第20話・雷雨の襲撃者。


 朝から濃い雲に覆われ、今にも降り出しそうな嵐の予兆が漂っていた。


 道々の輩の集団に囲まれた翌日である。

昨日はあの近くに棲む道々の輩達の野営地に泊まって慰労された。あの集団を率いた老人に、身を低くして懇願され断り切れなかったのだ。

 しかし芸で生きる者達の宴は、実に賑やかで底抜けに明るかった。タケイルは久し振りの大勢での宴を楽しんで一夜を過ごした。



 昼を過ぎて、ぽつり・ぽつりと大粒の雨が落ちてきた。辺りを見回すと前方右手にこんもりとした森が見える。神社の森だろう。

「あそこに行こう」

 手槍で指し示して走り出すとザビンガも付いて来た。次第に雨はその数を増して、つむじ風が舞い出す。森の中のお堂に入るのと、土砂降りの雨が音を立てて降ってくるのが同時だった。


「ふう・・」

 堂の中は二間ほどの奥行きで、土間と板敷きの上げ床がある。旅人が休める様に、土間には小さな炉が作ってあり薪も積んであった。


 ザビンガは、マントの雨を払って上げ床に腰掛けると、

「ひと寝入りする」

 そう告げて上げ床の隅に蹲る。


「もうか? まったくよく寝るな」

 ザビンガは確かに睡眠時間が長い。

普段起きているときでも、動きの無い時には目を閉じていて寝ている様に見えるのだ。それは半覚半睡状態なのかも知れない。その状態で神と対話しているのかとも思ってみたりする。

なにしろ道端で身動きもせずに三日も蹲って居られる者なのだ。普通の者ならとてもそんな事は出来たものじゃない。


 扉の格子越しに見える外は夕方の様に暗くなっていて、激しく降る雨の白い飛沫が薄暗い中に妖しくはねて怒濤のような雨音が屋根を叩く。

 突如、漆黒の境内を白い光が照らし、地表を切り裂くような雷鳴が起って扉がガタガタと揺れた。


「気を付けろ。何かが来る・・・」

 ザビンガが目を閉じたまま呟く。


 それを聞いたタケイルは、雨風の豪快な音が乱れるなか外の気配を探る。確かにここを取り巻く様に迫ってくる気配がある。


(まだ遠い・・)

