第28話・天の国ザウデ。


 ザウデの入り口の大門の外には、大勢の男達が並んで迎えてくれた。その先頭に笑顔の南家光圀がいる。


「タケイルどの、ようこそザウデへ」

「ありがとう。光圀どの」

 続いて並ぶ初老の男達十数人。彼らは平時の軍服らしきものを着用している。赤い肩当てがザウデの軍を示していて、いずれも軍の幹部らしい服装だ。

タケイルが近付くと、男達は跪きなんと手を地面に着いて平伏した。


 どうして良いのか分からないタケイルが、光圀に目で助けを求める。


「この者達は今ではザウデ軍の将校ですが、タケイルどののご両親が亡くなった王宮に近衛兵として派遣されていた者達です」

と光圀が事情を説明してくれた。

彼らには反乱の計画は知らされずに、道帆様の近くに居てつむじ風に飛ばされ気を失った。気が付いてからは任務を放棄してすぐにザウデに戻ったそうだ。彼らは近衛兵の一員であった事とご両親らを救えなかった事を深く悔やんでいるそうだ。


「その時の状況は聞いております。やむを得なかった事です。どうか立って下さい」

 一人一人手を取って立ち上がらせた。

男達は、無言でタケイルを見つめ涙していた。

「次郎・いやタケイル様。我らにせめてご両親の菩提に案内させて下さい」

と先頭の男が涙ながらに言った。


「菩提? ここに両親の墓があるのですか?」

 始めて聞く話だ。思ってもみなかった。


「シャランガが、ご両親と一郎殿の遺体を渡してくれたのです。本来それを引き取るべき山の民は、サラとの境界を閉じていましたので、こちらに届けてくれました。シャランガとて気を使ったのでしょう。勿論その後、山の民が来て分骨致しましたので、山の国にも墓はあるはずです」

「ならば是非、お願いします」


 ジャックと言うザウデ第三軍の軍団長の案内で、ザウデの墓地に行った。

ザウデ軍は、一軍から十軍までありそれぞれ百名の兵があるとの事だ。選び抜かれ近衛兵までいった優秀な者は、それぞれ軍団長や副長を務めているのだろう。


町の西の高台の墓地に続く道には、老若男女・大勢の民が道の両側に並んでいた。皆が、タケイルを慈愛と敬愛に満ちた眼で見つめて声を掛けてくれた。手を合わしている者、涙を流している者が多かった。それを見たタケイルは、両親がこの町の民にいかに愛されていたかを知った。


 三人の墓は、一段と大きく立派な物だった。

墓の前に居た少女に渡された水桶と花を持ち、両親と兄の墓に新しい水を注ぎ、花を供えた。二十年も経つのに墓はどこもかしこもピカピカに磨き上げられていた。

線香を供えると、手を合わせて頭を垂れた。

何も考えられない、ただ無心に手を合わせた。


― 戻ったか。次郎-

 柔らかな低い声が頭の中に響いた。


(父の声だ)と、瞬間に思ったタケイルは胸の内で答える。

(はい、海の国から、只今戻りました)


― 風の奥義の五剣を会得したな。良くやった-

(でもまだ、未熟です)

― それは解っている。山の国に行って、風の洞窟に籠もるが良い-

(でもまだ風花の剣を会得出来ておりません。それは洞窟で得られる物でしょうか?)

― その事はすぐに解る。案じるな-

(はい)


― 次郎、大きくなった -

(兄上?)

- そうだ。私がお前を見たのは、赤ん坊の時が最後だった-

(私は、何も覚えていません・・)

― 無理も無い。お前はまだ赤ん坊だったのだ。私は死んでも父と母と一緒にいられるのに、次郎を一人ぼっちにして済まない-

(何を言われるのです兄上、私だけ生き長らえて・・)

― 私があのとき兵の剣を奪って抵抗しなかったら、父母共に生きていられた・・-

(兄上、それは変えられない定めです)

― 次郎。山の民を頼んだぞ-

(はい、私に出来る事ならば・・)


 思いがけずに、父と兄の二人と話す事が出来た。

頬を流れる涙を止めることは出来なかった。

俯いたまま感涙した。流れる涙が止まらない。

見守る人々からも嗚咽の声が響いた。

その場にいる者で泣いていない者はいなかった。


 墓参りを終えて光圀に案内されて長の屋敷に入り、その夜はタケイルの親類でもある南の門閥家の者に心よりの饗応を受けた。

二十数年振りに帰ってきたタケイルの顔をひと目見ようと、門前に大勢の人々が詰めかけた。

これに対して長は厳しい警護の中にも、門を開けて民の気持ちに応えた。さらに門前には酒が樽ごと並べられて、この日の喜びを民衆と共に分け合った。


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