第4話 英国魔没ー序(裏)

 いくつもの歯車が絶えず動き続ける一つの部屋

ここはとある世界のとある秘部


 万人が生きる世界の裏に存在する不可思議な法則を研究する施設。しかし、そのサイドでは異端。

 その世界の道理から踏み外す異端を裁く機関ーーーー異端審判機関。


「ドラウグルの召喚を感知しました。ただちに審判官を派遣します」


 その軍団に個はない。

 皆が破壊力だけを追求した門外不出の魔術を使い、魔術師に恐れられる意思なき集団。


「いやその必要はない。これは犯罪卿の仕業だ。こちらで対応する案件の一環に過ぎない」

「しかし」

「しかしではないだろう。私が手を打っているといっただろう」


 しかしその軍団は頂点ではない。


 席次持ちの魔術師たち。彼らが世界の支配者に最も近い。

 そんな彼らに対しては、如何に異端審判機関とはいえ頭が上がらない。


 彼らの前には一人の女性が立っていた。

 ワイシャツにジーンズ姿のカジュアルな外見だが、異端審判機関が全力で相手をしても傷一つつけられるかどうかというほどの力を持っている。


「ならば、表の修復まで責任を思っていただきたい。すでに五百を超える人命が失われている」

「だろうな。犯罪卿ジャクソン・J・ジャンクの目的は膨大な魔力を集めることだ。ドラウグルはそのための貯蔵庫だろう」

「その魔力は何に使われるのか?」


 魔術界最高峰の監視の目をもってしても知りえていない情報をサラリと公開している時点で格の上下関係が現れている。


 異端審判機関にもドラウグルの情報は保管されている。


 ・ドラウグル

 →神話級魔獣。不死身レベルの回復力を持ち、魔力を吸収し無尽蔵の貯蔵が可能。本質は魔力で構成された幽体の一種であり、野生の獣の怨念が形どられたものとも言われている。そのため魔力的攻撃以外は無意味であり、表の世界では視認することすらできず謎の災害と考えられている。過去、当時の第六席魔術師とその教え子たちが討伐に挑んだが、討伐は不可能と判断し断念した。今は神話級宝具に封印されており、討伐不可魔獣として指定されている。


「おそらく魔術世界の破壊だろうな。一般人にもドラウグルを視認可能にするにする結界を張り、人命による魔力吸収と結界拡大を繰り返す。それによって魔術の秘匿性を破り我々を弱体化、その後ドラウグルを使って我々と全面戦争、こんなところだろう」

