第24話・浜辺で修業する。
ボーデンでの宿は刺客の襲撃を考えて、旅籠を避けてザビンカが案内した寺院に世話になった。
城の掘脇にある寺院は、狭いながらも木々の生えた境内もあり、落ち着ける空間だった。離れの小屋は参拝者も来ない場所にあり、食事もスライダの配下が町から購ってきた。
一刻ほどして見回りに出ていたスライダが帰ってきた。
「ここから出る三つの街道には、怪しい者がびっしりと張り付いています。奴らの目をかいくぐって移動するのは無理だと思います」
オスタの偵察隊長・ゾマスの言った通りだったのだ。
これほど人数がいればそれを撃破して行く事も出来るだろうが、それではこちらも、誰かを失う事になりかねない。
「キクラ。湊に海の国の船が見えたが、話を出来ようか」
「はい、出来ます。どのような?」
キクラもスライダらと同じような服に着替えて、土地の者と見分けが付かない姿になっている。
「ここから船で西に向かい、途中の漁師の湊で、降ろして貰いたいのだ」
「承知しました」
すぐに出掛けたキクラが戻ってきたのは、夕闇が降り始めた頃だった。
「明後日ミンクに向かう船がいました。夜明けと共に出港します。我らは半刻前までに乗込みます」
「そうか、ありがたい。キクラがいてくれて助かった」
船は明後日だ、翌日は一日ここに留まることになる。ザビンガは、スライダらと何事か画策して動いていて、タケイルはキクラと町を見物した。
ボーデンの市場には、珍しい果物や植物・鉱物・野菜が並び豊かな国情を表していた。黒崎国のパタドの市場に比べても桁違いに商品が多い。
(国の豊かさは、湊や市場を見れば、大体解るものだな・・・)
「タケイル様、次の目的地はキンタの町の沢村道場だとお聞きしました。その先もお聞かせ願えまいか」
夕日に染まるサラタ山を見ているタケイルに、スライダが聞く。彼は警護する上で聞いておきたいのだろう。仲間内で隠すことも無い。
「キンタの次は、高砂国のアンビの町だ」
「やはり・・」
スライダは何か危惧があるようだ。
キクラもそのスライダの挙動に関心を示していた。
「スライダ、何か問題があるか?」
「タケイル、丁度良い機会です。私が話しましょう。キクラも聞いておきなさい」
ザビンガが話し始めた。
「朱雀門があるこの川中国とザウデの町との繋がりが深い様に、白虎門がある高砂国もウスタの町と深い繋がりを持っている」
話を一旦切って、皆の目を見つめたザビンガが続ける。
「天の国の国王になったシャランガの人質になっている中で、一番重要なのが先の国王の后・綾乃様と王子の小太郎様よ。そして、綾乃様は西の門閥家の娘なの」
(そう言う事か・・)
人質となっている者達の中で、西の門閥家が最も苦悩を背負わされていると言う事だ。
「西の門閥家は人質を救う為に、シャランガの味方をするかもしれないわ。だからウスタと高砂国は敵地同然なの。そこへ行くと、一気に千もの軍勢に囲まれることもあり得るわ」
スライダが大きく頷いている。アンビの町は白虎門の近くの町なのだ。
「つまり高砂国には入らない方が良いと言う事か・・」
しかし、それは出来ないとタケイルは内心で思った。
是非にもアンビの服部道場に赴き鎌鼬(かまいたち)の奥義を学ばなければならない。それに服部平左衛門は、山の一族の出身なのだ。その人に山の国の道案内を頼みたいと思っている。今のタケイルでは、山の一族にどうやって連絡を付けたら良いのかすら解らないのだ。
「それは、まだ何とも言えないわ」
と、タケイルの苦悩を察したか、ザビンガも曖昧な事を言った。
翌日の朝、ボーデンから北に向かう夜明けの街道を馬に乗った二人が駆けていた。手槍を持ち腰に剣を吊した体格の良い男と、汚れたマントを着て杖を持った小柄な者だ。
その二人の後を、少し遅れて男達が走って追いかけていた。さらにその後を、大勢の男達が泡を食ったように追いかけて行った。
馬上の二人は、しばらく行くと馬を並足にしてゆっくりと進んでいく。その後を、目を血走らせた男達が幾つかの塊となって追いかけてゆく。
二刻後、マナイの町との中間地点あたりの村の手前に小川がある。
そこで馬に水を飲ませ草を食わせて、自分たちも持参の物を食べている二人の姿があった。
その手前には、二人を追いかけてきた者が草むらに潜んでいる。
後続と合流したのだろう、人数は増えて二十名はいる。
男達は三手に別れ左右に回り込んで、二人を押し包めようと動いた。その包囲が完成しようとする直前、男達の動きが止まった。
彼らの行く手の草むらから兵士が現われたのだ。
驚いた男達が兵士を避けて、横へ移動しようとする。
しかしその彼らの前にも兵士が現われた。同時に彼らの全ての方向を塞ぐ様に兵士が現われて弓矢で威嚇した。
二十名がおよそ二百の兵に囲まれたのだ。男たちは武器を捨て降伏せざるを得なかった。
「上手くいったな」
馬に乗ってきた男が言った。男はスライダだった。
