第40話・王子シャラソンの孤立。
「なるほど、ザウデとウスタの手当は聞いた。まるで中身の無い絵空事だったがな。それでは玄武・山の民に対しては、どういう手当をするつもりだ?」
「玄武などは、過去の一族よ。現にこの二十年あまり姿さえ現わさなかった。国境を閉鎖して山に籠もって、今頃は食う物にも困って逼迫しているに違いないわ。出ないお化けに怯えてどうするのだ。そんなものは無視しとけば良い」
ガベンダが、またしても自身たっぷりに言った。
それを聞いてシャランガもシャベルも呆れかえった。
認識不足も甚だしい。
「皆の者。今の新王とやらと宰相の話を聞いたか。即位の儀式も知らず、玄武の力も知らない。そんな馬鹿者について行けるのか?」
「恐らくは、玄武はこの時に動く。或いは今頃はサラに侵入しているかも知れない。サラの民も彼らを喜んで迎え入れるだろう。心ある者は今すぐにサラに帰るが良い。サソンとガベンダは、地の国をさすらう卑賤な者だったのだ。天の国の事は何も知らない。そんな馬鹿者に天の国が維持できる筈が無い事は誰にでも分かるだろう・・」
シャランガの言葉は、兵に大きな動揺を与えた。
サラ生まれの彼らは、即位の儀式の事も伝え聞き昔からある玄武に対する恐れは少しも衰えていない。
「黙れ、黙れ、黙れ!!!戦場離脱する者は討つ。サラにいる家族も容赦せぬぞ。戦を起こしたこの悪人の口を今すぐ封じるのだ!!」
ガベンダが、ヒステリックにわめき立てる。
イザミに指揮された近衛兵が素早く動き弓矢でシャランガらを射すくめる。
これを予想していたシャベルは、楯を掛け回して矢を防ぐ。
しかし、三方からの攻撃に一人・二人と倒されてゆく。
「突撃!」
頃合いを見たイザミの掛け声で、三方から槍を翳して一斉に進んで来た。
全員があえなく串刺しかと思えた時、先頭で抜きん出て突進して来た隊が直前で回れ右をして突撃して来た兵に向かった。
その隊の行動を見て全ての兵の動きが止まった。
「お前ら、裏切るのか!」
司令官・イザミの怒声が飛ぶ。
「即位の儀式も知らず玄武の力も知らない者が指名した司令官など無効だ。我々の司令官はシャベル様だ」
回れ右をした将校が大声で叫び返す。
その声に、シャラソン軍は動揺した。
「その言に理あり!」
更にシャランガ側に加わる兵らが進んで来て、シャラソンの兵に向かって武器を構える。
彼らは、サラ軍の第一陣として昨日まで共に闘ってきた兵が多かった。
昨日までのシャランガの見事な采配と、兵をいたわる言動に感激して闘っていたのだ。その数はあっという間に増えて五百程にもなった。
「お前ら、良く戻ってきた。共に闘おう」
シャベルが残った近衛兵を指揮し、瞬く間に軍列を整え直した。
これで、シャラソン軍七百五十に対して、戦の巧みなシャランガ・シャベル側五百五十となって同等以上の軍となった。
「何と言うことだ・・」
ガベンダは、動揺していた。
一気に討ち取って全軍を掌握するつもりだったのだ。袋のネズミがあっという間に拮抗した軍を持つ存在に変貌した。
「申し上げます。ウスタ軍が接近しています」
斥候が報告してきた。
西を見ると土埃を上げながら、大勢の軍が近付いて来ている。
ウスタ軍千の大軍だ。
「ウスタ軍を味方に付けるのだ。使者を出せ。サラの囚われの人質はシャランガ王を罷免したシャラソン新王がお返しする。共に極悪人のシャランガを討ち取ろう。と言上せよ。ザウデ軍にも同様の使者を出せ」
シャラソン軍側から、ガベンダの使者が東西に走った。
ウスタ軍は進出してきて、両軍が対峙する真横に布陣した。
シャラソン側から来た使者の言上を聞いたウスタ軍指令の西家頼武は、
「戻って伝えよ。ウスタ軍はどちらにもつかぬとな。どちらもサラの王ではない。ここで両軍の勝敗を見届けてやるから存分に闘えとな」
と言って、けんもほろろに使者を突き返した。
「綾乃様と小太郎様は、サラの町と共に玄武軍が解放した。西の門閥家は本来の良識に従って行動されたし」
と、既に頼武の元には玄武の使者が来ていて、ザウデに今までの攻撃の詫びを入れて軍を動かして来たのだ。
ウスタ軍の返事と同時に使者を送ったザウデ軍の返事を聞いたガベンダは、呆然とした。
どちらも味方にならずに結果を見守るだろうとは予測していた。しかし、その上にシャラソンをサラの王とは認めないと断言した冷たい返事だったのだ。
「イザミ、とにかく全力でシャランガを倒すのだ。そうでないと我らは破滅だ」
「解っています」
イザミが近衛兵を動かして、残った兵を素早く攻撃態勢をとらせる。イザミも近衛隊の副長であった男だ、戦闘能力は高い。
西より白い肩当てを着けたウスタ軍が接近してきて布陣した。
東の第二防衛戦のザウデ軍も兵が増えて、ウスタ軍に対していた軍が移動してきたことが解る。そこには、青い肩当てを着けたオスタ軍が混じっている。
シャランガはそれらを見て、冷静に事情を推測していた。
「どうやら、出ぬお化けが出たらしいな」
「私も、そう思います」
シャベルも戦場で冷静な判断をしていた。
「こうなった以上、我らに勝ち目は無い。シャベルは全兵力を率いて玄武が後ろ盾の王子軍に合流してくれ」
「シャランガ様は?」
「私はタケイルに闘いを挑む。叶わぬまでもな。シャラソン如き馬鹿野郎に命を取られかけたと思えば、武人としての最高の花道じゃ」
「解りました、兵にそう指示を致しましょう。だが、私もシャランガ様の腹心です。サラに残る訳には行きません。お伴します」
「そうか、」
彼らは玄武の出現を確信しながらも、攻撃体勢に入ったシャラソン軍に対しての備えを維持していた。
ここでシャランガを殺さぬ限り自分らに生きる道は無い、と腹を決めたシャラソン軍が決死の攻撃に掛かろうとしていた。
その時、斥候から報告が入った。
「北より軍が近づいて来ます」
「なに、何処の軍だ、オスタ軍か?」
驚いたガベンダの疑問は、すぐ後の斥候で判明した。
「黒い肩当てです。山の民、玄武軍です」
「玄武だと・・・まだ・・そんな軍が存在していたのか・・」
ガベンダとシャラソンは、夢想だにしていなかった報告を聞いて絶句した。
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