第41話・玄武軍進出。


 しばらくすると、土煙も上げずに静々と無音で移動してくる軍の姿が見え始めた。

不気味なほど静まりかえった軍だ。

軍旗さえ揚げていない。

それだけに圧倒的な迫力がある。


「兵力は?」

「およそ四百です」

 玄武軍は、サラの警備に二組を残した八組で進出して来たのだ。


イザミは同数の四百を方向転換させて玄武軍に対応した。その結果シャランガ軍に対峙するのは四百五十となった。


「弓手、前に出ろ!」

 野戦では、緒戦は弓矢の攻撃から始まる。

 そうしている間にも黒い軍団は、二列の細長い陣形でどんどんと接近して来る。


 そして間は五十間、弓の射程になった。

「放て!!」

 満を持した弓手・百が入れ替わりに弓を放った。

凄まじい弦音が戦場に響いた。


 玄武軍は素早く掛け回された大楯で足元まで防御して矢を受けた。それでも行軍の動きを止めなかった。


 間二十五間、もう指呼の距離と言える。


「槍隊出よ!」

 槍隊が前に出て、一斉に穂先を連ねる。

だが、玄武軍は止まらない。

白波の様に煌めく穂先の列に向かって平然と進軍してくる。逆に穂先を連ねたシャラソン軍の方が怯えて穂先が揺れている。

シャラソン軍の兵・彼らは全てサラの住民だ。

玄武の力は代々語り継がれて来ており、嫌と言うほど聞かされているのだ。


「怯えるな、敵は少数だ。突撃!」

 進軍してくる玄武軍の威圧に、耐えられなかった指揮者が叫んだ。


「ウオーー」

 腹の底から出す声で恐怖を紛らわした兵が突撃してゆく。

 だが突いたと思った瞬間、玄武の兵は左右に開いて、素早く槍隊の手元に付けいり兵を殴り倒して槍を奪われた。


 一瞬であった。


あっけにとられるシャラソン軍に、それでも止まらぬ玄武軍が接近する。


倍する兵力のシャラソン軍を、まるでそこにいないかの様に進軍してくる玄武軍に威圧されてシャラソン軍の先手は思わず左右に開いて道を開けた。


「何をしている、相手は半数だぞ。軍を割るな。第二・第三軍前へ!」

 イザミ司令官の命で、主力の第二軍・第三軍が前面に出る。


 ようやく玄武軍が止まった。


 玄武軍の半ばは既にシャラソン軍に割って入った状態で、二組ずつが左右の兵に対している。

先頭で対峙しているのは、玄武軍先手二組百名とシャラソン軍の二軍・第三軍各百。そこは、それ程の兵が闘う広さは無かった。


「第二軍、突っ込め!」

 刀槍を煌めかせおめき声を上げて突っ込むシャラソン軍。

それに対したのは、玄武軍先手の片割れ玄武紀成率いる一番組だ。最年少組頭である彼が先手を望んで受け入れられたのだ。


敵主力で倍の兵を相手にした一組、だが、激戦にはならなかった。

たちまちのうちに薙ぎ倒されるシャラソン軍。しばらくすると、立っているのは半数ほどになった。


「第二軍は引いて体勢を整えろ。変わって第三軍出ろー」

たまらず、イザミが軍を入れ替える。


それに呼応して玄武軍も入れ替える。

今度は四番・山波組だ。

クンタ湊で次郎を迎え腕試しをした組だ。その功と、最年長の山波が余生の思い出にと願って先陣を許されたのだ。


今度は先ほどとは違って、第二軍の結果を見た将が人数の有利を生かす闘い方をしてさっきよりは健闘した。

だが結局は同じ半数も打ち倒され引いた。


「近衛隊出ろ!」

後の無くなったイザミが、精強な近衛隊を前に出して事態の挽回を図ろうとした。


左右に分かれた並んだ近衛隊。

それに呼応した玄武軍も、先手の間から出て来た隊が対峙した。

山の民の中でも最強を誇る武闘派の玄武重成の率いる二番組だ。

シャラソン軍近衛隊も、左手の兵・五十が出て来て隊列を取った。

双方同数である。


もう近衛隊の後に出てくる軍は無い。

この勝負の結果で全体の帰趨は決まるだろうと、誰もが思い息を飲んで見守っていた。

シャランガ・シャラソン軍も含めて、ザウデ・ウスタなどの敵味方に分かれた全軍がそう思っていたのだ。


今度は、激しい闘いとなった。

さすがは精強な近衛隊、中々拮抗して凄まじい闘いとなる。

だが、やはり徐々に玄武軍が圧し始めて、近衛隊は数を減らしていった。そして明らかに追い詰められていった。


「一番隊は後退、二番隊・前に!」

 その結果に衝撃を受けながらも、たまらずイザミが兵を入れ替える。右手にいた近衛隊・五十が前に出て来て隊列を整える。


 玄武軍・二番組もそれに呼応して引いた。


(今度は、どんな隊が出てくるのだ・・)

そこにいる全部の兵が固唾を飲んで見守っている。


そこに現われたのは、手槍を持った玄武の若き長・次郎一人だった。


驚く近衛隊。

だが、他には誰も出てこない。


「油断するな、一人でも全力で当れ。囲んで討ち取るのだ」

 前の玄武の長の闘いを聞き知っていたイザミが、その場の雰囲気に鳥肌を立てながらも命じて自らも剣を取って出て来た。


(ここが最後の戦場、俺の死に場所だ・・)

 武人の端くれ・イザミはそう肌で感じ取っていた。


 素早く動いた近衛隊が、次郎を二重・三重に取り囲む。そして内側の兵が手槍を構えて一斉に突き込んだ。

と見えた瞬間、土埃を巻き上げながら突き込んだ兵が弾き飛ばされ、外側の兵に衝突して包囲の輪が乱れた。


 更に、土埃が渦となって小さな竜巻の様に舞って、残った兵の間を駆け回った。近衛兵は荒れ狂う渦になすすべも無く見る間に打ち倒されてゆく。


 瞬く間に立っている近衛兵は無くなり、全員が打ち倒されていた。

残った隊長イザミは静かに次郎に歩みよった。

「シャラソン軍・司令のイザミ。参る」

 と剣を構えてにじり寄る。

もうイザミの顔に恐れは無い。

彼も戦に望む生死を超えた武人の顔になっていた。

少し間があって次郎も名乗った。


「玄武次郎」

 と言って次郞は手槍の柄を握り替えて対峙した。


今までの闘いは、穂先では無く根元の石突で闘っていたのだ。戦場に極端に血が流れていないのはその為だった。

 間に入るとイザミは鋭い声を発しながら、激しく責め立てる。まさしく変幻自在の攻撃だ。

さすがはサラでシャベルと剣の腕を競ったイザミであり、一人の武人として何の迷いも感じられない見事な攻めである。

一方、次郎は手槍より短い剣の間合いに入らせながらも、火の出るようなイザミの攻撃を全て躱し・受け・弾き返している。

長い攻撃が続き、一旦下がったイザミが呼吸を整えて再び出て来た。前と違い無言の気合を込めてにじり寄る。見ている者にも、イザミが今度は一撃での勝負に出たと解った。


「・・」

 無言の気合で一気に飛び込んだイザミ。応じた次郎も飛び込んで交差した。

振り向いたイザミが、満足そうに微笑んで崩れ落ちた。

イザミの首筋から流れる血が地面を赤黒く染めている。

戦場はシンとして声も無い。

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