第30話・サラの王宮。
シャランガはサラの王宮の部屋で、苛立たしく歩き回っていた。控えているのは宰相のカベンダだ。
「道々の輩を使って討ち取る計画が失敗してから、行方はまだ掴めぬのか」
「川中国ボーデンで補足して、向かわせた刺客団の行方が消えております」
「それは前に聞いておる。新しい情報は無いのか?」
「その日にマナイから川中国の軍が南下したとの情報があります。刺客団は恐らくその軍に掴まったと思えます」
「なぜじゃ、何故川中軍が動いた?」
「それは解りませんが、ザウデの者がタケイルに随行していると考えれば、辻褄が合います」
「ザウデか、ありそうな事じゃな。タケイルはそのままザウデに入ったのでは無いか?」
シャランガは口惜しさに歯ぎしりして顔を歪めた。
「ザウデに放っている偵察からは、まだ報告がありません」
「何、悠長な事を言っている。ザウデからなら一気にここまで攻めて来られるでは無いか!」
シャランガは持っていた物を床に叩きつけた。
「今攻めてくるならこちらに勝機がございます。黒党でオスタを押さえて、ウスタ軍とで挟み撃ちです」
「それに呼応して山の民が動いたら、勝ち目はないのだぞ」
カベンダは薄笑いを浮かべて言う。
「王は何故そんなに山の民を怖がるのです。私には、出ないお化けを怖がるように思えます・・」
「お前は、山の民の強さを知らぬのだ」
と言うシャランガ自身も、実は山の民軍の事は詳しく知らないのだ。以前に山の民の兵数十名が道帆に従っているのは見た事がある。それだけだ。
その全体の規模や実力は知らなかった。分かっているのは、玄武の長だった玄武道帆の圧倒的な強さだけなのだ。
「もし、山の民がそれほど強いのなら、長と跡継ぎを殺されて黙っているでしょうか?」
とカベンダは、当然の疑問を口にする。
それだ。それなのだ。シャランガはあのクーデター以降、いつ玄武の軍が進軍してくるかビクビクしていた。長は殺したものの、無傷の軍が残っていたはずだ。
五年経ってようやく近衛軍の兵数を揃えるまでは、気が気では無かった。それでもまだ練度は不足していた。この兵では到底敵うまいと思った。何とか対抗出来ると思うまでに、必死で訓練して更に五年掛かった。
(何故、山の民は報復攻撃に出てこなかったのだ・・・)
それは今でも謎である。あれ以来、山の民は全く動きを見せていないのだ。
(もしかして、ガベンダの言うように出ないお化けなのか? だがしかし・・)
もしタケイルが山の国に入るような事があれば、必ず玄武の軍は出て来る。それは、シャランガにとって確信に満ちた予感であった。
「とにかく手抜かりの無いようにしろ。新しい刺客を放て」
「刺客は既に近衛隊の者を何名か放ってあります。それに、もし高砂国に入るならば、軍が手ぐすね引いて待ち構えており袋のネズミです」
「奴は何故、山の国に入らずに地の国を回っておる?」
「それは分かりませぬ。もしかしたら武術修行をしておるのかも・・」
「武術修行だと、それだけのはずは無かろう」
「ですが、各地の道場を巡っている様子がございます」
「うむむ、いずれにしろ、山の国に入るのにはこの地を通過しなければならぬ。絶対に通すな」
「ははー」
「それにしても、こんな筈では無かった・・・・・・・」
シャランガは愚鈍で贅沢な前王に取って代わり、民のために善政を敷くつもりで反乱を起こしたのである。
ところが、結果は精強な近衛軍の大半を失って勢力が落ちて、強力な山の民軍に備えて税を上げ軍備を整えなければならなかった。
さらに追い打ちを掛けるように、神殿が交流を絶って神巫女が去り、泉が枯れて耕作が出来なくなり、農民が逃亡して人口が激減した。