 しかし、強い殺気を放っているのが解る。

「なるほどな、目当てはどっちだ?」

「おまえに決まっているわ」

「やっぱりそうか・・」


 これまでにも、何回も刺客に襲われて来たのだ。またその時が来たのに過ぎない。敵の本拠地に近いから、押し寄せてくる波のように襲われるのもやむを得ない事だ。

 しかし、昨日の今日だ。うんざりする。

「すっかり囲まれるまで待つつもりか」

「それも剣呑だな。やれやれ、折角濡れずに済んだのに・・」


 扉の格子から外を確認する。雨雲で薄暗い中にまだ敵の姿は見えない。

 そっと扉を開け気配を伺って堂の後に回る。

そこにはキクラがいた。キクラにも近付いてくる者の気配が分るのだろう、武器を構えて後方を伺っている。

キクラに手振りで殺す必要は無いと示して、左右に分かれて進む。少し行ったところで木の陰に身を隠して待つ。キクラも同じようにしているのが稲妻の光で見えた。


 空は漆黒で大粒の雨が黒い地表に弾けて跳ね返る。

その飛沫のみが白く光る光景の中、敵の姿がゆっくりと堂に接近して来た。降りしきる豪雨と激しい風音で、耳は全く役に立たない。


 目の前を通過して背を向けた敵に歩み寄り、手槍の柄で殴り倒す。キクラも一人片付けた。そのまま大回りをして、正面から来る敵に向かう。


神社正面・参道脇の木立の陰に、身を隠して待つと、すぐに境内に三人の男が進んで来て堂の正面に立った。

雨はいつのまにか小降りになっていた。


真ん中の者が合図をして左右の男が堂に近寄る。男達は持って来た粗朶木に油の様なものを掛けて、種火を出して火を点けようとした。

途端に、手元の種火がいきなり大きくなり男たちの顔を漕がした。


「ギャー」

 男はひっくり返り、種火は濡れた地面に転がって消えた。

これは、ザビンガの仕業だろう。彼女の出す炎は、実際に魚を焼くことが出来るのだ。妖術では無い。


「何をしているのだ。それに他の者はどうした?」

 正面の男が男達を低く叱咤した。その時になって、ようやく後に立っているタケイルに気付いた。


「き・貴様、どうして・・・・」

 刺客は、素早く剣を抜いて構えた。


「とんだまぬけの、刺客に狙われたものだ」

「なんだと」

 男は、廻りを見回して仲間を探す。


「後ろの二人は眠っている」

「まさか・・」

 頭らしい男が表情に逡巡を見せるが、すぐに消えて鋭い気を出しながらにじり寄ってくる。

顔を炙られた男たちは戦意を喪失したか、地面に尻を付けたままそれを見ている。


 男が鋭く突き込んできた剣を跳ね上げる。

だが間を開けずに振り下げて、さらに切り上げ突き込んでくる。さすがに頭だけあって鋭い剣を使う。

 だが、タケイルには余裕があった。


同等の腕前なら、剣に比べて軽く長い手槍の方が遙かに有利だ。その上に、相手は短い短剣なのだ。手槍なら相手の間合いの外から攻撃出来る。それに、遠心力を有効に使える手槍の穂先の方が遥かに速い。

 剣を巻き落とし柄で背中を殴打して、膝を着いた男の首に穂先を突きつける。


「中々の腕だ。私が剣なら苦労しただろう。さすがは天の国の刺客。名を聞いておこうか」

「スライダだ。南の門閥家の第三密偵組」

 真正面から闘って敗れた男は、悪びれする事も無く堂々と名乗った。

「俺の負けだ。斬れ」

 男は、潔く頭を垂れて首を出した。


「何故、ザウデの者が刺客の真似をする!」

 鋭く咎める言葉が降ってきた。


 見れば、扉を開け放した堂の階上にザビンガが立っている。途中から見ていたようだ。ザビンガを守るように後ろにはキクラが膝をついている。

 その声を聞いた男らは、振り返ってザビンガを注視している。


「まさか、ザビンガ様・・・・」

 と、呟いた男が頭を捻る。

堂の傍にいる顔を炙られた男二人は、ザビンガの顔を確認して驚いて土下座している。

タケイルは、思わぬ展開に槍先を外して見守る事にした。


「答えよ! スライダ」

 ザビンガが叫ぶ。

「王の命です。ザビンガ様」

 スライダが膝を付いて答える。


「なぜ、南家の者が新王の命令を聞く。この者が誰だか知っているのか?」

「天の国に災いをもたらす者だと聞いています」

「馬鹿者が!長(おさ)がそう言ったのか?」

「いえ、王宮の指令者が・・・・」

「事情を話せ」


スライダが語ったところによると、王宮へ行って指示を聞けと言われたのはひと月ほど前だったと言う。

王宮でスライダの対応に出た指令者に、天の国に災いをもたらす者の暗殺を命ぜられ、命令を果たすまでは南の門閥家に帰らぬよう指示された。

故に、その場から旅に出て今に到ったと言う。


「天の国に災いをもたらした者は、今の王だ。だが門閥家に刺客を借りるとは考えられぬ事、何があったのだ?」

「それは私には解りませぬ。ですがザビンガ様がご一緒だとは、・・このお方は一体?」


「玄武の一族。先の玄武のお頭の血を継ぐ者だ」

 スライダは驚愕の目つきで振り返りタケイルを見つめてくる。


「そ・それは・・知らぬ事とは言えまことに申し訳ござらぬ。道㠶様にはご指導を受けた事がありました」

 スライダはタケイルに向かって深く頭を下げた。


と言われてもタケイルには父や天の国の実情は知らない。乳児の時に養父・十兵衛に抱かれて天の国を脱出したのだ。

物心ついた時は海の国にいた。勿論、十兵衛から天の国の事は一通り聞かされてはいる。聞かされてはいるが、ピンとこないのは仕方がない。


「とにかく、もうタケイルを狙うのは止めよ。タケイルは私が案内する定めなのじゃ」

「承知しました」

 スライダにとって、新王の命より神巫女・ザビンガの命の方が勝るのだ。

 その様子を見たタケイルは、ザウデを守る朱雀の神殿は火の神だと聞いていた事を思い出した。


(ザビンガは、ザウデの朱雀の神殿の神巫女だったのか・・)

