電気街で (2)
次の日、マミを尾行した先にあったのは、電気街の端にある古びた雑居ビルだった。若い女性がまともな用事で出入りするような場所には思えない。
しかし彼女は周りを気にする様子もなく、狭くて暗いエントランスからビルに入っていった。エレベーターに乗るのに合わせて私も廊下を進む。もう戻れないところまで来ているような、おぼつかない心地がした。
「マミ、なんでこんな場所に……」
階数のランプが三階に止まる。マミがエレベーターを降りたようだ。コンクリートむき出しの埃っぽい階段を一段飛ばしでゆっくり上がっていく。息を潜めて登りきった先に、自動ドアに貼られた「レンタルBOX・スフェール」という手書きの看板が目に入った。
『いらっしゃいませ! どうぞお入りください!』
びくりと震える身体に遅れて、ただの自動音声だと気付く。しかし、安堵した時にはもう遅く、「レンタルBOX」の意味も分からない間に自動ドアが開いていた。
そっと覗いてみるけれど、マミの姿はない。切れかけの蛍光灯がちかちかと光る薄暗い部屋は空調がよく効いているらしく、外に暖かい空気が漏れていくのが分かった。
彼女と鉢合わせたら「やっぱり入院なんて嘘だったのね」とでも言ってやろうと思いながら、そろり、とドアをくぐる。
目の前に広がっていたのは、整然と並べられた大量のメタルラックと、その空間を切り分けるように置かれた五十センチメートルほどのアクリルケースの一群だった。ケースには簡易的な鍵が付いていて、透明な壁の中でプラモデルやフィギュアが所狭しと身を寄せ合っている。
空いたケースには「出店者大募集」という広告と共に一ヶ月あたりの料金が書かれているところを見ると、「レンタルBOX」というのはアクリルで仕切られたブースをレンタルして商品を陳列するための場なのだろう。
正面の小さなレジはバックヤードの出入り口を兼ねているらしく、後ろに黒いカーテンが引かれていた。今はそこに古参そうな店員が退屈そうに座っていて、こちらを一瞥したきり何も言おうとしない。
とりあえず中を一周してみると、入り口近くのプラモデルやフィギュアはカモフラージュだったと分かる。奥には水着を着た派手な髪の色の女性が大股を開いた写真が印刷されたUVRケースのジャケットだとか、フリルのほつれた下着のセットだとか、そういう成人向けの商品が大量に置かれていた。現実の肉体を撮影したアダルトビデオは違法だったはずだから、雑居ビルで隠れて営業しなければならない「そういう」お店なのだろう。
少し気になったのは、そんなセクシーなブースの横に、ビー玉や大きな水晶玉をかなりの高値で売っているブースが並んでいたことだ。東京では、ガラス球の取引まで違法になったのだろうか。マミも私にビー玉を持ってくるように言っていたし、もしかしたら貴重な品物なのかもしれない。
もしかして、マミはここで私があげたビー玉でも売ろうとしてるんじゃ――
「お嬢さん、鉄道が好きなのかい?」
と、流石に私の行動を怪しんだ店員がレジから声をかける。鉄道グッズなんて奥にひっそり飾られているだけで、一度だけ目の前を通ったきり眺めてもいない。明らかに不審な私を牽制するための呼びかけだ。
「あ、いえ、別に」
「……都民カード、見せてくれる?」
あんまり妙な動きをするとただじゃ済まないぞ、というような口調に、身体が固まって動けなくなる。どうしよう、どうしよう……と思っていると、黒いカーテンが開いて、バックヤードから人影が現れた。万事休すか。
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