マミの家で (1)

やはり、私は騙されていたらしい。結局、半ば強制的にマミの自宅に連れ込まれていた。マルチ商法の勧誘さえも壮大な謀略の一端で、本当は私にもっとひどいことを仕掛けようとしているんじゃなかろうか。


「マミ。そういえば、これ」


「あ、そうだった。ありがと」


恐る恐る紙袋を差し出すと、マミは嬉しそうにビニールの取っ手を掴んだ。


中身は近所のディスカウントストアで買ったビー玉だ。東京に来る前に持ってくるよう頼まれたのだ。どうしてそんなものを欲しがるのか私には分からなかったが、これで家に帰してもらえるなら安いものだ。


「別にいいけど、そんなの何に使うのよ」


「ペンダントが壊れちゃって。代わりに使おうかなって」


マミがそう言いながら袋の一つを取り出してビニールのネットを裂くと、メタリックな光沢を塗られた青いビー玉がぼとぼととフローリングにこぼれ落ちる。


「うん、ちゃんと転がるみたい……ミカ、ありがと」


急に何を始めたのだろうと彼女の顔をちらと見ると、マミはにまにまと笑っていた。ビー玉なんだから転がるのが当たり前じゃないだろうか。


「球体っていうのは、恩物の中でも理想の図形なんだよ。フレーベル氏が言ってた」


フレーベルについて聞き返すよりも先に、マミは恩物について話し始めた。


恩物は幼児向けの知育教材で、球体に始まり、立方体、直方体、プレート、棒、リングと様々な図形で遊ぶうちに自ら学ぶ力を身につけられるのだという。それぞれの図形は人間が必要とする概念の習得に重要で、その中で最も大切なのが球体らしい。


しかし、マミはどうして急にそんな話をしたのだろう。マルチ商法の時といい、東京に来たせいで変な宗教にでもハマっているんだろうか。


「だから、私たちには球体が必要なの。ビー玉でもね」


と、すらすらと話すマミの声を聞いていると、やはり昔と違うそのハリに違和感を覚えずにはいられなかった。


「マミ、昔よりずいぶん声が良くなったみたいね。ボイストレーニングでも通ってるの?」


「違うよ。声帯を機械化したの」


「機械化? どうしてそんなことしたのよ」


まるでスピーカーから流しているような声、と思ったのはあながち間違いではなかったらしい。ふと「私が変な声って言ったから?」と聞きそうになったけど、なぜか言葉に詰まった。


「アバター使って動画を配信しててね。毎日声を張るのが結構しんどかったから変えてみたの」


そう言って、マミはタブレットを操作して動画を再生する。銀髪ショートボブのアバターが、たくさんフリルの付いたウェイトレス風の可愛らしいオレンジ色のドレスを着て踊っていた。

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