第32話・玄武の腕試し。


 船が桟橋に横付けされて、甲板から波止場に渡り板が渡された。

ダナン船長や越山丸の乗組員に礼を言うと、服部平左衛門を先頭にゆっくりと上陸した。

 兵が並んだ湊には緊張が漂い、離れた所で多くの民衆や船員達が見物している。

タケイル・いや次郎は、真っ直ぐに兵の前まで進んで立ち止まった。


「玄武次郎である。そなたらは玄武家の兵か」

 次郎が大声で問うと、真ん中の男が進み出てきた。

中肉中背ながら引き締まった身体と、鋭い目つきをした精悍そのものの様な男である。


「儂は玄武軍四番組頭・山波源左衛門だ。お手前が次郎殿であるかどうか我らは知らぬ。よって腕尽くで確認致す」


山の民の軍は、五十名ずつ一番から十番の組に分かれている。その内の一番から三番までは玄武の一族が組頭を務めて、全体を玄武の長が指揮すると聞いていた。


 山波が合図すると、左右の兵が一糸乱れず突出してきて次郎を扇状に取り囲む。


「さがっていてくれ」

 武器を構えようとするキクラらを下がらせると、槍鞘を取って手槍の穂先を煌めかせた。

 その次郎に向かって、手槍を構えてジリジリと肉薄する兵ら。


山の民は藪に引っ掛け易く山野で動きのとれない剣よりは、藪を掻き分け杖代りにもなり闘争においても剣より有利な短めの手槍を使うのだ。


 次郞を囲む兵たちとの間は三間で止った。すかさず低い唸りを発して左右から四・五名の兵が同時に突進して来た。

次郎は渾身の気合で、左・右と逆風の剣を使った。地から巻き上がった風が兵達の足を止め、接近していた兵が薙ぎ倒された。兵達の動きが止まり顔に驚きの表情が現われる。

「次々と最後まで連続して行けぃ!」

 山波の声で第二波・第三波の兵が続けざま殺到してくる。

次郎は高く構えた手槍を斜めに振り下ろす。


吹き下ろしの剣だ。


吹き下ろされた風に当った真ん中の兵がはね飛ばされる。

振り下ろされた手槍を気合と共に左右に切り上げる。その風に当り第二波・第三波の兵が薙ぎ倒される。

倒れた兵を避けて回り込んだ兵が次郞を丸く取り囲む。次郎は下段においた手槍を、体を回転させながら一回転させた。すると土埃と共に地面から風が巻き上がり渦となって兵達を襲った。


地嵐である。

 土埃の渦が巻き起こり、兵達が倒れた所に次郎の姿は既に無かった。

渦は次に突進してきた兵の中を駆け巡り、手槍の柄があらぬ所から突き出されて、次々と兵達を撃ち倒した。

そして、つむじ風に巻き上げられた兵の短剣の一つが指図する組頭目がけて真っ直ぐ飛んで横の木に突き刺さった。


驚きの目でその剣を見て顔を戻した山波の目に、只一人静かに立って見つめている次郎の姿が見えた。

数瞬の間に配下の玄武の精兵が全員倒されたのだ。


「玄武の兵よ。儂は山の民・服部家の平左衛門じゃ。このお方は紛れもなく先のお頭・玄武道帆様の忘れ形見・玄武次郎様じゃ。のみならず、水の神巫女様になられたタケイルどのじゃ。このお方に山の民は誰一人として逆らえぬ」


 進み出て来た平左衛門が宣言すると、兵達は姿勢を改めて地面に手を着き次郎に向かって平伏した。

平左衛門の服部の家は組頭を務める十家の内の一家で、今は甥・服部三郎太が七番組・組頭を務めている。


「玄武次郎様。失礼つかまつった。道帆様以来、久し振りに風の秘剣を拝見致しました。逆風・吹き下ろしに鎌鼬、素手の技の地嵐まで、手槍一本で拝見出来るとは思いませなんだ・・」

 その場で膝を着いた山波が言う。


「山波、それだけでは無いぞ。お前を襲ったのは追い風じゃ。槍の代わりに兵の短剣が飛んで来たのじゃ」

 見守る民衆の間から初老の男が出て来た。側に若い男が従っている。


「これは、道紀様」

 頭を下げる山波の頭越しに、次郎を見つめていた初老の男は次郞の側まで歩いてくると、

「次郎どのか。儂はそなたの父・道帆の弟・道紀(どうき)じゃ。よくぞ戻られたな。そなたが生きてあると知ってから、この日が来るのをどんなに待ち続けていた事か・・・・・」


「叔父上・・」

 次郎は道紀が伸ばしてきた手を握った。平左衛門から今は道紀が玄武の長を務めていると聞いていた。


「私は父の身内に触れるのは、初めてです」

 思わず本音が出た。

嬉しさで涙が滲んでくるのを抑えられなかった。


「そうか、苦労したな・・・・・」

 道紀も涙を滲ませて横で泣いている若い男を顎で示して、

「これは儂の息子で紀成(のりなり)と言う。これも身内じゃ」

 と言って、


「紀成、そなたも身内と手を繋がぬか」

 紀成は二人の手の上に手を乗せる。

「次郎どの、紀成でござる。よしなに」

 と紀成が、くしゃくしゃになった顔で言った。


 次郞に倒されて、地面に座り込んだ兵達が声を出さずに泣いていた。

遠巻きに見守る民衆や船頭達も嗚咽していた。

山の民にとっては、長い間耐えに耐え、ひたすら忍んできて、待ちに待った日が遂にやって来たのだ。

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