第39話・サラ軍の分裂。
「サラからの第二軍・八百が到着しました」
午前九時、報告が入る。
「八百だと、六百の間違いでは無いか?」
近衛隊長シャベルが確かめる。留守兵二百を残して、六百の兵で来る予定だったのだ。
「いえ、シャラソン王子、カベンダ宰相、イザミ副長が指揮する八百で間違い有りません」
シャベルはシャランガと顔を合わせて首を傾げる。
「どういうことだ?留守兵二百まで連れてきては王宮は無人だぞ・・」
シャランガにもまだ訳は解らない。
「申し上げます。シャラソン王子がシャランガ王の退位と自身の王の就任を宣言なされて、軍の合流を命じています。シャベル隊長も解任してサラ軍の司令官にイザミ様を指名しております。新司令官の命令に既に幾つかの軍が合流に向かっています」
「何だと!」
シャランガはシャベルと再び顔を見合わせた。
「シャランガ様、これは反乱ですぞ」
「軍を呼び戻せ、王は私だ、退位も解任も認めない!」
すぐさま、連絡員が飛びだしてゆく。
「シャランガ様、もはや手遅れかと・・」
シャベルが沈痛な表情で言う。
軍は階級制で成り立っており、上に立つ者の命令には、絶対服従する決まりなのだ。
「何だってこんな時に・・」
「恐らくは、カベンダの仕組んだことでしょう。今は軍を掌握する良い機会だと。扱い易い王子も持ち上げてサラを牛耳る考えかと・・」
「むっ、カベンダは切れ者と思って重用したが、所詮は浅はかな卑賤の者に過ぎなかったか・・・・」
自分に人を見る目が無かった。という事だとシャランガは思った。
軍備ばかりに視線を向けて、民政の事をカベンダに任せっぱなしにしたつけが、回ってきたのだ。
「それにしても、こんな中途半端な時に反乱とは、サラ自体を失う事が解らぬ馬鹿どもが揃ったものよ」
「まさしく」
シャランガもシャベルも武人だ。こうなったら潔い。
「残った兵を確認しろ」
伝令が走っていく。
「何人残ったか・・」
「シャランガ様、どうせ死ぬのは必定。兵にも家族がおります。味方の道連れは無用、二人だけで構いませぬ」
「良く言った。その通りじゃ。思えば、高徳王を討ち、道帆師と美幸様を殺した報いが今頃巡ってきたのじゃ。だが私は降伏せぬぞ」
「望むところで御座います。私も武人、剣を取って闘って死にとうございます」
「よし、一人でも多くの敵を道連れにして死のうぞ。武人としての花道じゃ」
シャランガの胸に、精強な近衛兵二百名以上を道連れにして逝った、亡き師・道帆の姿が映っていた。
「残った兵は近衛兵のみです。支度をして陣所の前に控えています」
陣所を出たシャランガとシャベルの前に、金色の肩当てを着けた近衛兵が、決死の眼差しで居並んでいた。
「良く残ってくれた。だが、これから向かう先は死地だ。シャランガ様には私がお伴する。お前達には待つ家族がいる。ここで死ぬのは無駄死にだ。近衛隊はここで解散する。速やかに家族の元に帰るように。又、シャラソン軍に加わっても良い。その時は、剣を取って相まみえよう」
シャベルが大声で兵に告げる。
皆は黙って、しばらく黙っていたが、
「隊長、そんなことは言われなくとも解っている。負傷した者、年老いた親や小さな子供のおる者は既に帰した。ここに残った者は、シャランガ様とシャベル隊長に伴をすると決めた者だ。隊長が嫌と言ってもついて行きます」
将校の言葉に、皆頷いて同意した。
「そうか、わかった。では一緒に地獄へ行こうぞ」
目頭を熱くしてシャベルが言うと、兵は一斉に鬨の声をあげた。
「おう、おう、おうー」
シャラソン軍は、土埃を上げて進軍してきた。
サラから来た八百に、シャランガの軍から合流した兵が約五百、千三百の大軍だ。
ガベンダは、万一にもシャランガを討ち漏らすのをさける為に、留守兵も投入した全軍で出陣してきたのだ。
その大軍が、シャランガ・シャベルと共に残った五十名ばかりの兵の三方を取り囲んだ。
