第2話 カモ🦆

 2026年

 💊麻薬の売人である佐伯勇さえきいさむは、ふとしたきっかけで紫乃しのを犯してしまう。紫乃は腐れ縁で勇との情事に溺れるようになる。

 ある日、六本木にある彼のアパートを刑事たちが急襲する。辛くも刑事達から逃れた勇は、車も人もいない真夜中の道路をひたすら走り続ける。勇は、たどり着いた奥多摩にある須賀篤史すがあつしの工場で働くことになる。須賀は勇の素性を調べることも無く、社会保険にまで加入させて働かせる。須賀の妻・聖子せいこは勇を強引にセックスフレンドにして、仕事の合間に性欲処理をさせる。一方、須賀は給料の賃上げをネタに、社員の園子そのこに事あるごとに性行為を強要する。そんな日々のなか、勇は身が空いた時には走り続け、アパートではひたすら腹筋している。ある日、飽きた須賀は園子をクビにする。その夜、勇の部屋を訪ねた園子は勇に泣きつくが、勇は相手にしない。追い詰められた園子は、翌日、金属バットで須賀をめった打ちにして殺害する。

 警察を恐れた勇は工場を飛び出し、再び六本木に戻ってくる。そして彼は紫乃と再会する。再びセックスに溺れる2人。だが、紫乃は自宅に帰ると言い出す。逆上した勇は紫乃の首を絞めて殺してしまう。早朝、紫乃の切断された首を持って街を彷徨う勇がいた。


 2021年5月7日

 👮‍♂美樹本署の谷本力たにもとちからは皆からリキとか谷さんとか呼ばれていた。

 ヘビースモーカーの谷本はマルボロを吸いたくてウズウズしていた。クロレッツを噛みながら大昔に起きた事件の調書を読んでいた。

 

 1988年2月6日午前11時40分ごろ、大阪府S市のスーパー経営者の妻、津田鉄子つだてつこは、店内に落ちていた15万円入りの封筒を、近くの大阪府S警察署M派出所に届け出た。派出所には富樫凪助とがしなぎすけ巡査が一人いたので、15万円入りの封筒を拾った事を告げると、富樫は「その封筒なら紛失届が出ている」と言い、封筒を受けとった。この時、富樫は鉄子の名前をメモに書いただけで、遺失物法に基づき作成が義務の「拾得物件預り書」を渡さなかった。鉄子は不審に思ったが、深くは追及せず帰宅した。届け出た現金15万円は遺失物扱いとならずそのまま着服(ネコババ)される事となる。


 それから3日が経っても、警察から落とし主に封筒を渡したとの連絡が来なかったので、鉄子は不審に思い、S署に確認の電話をかけた。しかし、署員の新見沼男にいみぬまおは「そんな封筒は受理していない」と答えた。この時点で、現金が何者かによって着服された事実が明らかになり、偽警官による詐取の可能性を捜査する一方、鉄子も事情聴取を受けることとなった。主婦を聴取した新見は、「シロ」と判断し、上司の根来敬之ねごろのりゆきに報告した。


 鉄子が無実であれば、必然的に派出所の勤務者が着服したことになるため、S署幹部の間で大きな問題となった。部下の不祥事の発覚を恐れた幹部らは、鉄子を犯人に仕立て上げ、事実を隠蔽するという方針を固めた。長谷川寛也はせがわひろや署長の指示の下、8人もの捜査員で専従捜査班が編成され、着々と捜査が進んでいった。捜査班は、いるはずのない証人や、存在するはずのない物的証拠を次々と「発見」していった。

「『太陽にほえろ!』に憧れて刑事になったのに……」

 新人刑事の深沢平太ふかさわへいたは山下真司が演じたスニーカー刑事に憧れて刑事になった。まさか、こんな深い闇に包まれるとは思いもしなかった。

 🚪同時に、捜査班は主婦の取調べを執拗に行った。鉄子は妊娠中であり、取調べには細心の注意が必要であったにもかかわらず、警察官はありもしない罪の自白を厳しく迫った。新見はノイローゼに陥るなど、精神的に極めて深刻な状態にまで追い詰められた。


 一向にして鉄子から(存在しない)自白を引き出せない取り調べ状況に痺れを切らしたS署は、鉄子の逮捕に踏み切ることを決定、大阪地方裁判所に逮捕状を請求しようとするも、鉄子のかかりつけの産科医の猛反対や、証拠不十分による逮捕に関して大阪地方検察庁S支部からの疑念(鉄子が着服したのならば、わざわざ警察に連絡することが全く矛盾している点)があり、結局この請求は却下された。


 📰この頃、八百万やおよろず新聞の記者がこの事件を耳にした。星聖人ほしまさと記者は事件の詳しい経緯を取材し、社会面に大きく特集記事を掲載した。この時点でようやくS署が何をしているか把握した大阪府警察は、事件をS署から、横領など知能犯事件を担当する本部捜査第二課に移管させ、改めて捜査を始めた。


