第12話・高嶺道場。


「待て、何処へ行く」

 町の入り口で兵士に止められた。さすがにトモエは大前国の首都だけあって、厳しい警護がされていた。


タケイルはハンザ村を出発して青龍門近くの町ウタに寄り、大前国の首都トモエを経由して最初の目的地・高嶺道場があるジンザを目指していた。

実は初日のザボーン湊からシンザの町は近い。だがタケイルはこの国を見て知ることも大事だと考えていた。

敢えて往路で使った街道を使わずにウタから大前国の首都トモエに入るのもそのためだ。

伴は父親ムランに高嶺道場での修行の許しを得たミキタがいる。だがキクラの姿は無い。キクラは本来の影警護の役目に戻っていた。


「海の国から来て、ジンザの町へ向かうところです」

「海の国だと? お前は商人に見えないが・・」

 兵は不審そうな目を向けた。

海の国の者がこの国を旅するのは珍しいのだ。この島には来る海の国の者は、交易のための船員と商人がほとんどでタケイルのような旅人は少ない。


 タケイルは、海の国の王宮の印のある証明書を出した。それを見た兵士は驚いている。王宮の印のある証明書は一般の者が持てる物では無いからだ。この証明書も路銀と共に、海の国から出発するときに、タケイルが王子・紗那王丸から拝領したものだ。


「武者修行でございますか。してジンザの何処へ行かれるか?」

 途端に言葉が丁寧になった。


「高嶺籐七郎先生に、剣の手ほどきを受けに行きます」

「おお、さようでしたか。高嶺先生には我らもご指導を受けました。それならば、お気をつけて行かれよ」

 兵は一転して愛想良く敬礼して、通してしてくれた。


その日はトモエで泊った。

トモエは軍閥で独立した国の首都だ。民にも厳しい統制がされているのかと覚悟したが、そうでは無かった。ごく普通の町・そういう印象を受けた。それに結構活気がある。トモエの町からは軍事政権の匂いは感じなかった。


翌朝トモエの町を出ると、街道の両側は畑や森・草原が広がる長閑な風景が続く。所々に、農家の集落が見え畑で働く農民の姿が垣間見えた。

従っている筈のキクラは、さすがに王子が選んだだけあって、かなりの手練れで、道中では全く見当たらず気配も無かった。


トモエからジンザの町は十里で、一日の行程として丁度良い距離である。朝・出立してゆっくり歩いても、夕方前には到着する。勿論、途中には幾つかの村があり、食事も出来れば、泊まることの出来る民家もある。

タケイルらは、ミキタイカル島の地の国を吹き抜ける風の匂いや暖かさを感じながらゆっくりと歩き、夕刻にはまだ早い時刻にジンザの町に到着した。



ジンザの町は、商人で賑わう新興湊町ザボンや大前国の首都になって華やかなトモエの町とは趣を異にしていて、しっとりとした悠久の時間を感じさせる町だった。

町の山手に湧いた清水が家々の前を流れ、流れを利用して遊ぶ子供達の歓声と、それを見守る親たちの笑顔が印象的だった。


目的地の高嶺道場は、街道を一つ隔てた路地にあった。この国随一の道場だけに、敷地も広く大勢の門弟が稽古に来ていて賑わいを見せていた。


「さて・・・」

 タケイルは、戸惑った。

大勢の門弟のいる道場で、目立ちたくはないのだ。

「・・・裏に回ろうか」

 タケイルがひと目を憚る事を、ムランから聞いていたミキタも黙って従う。


 道場の裏手には人通りが無く、長屋や居宅らしい建物があって裏口もあった。裏口の前でしばらく佇んでいると、道場の角を曲がってくる人の姿が見えた。この国の者が被る草で編んだ笠に村人が着ている麻の服、背には細長い駕籠を背負った背が高い日焼けした顔の男だった。


