楔の先はロンドンに
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第1話 裏・世界の始まり
その軸はただの人間には近くすることができない。
一本の線である一次元から、平面である二次元、そして立体である三次元に生きる人間。
彼らにはそれ以上の次元を知覚することはできない。知覚器官が備わっていないからだ。
しかし、すべてを産んだ初めの粒子はすでに九次元の機能を備えていたという。
そして時を重ねるうちに高次元は収束し、そして今になる。
人間を超えた者でさえ、今以上の次元が存在しているのかどうかは判断が付けられない。
「この軸に干渉できるまでに至ったものがここに集う四人か」
過去でも今でも未来でもない、そもそも時間の歴史のない存在領域に四人が円卓に着席していた。
「ふん。至ったから何ができたわけでもないじゃない」
「おーけーおーけー。これは先に進むための円卓だろう? だったら話も先に進めようぜ? ミス・シュメル」
「ふん。進みなさいよ」
見た目はどれも人間にしか見えない。老人が一人、中年の男が一人、若い女が二人。
その外見通りの年齢ではないが、その外見には意味がある。
この存在領域に至った時の姿、それが固定されているのだ。
まとめるように話を進行する老人。
皮肉ったらしく言葉を漏らした若い女、シュメル。
軽い口調で話を脱線させない中年の男。
両目を布で覆い、一言も話さない若い女。
「このままの人類ではこれ以上存在領域を広げることができないのは理解しているだろう? しかし我らが低次元世界に干渉しては世界が収束し、並行世界が消滅してしまう」
「ふん。これだから老人は話が長くていやになるのよ。つまりは、私たち四人で特異点を作り出そうって話でしょう?」
「若者は堪え性がなくて困る。それが難しいから困っているのだ」
「ふん」
話の議題を理解しつつも話が止まってしまったのはその先が見えていないからだ。
中年の男もやれやれといった顔で首を振って、何も意見を出せないでいた。
「もし失敗すれば、並行世界の収束を止められなくなって、僕たちの存在がこの領域に固定されちゃうかもしれないからねぇー」
中年の男の言葉に二人の方が揺れる。
「ふん。世界からの抑止力が働けば、私たちのような超越者は三次元世界から追い出される。そんなことは分かっていたじゃないの」
三次元を超え、時間の縛りから解放された私たちに敵対するのは世界そのものだ。
抑止力を与えられた人間が私たちを各世界の、超越者になる前の私たちを殺す。それはこの領域以外において死が確定することを意味する。
「永遠にこの領域に彷徨うことになるだろうな」
「ふん。私たちの最終目的は一緒でしょ。----世界改質」
「私たちの干渉に耐えられる並行世界の発見、もしくは、生成。だよね?」
「ああ。我らがここに至る前に特異点を発生させ、世界の強度を上げていき、超越者の我らが超越者としての力を持ったまま低次元世界に存在できるようにする。そうすれば、世界の抑止力は働かない」
超越者は次元を超え、世界を一つの未来に収束させるほどの力を個々で所有する。
しかし、その次元に至り力を持ったことで枷が付き、元々存在していた世界に干渉できなくなった。大きな力を持つ低次元の者たちと争いになっても、超越者たる力を振るうことはできない。
それだけでなく、いつ世界の抑止力によって存在を消滅させられるかもわからない恐怖にさらされる。
しかし、特異点を作り出しても、世界改質が起こる前に抑止力によって存在を消滅させられる。
故に手詰まり、打つ手が見つからない。
「何も話さないそこのお譲さんにも意見を伺いたいのだが?」
老人が言葉を発すると、全員の視線が両目眼帯の女に集まる。
「……全並行世界同時侵食、再起術式起動」
時間の干渉さえ受けない領域がブレる。
あり得ない現象に、ただ一人を除いて動揺を隠せない。
「ぺスカ!? あんた今何をしたの!?」
「観測上の全世界線にこの存在領域を構成する虚数因子をねじ込んだ。世界に錯覚させた」
そんな馬鹿なといいたげな顔のまま、頭をフル回転させすべての可能性を演算する。
真っ向から否定はしない。反射的に否定するような凡才はこの領域にはいない。
「抑止力はどうするつもりだ?」
「……問題ない。私は」
「「なっ!?」」「ははっ、無茶苦茶だ」
ぺスカという若い女が仕掛けた特異点は、どうやらぺスカ以外の超越者には抑止力が働くものらしい。
「どうやら今すぐに消える訳では無いようだね」
「……上手くいけばみんな消えない」
