第21話・奥義追い風。
タケイルは黒崎国の中街道を南へ向かい、ダンナの町を経由してパタドの町に着いた。バルーンから二日・二十二里の行程だ。
パタドは黒崎国の国府で物資や人の往来が多く、国主の城や家臣団の屋敷もあり警備も厳しい。流れ者はあまり立ち寄りたくない町ではあるが、タケイルはこの町に訪れる所があった。
城下外れの荒木道場を訪ねて、出て来た門弟に養父・猪俣十兵衛の手紙を託した。
そしてしばらく待つと、
「バタバタ」
と、大きな足音がして初老の男が出て来た。
「おお、次郎・いやタケイルどのであったな。よくぞご無事で!」
男はタケイルの手をとってじっと見つめている。
とても真心が籠もった温かい眼差しだ。さらに男は、無言でバラバラと涙をこぼしている。これがここの道場主の荒木又左衛門であった。
荒木又左衛門は、タケイルの父・玄武道㠶の高弟の一人で槍の又佐と呼ばれた槍の名手である。
養父・猪俣十兵衛の遺命、地の国で師事すべき四人の内の一人だ。
「ささ、まずは奥へ」
道場に併設した荒木の居宅に案内され茶が出される。
「タケイルどの、改めて良くおいで下されたな。それがしの知る技は全て伝授いたすので、ここで心ゆくまで修行していって下され」
荒木は頭を下げて丁寧に言う。
「よろしくお願い致します、荒木先生。実は私には二組の供があります」
密かに付いていてくれるキクラとスライダらの泊まる所を願った。
一緒に旅して来たザビンガは「私は次の出立まで近くの神社にいる」と言って立ち去った。朱雀の神巫女ならば、滞在出来る神社は幾らでもあるという訳だ。
「おう、住み込み稽古の部屋が開いておる。二つ用意しよう。何人だな?」
「人数は一名と五名ですが、両方とも出入りが盛んですので・・」
彼らは、監視や連絡の為に出入りが激しいのだ。
「ふむ、なるほど解った。裏口から出やすい部屋、それに近所に一軒家がある。そこに五名は入って貰おう」
タケイルらが、天の国の刺客に狙われている事は、十兵衛の手紙に書いてあったし、荒木はその理由をよく知っている。
「よろしくお願い致します」
道場の住み込み稽古の部屋にはキクラが入った。彼は、稽古もタケイルと一緒にする事にした。道場に住み込む以上稽古しないと不自然であったし、一緒にいれば警護もやり易いのである。
「タケイルどのは師筋でござれば、拙宅にお泊まり下さい」
とキクラと同じ住み込み部屋でと願ったが、譲ってもらえなかった。
荒木はタケイルの名を又次郎と変えて、親戚の者だと言う事にした。
スライダ一行は、荒木の勧めた一軒家に入り道場の周囲を監視していた。今のところ不審な者は現われていない。しばらくして、ザビンガの命でザウデの長に報告に行った者が復命した。
偵察隊をタケイルの刺客に使われたことを、長は激怒したという。
そうせざるを得なくなった事情を探ると共に、各門閥家へこの事を警告して注意させると言った。
また、スライダ組はザビンガの命に従ってタケイルの護衛につく事を改めて命じられた。
「天の国へのお帰りを、お待ちしております」
という長の伝言をタケイルに持って帰ってきていた。
今のザウデの長はタケイルの母の弟で、タケイルにとって叔父に当たるのだ。
二週間が経った。
充実した二週間だった。
タケイルは槍の稽古に熱中していた。
てこずったと言ってもいい。
深夜でも道場で槍を突いた。そんな時はキクラが相手になってくれて、時には荒木自らが指導してくれた。
元々タケイルは養父の影響で手槍を得意としていた。手槍は同じ槍という名でも長い槍とは感覚が違う。むしろ剣や薙刀の方が近い。
ところが槍は常に一間・二間先の遠間(とおま)の相手を意識して、遠閒の相手につけいらせない様に動く。
この二週間のうちに玄武流槍術の型七本を会得して、最大の目的の「奥義・追い風」のコツを摑もうとしていた。
「この追い風を会得するのに道㠶師より言われたのが、流れを読めと言う事で御座った。いや、実際に吹いている風の流れでは無く、気の流れ・時の流れ・世の中の流れの様なものだろうと思っております。その流れに乗せて真っ直ぐに突く、矢のように愚直に真っ直ぐ突くのです」
―世の中の流れに乗せて槍を突く―
難しい表現だ。しかし奥義とはそのようなもの。