「あらっ!」と、ミキタの声。

それは、キクラだった。身に付けているものはハンザ村で手に入れたのだろう。村を出る時もいなかったので、キクラがどういう格好かも二人は知らなかったのだ。


「頼もう!」

と、裏口から声を掛けると軽い足音がして女中らしき女性が出て来た。

「どなたさまでしょう?」


「私は、高嶺先生の古い友人・猪俣十兵衛の倅です。先生にお会いしたい」

「猪俣十兵衛様のご子息・・・お待ち下さい」


 女性は、後にいるミキタとキクラを見て、怪訝そうな顔をしたが奥に戻っていった。

 今度は大きな足跡がして、大柄でどっしりとした腰つき、穏やかな風貌の老人が出て来た。


「猪俣十兵衛とは、また懐かしき名・・・」

と言って、老人はタケイルを訝しげに見つめた。


「わ・若・・・次郎様・・・」

その表情はたちまちに崩れて絶句して、膝を付いてタケイルの手をとり何と涙を流した。


その様子をミキタは呆然と見ていた。


この老人が、道場主の高嶺籐七郎であった。

高嶺藤七郎は、本名・玄武次郎というタケイルの亡き実父・玄武道㠶の高弟で、地の国に戻って道場を開いた者の一人である。

ゆえに、二〇年間にタケイルの身に起ったことは承知している。そして成長したタケイルの面影から、あの時に消えた次郞である事が分かったのである。

しかし、その後のことはまったく音信が無かったので何も知らなかった。


「そうであったか。猪俣どのば亡くなったか・・。しかし、よくぞご無事で戻られた」

座敷に招き入れられて、高嶺の倅・今の道場主の藤五郎も同席してその後のあらましをタケイルから聞いた高嶺は、悲しみと嬉しさが混ざり合った表情で言った。


 タケイルからミキタを紹介されて、海の国の女剣士の事を聞いた高嶺は、

「海の国では、凄腕の女の剣士が沢山おるか。この国では、まだ居ないがミキタがその草分けとなろう。励め」

 と訓戒を受けて、その場でミキタの入門は許された。


ミキタは、他の住み込みの門弟と同じ生活をする事になり、高嶺に呼ばれた先輩門弟に案内をされてその場を去った。


「次郎様、いやタケイルどのは、この母屋に住んで下され。道場には大前国の兵士やら何やらが沢山出入りしておる。道場に出ると目立つ。道場での稽古は夜に限って、昼間の稽古はこの庭で致そう」

 母屋の庭は道場とは反対側にあり、広さも稽古するのに十分な広さがあった。すでに大嶺道場は倅の藤五郎に代替わりして、大嶺籐七郎老人は隠居の身だ。


タケイルは養父の十兵衛から、あらゆる武芸・忍術を教えられてはいたが、十兵衛の最も得意とするのは手槍で、十兵衛には手槍を使う奥義[逆風]を伝授してもらった。

この高嶺籐七郎は剣の達人であった。ゆえに、玄武道帆から剣の奥義・[吹き下ろし]を伝授されていた。タケイルが学ぶべき奥義五剣の二つ目であった。



ちなみにその他の奥義を持つ者たちは、

黒崎国・パタドの町の荒木又左衛門が槍の奥義[追い風](おいかぜ)、

川中国・キンタの町の沢村甚左衛門の柔術の奥義[地嵐](じあらし)、

高砂国・アンビの町の服部平左衛門が短剣の奥義[鎌鼬(かまいたち)]

の、逆風・吹き下ろし・追い風・地嵐・鎌鼬、合わせて風の五奥義と呼ぶ。


「その五つの奥義を会得して、「風花の剣」を得て山の一族に会え」

十兵衛の遺命だ。

だが最後の風花の剣は、だれそれに教われという指示はない。養父の十兵衛も師の道帆にそう聞いたと言う事だけで内容は知らないと言った。



「タケイルどのは、既に「逆風」を猪俣どのから伝授されたのじゃな。会得するのにどのくらい掛かったな?」

「はい、無人島に籠もって、海から吹き上げてくる風を相手にひたすら二年近くも修行して、何とか使えるようにはなりましたが、いまだ未熟です」


「ふむ、風を相手に二年か・・・難行じゃな。だが、よくそれで会得出来たものじゃ。実はな、奥義の中で「逆風」が最も難しいのじゃ。達人の猪俣どのでなくては、その技を使える者はいなかったろう」


「・・手槍の技だから養父に。では無かったと?」


「うん。儂は全ての技に、得物はそれ程関係無いと思っておる。現に亡き師の最後は、無手での逆風で十名もの兵を薙ぎ倒したと聞いておる」


「無手で・・・・」

 タケイルはそういう事を、考えたことが無かった。


「未熟とは?」

「はい、力の制御が出来ません。使えば相手を殺すかも知れませぬ」

 昔十兵衛が刺客に襲われたときに、一瞬で三人の刺客を倒した事を話した。


「そうか。さすがに猪俣どのよ。凄まじい腕だな。だがそう案じる必要は無かろう。すぐに制御出来るようになろう。よし、では早速稽古をしよう」


 二人は庭に出て、木剣を持って一通りの稽古をした。

海の国・武術大会で優勝したタケイルの剣技は、既に達人の域に達していた。一通りの技を確かめた高嶺は、

「さすがは道帆師のお血筋、技力は既に儂を超えておられる」

 と顔を緩ませて喜び、その日から庭で奥義・吹き下ろしの指導が始まった。


「良いか。吹き下ろしの奥義は、ただ真っ向に振り下ろす剣だ。道帆師は、王者の剣とも言われていた。何事にも動ぜずに、鬼であろうが邪であろうが鉄であろうが岩であろうが、真一文字に切り割るのだ」


二人は夜になると、道場の暗闇に蝋燭を一本だけ立てて、その明かりのもとで静かに剣を振り下ろす稽古を続けた。

それは、剣の稽古というよりは、禅・精神修養に近かった。肉体よりも、気迫・集中力の精神的な力が必要だった。だから、高嶺の指導は言葉で諭すのみだった。

時には、向かい合って座禅を組んで問答したり話をしたりした。


何とも、奇妙な剣の稽古だった。


「最初、師が見せてくれた時は驚いた。只、上段に構えて振り下ろされたのじゃ。その速くも無い剣がスパッと空気を切り裂いたのじゃ」


「ただ迷うな。岩を切り割れると信じて振り下ろすのだ。迷えば岩に負け、剣は折れる、迷うな。敵の剣ごと切り割れ」


 タケイルは道場の伝習者が来る昼間は、裏庭の木立の中で瞑想して、そしてひたすら剣を振り下ろした。


それを、キクラはそっと見守っていた。


キクラは、高嶺の好意で道場の隅の部屋に起居していた。今のところ、彼らを見張る不審な目は無かった。ザボンの町で襲ってきた刺客は、四人とも絶命したのだ。それ以降は監視の目を感じてはいない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る