第13話・奥義・吹き下ろし。


高根道場での修業の毎日は、あっという間に過ぎて行った。ここに着てから一ヶ月の月日が経っていた。

毎日規則正しい修業生活を送っていた。それは早朝から深夜まで続いたが、実に静かな修業だった。心を無にして瞑想をして只静かに剣を振り降ろす毎日だ。

ミキタもすぐに道場に慣れて生き生きとして修行の毎日を送っていた。彼女の明るい気質は、門弟たちに気に入られて人気者になっていた。


 その日、タケイルは修業の成果を試すために吹き下ろしの剣を使ってみた。

奥義の剣は、庭にあった人の頭ほどの石を見事に切り割った。それを見て高嶺が感慨深そうに言った。


「吹き下ろしの奥義を、儂が何とか真似を出来る様になるのには十年も掛かった。それでもまだ真似事じゃ。道帆師はそれで良いと。その意味が今は解ります」


その場には高根の倅の藤五郎とキクラもいて、奥義の剣を見届けた。

「王者の剣は、資質が必要なのじゃ。儂にはその資質が無い。王者にはなれぬ。だが、タケイル様に教える事が出来た。それだけで、儂の役目は充分果たしたのじゃ。これで、あの世へ行っても、道帆師に大きな顔をして会えるわ・・・」


 タケイルが短い期間でこの剣を身につける事が出来たのは、養父・十兵衛から伝授された手槍の逆風の奥義と精神的に共通するものを感じたからだ。


「逆風は、言葉通り強い逆風が吹き付けるのを一太刀で切り割るのじゃ。逆風とは、風ばかりでは無いぞ、敵であったり、世間であったりする。己に立ち向かってくるものを断ち割り活路を開くのじゃ」

と、十兵衛に言われた言葉が蘇って来たのだ。


吹き下ろしの奥義を会得して、道場を出立する前に大前国の事を高嶺に尋ねた。


「黒党が出て来る時はどういう状況だったのですか?」


「大前国を成立させた大前蔵人将軍は軍閥だったので、軍政に関しては強かったが民政が弱かった。つまり国の基本の経済的基盤を整えなかったのだ。国を維持する為に税は徴収しなければならないが、その基盤となる農業や商業に無関心だった。それにより民衆の間に不満が溜まり民衆のリーダー達が決起して、黒党と呼ばれる集団を作ったのだ」


「民衆のリーダー達とは、どういう者ですか?」


「チルマの町の名主を務めていた修二郎、ママヤの農家の右門、カヨピの商人の作二郎の三人が頭じゃ。いずれも義侠心があり教養もあるいっぱしの者たちじゃ」


 この島では、漢字の名前を持つ者は名主以上の者か、元は武家だった者たちだったが今では人々が混じり合っていて大きな意味は持たない。


「すると黒党は民衆側に立っているのですね。ならば、このまま広がりを見せて行きますか?」

「それが、そうもいかん。最北部の三町を見る間に制圧したがそこで留まっている」


「それは続くウタとザボンの町が重要拠点なので、大前軍の防御が固いと言う事ですね。ザボンの町の警備の厳重さを見てきました」


「それも大きな要因じゃ。二つの町を失えば大前国は経済的に苦しくなる。じゃが、もう一つの要因は制圧した三町がまとまっておらぬと言う事じゃ。制圧したのは良いがやはり民からの税に頼らねばならぬ。結局黒党になっても、働き手は兵に取られるわ、税は重くなるわで民の苦しみは変わらぬのじゃ」


 タケイルが見てきたマロン村やハンザ村は、優れたリーダーがいるので世情は安定していたがそれでも豊かとは言えなかった。それは、人食いコヨーテが出没して満足に畑を耕せないからでもあったが・・・・


「民から出来た勢力なのに、結局・民は余計に苦しんでいるのですね」

「そうじゃ。おまけに、大前国は経済に明るい者を雇用して民政を推し進めてきて、少しずつ成果を上げておる」


「そう言えば、ザボンの湊は大規模な整備が成されていました」

「ザボンの整備だけでも税収は相当上がっておるだろう。他に農地に用水を引いたりして民政にも力を入れておる。結局、黒党を迎え入れた町は貧乏くじを引いた格好になっておる」


「それならば、黒党の勢力は減退すると見てよいですか」

「それが、そうもいかん。大前国内だけに限ればそうなるだろうが」


「サラですか?」

「そうじゃ、天の国の影響がある。特にオスタとサラの・・」


 その辺りの事情は、ミキタの父親で五村の領主・ムランに聞いていた。


「黒党旗揚げ時に以前の東方軍の兵や武器を摂取したとしても、すぐに軍閥の大前国軍に対抗出来たのは不審じゃ。緩やかな敵対をしているオスタの背後の攪乱は、サラにとって有効な手じゃからな」

 さすがに、高嶺は深く読んでいる。


サラは、オスタなどの緩やかな敵対勢力に阻まれているとは言え、街道の通行は出来る。兵を送れなくとも、軍事参謀や武器の供給はサラでも出来るのだ。地の国に比べて、今でも天の国は軍事面での先進国なのだ。


「とすると、オスタも進出してくる可能性も強いですね」

「そうじゃ、ザボンの湊はオスタにとっても生命線。黒党にサラの手が伸びていると知れば阻止して来ような」

 今のところは、緊張しながらも見かけ上は平穏だが、状況一つで大きく動くのがこの国の現状だとタケイルは認識した。


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