第2話 表・世界の始まり

 あれから何日たったのだろう


「おいぺスカ」

「なに?」

「この人形強すぎるだろ!」

「そりゃ、最強だからね」


 俺は『日本人ならカタナでしょ』ということで木刀を渡され、先生力作のパーフェクト剣士マンと戦っている。


『この子から一本とるまで私なにも教えないから』


 この言葉通り地下倉庫のような場所で、延々とパ剣マン(略式)と戦っている。


 だが、勝負にもならないのだ。


 剣を振り上げた瞬間、振り下ろすよりも先に木刀がパ剣マンの横なぎによって吹き飛ばされる。

 攻撃をすることもできないのだ。


「魔力を感じて、浸透させて動くんだよ」

「ぺスカはこれに勝てるのか?」


 ぺスカは端っこの方で座って俺の戦いぶりを見てくれている。今のようにアドバイスはくれるが実演はしてくれない。先生に関してはここ数日見てすらいない。


「……無理」


 だそうだ。パ剣マンはつよい。強すぎて練習にならない。


「仕方がないな。裏技を使わせてもらうぞ、パ剣マン」

「パ剣マン?」


 もう何時間太陽をみていないか分からない。そろそろ次の段階に進みたい。


 俺だって何日も無駄に戦って時間を過ごしていたわけではない。


「虚式・空花匙色、俺自身を、魔力を浸透させられる状態になったという可能性で上書きする」


 自己改変には単純に他人の可能性を否定するよりも魔力を使う。


「さて、勝負だぜパ剣マン!!」


 上段から振り下ろすよりも、抜刀の構えの方がパ剣マンの反応が遅いので、膝を曲げ、木刀に左手を添え、ーーー構える。


「切るっ!!」


 豪速で木刀が空を切り裂いていく。

 何十、何百と短期間に繰り返した付け焼き刃も馬鹿にはできない。

 今までとは明らかに違う体感に、手ごたえを覚える。

 そして、肘が伸び切り、剣先が


「はーい、そこまで」


 か細い指に挟まれた。


「……パ剣マンはどこに?」

「ふふん! 私は私の作った人形と場所を入れ替われるのさ!」


 そうやらパ剣マンは先生が元居たどこかに飛ばされてしまったらしい。

 街中とかだったら大惨事になるぞ。


「虚式使ってズルしたでしょ」

「結果は一緒だからいいじゃないですか」

「まぁね! じゃあ次いこうか」


 よし、勝った。パ剣マンよりも俺は強くなったぞ。


「君の虚式は使い方がへたくそだと思うんだ」

「は?」

「まずはその木刀に術式を刻めるようにしようか」

「ちょ、説明が足りない!」


 へたくそってなんだ? 虚式は俺が考えた、最高の術式だ。

 それに、木刀に刻むってどういうことだ?


