第36話・ザウデ包囲網。
「第一防衛線、負傷者が増えております。このままでは壊滅します。応援を請う」
前線より報告が入る。予測したより早い展開だ。
(さすがにシャランガは戦が上手い・・)
ザウデ軍総司令官の南家光弘は思った。
ザウデ軍は今、西から進軍してきたウスタ軍と北から一直線に攻め込んで来たサラ軍と戦闘中だ。この二十年間動かなかった情勢が一気に動いたのだ。
その前兆は、二週間前に地の国・大前国で起った。
大前国で以前に蜂起して、北の町三つを占拠したまま膠着状態におちいっていた黒党が、再び勢力を増して青龍道を越えたオトの町で蜂起して町を占領した。勢いに乗った黒党は、北のママヤと同調して青龍門の入り口の町・ウタを挟撃して占拠したのだ。
これにより、ザボン港からの物資のルートを閉ざされた天の国・オスタは、当然の様に軍をウタに向けた。
兵力は総兵力の半分の五百、精強な天の国の軍である。これで黒党であろうと、大前軍であろうと十二分に対抗出来る数である。
ところが、黒党の主力は民兵なのである。黒党軍は町を占拠したまま解散して民に紛れた。
オスタ軍は黒党軍が攻撃してくれば壊滅出来るが、武装を解いて普通に生活する民に無差別攻撃は出来ない。
そうして、目標を補足できないオスタ軍は、青龍門と街道に留まりオスタの商人の護衛をして物資の補給路を確保するだけで、身動き出来ない状況となった。
それこそが黒党を裏から操るサラの王・シャランガの目的であった。
ウタの町からボーデンの湊に掛けて、反数の兵を残して身動き出来なくなったオスタを横目に突如ウスタ軍がザウデに進軍してきて布陣した。
ザウデの総兵力は千名。あとは数百の民兵を組織できる。西のウスタ軍に三百の兵を当て、北へは司令官・南家光圀の指揮した五百の兵を出しサラに備えた。ウスタ軍はそう積極的には攻めてこないだろうと読んでいたのだ。
ザウデの町の防衛戦は、ここのところの情勢により厳重に構築されていた。
町から一里の所に第一の防衛戦、半里に第二の防衛戦を築き、第三の防衛戦は、町の入り口に築いてある。ここを破られると町中に侵入され市街戦となる。
サラ軍に人質を取られているウスタ軍が動けば、北よりサラが攻めてくるのは確実だった。
「北からサラ軍が侵攻して来ます。近衛兵約百を含む七百の兵です。指揮はシャランガ自身です」
と言う報告があってから間も無く布陣したサラ軍が激しく攻めてきた。
ザウデ軍は経験豊富な将校が多く士気も高、練度も充分だ。そう簡単には破られないだろうとは思っていたが、元近衛隊長のシャランガはさすがに戦が上手かった。今の天の国で一番戦の上手い男だろう。
第一の防衛戦は、街道を楼門で囲み周囲に柵を巡らして要所には楼を立てて弓矢を持つ兵で固めている。柵の外は、何重にも横堀を巡らして攻城兵器が近づけないようにして、街道も三重の空堀で遮断され普段はその上に歩み板が掛けられているが、今はもちろん外されている。
横堀の間には、敵兵が横移動出来ない様に竪堀が何本も掘り回され、掘り底には竹を割って尖らせた物が埋め込まれていて、無防備に踏み込んだ敵兵の足の裏を襲う。
しかし野原の一角の防衛線の幅は小さく、街道を覆う楼門の左右は五十間ほどしか柵が回されていない。
それは敵にとっては歩兵だけなら、田畑のあぜ道を回って防衛戦を迂回する事も出来る。だが、幅広く重量のある攻城兵器や馬車に積まれた物資などは、通行出来ない。大軍ならやはり街道の防衛戦を破って進軍しなければならないのだ。
シャランガは、手薄な所をすぐに見抜き激しく攻めてくる。攻めるときは火の出るような激しさだ。
たちまち双方は数を減らすが、攻城兵器の優秀さからサラ軍の方が優勢だった。
それでも二昼夜は持ったが、この辺が限界だろう。柵や楼門に防備された守備軍の方が有利かと言えばそうでもないのだ。
簡易な造りの楼門や柵では、それ程の防御力を発揮しない。逆にそれらの建造物を事前に調べて十分な対策を練ってきた攻撃軍の方が有利かも知れないほどだ。
空堀に遮られた柵を越えての攻撃は、飛び道具が主となる。だがこの場合、飛び道具の代名詞である弓はあまり役に立たない。手で持つ木製の楯や竹を何重にもして車で移動出来るようにした矢避けで防備されているのだ。
防衛線攻防の主力は、人の頭ほどの石を飛ばす投石器である。
サラ軍は工夫を重ねて長短の射程を持つ投石器に車を着けて、百台も引いてきていた。一台に三名から五名がかりで発射するこの投石器の射程は、二十間から五十間。数発当れば簡易な造りの楼門では損害を受ける威力があった。
もちろん、防衛側にも多くの投石器が備え付けられている。その数三十、この数はそれまでは多いと思われていた。
サラ軍が攻めてくるまでは・・
「東より、オスタの援軍二百が来てくれました」
思わぬ援軍であった。
ザウデの状況を見かねたオスタが、町の防備の兵を裂いて送ってくれたのだ。ザウデが陥落すれば、サラ軍はオスタに向かうことを知ってのことだ。
「よし、北は第二防御線まで後退しろ。オスタの援軍は西へ。西から二百の兵を北へ、遊軍百も北へ移動せよ」
北は第二防御線まで後退して厚い防御を敷く。サラ軍も消耗している筈だ。三百の兵を送れば数の上では互角だろう。
「ウスタ軍も攻撃してくるぞ、民兵を組織しておけ」
ウスタも進出して来た以上、布陣して何もしないと言う訳にはいかないだろう。戦闘が始まった以上どちらかに付かざるを得まい。
「川中国の援軍も要請しておけ」
地の国の軍を入れたくはないが、万全の備えはしておくべきだろう。ザウデが征服されては元も子も無い。
玄武次郎となって山の民の長に就いたタケイルが、一月後に出兵すると言い残して風の洞窟に入った事は玄武の忍びから聞いていた。
あれから三週間が経つ。
玄武軍出陣まであと少しだ。それまでは、何としても耐えなければならない。
玄武軍が出陣してくると情勢は一気に変わると、南家光弘はみていた。いや、光弘だけで無く天の国の者全員がそう思っているだろう。
その予感が有る故に、シャランガも一気に攻勢に出て来たのだ。
「光弘様」
声がして男が入って来た。偵察隊のスライダだ。
「何かあったか?」
「いえ、我らも後方支援だけで無く、前線で働かせて頂きたいと思いまして、」
「ほう、前線に出たいのか。それで何をする?」
「はい、我らは服部師に忍術を教わりました。それで、夜襲で騒がして敵を眠らせまいと思います」
「ほっほ、それは良い。よし、許す。だが敵を討とうとは思うな、眠らせなければそれで十分じゃ」
「かしこまりました」
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