喫茶店で (2)

「ねぇ、マミ。あんた、整形したの?」


仕方なく頼んだアイスカフェラテのおかわりを飲みながら、私は気になっていたことを尋ねた。


的外れなことを聞いてしまったかもしれない。でも、駅で彼女を見た時の違和感はまだ私の中にある。いくら頑張ってメイクしたって、違う人に見えてしまうほど顔が変わってしまうとは思えなかったから。


「整形? うん……ちょっと違うけど、そんな感じ」


マミはまた曖昧な答えを返す。そのはっきりしない態度は昔の彼女の面影をぼんやりと残しつつ、今はただ隠しごとの微妙な気配を感じさせるだけだ。


私が何も言えずにいると、少しの沈黙が流れた後にマミが再び口を開く。


「足りないんだよね、あと少し。お金が」


マミはそう言いながら、ばつが悪そうな様子でタブレットをトートバックにしまいこんだ。


お金が、あと少し、足りない。足りないというのは、次の整形手術のお金のことだろうか。それとも、もはや当座の生活費すら危うい状態なのか。どちらにせよ、彼女の状況は褒められたものではないだろう。どんな理由であれ、詐欺まがいの商売にまで手を染めてしまったのだから。


「だから、こんな胡散臭いビジネスを始めたの?」


「うん。でもこれは確実に儲かるから――」


「じゃあ、なんでわざわざ私を呼んだのよ?」


彼女の言葉を遮るようにそう尋ねると、マミは面食らったように目を見開いた。


「だって、ミカに会いたかったから。そう言ったでしょ?」


「でも、私たち……もう終わったじゃない」


彼女に「会いたい」と告げられた時、私は密かに期待していた。マミがまだ私を好きで、忘れられなくて、告白するために呼んだのかもしれない。あるいは、恋人と別れたと一言告げるために。


流石にそれは言い過ぎだとしても、会いたいという言葉に嘘はないと思っていた。


でも、マミは? マミにとってそれは何でもない一言で、それに呼び寄せられた私なんてお金儲けの手段でしかなかったのだろうか。


「確かに私はマミにひどいことをしたわ。でも、それだってもう……だったら、仕返しのつもりなの?」


「そんなこと、どうでもいいよ。むしろ感謝してるくらい」


マミはどうでもいいよ、と吐き捨てるように言い放つ。私には、彼女が何を考えているのか分からなかった。


「じゃあ、どうして――」


「ミカに、完璧になった私を見てほしいと思って」


その質問を待っていたかのように、彼女はにやりと微笑んだ。「完璧」という言葉に、おぞましい憎しみが込められているような気がした。私がしたことに人生をかけて復讐しようとでもいうように。


背筋が震えるその感覚に、私は思わず立ち上がっていた。


「……私、帰るわ」


「あはっ、どうやって帰るの? 都民カードもないのに」


都民カード、という響きで思い出す。上野で長い長いエスカレーターに乗っている間、「無申請訪問者プライベート・ビジターは二名まで」という啓発のポスターを何度か見かけたのだ。それを見たマミが「最近警備が厳しいんだよね。流通の管理強化とかで」と言っていたのはこのことだったらしい。


マミが改札でかざしていたピンク色のカードが「都民カード」なのだとしたら、私が東京に出入りし、滞在するには都民カードを持った誰か――これはもちろんマミのことだ――の協力が必要ということになる。つまり、今夜の私の寝床さえも、彼女の気まぐれということだ。


そんなこと知らなかった。どうして教えてくれなかったのよ、と座ったままのマミを見下ろすように睨みつけると、彼女はもう一度、いたずらっぽく笑った。

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