「ふん。あんたは消えないんでしょうが」
未だ低次元での存在の死を感知した者はいない。
つまるところ、まだ特異点は世界改質は起こせておらず、抑止力に見つかってさえいないということだ。
「……成長すれば、世界は変えられる。頑張って、セツ」
先を閉ざしたその瞳で、瞼に一人の男を思い起こす。
かつてここに至るまでに出会った、出会うはずだった、出会うはずじゃなかった、出会わなかった、そんな彼のことを。
この領域を初めて観測した、セツという青年を。
■
「対象発見。捕縛、尋問、その後処刑する」
一人の男は自室同然のアパートの一室で、覆面の集団に囲まれ、殺しますよ宣言をされていた。
全員が片手にナイフを持っている。
突発的に今の状況に陥ったのならば焦り、冷静を失っていただろう。
だがーー天才である俺は違う。
すでにこうなることは想定済みであり、こうなった日を……始まりの日にすると決めていた。
「お前たちは日本魔術連盟の情報統制機関、実働部隊だろう? ああ、答えなくていい知っている。魔術を秘匿し、そのための隠蔽を担うお前たちが来るのを俺は待っていた」
想定では室内に突入してくるのは5人、このアパートの出口を取り囲むように5人、計10人だったが、少し外れたな。
2倍の20人くらいいる。
実験体は多いに越したことはない。
「魔術の秘匿性は俺によって暴かれる未来にある。これは決定事項だ。日本魔術連盟なんぞに興味はない。俺の実験体として有効活用させてもらう」
「戯言を! 捕獲しろ! 死ななければ構わん!!」
「これだから凡人は」
退屈だ、とまで口にはしなかった。
ナイフを持った腕を振りかぶるのではなく、的確に手足を狙って突き出してきた。魔術師らしく、肉体を強化する魔術を使っているのだろう。攻撃は速い。
避けるためには同時に四肢を動かし、それぞれの部位への攻撃を避けなければならない。しかし人間の体の構造上、四肢をすべて同時に動かすことはできない。
だが、それがなんだと言うのだ。
俺は今日ーー魔術師になる
「虚式・空花匙色くうかさじしき」
発する言葉が縛りとなり発動条件が満たされ、身体中を不慣れな感覚が駆け巡る。
駆け巡った感覚は右の人差し指に収束し、次元を駆ける。
血統と共に受け継がれる魔術回路を持たない俺が媒体にするのは、この世界よりも上の次元に刻まれた自分自身の身体。
いつかのどこかの世界線で有り得た可能性を確定し、刻み込み、転用する。
それが、この次元を超えた範囲を組み込んだ魔術式系統ーー虚式系統。
この系統の魔術ならば、一般人でも魔術師になることが出来る。まぁ天才である必要はあるがな。
「どうだ? 天才的な魔術の味は? お前たちのような魔術にあぐらをかいた凡人には今後味わうことも許されんだろうな」
「だ、まれ! あぐっ、くっ!!」
「ふむ、話す気力はあるが、大きな苦痛を与えることには成功しているな」
まだまだ発展途上な魔術だからな。これからの課題はいくつもあるな。
「死にゆくお前たちにも教えてやろう」
今の虚式・空花匙色はこのアパートの一室を発動範囲にしている。予め範囲指定をしておかなければ発動が間に合わないということも今後の課題だ。
「例えとして、お前たちの魔術回路は赤色の管だとしよう。同じ色の管に同じ色の液体が流れていないと不具合を起こすというのが前提条件だ。お前たちの魔力は赤色の水であり、肉体強化の魔術も上手く作動していた」
息をするのも苦しいのか、声をださず清聴してくれている。
「虚式・空花匙色は可能性の収束だ。君たちが行動しようとする意思に反応して、虚数空間を媒体に相反する可能性で上書きする。これによって、君たちの行動は全て取り消され、息をすることもできなくなる」
虚数空間はおそらく、可能性の収束が確約された領域だ。並行世界を含めたあらゆる事象が可能性として刻まれ、位置といった座標は関係なく、時間という軸が一律に横並びの世界。
もし、タイムトラベルがしたいというのなら、時空をつなぐワームホールを見つけ、人間一人がワームホールを通り抜けるだけでも膨大なエネルギーが必要であると物理的には言われている。量子論でも特異点と言われる、法則では説明できない領域の話になる。
虚数領域はそのような次元の話ではない。人間が知覚器官をもちえないたま、そこにあることすら気づけない領域だ。
俺は、その領域に至ることはまだできない。
まだ、今はできない。
現在の物理法則よりも虚数領域に近いのが、魔術という世界だ。
