第42話・シャランガの覚悟。
「何をしている、相手は一人だ。討ち取れ!」
我に返ったガベンガとシャラソンが、ヒステリックに叫び続ける。だが、兵は動こうとはしない。
玄武軍の中から、数人の者が進み出て来た。
捕らえられていた綾乃王妃と小太郎王子を、ザウデの神殿の神巫女に戻ったザビンガと次郎の補佐で前の玄武の長・玄武道紀が先導して来た。
「者どもに告ぐ。ここにおられる方は、前・高徳王の王子・小太郎様だ。サラは既に小太郎様の手に服した。サラから来た者が仕えるのは小太郎様しかいない。その気がある者はその場で跪け。サラの民は皆、大事な小太郎様の民である故に玄武の者は相手を殺さない様に闘ったのじゃ」
玄武道紀が大声で告げた。
多くの兵が打ち倒されたにも関わらず、地面に血が殆ど流れていないのはその故だった。近衛隊は当初互角に戦った様に見えて、実は傷付けない様に留意されていたと知って、愕然とした。
そういう眼で戦場を見回すと、なんと今までの闘いで死んだのは、隊長のイザミ只一人なのだ。
一人二人と武器を地面に置き、または背に隠した兵が跪き始めて、その場の軍列は、潮が引くように座していった。
防衛線内のザウデ軍や西に布陣したウスタ軍も全員が座している。
「小太郎様の配下に戻る者は、北へ移動しろ」
玄武の組頭らに指揮されて、サラから来た兵は玄武軍の後ろに布陣した。
残っている者は、シャラソンとガベンダとその取り巻き、シャランガとシャベルと数人の近衛兵だけだった。
(道帆様以上の腕だ・・)
玄武次郎の闘いを見てシャランガは舌を巻いていた。
イザミが倒された槍の動きは見えなかった。シャランガは、師道帆の忘れ形見の成長振りが嬉しかった。
(イザミの次は俺の番だ)
道帆師の倅に倒されるのは本望だった。
またそうあるべきだと思った。
勿論、自分が勝つ可能性は一分も無い。だが、武人としての最高の死だとも言える。
(所詮、俺は国を差配する器では無く、一武人として生きるべきだったのだ・・)
今更ながらそう思った。
「お前達は、サラの民だ。サラに戻るのだ」
シャベルらに言い置いて手槍を持って前に進み出る。
シャランガは、四面楚歌の中でオロオロするばかりのシャラソン・ガベンダらの元に向かった。
「この糞馬鹿者どもめ。お前らを取り立てたのは、我が生涯の最大の汚点じゃ」
逃げようとする彼らを手槍の柄で殴り倒す。彼らは向かってこようともせずに、ただヒイヒイ喚いていた。
そして、ゆっくりと次郎の元に行く。
「次郎どのか、儂が其方の両親と兄を殺したシャランガじゃ。其方がこの島に渡ってきたと知った時から、散々悪あがきをしたが、こうなることは決まっていた様じゃな。両親と兄の敵を取るが良い」
シャランガをじっと見つめて言う事を聞いていた次郎が言った。
「後ろの者も一緒に闘うが良い」
シャランガが振り向くと、シャベルと三人の近衛隊の男達がやはり手槍を持って来ていた。
「お前たち・・」と呟くシャランガに、
「地獄まで、ご一緒すると言いましたぜ。骨はこいつらが拾ってくれると言っています」
と、シャベルが返して前に出て来てシャランガと並んだ。
「そうか・」
何人で囲もうとも、風の秘剣に吹き飛ばされて仕舞いだ。シャランガは気にすること無く次郎に向かった。
次郎をシャベルが鋭く攻める。その隙を狙って、シャランガが容赦なく後ろから切りつけるが、次郎は後ろに眼が付いている如く全て躱される。
後ろから切りつけるなんて卑怯だとは思わない。相手は遙か格上の相手、目隠ししても勝てないだろう。そんなことは充分に解っている。
シャランガの心は無心だった。
欲も得も無く、只、己の武人としての生涯を終える事が迫っている事だけを感じていた。
激しく攻めるシャベルの一瞬の疲れを突いて、次郎の手槍が突き崩した。
そしてこちらに向いた次郞を見て、シャランガは肌が粟立った。
そこには先ほどの印象とは違って、亡き師・道帆と見まがうばかり若者がいたのだ。
渾身の速さで振り抜いた槍は空を切り、返した迅速の降り下ろしを僅かの動きで見切られた。
(俺の技など、とうに見切られている・・)
シャランガは上段に構えると、防御なしの捨て身の攻撃をすべく突進した、途端に強烈な衝撃波に体が突き飛ばされるのを感じて、
(これが、風の秘剣か・・)
と、一瞬思い、そのまま意識が途絶えた。
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