言葉にしようとすれば何かを失い、余分な何かを付け足す。
タケイルは言葉に捕らわれずにその感覚を研ぎ澄ますことに執心した。
その夜は、縁側で月を見上げていた。
今宵は何故か、道場ではなく縁側でそうしていたかった。
修行とは、体を使って動くだけではないのだ。
静止して頭で考える事や、ただ感じる事も大事なことだ。
つまり、これも修業のうちなのだ。
荒木の妻女が黙って膳を出してくれた。
荒木も無言で傍に座して、月を見上げて独酌していた。
月には不思議な力がある。人の生まれる前から見つめていた全能で無心な存在なのだ。それ故に武芸の修行に欠かすことの出来ない存在だと思っている。
不意に、タケイルに向かって真っ直ぐに何かが飛んできた。
その物がタケイルには見えていた。
飛んできた物を眼前で摑んだ。
それは一本の矢だった。
飛んできた方向を確認する。そこには、飛んで来た矢が作った一本の流れが残っていた。タケイルは手に摑んだ矢をその流れに押し込んだ。矢は来た時以上の速度でその流れに吸い込まれて行った。
「ぎゃあっー」
流れの先で悲鳴が上がり、途端に騒然とした闘争の気配が湧き上がった。
「それだ、まさにその感じだ」
タケイルの動きを最初から見ていた荒木が膝を打って言った。
「矢の作った流れが見えた筈だ。今の感じで槍を繰り出すのだ。それが、追い風の槍なのだ」
荒木が立ち上がって道場に向かう。
タケイルもついて行く。
道場で稽古槍を持って荒木と対峙する。
荒木がふっと隙を作る。
タケイルはその隙に槍を乗せ真っ直ぐに突き込む。
矢を無意識で撃った様に、ただ無心にその隙へと続く流れに槍を乗せていく。
槍は吸い込まれるようにそこに流れてゆく。
「よし。もう一本」
何度も何度も身体と心が覚えるように、荒木が作った隙へ突き込んでゆく。槍が自ら望んだ様に一点に吸い込まれてゆく。
「よし、出来た。追い風の奥義、皆伝じゃ」
荒木が槍を引いて宣言した。
タケイルも槍を引いて、床に置くと座して深く礼をした。気が付くと、廻りにキクラとスライダらが来て見守っていた。
「曲者は八名でした。五名で我々を引きつけておいて、三名が弓矢でタケイル様を狙いました。キクラが二人を阻止したものの一矢が放たれてしまいました」
と、スライダが報告する。
「それで良かったのだ。その一矢のお陰で追い風の奥義を会得出来た」
「曲者は全て浪人者でした。一矢を放った弓手は、タケイル様の撃った矢が眉間から頭を貫通しておりました」
「ほおっ!」と荒木が驚いた顔をして言った。
「儂も追い風の奥義にあの様な応用がある事を初めて知ったわい。槍で無くとも出来るのじゃな。まあ、しかし会得するのに必死に修行して十年も掛かった儂には、到底まね出来まいがのう、うわっはっは」
タケイルは、槍で無くても出来ると言った荒木の言葉が心に残った。
(もしかして、他の奥義も他の武器で出来るのではないか・・)
そうなると、どう言う意味になるのだろう。
(ひょっとして、父は風花の剣を幾つかに分けて伝えたのではないか?)
父上は我が身の最後を、前もって知っておられたのかも知れない・・
「黒崎国とは、どういう国ですか?」
タケイルは荒木に国情を尋ねた。
「うん。天の国の騒乱で地の国が独立したときに、東の青龍川と西の朱雀川に鋏まれたこの地がポッカリと残ったのじゃ。そこで、この地の有力な豪族・黒崎家を民やら軍閥が担いだのじゃ」
「すると、黒崎家に独立する意思はなかったと?」
「初めはそうじゃ。だが、隣国が独立する中そのままでおれば、狩り場になってしまう。それを危惧して黒崎国が出来上がった。幸いと言うかこの国には、地の国で唯一天の国に通じる門が無い。隣国とも友好関係にある。税も軽く住みやすい国じゃ」
それで、道々の輩も黒崎国を根拠としているのだろう。そういう者達が安心して暮らせる国だと言う事だろうと思った。
「なるほど。民主的な国と言う事ですか。しかし軍は強いと聞きました」
「そうじゃ。兵士一人一人が、国を守ると言う意思を持った軍は強いのじゃ。儂はな、噂で聞く山の国がこう言う国では無かろうか、と思っている」
「山の国が・・」
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