第19話・道々の輩。


  街道に戻り北に進んでいた。

ザビンガは歩くときには、顔に黒く墨を塗って汚して目立たない様にしている。そうしないと目立ちすぎるのだ。美しすぎると言うのも考えものなのだ、街道を普通に歩けない。


ダンナの街を過ぎてしばらく歩いた時だった。道端に男が立っていた。近付いてみるとそれはキクラだった。


「この先に大勢の道々の輩が集まっています。恐らくは目的はタケイル様かと」

 道々の輩とは、行商人や大道芸で生活を立てている者達である。バルーンの市に各地から集まって来た者たちもそうである。


「大勢とは?」

「数百人規模と思われます。女・子供も交じっております」


 数百人もいれば、タケイルら数人でどうこう出来る人数では無い。まして、女子供が混じっていれば無差別な闘い方も出来ないので厄介だった。

 今来た方向を振り返れば少し離れた所に大勢いて、こちらに近付いている。大人数で堂々と包囲しているのだ。


「後ろにもいるな・・・逃げるしかないな」

「逃げられるものか」と、ザビンガが不意に言った。


何故だと見つめるタケイルに、ザビンガは諭すように言った。

「大道芸人の中には、すばしっこい者も多い。あれ程の人数が揃えば、逃げ切れるものでは無い」


「では、どうせよと?」

「だから私が待っていたのだ。まずは待ち伏せのいない場所に移動しよう」

 キクラはタケイルと顔を合わして頷くと、

「ではこちらに」

と、街道から離れた北の方向に進んだ。後ろの一団もタケイルらに追尾して来る。


「ザビンガが説得してくれるのか?」

「そうだ。元々道々の輩は悪い者たちでは無い。手引きしている者だけ始末すれば良いだろう」

「密偵か・・」

 タケイルを狙っているのなら、そこには必ず密偵がいる筈だ。


 少し進むと小山の脇の広い草原に出た。ザビンガは草原を見渡せる小山に上がり、腰を降ろした。

「ここで良い。彼らが集まるのを待とう」


小山の上からは、追尾してくる一団と別の方向から来る一団が見えた。別の一団は確かに大人数だ。小さな子供や子馬などの動物の姿も見える。


「ふふ、賑やかな集団よ」

「奴らを説得できるのか?」

 敵であっても女子供までは殺したくはない。だが説得出来なければ、闘うしか無いのだ。


「道々の輩は、天の国の神殿の支配下なのだ。彼らはサラの密偵に騙されているに過ぎぬ」

「・・そうなのか」

 天の国の神殿・つまり神巫女であるザビンガも、彼らを支配出来る地位にあると言う事だ。


「だが、まずは密偵をあぶり出さなければならぬ」

「私は、どうすれば良い?」


「黙って立っているだけで良い。斬り掛かってきても密偵以外の命は奪うな」

「分かった」


 草原に続々と道々の輩が入って来た。

いずれも商売道具を抱え、或いは背負っている。服装もバラバラで、派手な身なりの者も多く思いっきり雑多な集団だ。その数は三百を超え小山の前の草原を埋め尽くした。


「さて、我々も出て行くか」

 ザビンガの合図で皆の顔が見える場所まで丘を下った。


「おめえがタケイルか。天の国に災いをもたらす者め、我ら道々の輩が始末してくれるわ!」

 先頭にいた小柄な老人がタケイルに向かって宣告した。


「若者一人始末するのに、この人数か」

 ザビンガがこの場の頭と思えるその老人に言い返した。


「おう、とんでもない手練れで得体の知れない術を使うと聞いた。例え人数が半分になろうとも、我らがきっと倒す」


「道々の輩がいつから刺客になったのだ。誰の命令だ」

「我らに命じることが出来るのは、天の国の神殿のみだ。神巫女様の命に決まっておるわ」


「オオー」

 神巫女の命と言ったときに一同が、武器をかざして雄叫びを上げた。


「そんな事は聞いておらぬ。何処の神巫女だ?」

「う・・・」

 老人が詰まった。


老人は神巫女の名を聞いておらなかったと見える。

老人は後ろの方向・集団の中を振り向いた。すると、集団の中から痩せたずる賢い目をした男が出て来た。その男は、他の者と違う高そうな服を着ている。


(こいつが密偵だな・・)


