第27話・風花の剣。


「私は養父より風花の剣を会得せよ。と命じられております。平左衛門どのは風花の剣を知っておられますか?」

 奥義・鎌鼬を習得したその日の夜、タケイルは焚き火の火を見つめながら平左衛門に聞いた。


「風花の剣と言う言葉は、儂も聞いた事がある。だが、どのようなものかは知らぬ」

 山の民の平左衛門でも知らないのか、とタケイルは不安を覚えた。


「父の最後の闘いでは、地嵐・逆風・吹き下ろし・追い風・鎌鼬の剣は使ったと思いますが、風花らしき剣はなかったでしょうか?」


 しばらく考えていた平左衛門は、

「いずれも大規模だが、儂はその五剣しか使っていない様に思う」


 それは、タケイルの考えと同じだ。

最初は巨大な地嵐で周りの兵を吹き飛ばし、鎌鼬と吹き下ろしで闘った。弓矢に対しては、逆風で巻き上げて、追い風で射手を狙った。風花らしき技は見当たらない。


「風の洞窟に籠もって、風花の剣を会得せよ。風花の剣だけがお前の身分を証明してくれる」

タケイルは、養父の言葉を反芻した。


「山の民や玄武一族は、風花の剣を会得した者しか玄武の血筋だと認めない、と言う事ではありませんか?」

「いや、そんな事はない。玄武の一族である事は、タケイル様を見て風の五剣を見れば解ります。風の剣は、一つなら使える者はいますが、山の民でも複数使える者はまずおりませぬ」

「・・・」


「では、風の洞窟の場所は解りますか?」

「それは解る。道帆師がそこで修行されたと言うのも本当だ。だが、他の誰もそこへ行った事が無いのだ」

「行った事が無い・・それはどう言う事ですか?」

「サラタ山の裏、中腹にぽっかりと黒い穴が開いているのが、麓からは見える。あれが風の吹き抜ける風の洞窟だと言われている。事実風向き次第でそこを吹き抜ける風の音が聞こえる。道帆師が籠もられている時には、師の気合声が聞こえた。と聞いています」


 と言う事は、山の国では洞窟の場所が見えていると言う事だ。


「では行ってみた事は無いが、行こうと思えば誰でも行けるのですね?」

「いや、違う。あそこへは行けないのです。道が無い。その麓には小さな湖があって、そこに入り口があると言われていますが、神聖なる水の神の湖で、余人が入る事は厳しく禁じられています」


「入り口・・湖・・余人・・では父は、泳いで行ったのですか?」

「いや、泳いでも山肌は垂直な岩壁で、取り付く事が出来ないのです」


 垂直な壁? では父は凧の様なもので、風に吹かれて上がったのだろうか・・・・


(果たして、俺は風の洞窟へ行けるのだろうか?)

 しかし、それを今考えても答えが出ない。

「玄武の一族の者に聞けば、解るのだろうか?」

「おそらく・・・・」

 これ以上は平左衛門に聞いても無駄だろう。平左衛門は山の民だが、玄武の一族では無いのだ。




ザウデ


 タケイル一行は、朱雀門に入っていった。

途中幾度も関所があるが、スライダが先行して守兵に連絡して置いてくれたので、止められることなく通過できた。


地の国の門を入った朱雀街道は、断崖をぬって穿った道が通り、滝と化した玄武川の流れが煌めいて飛び散る水滴がタケイルの訪れを歓迎して優しく包んだ。


-- タケイル、ようやくここまで来たのね --

 母のそういう声が、タケイルには聞こえていた。


 街道は、商人の荷車や自ら背負って歩く行商人・荷負い人足の姿が多く目立ち、天の国ザウデの繁栄を表していた。

 道は何度も何度もつづら折れて、その度に高度を上げて行き七つの滝を過ぎると、前方にまた門が見えた。朱雀街道のザウデ側の門だ。


 門を越えると、荒々しい断崖が嘘の様に平らの土地となった。あたかも地平線が見える如き広大な平地だった。

 正面に、噴煙を上げるサラタ山と、壁の様に立ち塞がるミキタ山脈が、意外な近さに見えている。初秋の高い空を背景とした風景は、思わず見とれてしまう美しさだった。


ザウデは市街地の中心を幅八間(16メートル)の朱雀道が、サラタ山に向かって真っ直ぐ延びている。町の外周は一面に農地が広がり、野菜の緑や収穫時期間近の黄金の穂先が風に揺れている。

街道の右手には、細い川の流れがあり街道と平行して流れている。これが地の国で朱雀川になる玄武川だと言う。


「細い、とてもあの水量をたたえる朱雀川の流れだとは思えません」

「なに、伏流水となって地底にしみ込んでいるせいだ。進むに従って段々に流れは豊かになる」


 服部師の言う通り、進むに従って水量が増えてゆく。

「不思議な川だ・・」

「玄武川の源流は、玄武谷にしみ出る一滴の水から始まります。不思議と言えば不思議ですな。川中国のあの広い河口を見ると」


 スライダも感慨深そうに言う。タケイルも舟で下ったことのある河口は、七十間(140メートル)もの広さがあった。


「その玄武谷には行けますか?」

「玄武谷はサラタ山のこちら側なので、私も行った事があります。だが、今はサラの町が敵とも言える状態なので無理です。紛争が終わった後にご案内します」


街道はやがて、ザウデの町の入り口に差し掛かってきた。大きな門が口を開けて左右には柵が長く続いている。


「ザウデの中心部は、一里四方あります。領地は、南北三里(12キロメートル)・東西四里(16キロメートル)ほどで天の国の中で最大の大きさです」


「人口はどのくらいですか?」

「紛争前は、一万八千ほどでしたが、今は二万二千ほどです」

 四千人も増えている。どう言う事だろう。単に人口の増加だろうか・・。


「反乱の後にサラに水が少なくなり、耕作出来なくなった農民が大挙して来ています。同時に町人や職人などの農民と生活基盤を共にする者も来ました」

「どう言う事です?」

「サラの奥の農地は、王宮に湧いた水を使っていたのです。こんこんと湧く豊かな水量の泉でした。それが枯れたのです。水の神巫女を殺したせいだと言われています。お陰でサラの奥の畑二割ほどが耕作不能となって、大量の農民が集落ごとザウデや地の国に移動しました」


「水の神巫女とは?」

「ご存じありませんでしたか、一般には知られておりませぬが、前の水の神巫女は南家の美幸様。あなた様の御母上です」


「母上が・・・」

 タケイルは、ボーデンで川の水に手を点けた時の事を思い出していた。朱雀街道でも滝の水滴を浴びただけで母の声が聞こえた。

(そうだったのだ・・)

今も玄武川に手を浸せば、母と話が出来るかもしれない。だが、今はその衝動を我慢していた。こうして、常に川の側にいるのだ。あとで一人になったときにいつでも出来る。

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