精神力という不確かなものを、あらゆる縛りによってエネルギーとし、物理法則とは無関係な現象を生み出す技術。古来から秘匿することで、限られた者たちにしか使えず、血統を重ね力を限定的にすることによって生まれる縛りの力。
その極限の先に、虚数領域へと至れるほどの魔術が生まれると考えている。
今はその縛りがまったく足りていない。
「今は、だが必ず」
私が知っている彼は一から十を知ったら、その先の十一、百一、果てしない先があると信じ、突き進む人だった。
私がそんな彼を終わらせる。
それが未来の可能性を狭めた。
私はふさわしくないのだからーーー今度こそ
□
2000年 ロンドン・時計塔
「ここが魔術の本場、か」
歩く人々の中に同じ人種はいない。肌の色、話す言葉、それらは違うからと言って旅行気分ではいられない。
時計塔内部に入れば魔術を学べるわけではない。そもそも魔術に触れることすらできないだろう。
魔術界の時計塔には魔術師の育成機関が広がっているはずだ。日本の大学と同じような感じで、俺はそこで魔術を教わるために来た。
しかし、誰でも時計塔に入れるわけではない。すでに魔術塔で学び、認められたものの推薦が必要になる。
その推薦をしてくれる師匠を探さなければならない。
長い道のりになりそうだ。
「おや、観光客かね? どうだろうか私の日本語は? 正しいじゃろうか?」
日本人ということで物珍しさによってきたのかとおもったら、日本語を勉強中という勤勉な現地人らしい。他言語を学ぼうという勤勉さはすばらしいと思うが、指導書がよくなかったのか、美人画台無しの老人訛りになってしまっている。おそらく俺よりは年上だろうが、おばあちゃんというには何十年も早そうだ。
訛りは残念だが、発音やイントネーションはとてもきれいだ。
「あなたの日本語は綺麗です。日本語を勉強するなら現代ドラマなどがいいですよ」
「Oh! ありがとうなのじゃ!」
「これからも頑張ってください。それでは」
「青年。もし困ったことがあればここに来なさい。世話を見てあげるから」
それではチュース! と言って元気よく去っていった。
それはドイツ語だ。
「で、これはドールショップ? 人形屋の店主だったのか」
住所と店名が書かれた紙をポケットに入れ、目的地に向かって歩く。
金は日本にいる時に稼いだため余裕があるが、もし、使い切ったあとも時計塔に入れていなかったらお世話になろう。
目的地は、港町の七番倉庫だ。
俺が、一般人でありながらもここまで魔術世界に近づけているのは一つの書記のおかげだ。
俺の魔術の終着点もその書記に書かれていた、その先にある。
「世界の根源存在への到達」
世界を書き換えるほどの力を持った者に差し向けられる抑止力を与えられた世界の守護者たち。
彼らに力を与えるのは世界だ。それが、神という超常存在なのか、無意識的な存在なのかは分からない。
しかし、すべては根源存在から派生したものであり、すべてはそこに収束しているのだろう。
「そこで、この退屈な人生が存在した意味を見つけ、知り終えて死ぬ」
一般世界でそそられるのは物理学、しかしそれはこの世のすべてではなかった。
その先には魔術世界があり、極めた先には上位領域がある。
その先にあるすべてを知ったら、死んでも悔いなどないだろう。
話を戻すと、その書記に書かれていた魔術に使われる道具の取引場所が港町の七番倉庫だ。
そこに術を仕掛けに行く。
俺の虚式は縛りとして、術式の構成から時間が経つほど効果がでかくなるというものだ。一日ほどで、可能性を死に上書きできるほどの効力が生まれる。
そして、術式は設置しておかなければならない。
唐突な戦闘では俺は無力極まりない。一般人となにもかわらない。
「ここか」
術式はできるだけ大きく展開する。当たらなければ終わりだからだ。複数展開するとその分、チャージが遅くなる。大きさも同じようにチャージが増えるのだが、小さいのを複数展開するよりは効率がいい。
「君は、取引場所で何をしているのかな?」
「っ!!?」
目の前に現れた男、ハット帽に杖、帽子を深くかぶっているからこは 見えないがおそらく男。黒いタキシード、武器は見られない。
状況は悪い、今、戦うすべがない。けど、術式を展開しているところを見られた以上言い逃れはできない。
「おもいろい、というよりは不可解な術式だ。美しく、危険、なのに見たことはない」
「あ、あなたは?」
「失礼。私の名前はジャクソン・J・ジャンク、いわゆる魔術犯罪者だね」
「へ、へぇ」
最悪だ。
書記にはだれが使用しているかは書かれていなかったが、まさか犯罪者。
時計塔への足掛かりにもならない。
しかし、ここは時間稼ぎが最優先だ。
