電気街で (5)

「……お金儲けって、これのこと?」


やっとの思いで振り絞った言葉は、とてもありきたりで、つまらなくて、くだらない。


「うん。ここで少しずつ身体を欠乏マンゲルに適応させてるんだ」


球体欠乏クーゲル・マンゲルって、あんたの大切な身体を切り売りしなきゃいけないような病気なの? だからって、こんなお店で売らなきゃいけないの? どうして私に相談してくれなかったの? 続く言葉はいっぱいあったはずなのに、涙と一緒に口からぼろぼろとこぼれ落ちていった。


「だって、こんなの普通のお店じゃ売れないでしょ。とはいえ、スフェールもここまでが限界なんだけどね」


限界、と聞き返すと彼女はさらに説明を続けた。


「うん。私たちは、次の場所に向かわないといけないの。かたい素材でできた、完全な球体になって」


それから、マミは「次の場所」について語り始めた。


脳をスキャンしてケイ素の球体に埋め込むことで、人格や記憶を保存できる上に、ほとんどの災害に耐えうる物理的な強さを得ることができる。人間としての不自由な身体を捨てて、誰にも害されない完全な球体に生まれ変わることができるという。


もちろん、本来の脳とは思考スピードも異なるし、シナプスの応答曲線も微妙にずれているけど、数千年のスパンで見ると現状では最適な手段らしい。


最終的には汎用ロボットボディに載せて自律的に動けるようになるし、別の肉体に戻したりできるようにもなると言われているらしいけど、それがいつになるかは分からない。


とにかく、欠乏マンゲルが進む前に固定しておけば、いつかは戻せるようになるはず、とだけ。


「ミカには、完璧になった私を見てほしい。だからミカを東京に呼んだの」


初めて東京に来た日に喫茶店で言われた言葉と同時に、背筋が震えるあの感覚を思い出す。彼女のいう「完璧」は、あの日から――いや、もっと前から球体のことを言っていたのだろう。


でも、それはつまり、肉体を全て捨てるということで、彼女に宿っていたあらゆる記憶や思い出が捨てられてしまうかもしれないということだ。


「じゃあ、脳も売るっていうの?」


「当たり前じゃん。生ゴミにでもするの?」


「違うわよ。脳を取り出したらあなたがあなたじゃなくなるんじゃないの? それでいいの?」


脳の構造を残したって、彼女がいうように彼女の人格や記憶を保持できるとは思えなかった。人間はそんなに単純なものじゃない。


マミは確かにそうかもね、と笑った。


「じゃあ、私の脳を誰かの身体に移してみる? そうしたら、まだ私でいられるかな?」


「何よ、それ……」


「顔も違うし、声も変わって、味覚だってほとんどなくなるの……背中だって、感じなくなってたでしょ?」


笑えない冗談を楽しそうに告げるマミに、私はえも言われぬ不気味さを感じていた。時折顔を覗かせる彼女の人間味のなさは、決して都会に揉まれたせいではなく、文字通り人の道を外れつつあるからだったのだ。


「私はもうとっくに、あの時の私じゃないんだよ」


「マミ、やめてよ。そんなマミ見たくないわ」


困惑、不気味、恐怖……私がその場にうずくまっても、耳を塞いでも、マミが私に同情してくれることはない。


「もう遅いよ。私の身体も限界なの」


「……分かったわ。少しだけ、考えさせて」


今の私には、身体を丸めて震えながらそう告げることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る