クライムチャウダー 

鷹山トシキ

第1話 美樹本市殺人事件

 小豆島の寄宿学校に通う少年、篤史あつしいさむ

 篤史は両親とも教師で甘やかされて育った。勇の父は刑事だったが、あることがきっかけで殉職した。母は勇が5歳のときからシングルマザーになった。

 家庭環境も性格もまったく対照的な2人だったが、ある“秘め事”のために結束する。

 篤史と勇は、浮間英輔うきまえいすけって悪い奴にイジメられていた。

そして、友人たちと訪れた静かな湖畔の別荘。

光に溢れたその場所が、やがて惨劇の舞台となる。


 2021年7月26日午前2時38分、別荘から長野県警察・美樹本みきもと消防局にそれぞれ「刃物を持った男が暴れている」との通報があった。事件に気づいた篤史が、夜の街を出歩いている勇にLINEを使って「すぐ来て。やばい」 と連絡を取り、連絡を受けた勇が電話で確認のうえ警察に通報した。現場に駆けつけた織田克也おだかつや医師が19人の死亡を確認し、重傷の20人を含む負傷者26人が6か所の医療機関に搬送された。


 死亡したのは、いずれも寄宿学校の生徒で男性9人、女性10人である。死因は浮間英輔が腹部を刺されたことによる脾動脈損傷に基づく腹腔内出血、浮間とつき合っていた、菊池邦子きくちくにこが背中から両肺を刺されたことによる血気胸、残り17人が失血死とされ、遺体の多くは居室のベッドの上で見つかっていたことから、犯人が寝ていた生徒たちの上半身を次々と刺したとみられる。また、負傷したのは別荘職員男女各1人を含む男性21人、女性5人で、うち13人は重傷を負った。


 午前3時すぎ、現場所轄の美樹本警察署に加害者の男、剣持康太けんもちこうた(17)が「私がやりました」と出頭し、午前4時半前、殺人未遂・建造物侵入の各容疑で緊急逮捕された。

 剣持は、正門付近の警備員室を避けて裏口から敷地内に侵入し、午前2時ごろ、ハンマーで東居住棟1階の窓ガラスを割り、そこから施設内に侵入したとみられる。起訴状によれば剣持は、浮間たちを多数殺害する目的で、通用口の門扉を開けて敷地内に侵入し、結束バンドを使って職員らを拘束し、一部を結束バンドで縛り、その目の前で浮間たちの殺傷に及んでいたが、直接刃物で切りつけられた職員はいなかった。剣持は職員らを拘束したうえで、所持した包丁・ナイフを使用して犯行に及んだとされるほか、凶器として自宅から持ち込んだ柳刃包丁5本などを持っており、切れ味が鈍るなどするたびに取り換えながら使用していた。事件後に施設内で刃物2本が発見され、剣持は別の刃物3本を持って美樹本署へ出頭した。

 剣持は侵入時にスポーツバッグを所持しており、刃物やハンマー、職員を縛った結束バンドなどをバッグに収納し、行動しやすくしていたとみられる。 

 剣持は犯行時、鉢合わせした職員らに「浮間たちを殺しにきた。邪魔をするな」などと脅しており、生徒たちに声をかけつつ催涙スプレーを噴射し、身動きが取れない生徒らを狙って次々と刺していった。

 剣持が裏口から施設に侵入したことから、剣持は施設の構造・防犯態勢を熟知していたとみられる。取り調べに対し、剣持は「ナイフで刺したことは間違いない」などと容疑を認めたうえで、「アイツらなんていなくなってしまえ」と確信犯である持論を供述もした。


 同警察署の捜査本部は翌27日、殺人未遂の容疑を殺人に切り替え、剣持を長野地方検察庁に送検した。


 事件で負傷して意識不明となった4人が入院していた病院は、翌27日の記者会見で、4人全員の意識が回復したと発表した。そのうち、篤史は首を深く刺されたため全血液量の3分の2を失い、搬送直後には脈をとれないほどの危険な状態だった。篤史は、意識を取り戻して人工呼吸器を外されると、看護師に何度も「助けて」と繰り返し、容疑者として剣持が逮捕されたことを知ると「生き返った」と答えた。


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