第26話・奥義・鎌鼬(かまいたち)。
山街道・タニガの町で、ザウデに帰る光国ら一行と別れ山麓に分け入った。山麓の森で平左衛門師に鎌鼬の奥義を教わるためだ。
「修行の後に、ザウデに必ず立ち寄るように」
今まで一緒だったザビンガは、光圀と一緒にザウデに帰って行った。キクラとスライダらが残った。
「良いか、忍術の基本は、息吹(いきぶき)じゃ。息を制御する事によって、気配を消して潜み・動く事が出来る」
と平左衛門師、まずは忍術の基本からじっくりと教えてくれた。それが鎌鼬には必要だと言う。
「息は時間を掛けて長く静かに行う天地と一体化する息長法(いきながほう)を基本に、無足・無息・無臭で気配を絶って行動する」
「その時、心と体を自然と一体化する気持ちを心掛けるのじゃ。忍びの修行は普段の生活の中にある。食事をしている時も用便をしている時も修行の一旦なのじゃ。忍術の最大の目的は、生きること。ただ生き抜く事にある」
師は、普段の生活で修行する事を見せ実践させた。それは野生の動物の如く、ごく自然に生きる事であった。
町の喧噪から離れた森の中で、師と静かに生活しているだけで、忍術の修行が出来ていた。朝日の昇る時、夕日が空を赤く染めて沈む時は岩棚で結跏趺坐して天の行いを感じた。
数日が過ぎた。
この修行はキクラも一緒だ。スライダらは例によって、夜は姿を見せるが昼間は間隔を置いて周囲に潜んで警護してくれている。
空が白み始めると共に起きて、炊事をして森の中を本能のままに動物の様に駆けた。小川に顔を付けて水を飲み、小動物を取って焼いて食い、暗くなったら寝る。
既にタケイルの心は、森の碧に染まっていた。
殆ど会話をせずに暮らす内に、自分が大地の森の一員であることに何の疑問も無かった。
「山の民は幼い頃仲間とこうやって山で遊びながら忍術を学ぶ。山で生きている動物の様にごく自然に忍術を会得してゆくのだ」
師と一緒に山野を駆け巡って行くうちに、幼い頃のように森や山がおのれの味方になってくれるのを感じた。
キクラは平左衛門とタケイルとで森で修行している内に、昔・海の国で忍術の稽古を付けてくれた師と平左衛門が重なるのを感じた。
名をシュラクと言った老年の師は自分の事は殆ど話さなかったが、元は山の民だと言った事があった。こうして平左衛門と一緒に修行していると、あの師の教えを思い出した。
「キクラ、お前は忍びの術では一人前になれるだろう。だが、上には上がおることを忘れるな。特に山の民には、天性に恵まれた者が多い。決っして山の民を敵とするな」
タケイルの警護をして初めてその意味を知った。
タケイルは強い。キクラでは太刀打ち出来ない。それだけでなく得体の知れない何かを持っている。次々と会得していく風の剣もそうだ。キクラも目の前で教えを聞いて型を教わるのだが、それで秘剣が使えるという訳にはいかぬ。使えるためには、持って生まれた素質が必要なだとしか言いようのないものだった。
今また、平左衛門が秘剣・かまいたちの指導を始めた。
「かまいたちとは、相手の予測を超えた所から攻撃する剣だ。自らが敵の周りに吹き荒れるつむじ風となるのだ」
平左衛門はそう言うと、タケイルの周りを目まぐるしく動き、短剣を模した棒で、あらゆる所から攻撃を始めた。
当初、散々に打たれて戸惑っていたタケイルは、その内に攻撃を受けられるようになり、躱す様になり、遂には攻撃を仕掛ける様になっていった。
そんな時、キクラの目の前で二つのつむじ風が絡み合いのたうっていた。
(・・・・・何と言うことが・・・・・)
信じられない光景だった。
もはや、キクラにはついて行けぬ。
それでもキクラは忠実に型をなぞる稽古を続けた。もはや二人についていこうとは思わずに自分なりに稽古するだけだった。
絡み合う二つのつむじ風の渦は、次第にタケイルの方が早く大きくなり、師の平左衛門を凌ぐ様になり遂には圧倒するようになった。
「さすがじゃ、若。もはや平左衛門には教える事が無くなった。あとは、風の洞窟に籠もって技を磨かれるが良い」
と平左衛門が宣言して鎌鼬の伝授は終わった。
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