「一網打尽でしたね」
小柄でザビンカのマントを着けたスライダの配下が嬉しそうに答えた。
「お前の女らしい仕草はなかなかだったぞ」
「へへへ」
ザビンガが神殿の神巫女の威光でボーデンの指揮官に願い、昨日のうちにマナイの軍に連絡してここに兵を伏せていたのである。
川中国としても胡乱な者に国内を跋扈されたくはないので、事は実にスムーズに運んだ。
海の国の交易船の甲板ではタケイルらが、右手に噴煙を上げて輝くサラタ山を見ながら海を渡る風に吹かれていた。
タケイルらは夜明け前の暗闇に紛れて、ボーデンの湊に停泊中の海の国の交易船に乗込んだ。夜明けと共に湊を出た交易船は、朱雀川を下って海に出た。
船に乗ったのは、タケイルとザビンガ・キクラとスライダ配下の一人の四人だ。交易船は、沿岸を北西に進みカレンの町外れの浜に彼らを降ろしてくれた。
刻限は昼ごろだった。
タケイルは久し振りに潮風に吹かれて、砂浜に座って海を見つめていた。
何だか、越山丸に乗ってこの島に渡ってきたのが、遠い昔の様にも思えた。
ザビンガは海に入って水浴していた。
タケイルも海に浮かんで、風花の剣の事を考えていた。
浜に置いた荷物は、スライダの配下のデノンと言う者が見ていてくれる。キクラも海に入り嬉しそうに泳いでいる。
そこからは、角度を変え白い部分が少なくなったサラタ山が見える。
「・・槍で無くとも出来るのじゃな・・」
タケイルに追い風を伝えてくれた荒木又左衛門の言葉が蘇ってきた。
(矢でも出来たのだ、軽い物なら飛んでゆく・・)
タケイルは波打ち際に立って、打ち寄せる波に向かって集中する。
何度目かに来た大きな波に、手刀で逆風の技を使ってみた。すると波に六寸幅ほどの溝が斜めに出来た。
今度は上がった手を返して真っ直ぐ打ち下ろした。
吹き下ろしだ。
波がスパッと左右に切れた。だが、奥行きが一尺ほどしか無い。
(まだまだ威力が足りない・・)
波間の半間ほど先に魚の影を見て、それに気の流れを打ち込んだ。
追い風だ。
刹那、波に丸い穴が穿ち、放った気が吸い込まれた。
魚まで届いたと思った。
すぐに、流れて来た魚が足に当った。取り上げてみると、一尺もある見事な魚だった。
「新しい魚の捕り方を発見したか。修行の甲斐があったな」
その様子を見ていたザビンガが、からかってくる。
魚を陸に待つ者に渡すと、キクラがナイフで素早く捌いて、夕餉に使うことになった。
(奥義・追い風で魚を獲ったと知ったら、荒木先生も喜ぶだろうな・・)
剽軽な荒木の顔が、タケイルの脳裏に浮かんで来た。
この技を素手で上手く使えば、人を傷付けずに倒せるかも知れぬ。しかし、それにはまだまだ修行しなければなるまい。加減が出来ねば魚の様に殺すことなる。
「風の洞窟か・・」
そこで、父は修行して風花の剣を会得したと聞いた。タケイルにはまだ想像の場所でしかない。
その日はそこで野営した。
タケイルは結局、その海岸で何日も過ごした。
連続して奥義を受けて、それが自分自身の中でまだ充分にこなれてない事に気づいたのだ。
皆はその事については何も言わずに、猟師の小屋を借りて夜は雑魚寝をした。町がすぐ近くなので食料に不自由はなく、二日目にはスライダ達も合流した。
毎朝未明に起きてサラタ山に礼をして、海に向かって瞑想した。
それから腰まで海に浸かり、手槍を振った。
一刻すると浜に戻り、瞑想した。
波の音を聞いて、何も考える事も無く波に打たれ転がる石ころの様に瞑想した。
気が付くと、側にザビンガが同じように瞑想していたりする。ザビンガは時々いなくなるが、頻繁に戻ってきて瞑想して水浴していた。
ザビンガは火の神巫女なのに水浴が好きなようだった。
時には、一人暗い海に入り修行もしている。そんな時は、黒い海が炎で朱く染まる幻想的とも言える凄まじい光景を男達は驚きのまなざしで見つめた。
スライダらも空いた時間に瞑想し、浜辺で武芸の稽古をして過ごしていた。
とにかく彼ら以外の者の姿は滅多に見かけず、あまり言葉を喋ることもなく、瞑想の延長の様な無の心で過ごせた。
夕方には、追い風を使って魚を捕って来る。キクラはニコッと笑って受け取ると、調理してくれた。
そこに留まって、七日目の事だ。
その日は一際大きな魚を獲ってきた。
一尺五寸の鱸(すずき)だ。
キクラが受け取って捌くために板の上に置いた魚が、その振動で覚醒して突然飛び跳ねた。
三尺も跳ね上がったのだ。
皆は目を点にして驚いた。
タケイルは、その様子が可笑しくて思わず笑った。
「うわっはっはっはっは」
この一週間、こんな大きな声を出したのは初めてであった。つられて皆も大笑いした。皆で腹を抱えてひとしきり笑って落ち着くと、
「明日、キンタに向かう」
と、タケイルは言った。
皆は、黙って頷いた。季節は初夏になっていた。
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