電気街で (4)

人間が必須元素として球体――それもできるだけ真球に近い――を必要としているのが分かったのは、彼女が東京に来てからだった。


なぜなら、東京では当局による球体の収奪が続いていたから。ガラスやプラスチックの球体はもちろんのこと、ゼリーやチョコレートでさえも球体に近ければ禁止あるいは没収された。農・水・畜産物は当局の認可が下りたカット済み、あるいはキューブ型に育てられたものだけが出回っている。あの日、喫茶店で味の悪い合成肉が出てきたのも、その流通の煩雑さと厳しい基準のせいだったようだ。


そんな環境の中でマミも徐々に体調を崩し、最終的に球体欠乏クーゲル・マンゲルという病気の存在を知ったらしい。球体欠乏クーゲル・マンゲルは頭痛、吐き気、ふるえ、倦怠感を初期症状とする慢性的な疾患で、何かのはずみで発作が起きると全身の細胞壁が壊れて患部が溶け落ちるのだという。


【全身の細胞壁が壊れて患部が溶け落ちる: 細胞の棘化という。】


球体の収奪は、都市全体を巻き込んだ人体実験のためとも、世界大戦に備えて秘密裏に政府が地下倉庫で保管するためとも言われているけど、本当の理由は分かっていない。


症状を防ぐためにはやはり球体を身に着けるのが有効で、東京ではビー玉が保険外処方の一つとして認可されているらしい。しかし、これは根本的な解決策ではなく、結局は発作の恐怖と隣り合わせで生活し続けなければならないという。


一度欠乏マンゲルを起こした身体を根本的に完治させるためには、全身を人工臓器(あるいは欠乏マンゲルのない臓器)と入れ替えるしかない。


しかし、人工の臓器は身体に大きな負担がかかるため、高齢になればなるほど適応が難しくなる。そこに目を付けた業者が、比較的欠乏マンゲルが進んでいない若い女性から臓器を取り出し、移植を必要とする人たちに売り付け始めた。


彼女らも欠乏マンゲルの心配のない人工臓器に取り替えてもらえるので、違法ながら効率の良いビジネスとして成立しているという。


となると、ここにある四肢や臓器は全て本物で、かつてこの顔写真の子に入っていたものだ。


「お、おぇえっ……」


そこまで理解すると、急に吐き気がこみ上げてきた。


「私もね、顔写真と並べるのは趣味が悪いからやめてって言ってるよ? でも、こっちのほうが売れるんだって」

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