第14話・シゲ湊。
タケイルはジンザの高嶺道場を出立して、海岸に沿って延びている海道(うみみち)を西に向かって歩いていた。
海道は穏やかな潮風が道から上がる土埃を吹き飛ばしてくれて、街道をあるく者には快適だった。左手の海には時々漁をする船が見られ、猟師の村もところどころに点在していた。
地の国の主な街道は海道の他に、天の国との境の山側を通る山道(やまみち)と、その中間を通る中道(なかみち)の三本だ。
シゲの街は、すぐ南に漁港であるシゲ湊があり西には黒崎国との国境をなす大河・青龍川が流れている。
ゆえにシゲの漁港では、淡水と海水の両方の漁が行われていて、大前国の一大漁港の形を成している。湊の周辺一帯は魚介類の加工する小屋が立ち並んで、魚や海藻を天日に干している光景が広がっていた。
海の国では漁港の近くで育ったタケイルは、懐かしくなって湊を見に行った。
街から湊まではすぐだ。緩やかな勾配の先に大小様々な船が浮かんでいるの見ながら降りて行く。
シゲ湊は遠洋の漁業も盛んらしく、大きな帆を付けた船や外国の船らしい模様の船もあった。船腹いっぱいに白い波打つ模様が描かれている見た事の無い船だ。
「あれは、どこから来た船ですか?」
道の脇で漁に使う網の手入れをしている老人に聞いた。
「ああ、あれは火の国の船だ。たまにしか来ねえだが珍しい鉱石や薬なんか持ってくるだな」
と、漁師らしき老人が教えてくれた。
「火の国・・それは何処にあるのですか?」
「なんでも南に二千海里ほど行った所にあるらしいだよ。真ん中に大きな火山があるらしい。それで火の国と言うのだと」
「二千海里か・・・」
ミキタイカル島から海の国までは四百海里ほどである。
タケイルは、火の国の事は知らなかった。海の国の湊でもあんな船は見た事が無かったのだ。まだ見た事のない、大きな火山がある火の国の事を想像した。
「お武家さまは、どこから来なすったな?」
「私は、海の国から武者修行に来たのです」
「へえ、あんたさまは海の国か。ま、海の国の船ならしょっちゅう来ていて馴染みだ。ほれ、今も来ているだよ。おらの干物も良く買ってくれるお得意様だ。海の国なのに漁はあまりしねえのか?」
確かに湊には、見慣れた黄金の小判の海の国を現わす旗を揚げた船が停泊していた。僅か一月余り前にあの様な交易船に乗ってこの島に来た事が懐かし思い出した。
「いや、海の国でも漁は盛んだが内陸部が広くて人口が多い。沿岸の漁師の獲ったものだけでは全て賄い切れないのです」
「そうですかい。まあお陰で干物を買ってくれて、おらたちは助かっているがね」
「この辺りで、気兼ねなく泊まれる宿を知りませんか?」
「湊の端にある「つるや」は気兼ねが要らねえ宿だよ。飯も良い。旨い魚介をたらふく食わせてくれるだよ」
「つるや・だな」
老漁師に礼を言って、湊へ降りて行く。
色々の物が並んだ波止場では、漁師や商人が賑やかに商談をしている。それを物珍しそうに眺めながら歩くタケイルの横にふっと人が並んだ。
「交易船に連絡してきます。しばし、ここらでお待ち下され」
と、その者は小さな声で囁いた。キクラだ。
「解った。この辺りにいる」
タケイルの言葉を聞いて、キクラは海の国の交易船に向かった。二人は一度も顔を合わさずに会話を終えていた。
タケイルは、老漁師に勧められた「つるや」に宿を取った。つるやは湊近くの鄙びた小さな旅籠だった。タケイルの他には、数組の商人らしき者が泊まっていた。
タケイルの風体を見て武家と言う事を考慮してくれたか、狭いながら個室に入れてくれた。
旅の商人に扮したキクラも少し遅れて同じ旅籠に入った。キクラの部屋は、タケイルの隣の部屋だが、そこは他の商人たちとの大部屋だ。
宿つるやは老漁師の言う通り飯は旨かった。タケイルはその食事を堪能した。久し振りに旨い魚を食べたと思った。海の国の母代わりのモミジの作った料理を思い出した。
(腹が痛い・・)
その夜ふけに、タケイルは目覚めた。顔には汗をびっしりと掻いていた。
(毒を盛られたか・・・)
おそらく食事に毒が入っていたのだろう、剣を引き寄せながら外の気配を伺った。腹の痛みであまり集中出来ないが、周囲にはまだ敵の気配は無かった。
荷物を引き寄せて解毒の薬を出して飲んだ。そして来たるべき刺客に備えて、武器と身支度を直した。
「何か、ありましたか・・」
障子越しに囁く声が聞こえた。キクラだ。
「荷物を持って、こっちに来てくれ」
タケイルも囁く。
すぐに静かに戸が開いて、キクラが入って来た。
「どうなされた?」
「毒だ。キクラはどうも無いか?」
「私は、何とも・・」
食事の時は、キクラの席は離れていて別の大鍋からよそおっていたのだ。
「ともかく、宿の者か客の中に手引きした者がいると思っていた方が良い」
誰かが鍋に毒を入れたのだ。
「ああー苦しい、腹が痛い・・」
その時、大部屋から複数の呻き声が出た。その声で全員が目覚めたようだ。
同時に殺気が迫ってきていた。
「来るぞ」
障子を破って突き込んできた槍を躱して、躍り込んできた者を切り倒した。そして庭に降りた。宿に居れば巻き添いを受ける者が出る。それに部屋の中では闘い難い。庭に出て出口を探すが、暗闇と毒で視界がはっきりしなかった。
(迂闊だった。事前に出口も確認して無かった・・)
一泊する場合には何かあった場合に暗闇でも逃げられるように、あらかじめ逃げ道を確認しておくことは必要な心構えだった。
二人の刺客が、徐々にタケイルを囲んでくる。
しかし腹が痛い、そして体に力が入らない。タケイルは、毒の為に充分に動き回れない。手槍で牽制しながらも後ずさりして出口を探す。
「逃がすな、ここで仕留めるぞ!」
刺客の低い声がして一斉に斬りかかって来ようとしたが、一人がもんどり打って倒れた。刺客はキクラがいる事を知らなかったのだ。
仲間が倒された相手がわからず、戸惑うもう一人をタケイルが何とか倒した。
「タケイル様、こちらです」
キクラに従って進むと裏口に出た。
タケイルが出ると、キクラは外から扉につっかえ棒をした。
「切られましたか?」
「いや、切られてはいないが身体に全く力が入らぬ」
「では、船に乗りましょう」
キクラに支えられながら、夜の道を湊に向かった。他に刺客の気配は感じなかったが、もしこの状態で襲われれば危険だ。
体がいつ回復するのか解らないのだ。それまで何処かに潜んでいなければならない。
湊に繋がれた交易船にキクラが声を掛けると、すぐに乗せてくれた。
「済まぬ、世話になる」
「何を仰います。海の国始まって依頼の英雄をお助けできたら、仲間に自慢できまさえ。どうか、ゆっくり休んで下せえ」
船長らしき初老の精悍な肌色をした男が言うのを聞きながら、タケイルは安心して意識が薄れていくのに任せた。
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