五十対一千三百。相手にもならない。
言わばなぶり殺しの構図だが、五十名の兵は恐れることも無く、強い気を発して対陣していた。
シャラソン軍の中央が開き、金の肩当てを着けた近衛兵に囲まれた一団が出て来た。
「シャランガ、天の国の平和を乱して戦を引き起こしたそなたを新王シャラソンの命で成敗する。」
宰相カベンダが進み出て大声で宣言した。
「カベンダ。誰にものを言っているのだ。貧しい流浪のそなたを取り立ててやったのは儂だ。恩を仇で返すのは人の道に外れるぞ」
シャランガが言い返す。
「恩を仇で返して人の道に外れるとは異な事を、取り立てて貰った先々王を殺して、王の座を奪った事を忘れたのか」
うっと、詰まったシャランガが、いきなり笑い出した。
「うわっはっはっは。それはそうだ。反乱を起したことをうっかりと忘れていたわ。これは藪蛇だったな。では改めて問う。あと数日でザウデが落ちる。何故、儂がザウデを落としてから政権を奪わなかった。こんな中途半端な状態で交代すると事を治めるのに難儀するぞ」
「サラは、新王は、他の町を侵略することを望まぬ」
「では、ウスタを巻き込んで戦闘状態のこの状況を新王はどう治めるつもりだ」
シャランガは、正直その答えを聞きたかったのだ。ここまで攻撃して死傷者を出した状態での途中幕引きは難しい。
「簡単な事だ。兵を引いてザウデに謝罪する。ウスタにも人質を帰して謝罪する。そうすれば、以前の様に新王を盟主として天の国は纏まる」
ガベンダが自信たっぷりに言う。
その言葉を聞いて、シャランガは耳を疑った。
そんなことはあり得ない。
人質を帰したら人質だった王子を立てて、三つの町が一斉に侵攻してくるのは疑いようがないのだ。
カベンダらは前の反乱が終わってから、新しく来た者たちとは言え、平和ボケするのも程がある。
「では、新王とやらに聞く。父殺しをしてまで政権を奪いたかったのは、母の指図か?」
シャランガは、ガベンダの横に立ち冷ややかな顔をして見ているシャラソンに問うた。ここ数年来・妻のサソンとの仲は冷え切っていて、疎まれている事は百も承知だ。
浅慮で自らの栄華の為に人を踏みつけにして、一切の反省の無い妻を放り出さなかったのは、ひとえに息子の気持ちを考えての事だったのだ。
「お前などは私の父親では無い。私の父親はここにいるガベンダだ。よって父殺しでは無いわ」
シャラソンの言葉は衝撃だった。
突如、頭の中が真っ白になった。
「そ・そんなことが・・・・」
「残念ながら、本当のようです」
側にいるシャベルが囁いた。
シャベルは、知っていたのか・・と思ったときに、突如笑いが込み上げてきて、抑えることが出来なかった。
「わっはっはっはっはっ。そうだったのか。それで解った。我が子ながら何と言う馬鹿な息子だと、日々悩んでいたのがすっきりとしたわ。浅慮のサソンと淺知恵のガベンダが親だったら、なるほどこんな馬鹿者が生まれよう。わっはっはっはっは」
「黙れ。お前こそ、こんな所で孤立している裸の王様じゃないか。お前よりはまだましだ、大馬鹿者はお前だ。シャランガ!」
シャラソンが、侮蔑されて真っ赤になって抗弁する。
裸の王様とは上手いこと言ったな・・と、少し感心したシャランガだが、
「では儂よりまだましな、新王とやらに聞こう。実は、儂は王とは名乗っていたが、実際のところは即位の儀式を済ませていない。まだ王になってはいないのだ。お前は即位の儀式を何時行ったのだ?」
シャラソンが、ガベンダと顔を合わせてひそひそと話あっている。やはり、彼らは王の即位の儀式の事を知らないのだ。
「サラの王宮で昨夜、我ら首脳陣の立ち会いのもとで、王になることを宣言した。それで充分である」
笑止である。
そんな事は即位の儀式などでは無い。只の会話に過ぎぬ。
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