シャランガとて前王の縁戚なのである。継承権はある。だから王宮の実権を把握した時点で速やかに即位出来るもの、と信じていたのだ。ところがサラの神殿が拒否したのである。故にシャランガは、いまだに正式には即位出来ていないのである。
「即位式には、五つの神殿の神巫女が揃う必要がある、水の神巫女が殺されたので、儀式の遂行は不可能となった。神殿は、神巫女を殺した者との交流はしない」
と神殿から一方的に通告されて、王宮との交流を絶たれた。
軍と神殿との二人三脚でこの国を運営してきた王権である。神殿の協力が得られないだけでも支配力が半減した。その上、こんこんと湧いて周辺を潤してきた王宮の泉が枯れて、一帯は作物の採れない不毛の大地と変わり農民が逃亡したのだ。
(水の神巫女とは、誰だったのか・・)
四つの町の神殿と違い、神殿を持たない水の神巫女の存在は、一般には知られていない。地理的に山の民と深い繋がりがあるとされていたが、不明であった。
今のシャランガのもとには、協力してくれる親戚の貴族や誠実な大臣もいない。
騒動後・多くの大臣は職を辞して他の町に避難した。前王の親類の貴族たちは、なんとか慰留したが、王妃のサソンの嫉妬により一人二人と追放されたり殺されたりした。その上に難癖をつけられ私財を没収される事が続発するに及んで、殆どの者は一族で逃亡した。
シャランガの妻・サソン王妃は、絶世の美女であったが強欲で浅慮、自らが卑賤な流れ者の出であったため、上流階級の女性をひどく憎んでいたのだ。
元はと言えば、シャランガを反乱させたのは、サソンが唆したからでもある。
そのサソンは、王宮の中に王妃の間という贅をこらした屋敷を建て、大勢の侍女に囲まれてこの国で唯一・贅沢を極めた暮らしをしている。
「タケイルを、まだ殺せないのかえ?」
「新たに、近衛兵の腕利きを送ってありますれば、お待ちを」
薄いローブの端から輝くような肌を火照らせて、男に絡みつきながらサソン王妃が問う。王妃と絡んでいるのは宰相のカベンダである。
「それにしても。道々の輩を使った策が何故失敗したのじゃ?」
この策を考えたのは、サソンであった。彼女は彼らと同じ境遇で地の国をさすらって体を売って暮らす旅巫女の最下位の者であった。その容色で、当時近衛隊長であったシャランガをたぶらかしたのだ。
「分かりませぬ。彼らは以降、我々との連絡を絶っています」
「ふーん。タケイルもなかなかしぶとい奴じゃのう」
「確かに、今までいったい何度刺客を送った事で、数えきれぬくらいです。ですが、高砂国に入れば決して逃れることは出来ませぬ」
「確かじゃな」
「はい。軍の全てを我らの者が指揮します」
「吉報を待っておるぞ」
カベンダはサソンの縁戚という触れ込みで、シャランガに取り入って今では、サラの民政を切り回す宰相まで出世した。
縁戚と言う事でサソン王妃の側御用も兼ねていたカベンダは、この屋敷の一間を与えられここより王宮に通って執政を行っている。
タケイルが地の国に上陸して以来、王宮に籠もりっぱなしとなったシャランガを尻目に、今ではサソンの部屋の中に入り浸りのカベンダであった。この二人は、サソンがシャランガと知り合う前からの仲なのだ。
「王は近頃、覇気が無い。タケイルを殺した暁には、王位継承をせよ」
「かしこまってございます。その暁にはシャランガ王は退位して頂きシャラソン王子に後を継いで頂きましょう」
サソンの子息・シャラソン王子は今二十五才だ。
母親に似て浅慮で我が儘いっぱい育てられた王子は、自分の感情を抑える事を知らずに、宮中で次々と侍女に被虐な行為に及ぶ陰獣と化している。
実は、シャラソンの父親はカベンダである。
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