「そういう君は何者なのかな? こんな術式系統見たことない。ただ、審判官ではないよね?」
「俺は」
なんとい言えばいいだろう。
名を明かすことも縛りになる。本名は一部の分野では広まっているが、魔術界ではまったくの無名だ。
ジャクソン・J・ジャンクも有名かどうかはわからないが、有名であればあるほど縛りとしての効果は強くなる。
相手に名前を名乗らせるということは、縛りを加えさせても勝てると確信し、情報収集を優先するということだ。
「ジャクソンさんが物理学会に博識かどうかはわかりませんが、鈴懸すずかけ楔せつと言います」
「ほう! 弱冠二十で学会で表彰された後、米国で学会から追放処分を受けたと聞いたが、こっちに踏み込んでいたか」
「知っておられましたか」
よし! 無駄に博識なおかげで縛りが増えた。
これで、虚式を感知できたという過去の可能性を上書きする。
「虚式・空花匙色」
ゴソッと力が抜ける。魔力変換効率の悪さの改善もしなければならないが、今はチャージ時間短縮のために魔力変換効率を下げているため必要な犠牲だ。
足元に拡がっていた術式も維持できなくなり、瓦解した。
だがーージャクソン・J・ジャンクの姿はない。
「ひとまず成功か」
まさか、初手で躓くとは思ってもいなかった。
気を引き締めなければ。
「取引があるが、関わっても無駄なことしか分からなかったな」
時間の無駄を省けたのはいい事だが、この取引が頼りだった……どう動けばいい。
「とりあえずこの場から離れるか」
俺の虚式は戦うことには向いていない。
相手の情報と徹底した準備があってこそ力を発揮できる。
ともあれ離脱以外に選択肢はない。
薄暗い倉庫の出入り口は一つ、ギギと音を立てる扉を開け、まぶしい光を受け瞼を閉じる。
「やぁ青年。君は、困っているかい? 困っているのだろう?」
「さっきの人形屋さん?」
さっき見た顔があった。
魔術師の取引場所に。
「教え子の頼みでね。君を時計塔に入れてほしいそうなんだ」
「えっ?」
時計塔という言葉は魔術師である証だろう。
だが、不可解だ。
俺に魔術師の知人はいないし、ましてやイギリスになんて一般人の知り合いも少ない。
「そこで取引をしたんだ。君の魔術の師匠に私がなる代わりに、私は教え子と君への一回きりの絶対命令権を持つという取引だ。術式として君の身体にも刻むから、命令に背くことは考えなくていい」
「ちょ、ちょっと待て!!」
俺の知らないところで勝手に話が進んでいる。
まずは整理だ。
「メリットは魔術の師を得ること。デメリットは一度だけどんな命令も実行しなければならないこと。疑問は教え子のメリットがないことだ」
「ふむ、中々合理的な子みたいだね。故に少し常識的か。君の疑問は最もだが、私の教え子は特別でね、魔眼持ちなんだよ。魔眼の中でも未来視を含む危険なものだ。その未来には君が必要だそうだよ。未来への投資が彼女のメリットだよ、納得いただけるかな」
魔眼
先天的な才覚の一つ。あらゆる魔術的力が刻まれた瞳で、魔力以外の代価を払うことで効果を発揮する。
まさか未来視なんてものが備わったものまであるとは思っていなかった。
だが、上位領域には時間軸がないと思われる。そこならば未来視も過去視も簡単にできるだろう。
「絶対命令権の用途は何に使われるつもりですか」
「君に悪くはしないと誓おう。まぁ絶対命令権と言っても、私の魔力で発動するから単純なブースト効果にもなるんだよ」
いいことばかり並べられて、選択肢がこれしか見えないように誘導されているのは感じる。
「あまり俺を甘く見てると痛い目を見るから覚えてろよ」
「悪くないね。私の名前はクジャ・五式。君に、魔術師のいろはを教えてあげるよ」
「クジャ先生か。俺の名前は鈴懸楔。よろしくお願いします」
なんやかんやで、魔術界とのつながりはできた。
胸元には術式が浮かび、体に浸透していく。
ここから始める。
懸念はある、だが希望の方が大きい。
◇
「いよいよ始まる。特異点の形成は終わった、あとは分岐点で……死ぬだけ」
両目にはそれぞれ異なる輝きを持つ瞳が埋め込まれている。
将来、これからここに来る青年によって切り裂かれる瞳。
彼こそが特異点たる存在であり、私のすべてだった愛ひと。
「あなたには私を助けさせない」
自分が生きるというすべての可能性を犠牲にしてまで私を救った彼の決意を踏みにじる。
いつか彼なら、というかすかな希望を託して
「ようこそ魔術界へ。私はぺスカ・ポルカ。よろしくね」
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