第31話・山の国クンタ湊。


 海の国の交易船・越山丸は順風に帆を張って北東に進んでいた。

その夜明けの甲板には、タケイルとザビンガの姿がある。二人は、初めて見る島の裏側の風景を見入っていた。


嶮岨なミキタ山脈の裏側は夜明け間際の薄い霧が掛かり、黒い山陰が思いの外なだらかな優しい勾配で何重にも重なり海に接していた。

タケイルはザウデの町から山の国に行くのに、ミキタ山脈を越えずに海から入る事にした。何故ならミキタ山脈の麓はサラの支配地の敵地で、今敢えて敵中突破する愚を避けたのだ。


朱雀門を降りて再び川中国に入り、ザボンの湊町で海の国の船を探すとなんとタケイルが海の国から渡ってきた越山丸が停泊していたのだ。

海の国定期交易船・越山丸に乗船して、高砂国・ミンク湊に着いたのは一昨日の昼間の事であった。


湊では兵士が哨戒していて上陸する者は厳重に取り調べがなされていたが、他国の船内を改める事はしていなかった。

タケイルは敵の待ち受ける危険な高砂国には上陸せずに、船上から高砂国を見るのに留めた。そして昨日の朝早くミンク湊を出港した、島の北部の山の国のクンタ湊に到着するのは今日の昼ごろの予定である。


タケイルと一緒に舟に乗ったのはキクラと山の国の案内人の服部平左衛門、そしてザビンガが当然の様に付いてきた。

通常、神殿の神巫女であるザビンガは、気ままに神殿を空けて旅に出るのは難しいのだが、今はサラの土の神殿の神巫女クシナダが滞在していて、公務をクシナダに変わって貰う事でかなり自由に外に出ていられるのだ。


「広大だわ」

 初めて島の裏側を見るザビンガが、キラキラと好奇心いっぱいの眼差しで言う。


 島の裏側・山の国はミキタイカル島全体面積の三分の一を占めるのだ。表から見ると嶮岨なミキタ山脈だが、裏側はなだらかな高原状になっていて深い緑に包まれている。

 時間が過ぎ明るくなるにつれ全体の細かな起伏が露わになり、その光景を二人は飽きること無く見つめていた。


「あの高原はラタオ高原と呼ばれています。その三分の二以上が森で緑豊かな土地です。山の国では殆どの人があのラタオ高原に住んでいます」

 山の民の服部平左衛門が、甲板に上がって来て説明してくれる。


「ラタオ高原は天の国と地の国の中間ぐらいの高さで、気候は温暖で特に嵐にはミキタ山脈が盾となってくれます。故に果樹栽培なども盛んです」

「皆が山の民では無いと言う事か・・」


 山の国では、全員が屈強な山岳忍びの山の民だと思っていたタケイルが呟く。

「はい。サラタ山の麓に暮らす者が山の民と呼ばれています。全体からしたら二割ほどでしょうか」

「それで、五百の動員か・・・」


「山の民だけならそれくらいです。しかし、精兵ですよ。サラの近衛兵より強い」

 確かに、山岳忍びの一団なら数倍の他の軍に匹敵する力はあるのだろう。それに、これだけ豊かな土地で大勢の民が暮らすのなら、物資などが不足する心配もない。


「国としてまとまっているのか?」

「いえ、今は国として強くまとまっている訳ではありませんが、ラタオは山の民が指導的役割を果たしています」


 クンタ湊に着いたのは、昼時分だった。

眼前の断崖がえぐり取られる様に丸く開けた港で、中は広く波除け・風除けが出来る天然の良港だ。

その奥は山に囲まれた裾上がりの平地が広がっており、畑や大きな建物が沢山見える。


「島の北側で船が入れるのはここだけです。あの断崖の東側は広い砂浜になっています」

 越山丸・船長のダナンだ。

「クンタ湊は、この島ではボーデン湊に次いで大きな湊です。ここでは、山の幸・森の幸・作物や果樹・海の幸まで豊富に手に入ります。その種類は地の国のどこより豊富です」

 ダナン船長の話を聞くと、山の国は天の国や地の国と関係を断っても、物資が不足して困窮すると言う事はまったく無いのだと解った。島の裏側は、表側以上に豊かな土地なのだ。


「おや、波止場に兵がおるな。珍しい事だ」

 ダナン船長の言う通り、湊には兵が一列に居並んでいた。五十名ほどの人数である。


「山の民の兵です。私がミンク湊から連絡を入れておきました」

 平左衛門が横から言って説明を始めた。


それによると地の国の東西の町、チルマとセチセからは険しい断崖をぬって人が通れる極秘の連絡道があるとのこと。

それぞれの入り口は山の民によって守られており、タケイルの到着をあらかじめ平左衛門が知らせておいてくれたのだ。


 船が接近するにつれ、居並ぶ男達の姿がはっきり見えてきた。

腰に剣を差して手槍を持っている。灰茶色の上下に黒い肩当てが玄武の兵である事を示している。

天の国の各軍は、南家の赤・東家の青・西家の白・サラは黄色に、玄武は黒が目印なのである。

兵達は近づく船を緊張の表情で見つめている。殺気さえ感じる。


(・・玄武一族は、私をどうしようというのか・・)

 不安ではあった。

今まで居なかった者は必要とされずに、捕らえて抹殺する事も考えられるのだ。

海の国で、養父の十兵衛と暮らしてきたタケイルには、玄武の一族が身内であると言う感覚は無い。

相手も同じであろう。

だが、相手がどんな目論見を持っているとしても、それを避けては通れない。そのために海の国から渡ってきたのだ。


「平左衛門どの、貴方は私の敵か味方か?」

「私は、次郎どのの味方でございます。ですが玄武の一族の者では無いので、玄武一族の今の考えは分かりませぬ。だが、例え玄武一族を敵に回そうともお味方致します」


 湊で待つ兵の殺気を感じた平左衛門が緊張した声で言う。キクラとザビンガも緊張して兵を見つめている。

「だが、いくら玄武の兵でもあれしきの数では我らを捕らえることは出来ませぬ。ましてや、山の国の者に水の神巫女を殺すことは出来ませぬ。或いは腕試しかも知れませぬ。そのおつもりで」


「ならば、逆風の剣でなぎ倒すまで」

 タケイルの腹は決まった。

風の秘剣で彼らを傷つけずに翻弄するのだ。十兵衛の言う秘剣を会得して彼らに会えとは、そう言う意味だったのかもしれない。


「今から私は、玄武次郎を名乗る」

 タケイルの宣言に皆は黙って首肯した。


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