それで火を使う大道芸人達はザビンガを守ったのだ。恐らくは、あの大道芸人らが、バルーンの町でタケイルを見かけた事をザビンガに報告したのだろう。


タケイルの母・美幸は、南家の娘だと聞いた。つまりザウデの南家とは血の繋がりが濃いのだ。



天の国は、北の峻険な山脈を背にしてサラと言う町があり、王の住む宮殿や国の機関がある。

東西南には、オスタ、ウスタ、ザウデと言う三つの大きな町に囲まれていてその町の外はいきなり絶壁となる台地状の土地だ。

三つの町にはそれぞれ地の国に繫がる道があるが、険しい断崖が巨大な門となり国境を形成している。東は青龍門、西は白虎門、南は朱雀門と言われる。

三つの町はそれぞれが王家に繫がる有力な一族が治めていて、三つの門閥家と呼ばれている。また、それぞれの町に民の信仰を集める神殿があり各門閥家と共に町を支配している。


天の国は王都サラと三つの町の門閥家、さらに背後の山岳に暮らす山の民が連合して出来た国で以前は強い力を持っていて麓にある地の国の全てを支配していた。

ところが二十年前、王宮の近衛隊の反乱で王が処刑され王宮に居た門閥家の家族を人質に取って、近衛隊長のシャランガが王位に就いた。人質を取られた三つ町の門閥家は、戦闘を避け消極的な服属を余儀なくされた。


 天の国の剣術指南役で、山の民を統率する玄武一族の頭・玄武道㠶と家族は、訪れていた王宮で反乱に巻き込まれた。

シャランガは彼らも人質に取るつもりであったが、激しく抵抗されて殺害した。その際、シャランガが指揮する精強な近衛兵も壊滅に近いほど倒されて、反乱は成功したものの武力を背景とする新国王シャランガの勢力は大幅に弱まった。

 力の弱った天の国から続々と独立した地の国々は、その覇権を競って争い興亡の道を進んできている。

 その反乱の場から、道帆の腹心であった猪俣十兵衛に託された乳児の次郎は、追手から逃れて海の国に逃亡したのである。


 以来、山の民は天の国との道を封鎖して交流を断った。

シャランガ王は、俊敏で剽悍な山の民を恐れて度々・討伐軍を派遣したが、険阻な地形と山の民のゲリラ戦に撃退されていた。

山の民は山岳忍びの民なのである。ゲリラ戦のエキスパートだ。平地ならともかく、山岳部においては、精強なサラ軍といえども到底対抗は出来なかったのだ。


天の国で深い敬愛を集めていた玄武の頭の忘れ形見に、門閥家が刺客を放つ筈はない。玄武道帆には各門閥家の者や近衛兵でさえ、武術の指導を受けた敬愛すべき師なのである。


各門閥家は今でも新王家と対立する力は単独でも有している。もし、新王家が下手に手出して三つの門閥家が連合したらまったく勝ち目がないのだ。

そこはシャランガ王とて十分承知しているので、門閥家との交渉は特に気を使って慎重にしている。

だが門閥家の密偵を王宮に呼び出して町に帰さずに刺客を放つ、なりふり構わない策に出たと言う事は、タケイルが海の国を出た事を知ったからだと思える。タケイルが海の国で地の国に渡ることを公言したのは、丁度一月程前の事だった。



(面倒な事になったわ・・)

と、ザビンガはその辺りの事情を敏感に察知した。


「スライダ、これより我々の廻りを監視して、他の門閥家の者がいないか探しなさい」

「承知」

 他の門閥家の者とは争いたくない、彼らは味方なのだ。


「それと、一人をザウデに帰してこの事を長に報告しなさい」

「はっ」

 また南家から新たな刺客を出されては堪らない。まだまだタケイルは天の国に上がれない事をザビンガは知っていた。

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