「なればこそ即急な対応を!」

「手は打った。それにドラウグルを本格的に稼働させるのはまだまだ先だ。お前たちは封印用の宝具を用意していろ。あれ相手では私でも討伐は難しいかもしれないからな」


 愉快そうな笑みがこぼれているのは気のせいではない。

 神話級魔獣を倒す手段を考えているのか、今のこの状況を利用しようと考えているのか、その先の可能性を考えてか……全く別のことなのか。

 どれにしろ、いくら美人でも、その笑顔には恐怖でしかない。


「では、予定があるので失礼する」


 第四席の姿がその場から消え去る。


 この空間は我ら以外の魔術の行使を抑制する結界が張られている。

 その中で空間転移ほどの高位魔術を使用するとは常識外れの何者でもない。


 何人たりとも侵入不可であり脱出不可な空間に裁く側の絶対的な力の持ち主たちが取り残されていた。


「…………チッ」


 感情が統制された群である個々の中に舌打ちが響いた。


 ◇


 それは心地の良い陽射しが差し込むとあるカフェの一席

 それはとある商店街の路地裏であった

 それは普通の普通過ぎる普通の教室の一席であった

 それはとある薄暗い倉庫の中心であった

 それはとある実験室の浴槽の中であった


「さあてこのドラウグルをどうするかね」

「さあても何も年増婆が手ぇ出してんだろ?」

「いつもは早いもの勝ちだが今回に関してはどっちでもいい。ただ、結界が英国全土を覆うまでは手を出すな。それ以降はどうしても構わん」


「へぇ、おもちゃを手放すとは珍しい。称号に似合わぬ力を神話級魔獣に振るうチャンスかと思ったがやはり名ばかりの女狐か」

「おいおい坊ちゃん、半分間違い、半分誉め言葉だぜ? 今のうちに訂正しとけって! せっかくの玩具がこぼれてくるかもしんねぇんだからさ」

「……そんな言葉、信じるな。……英国全土に広がる前に手を出すって言っているようなもん」


 その声々は別途様々な感情を含む。

 場所は違えど、その言霊の交換は世界を左右するものだった。



「みっちゃんどうかしたの?」

「うん。羽音が聞こえた気がした。けど終わったし、食堂行こ」


 そんな会話も一人の少女にとっては雑音でしかなかった


 ◇


 ロンドン・タワーブリッジ


「ふむ、進度は悪くないですね」


 眼下に広がる惨状を見て、納得の顔をする。


 数百メートル離れていても聞こえる悲鳴、失われていく命。

 血みどろな戦いにもならぬ虐殺を前に、その黒い影は苦しそうな顔をした。


「その死の意味はどこに、この無念はこの手に」


 まるでこの現状に怒り狂うかのような表情で声を紡ぐ


「その念は身を滅ぼす、その想いは心を滅ぼす」


 血管が切れそうなほどの怒りの形相で、悲しみの声で言葉を届ける


「そのすべてを切り裂こう、いやここに優しさはない」


 その声はこれから苦しむであろう人に向けられて


「命令する、切り裂け、ジャック!」



 血の華が咲き、爆発的な嗚咽が響く。

 二度目の大規模な惨劇。

 先ほどとは逆方向で伝染する悲鳴と恐怖、道、部屋、何もかも赤く染まり、そこに幸せはない。


「ああ、嘆かわしい」


 その男はその失われた幸せを嘆く。

 腐った自らの性根を憎む。

 嘆き、涙し、嗚咽し、歯をかみしめ前を向く。

 その胸に怒りあれど後悔はない。


 目的のための犠牲は嘆・か・わ・し・い・。


 嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。嘆かわしい。


「すべて心に刻み前に進もう。犠牲を飲み込み私は達成する」


 その頭にあるのは過去。

 己の性根を貫き通すほどの恨みを産んだ過去。


 すでに終わった過去。

 この先に過去が覆されるわけではない。この先に報われることがあるわけでもない。

 それでも、これだけをいきがいと思い、進む。


 屍を生み、踏み越え、屍を生み、踏み越え、殺しつくす。


「私はだれ一人として許さない。私と魔術と彼女。……私と彼女を壊した魔術を壊す」


 瞳に映るのは魔術に希望を持ち、裏切られた女性と、かつての私。


「メディア、どうか見ないでくれ」


 笑顔で魔術を学んでいた彼女の記憶に向けてそうつぶやいた。


 ◇


「クジャの魔力が感じられませんね」


 鈴懸楔から離れ、魔力感知を最大限の範囲で行ったが、かの強者の気配はない。


「緊急時故、魔眼を使用します」


 大きな負担を与えるため、一言断りを入れてから、瞳の力を発動する。


「……見つけた」


 どうやら拘束されているようだ。


 瞳に映ったのは彼女が怪しげな人物と会合し、小競り合いののち拘束される映像だ。それは今も変わりない。彼女ほどの人物が動けないとは考え難い。会話から考えて悪だくみの一環であろう。


 ついにここに訪れた彼が標的のようだ。


「……死んでしまっては元も子もないが」


 不安がないわけではない。

 しかし、ここでは死なないことをーー知っている。


 むしろ私の介入によって未来が変わってしまうことが危険だ。


「魔眼で確認するかどうすべきか」


 魔眼の使用は負担を考えると避けたい。

 けど、体は確認したくてうずうずしている。


 意思に従って再び魔眼を使う。

 そこに映ったのはかつてとは違った戦い方をする彼の姿だった。


「クジャと引き合わせたことですでに変化が起きたのか」


 この変化が正しいのかどうかは分からない。

 私が引き起こした変化が悪影響だった場合、この騒動で命を落とすこともあるのかもしれない。


「……すぐに駆けつけられる場所で待機しますか」


 死にそうになったときは手を出せる位置で待つ。おそらく状況が厳しくなった時にはクジャが動くだろうが。


 心配性の彼女の影響もあるのだろうか。


 彼の元に続くまでの道を走り始めた。

 手当たり次第に周りの人々に回復術式を付与しながら。

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