「俺は、サラの宰相ガベンダ様の腹心・シムカだ。サラの土の神殿・神巫女中の最上位の神巫女・クシナダ様の命に決まっておる。者ども、天の国に災いをもたらすタケイルを見事始末致せば、クシナダ様の意に叶うのだ。クシナダ様の意は天の国の意だ。抜かるな!」

「オオオオオー」

と、更に大きな雄叫びが起った。


「愚かな・・・」

と、呟いたザビンガが一歩・二歩と前に出る。


「汚い旅巫女め。邪魔をするなら伴に踏み潰せ!」

 と言う密偵の叫びと共に、

「オオー」

と、地響きがして集団が迫ってきた。


(止むを得ぬ・・)

 タケイルとキクラが武器を構えた。

だが、集団は不意に止まった。ザビンガの前に来た武器を構えた数十人が回れ右をして集団に対していた。



「な・な・なんだ・裏切るのか。お前達は!」

 とこの場の頭の老人が叫んだ。

 タケイルは回れ右をした集団の中に、昨日見たタコ頭の大男や火使いの大道芸人がいるのに気付いた。


(火使いの者は、火の神巫女のザビンガの支配下と言う事か・・)


「クシナダ様は、あのクーデター以来サラを離れて今はザウデの神殿に居られる。サラの宰相の腹心が、ザウデの神殿におられるクシナダ様に、お目に掛かれると思うのか」

 とザビンガが声を張り上げた。その言葉に集団が大きく動揺するのが分かった。彼らは密偵との間をとってひそひそと話し合っている。


「ええーい、そんな話はどうでも良い。タケイルを討ち取れば、王からの褒美は思うままだぞ。それに今の王妃は元々お前らの仲間ではないか!」

 と密偵は叫ぶ。


「神巫女様の命というのは、嘘だったと言うのか?」

老人が密偵に正す。

「王の命だ。どっちでも一緒では無いか」


「いや違う。それにシャランガは王では無い。クシナダ様が神殿に居られにず王の儀式を受けていない」

 老人が密偵に詰め寄る。


他の者は密偵との距離を更に開けている。それでも百名ほどは、タケイルに向かって攻撃しようとしていた。


「ええーい。面倒だ」

 その一団が、業を煮やして突進して来た。ザビンガの前に並んでいる火使い達がそれに応戦する。たちまち一団の中の数人が手傷を負って倒れた。


「なんだ、お前達は! 裏切るのか。仲間に手を出すのか」

 一団の中の一人が火使い達に向かって叫んだ。


「俺達火使いは、神巫女・ザビンガ様の命によってタケイル様をお守り致す」

 火使いの大男が答えた。


「なにー。ザビンガ様の命だって。そんな事をいつ聞いたのだ。でたらめだろう」

「まだ分からぬのか! このお方がザビンガ様だ」

 皆の視線がザビンガに集まる。


「ま・まさか・小汚いこの人が・・・」

「人を見掛けで判断するでは無い」

と、ザビンガが厳かに宣告する。


「なにごちゃごちゃ言ってやがる。とっとと、タケイルを始末しろ。でなきゃあ、この爺の命は無いぞ!」

 密偵は豹変して、頭の老人を掴みその首筋に短剣を突きつけている。集団は、密偵を中心に円状に広がった。


「グァンカー」

 ザビンガ手の平を突き出すと、密偵の顔を炎が襲って密偵は弾かれるように仰け反った。その隙に老人は逃げた。


「神巫女を騙るその者を始末せよ」

 ザビンカの命に集団の矛先は中心にいる密偵に向かった。


「ま・待て。王の命だぞ。タケイルを倒せば褒美は思うままだ。か・考え直せ・・」

 火に炙られた顔を庇いながら、短剣を拾い構えて廻りを見ながら密偵が言う。


 集団の中から、武家の男が一人出て来た。


「危うく騙されて大事なお客を失うところだったわ。お詫びに儂が始末しよう」

と、武家の男はちらりとタケイルを見て言った。


その男はタケイルが購ったがまの油売りの武家だった。男は剣を鞘に納めたまま、スルスルと密偵に近付いていった。

密偵は剣を構えて鋭く突き込んだ。瞬時、密偵の腕は剣を持ったまま切断されて、返す剣で首を切られて倒れこんだ。見事な居合抜きの腕であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る