 そして3月25日、再捜査の結果をもとに、本部が富樫巡査の着服を認めたため、鉄子の冤罪は晴れることとなった。


 大阪府警は、再捜査後の記者会見においてもなお隠蔽する姿勢を見せ、「無関係の市民を容疑者と誤認し…」と事実と異なる発表をしたが、即座に記者たちから猛烈な抗議の声が上がり、『誤認』という言葉を取り消した。記者会見実施の翌日の報道では「誤認ならぬ、『確信』」としたものもあった。また、明らかに無実と知っていながら、逮捕状を請求したことに対しては「(警察関係者による)逮捕監禁未遂ではないのか?」との声も寄せられた。


 富樫は事件当時は20歳、現在は53歳だ。

 彼は谷本の警察学校時代の仲間だ。

 警察学校には大きく分けて、都道府県警察の警視庁警察学校および道府県警察学校と、管区警察局に属する管区警察学校の2種類がある。都道府県の警察学校は警察法(昭和29年法律第162号)第54条を、管区警察学校は同法第32条を設置根拠規定とする。この他、警察庁には警察大学校が(同法第27条)、皇宮警察本部には皇宮警察学校(同法第29条第4項)がそれぞれ設置されている。


 警察学校での初任教養・初任総合教養を修了し現場での職務に就いた後も、本人の希望や担当する職務により研修を受けることを命じられる場合がある(現任教養・専科教養などといわれる)。単に「警察学校」といった場合は、都道府県の警察学校を指す場合が多い。警察内部では「警校」、「警学」、「学校」などと略称される。


 警察学校では、入校時期と採用区分により、学生を「期」と呼ばれるグループに分ける。多くの場合、入校順に数字を「期」の前に付し、それらを「初任科第○○期」と呼称する。1つの期をさらに、小隊規模の(30人)の小グループに分け、それらを「××教場」「××班」(ともに一般の学校の「クラス」に相当)と呼称する。教場や班の名に冠する「××」には、担任教官の姓名や番号など、都道府県により異なる名称が入る(小規模県警では、期を教場ごとに分けない)。警察学校入校中、学生は教養や寮生活のあらゆる場面でこの期・教場を1つの単位として行動することとなり、他の期・教場と競争し切磋琢磨しながら学んでいく。警察学校の教養課程を修了し現場に出た後も、苦楽を共にした同期・教場の結束は“同じ釜の飯を食った仲間”と長期にわたり持続する。同時入校した、採用区分が異なる期を「兄弟期」と呼ぶことがあり、大卒程度の採用区分である期が卒業するまでは行動を共にする機会も多く、同期に準じた連帯感を有している。


 各教場(班)で学生の中から教場(班)長・副教場(班)長が選ばれ、期ごとに学生の中から総代・副総代が選ばれる。選出方法は都道府県により異なるが、採用試験成績順や、教場(班)・期の中の最年長者などの方法で入校時に指名される。教場(班)長・総代は、それぞれの集団でリーダーとなり、学校生活の運営や、教官など警察学校職員と学生間の連絡調整にあたる。


 基本的に、男女とも同じ教場(班)に属し、格闘技など一部を除いて座学・術科とも共通の教養を履修する。


 生徒は、一定期日ごとの交代制で各種当番勤務に就く。当番の例として、授業前後に用具準備をする教場当番、警察学校敷地内に設けられた模擬交番や警備派出所に詰め敷地内警戒や出入構者確認を行う警備当番、教官室や当直室に詰め外部連絡取次ぎや建物内警戒を行う当直当番などがある。後二者は、課業時間外も所定勤務場所において、実際の交番勤務の様に徹夜または交代で当番任務を果たさなくてはならない。警察署にあっても当直当番があるため、警察学校における当番はその予行演習と位置づけることもできる。


 初任教養は例外なく全寮制で、通学は認められず学生は警察学校敷地内にある寮に入居しなければならない。6~10か月の間居住するため、入校にあたって住民票も警察学校所在地に移動させる。寮では、起床・食事・学習時間・自由時間・消灯のスケジュールが定められており、学生はそれに従って行動する。


 寮は棟などの単位で男女別に分かれており、両者間の行き来は特段の事情がない限り認められない(なお、警察学校では原則男女交際が禁止され、男女間の日常会話でさえ、禁止事項となっていることもある)。食堂など一部施設は、男女共用になっている。部屋は個室か、寝室部分をパーティションで区切った簡易個室となっている施設が多いが、共同で使える雑談室や勉強部屋も備えられている。浴室は共用大風呂であり、別にシャワー室が設けられている。個室のない寮の場合、各部屋に部屋長が置かれる。


 休日に実家に帰宅するには学校長決裁による外泊許可が必要となっているものの、特段の事情がなければ認められる。食料品の差し入れや課業時間外の家族・知人との面会や電話連絡も認められ、ある程度の行動の自由は利くが、課題や当番などによって、事実上自由時間がないということもしばしばある。

 厳しくも楽しい青春時代だった。

  

 谷本は現在、ギャンブル依存症で苦しんでいた。パチンコ・競馬・競輪……捜査に遅れてくることなど度々だ。

(富樫、オマエは最高なカモだ。)

 谷本は冷笑を浮かべた。

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