第38話・玄武軍動く。



「もう少しだ・・」


 シャランガは、二日でこの第二防御戦を破り、そのまま市街に突入して数日でザウデを陥落するつもりだった。

西からのウスタ軍の攻撃も始まり、今日にもサラに残してきた三百の精兵と民兵三百が合流する。それと留守兵二百を入れたのが、サラの全軍だ。


ザウデ軍は思っていた以上に手強い。

士気も高い。

数も多く難敵だ。

だが、側面からサラの援軍六百を投入すれば、第二防御線も突破出来るだろう。あとは勢いに乗じて市街に突入すれば良い。


 ザウデを落として、オスタを併合してウスタと共に天の国を統一するのだ。


(問題は玄武だ、玄武が何時出てくるか・・)


 玄武の兵は五百、これは倍する数に相当する精強だ。

だが彼らには援軍は無い、単独の軍だ。玄武軍が出て来たら、大軍で囲んで少しずつ数を減らして行く。


「サラから第二軍が向かって来ます」

 夕刻に報告があった。


「今日の攻撃は中止。明日の総攻撃に備えて兵を充分に休ませろ」

 ザウデも新手を投入して意気は盛んだが、防御の隙は見抜いていて、既に総攻撃の準備を済ませていた。明日サラからの二軍を併せて、二面から攻撃すれば突破出来るところまで来たのだ。

後は明日の攻撃に備えて、兵を休ませておく事が肝要だ。



「敵だー、敵の夜襲だーー」

 その夜、兵が寝静まった頃騒ぎが起った。

横になっていた兵は慌てて起き出して、朦朧とする頭で武器を持っておろおろするばかり、しかし敵は小勢であったと見えてすぐに騒ぎは治まった。


 しかし再び寝たと思えば又しても騒ぎが起り、不寝番をたてて警戒するものの夜襲は続き、結局翌朝未明までそれは続いた。


「再三の夜襲により、兵は殆ど寝ておりません」

 近衛隊長のシャベルが報告する。

「そうか、ザウデもやりおるの。良い、あと二・三時間ほど眠らせろ。明るくなったらさすがに夜襲はないだろう」

 シャランガは、手強い相手の駆け引きを楽しんでいた。


今日のうちには、サラからの援軍が来る。

攻撃はそれからなのだ。ゆっくりでいい。



 その頃、玄武甚左衛門は三番の忍び組を率いて、サラの王宮に侵入していた。

前もって各所に抜け穴や人員を配していて、手早く侵入出来るようにしていた。

 ところが今朝早朝に出発したサラの第二軍は、王宮の留守兵も残さずに全軍で出陣していた。


「どういうことだ?」

 留守兵との戦闘を覚悟してきた甚左衛門は拍子抜けをした。

王宮に残ったのは僅かな警備兵だけだ。

それらの者は、灰色に黒い肩当ての玄武の戦闘衣を見ただけで、武器を捨てて降参して道を空けた。


甚左衛門らは、地下牢まで闘わずに侵入することが出来た。

そこにいた牢番も武器を放り投げて鍵を差し出した。


「綾乃様と小太郎様の牢を開けろ」

 命じられた牢番は飛び上がるように先導して奥に進む。


 元の王妃と王子の牢は、一番奥の扉を開けた先にある厳重な場所だった。

そこにいた警備も玄武の者を見ると、眼をつり上げ手を上げて降参した。


「これより、サラは玄武の支配下に入る。綾乃様と小太郎様を解放せよ」

 警備の武器を奪い命じると頷いた警備が奥へ先導する。


奥の一角は牢とは思えぬほど贅沢な造りで、明るい陽光も差して平和な光景だった。シャランガが元の主筋に遠慮して改装したものだろう。


 頑丈な格子の扉を開けると美しい婦人が振り向いた。


「綾乃様。玄武が迎えに参りました。ここを出るお支度を」

 膝を付いて甚左衛門が言上する。甚左衛門も綾乃の顔は知らない。


「そうですか。玄武が動いたのですね・・」

 綾乃王妃は、美しい顔を輝かせて立ち上がった。


「玄武の者か?」

 奥から青年が出て来て問う。王子の小太郎であろう。


「玄武軍三番組頭・玄武甚左衛門でございます。長・玄武次郎の命にてお迎えに上がりました」

「そうか、遂にこの日が来たか・・」

 小太郎は、天井を見つめて手を握りしめた。


「玄武次郎どのとは、道帆殿のご子息ですか?」

 綾乃が問う。


「はい、道帆様が美幸様・長男一郎様と共に殺された時、乳飲み子であった次郎様は、海の国に逃れて成長されて、つい先日・山の国にお戻りになられて玄武の長を継ぎました。尚、水の神巫女様をも継がれて、タケイル様と名乗られています」


「そうでしたか。水の神巫女様も継がれたか・・早くお会いしたいものです」

「次郎様は、今日、玄武全軍を率いて来られますので、すぐに会えましょう」


「して、我らは何処へ向かうのじゃ?」

「何処へも行きませぬ。牢を出られて王宮に戻ります」


 三番組だけでなく留守兵に備えて、七番の服部組も同行していた。留守兵がいない今、彼らは王宮を占拠している筈だ。


「それならば準備も何も無い。さあ、行きましょうぞ、母上」

 牢を出た綾乃と小太郎は、甚左衛門らに警護されて弾む足取りで王宮に向った。


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