第29話・火の神殿。


「沐浴の準備をして、神殿に来られよ」

 翌早朝に神殿からの使者が来た。指示に従ってキクラを伴に、神殿に向かう。


 神殿に着くと、玄武川で身を清めるように指示された。

 神殿の前にある沐浴場に体を浸すと、母の声が聞こえてくる。


―次郎、貴方が水の神巫女・タケイルとなるのよ。

(私が? 神巫女とは女性が努めるのではないのですか)


―普通はそうだけれど例外はあるわ。これは定めなです。受け入れなさい。

(私に出来るでしょうか?)


―大丈夫よ、玄武川の水が貴方を選んだのよ。

(わかりました。定めならば)


―気負う必要は無いわ。神巫女の時は、常に自然体でいなさい。


 川から上がると、キクラから受け取った新しい服を身につけて案内人に従った。拝殿の前に来ると、案内人は無言で頷いて入るように指し示した。

 拝殿は流れの上流に向かって作られ、拝殿の真ん中に玄武川の流れが通り抜けていた。


壇上には、ゆったりとした服を纏った四人の女性が待っていた。

皆、目を奪うほど美しい。

その中から一番若いと思われる者が進み出て来た。それはザビンガだった。


頭に銀色の挿頭(かざし)を着けたザビンカは、輝くように美しい。道端で泥にまみれながら乞食の様な格好をしていた者と同一人物だとはとても思えない。

まともに見る事さえ恐れを抱かせる程の神々しい美しさで、キクラはすぐに跪いて顔を伏せた。


「タケイル、良く来たわ。沐浴中、美幸様から話を聞いたわね」

 タケイルが頷くと、

「今から貴方の神巫女就任の儀式を行うのよ。上がりなさい」

 と、優雅な仕草で誘った。


 ザビンガのあとに従って壇上に上がり、居並ぶ神々しい巫女の前に歩み寄ると、

「ウスタの金の神殿の神巫女・マメイド様よ」


 ザビンカより少し年上の、美しい女性が値踏みする様にタケイルを見つめると、花の様に微笑んで言った。

「ようこそ、タケイル。マメイドよ」

 美しく咲き誇る花の精の様なマメイドに礼をして、ザビンガに続く。


「オスタの木の神殿の神巫女・シトラス様よ。最年長の神巫女様よ」

 シトラスはとても最年長とは思えない愛くるしく、艶やかな神巫女だった。


「あら、ザビンガ様、最年長は余計よ」

 とザビンガに返すと、こちらを見てにっこりと微笑んで、

「よろしく、タケイル。気持ちは一番若いシトラスよ」

 シトラスの表情と言葉に思わず気持ちが和んでいた。


ザビンガが最後の神巫女の前に歩み寄ると、

「サラの土の神殿・クシナダ様。サラは中心という意味で、サラにある土の神殿の巫女が私たち神巫女の代表なの」

 と、言ってザビンガはクシナダに礼をした。

それを真似て深く礼をする。


「タケイル、会える日を楽しみにしていた。町どうしは争いが起っているけれど、神殿の付き合いは変わりがない。不在だった水の神巫女が戻ってくれて、本当に嬉しいわ」

 一際輝く金の挿頭を着けたクシナダが、威厳のある微笑みを見せて言う。クシナダは横に置いていた古い短剣を取り上げて、

「タケイル。これは水の神巫女の印(しるし)水花の剣よ。山の民は風花の剣とも呼ぶ。本当の名は水薙ぎの剣と言う。選ばれし者にしか抜けない神剣なのよ」


(風花の剣とは、剣の名そのものだったのか・・・・・・)


 クシナダはザビンガに目配せすると、ザビンガが剣を受け取ってキクラの所に行く。


「キクラ、この剣を抜いてみなさい」

 突然言われて、驚いてザビンガを見上げるキクラに短剣を渡す。


戸惑いながらも、受け取ったキクラが短剣を抜こうとするが抜けない。一度ザビンガを見上げて、今度は渾身の力で抜こうとするが抜けない。


キクラから短剣を受け取ったザビンガは、それをタケイルに手渡す。


「タケイル、抜いてみなさい」

 クシナダの声に、タケイルは右手に持った柄をそろりと引くと軽い力で動いた。そのままスルスルと抜いて翳すと、剣が青い光を放って輝いた。


「流れに向かって振ってみなさい」

 言われるがまま、流れに近寄ると「ピュッ」っと振った。

 すると剣が煌めき、流れていた水が小さな粒状とになって散った。その光景は幻想的な美しさで、空中に水の花が咲いた様だった。


(・・・・・・・・)

 タケイルは、その奇跡に絶句した。


「それが水花の剣の謂れよ。水で兵を薙ぎ倒す事も出来る。剣を振る者の意思を反映して、様々な事が出来るのよ」

(それが、水薙ぎの意味か・・)


「水の神巫女は神殿を持たないの。サラタ山の向こう側には水の神巫女の神殿とも言える碧の湖があるけれど、そこには神巫女以外は入れないわ。神殿の代わりに水薙ぎの剣があると思って。この地の水の全ては、水の神巫女に支配されているのよ」


 再びザビンガに連れられて、クシナデの前に剣を掲げて跪くと、

「ラ・シャラ・キリカル。ソ・レシラ・ファンヌ。キシリキシリ・ド・ウンデフィ・ジュラク・シェンラキ・ワブンエ・ヘイヨン・サン・ミンテ」

 厳かに高らかにクシナデが唱えた。


「タケイル。今日から貴方は水の神巫女・タケイルよ。水が無ければ生き物は生きていけない。だから決して濁ってはならない。邪心や悪心を起こしてはいけない。常に清らかな清流でありなさい。ただし、玄武次郎の時とは別な人格で良いのよ。上手く使い分けをしなさい」

 膝を着いて見上げるタケイルにクシナデが宣言して、タケイルは水の神巫女となった。



「実はシャランガが勢力を失ったのは、股肱の近衛隊が激減しただけでは無い。神殿に見放された事も大きいの」

 神巫女就任の儀式が終わったあと、ザビンガが説明してくれる。


「サラ王の即位式は、サラの神殿で行なわれる。反乱を嫌ったクシナデ様は、サラからザウデの神殿に移られた。だからシャランガはまだ王では無く、いまだに反乱軍の隊長のままなのよ」


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