも交際を断ると言う一部始終を部室近くの茂みの中で、こっそりと見て居た人物が居たのである。一体、その人物とは?


『嘘だろう〜! 土岐田さん、如月穂乃花の交際申し込みを断ってしまったよ。あんなに可愛いくて、優しそうな如月穂乃花をだよ。しかも、プレゼントを貰うのも拒否するなんて。ここは、せめてプレゼントは受け取るべきだろう。あんなに涙を流して泣いてるじゃないか、可哀想過ぎるよ!』


 部室近くの茂みの中で隠れて、こっそりと一部始終を見て居た人物、それは帰ったものだとばかり思われた岸本和也だったのだ。帰ったフリをして、実は部室沿いの茂みを伝って見える位置の所に戻って来て、隠れながら土岐田と穂乃花の様子を伺って居たのである。


『大分長い間、立ち尽くしながら泣いて居たが、ようやく歩き出して帰って行くよ。それにしても、可哀想だよな。帰って行く後ろ姿に哀愁が漂って居るよ』


 土岐田への満を持した告白作戦が、無情にも散ってしまった穂乃花は、俯いたまま涙を流しながら帰って行くのであった……


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