 設置場所を木刀にして、虚式に縛りを追加する。そして、相手に当たる瞬間に発動する。


「可能性を切るっていう戦闘スタイルか」

「そういうこと! 君の魔力量は化け物みたいなものだからね、魔力による肉体強化だけの近接戦闘でも戦えるさ」

「そこは理解できた。どうすれば術式を刻めるんだ?」

「……練習あるのみだよ! じゃあできるようになったら呼んでね~」


 ……消えた。先生なのかあれは。


「……ぺスカ」

「術式を刻むためには魔力干渉領域を広げればいい。セツは地面によくしてた」

「なるほど? てか、そんなに虚式見せることあったっけ?」

「あ、うぅ、そそう! 未来視で見た!!」


 ちょっと頬を赤らめてうつむいた後、なんか目を輝かせてドヤ顔し始めた。

 ナニコレカワイイ


 ぺスカがカワイかったのは置いといて、術式を刻むのは魔術の基本のようだ。

 いつも地面に展開するのと同じか。

 この木刀の形に術式を変形し、展開する。


「意外と難しいな」


 術式を変形するのが難しい。今までの円形の形にくせづいているせいだ。


「それは私できる」

「コツ教えてくれよ」

「術式の要素を分解して、要素と要素の結合部分を書き換える」


 なるほど、豆電球と導線の関係と一緒か。


 豆電球を円形に配置して、導線で繋いでいるのが今の状態。その導線を切り、豆電球を木刀の形に合うように並べ、導線で繋ぎ直せばいいのか。


「……むっ、導線を切ったら核の術式部分もほどけてしまう。ああーーーー縛るか」

「縛る?」

「ああ。魔術は縛り、制約によって力を持つ。俺はすでにっこの方程式に対する最適解を得ている」


 書記にも書かれていた、決められた言の葉に魔力をのせ、それを行うという制約によって魔術を完成させる。

 今まで、魔力を操ることができなかったからしていなかったこと。


「刻む。世界の理はここに。燃やす。その信念はここに。ーー虚式・空花匙色」


 木刀に新たな術式の形が刻まれる。

 浸透したそれは、魔術を流すと呼応するように光を帯びた。


「これで完成か。他愛ないな」


 パ剣マンを倒す何倍も簡単だった。やはり敵はパ剣マンだけだ。


「この後は何すればいいか聞いてる?」

「ううん。セツがこんなに早くできるとは思っていなかったんじゃないかな。さすがだね」

「まぁ俺だからな」


 何をするか、こっちに来て初めての自由時間になるかもしれない。


「外、見に行く?」

「そうだな、ここまで来て何も見ないのももったいないか」


 せっかく米国まで来たんだ。観光も悪くない。


「やったっ! 準備してくるからちょっと待ってて」

「ああ」


 ぱたぱたとせわしなく上の階へと会談を駆け上がっていった。ぺスカも何もせず地下にこもりっぱなしでストレスを感じていたのかもしれない。


「木刀くらいもっていくか」


 ジャクソン・J・ジャンクのこともあるし、何もないよりはましだろう。


 そう言って俺は木刀を入れれそうなものを探し始めた。


 ◇


 こっ、これってデートってことでいいのかな!?


「はっ、まずは服! 急がないと!!」


 時間的余裕はない。やることは山積みだ。


『手伝ってあげましょうかぺスカ?』


「うぅ~手伝ってほしい気もするけど、やっぱり自分でしたい!」


『そうですか。それでは頑張ってください』


「ありがとう!!」


 これは彼があの時、最後まで知ることのなかった私の力であり、友でもある存在だ。


 今はそれよりもデートのための服!!!


 ◇


「お、おまたせ!」


 三十分ほどでぺスカは再び地下に顔を出した。

 さっきと髪型が変わっている気もするし変わっていない気もする。

 服は変わっている。うんかわいい。


「いや、行こう」


 あ、においも違う気もする、いや一緒か?


「どこか行きたいところはある?」

「ん~、時計塔かな」


 出てきたのは時計塔、それ以外に今は興味が向かなかった。


「じゃあ中まで入ってみよっか」


 町を歩く。


 横並びで若い男女が前から歩いてくる。

 老婆が歩いてきてすれ違う。


 いろいろな年代の人が同じ通りにあふれ、同じように笑顔でそこに在る。


「ここがビッグベン、時計塔か」

「何か思い入れでもあるの?」

「思い入れじゃないけど、ここには用があるからな」


 先生がいつになったら推薦してくれるのかは分からないが、いずれはここの中で魔術を極める。


「今は観光か」


 中に入ると豪勢な装飾と、色とりどりの光を差し込ませるステンドグラスに出迎えられた。

 ここが魔術的な意味以外でも、一般人に好まれ、ひとをw顔にすることができる場所であるのも納得の迫力だ。


「わぁ! すっごい綺麗!」

「綺麗だな」


 横にいるぺスカの方が感動を覚えているみたいだ。目を輝かせて今にも飛び回りそうだ。


「こんなに近くにあったのにきたことなかったのか?」

「……うん。私は元々魔術師だから」


 元々魔術師だと表の時計塔の内部を見る機会はないのか?

 元々魔術師ってどういうことだ? 魔眼と関係があるとしか思えないが。


「そうか、じゃあ楽しまなきゃな」

「うん!!」


 疑問は浮かぶが口には出さない。

 質問することで今横で笑っている彼女の顔を曇らせるようなことになるのは避けられない。

 そんな無粋はだれもできないし、する必要もないな。


「ほら、先に進まないと帰れないぞ」

「そ、そうだね!」


 こんな優雅な休日なんて今までもなかったな。

 なーんてことを思いながら、かつての宮殿のような廊下を歩き始めた。

 幸せそうな顔に、なぜか懐かしさと悲しみを覚えたのは、気のせいだ。

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